第六話「懐かしの日」
【前回のあらすじ】
春香が夢で記憶を取り戻していることを確信し、蓮の不眠症は治った。
そして春香の退院が明日に迫るときに、蓮は響子を彼女の元へ連れて来た。
病室に戻ると二人は楽しげに話していた。春香に買ってきた林檎ジュースを渡すと彼女は礼を言った。東の方を見ると、私の分はないのかと言わんばかりに睨んでいる。苦笑しながら誤った。すると彼女は溜息を吐き、買ってくると一言言って病室から出て行った。扉が閉じ、先程まで東が座っていた椅子に座って春香と話を始める。
「どうだった?仲良くなれたか?」
そう聞くと春香は笑顔で頷く。
「うん、すごくいい人だね」
「だろ」
すると彼女は本を手に取り読書を始めた。俺も荷物から本を取り出して読書を始めた。しばらくすると、東が帰ってきた。
「....静かね」
「読書してんだから当たり前だろ」
「そういうことじゃなくて、せっかくなんだからもっと話しなさいよ。私が読書しとくから」
そう言うと彼女は読書を始めた。仕方なく、本を閉じて春香と話す。
「そういえば、夢は見たか?」
彼女は首を振る。あまりしつこいと彼女も嫌がるだろう。自分から聞くのはこれで最後にしよう。
「明日で退院だな」
「うん、早く蓮くんに会いたいな」
その言葉を聞いて気分が少し暗くなる。やっぱり、まだ俺を思い出してない。退院したとしても春香の記憶の中の蓮は何処にもいない。存在しない。あの時、彼女に嘘をついたことを後悔する。
無事に春香は退院した。早苗さんから聞いたことだと、家では大はしゃぎだったようだ。それはそうだろう。事故から半年も経っているからな。それに、春香は病院にいる間は殆ど一人で過ごしていただろう。生まれて初めての孤独を経験しただろう。ずっと傍にいれなかったこと悔やむ 。でも、今日からは早苗さんがいる。寂しい孤独の日々も今日で終わりだ。
「加藤くん、今日も春香さんのとこに行くの?」
荷物をまとめているときに、東にそう質問された。俺はもちろんと返事をした。
「そう、本当に大事に思ってるのね」
「当たり前だろ。お前は誰かと付き合ったりとかしてないのか?」
「それは、別に言わなくてもいいでしょ」
と言って俺から目を逸らす。
「なんだよ、気になるな」
「いいから早く春香さんのとこ行ってきなさい!」
顔を真っ赤にして強引に俺を押してくる。
「な、なんで怒ってんだよ」
「怒ってない!早く行きなさいよ!」
何故か彼女を怒らせてしまったようだ。俺はそのまま気まずく彼女にじゃあな、と言って別れた。女の子ってよく分からない生き物だな。別に怒るようなこと言ってないはずなんだが。彼女が怒った理由を考えながら春香の家に向かった。
春香は高校には通っているが、半年も欠席をしてしまったせいで留年することになってしまった。でも彼女は納得したようだ。皆頑張ってるのに私だけ頑張ってないんだから、仕方ないよ。と言っていた。彼女は十分に頑張った。他の誰よりも頑張った。今も頑張ってる。彼女にいつ報いが訪れるのだろうか。春香の家に着いた。早苗さんから貰った合鍵でロックを外しドアを開ける。家は静かだった。春香はまだ帰ってきていないのか。家でのんびりする訳にはいけない。合鍵を貰っていても、人の家だからな。掃除でもしようか。荷物を置き、掃除機を物置から取り出してコンセントを挿し、電源を付けて掃除を始めた。掃除機の騒音が家中に響き渡る。掃除を始めたはいいが、汚い所が見当たらない。さすが早苗さんだ。誇らしく思うが掃除ができない残念さで複雑な気持ちになった。春香の部屋も同じく綺麗だった。俺の家とは大違いだな。そんなことを考えていると玄関の扉が開く音が聞こえた。部屋から出ると、春香が帰ってきていた。
「あ、お兄ちゃん」
「おじゃましてる」
「掃除機出てるけど、掃除してたの?」
「ああ、でも全部綺麗だった」
そう言うと彼女は笑った。さすが私のお母さんと何故か誇らしげにしている。
「私の部屋に行ってて。飲み物出してくるから」
「俺がやるよ」
「だめ。私がやるの」
そう言って彼女は俺が持っていた掃除機を無理矢理取って押入れに直した。
「はやく私の部屋に行って」
「わ、わかったよ」
大人しく彼女の部屋に向かった。しばらくすると、彼女がお茶を持って部屋に入ってきた。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
お茶を受け取り、一口飲んだ。すると春香が俺の肩をツンツンと突いてきた。
「ねえお兄ちゃん」
「ん?」
「勉強教えて」
そう言うと鞄から色々な教材を出した。
「もうすぐテストなの。私全然わかんなくて」
その言葉を聞いて少し悲しくなる。他の奴らと比べたら、学力は相当低い。半年も入院していればそうなるだろう。リハビリしながら高校に通うことも可能だったが、それは記憶喪失になっていないときの話だ。
「わかった」
「結構時間かかりそうだからさ、今日は泊まってくれる?」
「え?」
一瞬聞き間違いかと思ったが、そうではなかった。酷く動揺してしまう。気持ちを落ち着かせ、彼女のそのお願いを受けた。
「わ、わかった。でも、着替えとか無いから一旦家に帰る」
「うん。待ってるよ」
そう言うと彼女はニコッと可愛らしく笑った。その無邪気な笑顔を見たのはいつぶりだろう。すごく懐かしく感じる。置いていた荷物を手に取り、玄関の扉を開けて外へ出た。電話で母さんに事情を説明し、荷物を用意をしてほしいと頼んだ。母さんは何故か嬉しそうに承諾してくれた。
用意してもらった荷物を持ち、再び春香の家へ行った。早苗さんはその間に帰ってきていた。春香から事情は聞いてます、と言って俺に優しく微笑んだ。俺も挨拶をして春香と一緒に彼女の部屋に行った。
「さっそく教えて!」
そう言うと彼女は数学の教材を広げた。
「どこがわからないんだ?」
「ここ。全然わかんない」
俺は彼女に説明する。不思議だな。春香はいつも俺より成績が良くて、俺が教えられる側だった。なのに今は立場が逆だ。でも、彼女の記憶が戻ればそれも元通りになるだろう。今だけは、彼女の先生になろう。一通り説明をし終えた。
「わかったか?」
「うん。お兄ちゃん、説明が上手で助かるよ」
「どうも。じゃあこの問題解こうか」
そう言うと彼女は返事をして問題を解き始めた。留年が決まっているのに、彼女は頑張っている。なぜあんな事故が起こってしまったんだ。あの事故さえなければ、こんなことにはならなかったのに。でも、先のことは誰にもわからない。全て仕方のないことだ。事故に遭ったのも、記憶喪失になったのも、全部仕方のないことだ。
気が付けば、窓の外は暗くなっていた。リビングから早苗さんが俺たちを呼ぶ声が聞こえてきた。夕食ができたようだ。
「一旦休憩だな。ご飯食べに行こう」
「うん」
開いていた教材を閉じ、部屋から出た。リビングに行くと、テーブルの上に美味しそうな夕食が並んでいた。
「こんなの食べてもいいんですか?」
遠慮がちにそう訊くと早苗さんは微笑みながら頷いた。
「春香のために頑張ってくれてるんだもの」
「そうですけど....」
遠慮をしていると
「もう早く食べようよ!」
と春香が言った。遠慮する必要はない。早苗さんが許してくれてるんだ。椅子に座り、合掌をする。そして三人で
「いただきます」
と言って食事を始めた。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
春香が無事退院。そしてお泊り。
蓮の大切な人を想う姿。
僕もいつか恋人ができたら蓮のように
その子を大切にしたいですね。
感想や指摘など頂くと嬉しいです。
続きを楽しみにしてくれると更に嬉しいです。
これらに登場する人物、地域、団体は全てフィクションです。




