第二話「お人好し」
【前回のあらすじ】
事故により記憶を失った春香を見ていると蓮は心が苦しくなり、春香と一緒にいるのを拒んだ。
数ヶ月後、春香の母、早苗から電話がかかり、春香が記憶を取り戻していることがわかった。
しかし、それはまだ子供の頃の記憶で、春香は今の蓮を"お兄ちゃん"と呼ぶ。
蓮は春香の記憶を取り戻すことを決心し、毎日のように彼女の見舞いに行った。
春香が記憶喪失になったショックで俺は不眠症になった。そしてそれに悩まされ、高校の授業では眠気に耐えられずよく眠ってしまう。今日も眠気に耐えながら授業を受けるが、耐え切れる自信がない。
「ちょっと加藤くん、起きなさい!」
大きな声が耳に響き目が覚めた。顔を上げると傍らでクラスメイトの東響子〈あずまきょうこ〉が立っていた。眠気に負けて寝ているといつもこいつに起こされる。有難いが耳元で叫ばれるのは勘弁してほしい。
「また居眠りして、ちゃんと寝てるの?」
この台詞はこれで何回目だろう。起こされる度に彼女はこの台詞を言う。
「いや、一応ちゃんと寝てるんだが」
「じゃあなんで毎回居眠りしてるのよ」
ここで不眠症だからと言えば話済むが、彼女にそれを言う必要はない。
「分からない」
「分からないって....」
そう言って彼女は溜め息を吐く。まあ呆れるのも仕方がないな。彼女から見れば、俺はただの居眠りしている不真面目な人間だ。
「次からは居眠りしないようにね。今度は起こさないわよ」
「はいはい....」
そう言うと彼女は自分の席へ戻って行った。大きく溜め息を吐いた。春香が事故に遭ってなかったら、今頃俺は何してるんだろうな。時折そんなことを考える。でも、それはこの現実から目を背けている気持ちの表れだ。今を乗り越えなければ、その先の幸せは掴み取れない。チャイムが鳴り、先生が教室に入って来た。
終礼をし、荷物を持って教室を出た。春香の見舞いに行くために病院へ向かう。
校門から出る寸前
「ちょっと加藤くん!」
と後ろから声を掛けられた。振り返るとそこには東がいた。
「なんか用か?」
「ちょっと付き合いなさい」
彼女の突然の命令に俺が反発する。
「は?なんでだよ」
「あなたは私に貸しがあると思うけど」
そう言われて何も言い返せなくなる。確かに、彼女が起こしてくれるお陰で成績は悪くないが、それは彼女の勝手にしたことだ。それを貸しと言うなんて嫌な奴だ。いったい俺に何をさせるつもりだ。
「ついてきて」
そう言うと彼女は先行して前を歩き出した。仕方なくついて行くことにした。しばらく歩いていると見知らぬ喫茶店に着いた。店の中を眺めていると彼女は先に中に入って行った。彼女の後を追って俺も中に入る。
「いらっしゃいませ、いつも来てくれてありがとうございます」
店員が彼女にそう言う。彼女の行きつけの場所なのだろうか。
「あれ、そちらの方は?」
「クラスメイトです」
「そうですか。ではそちらの席に」
店員に誘導され、窓際のテーブルに座った。そして店員は紙とペンを持って注文を聞いてきた。東はいつもの、と言い俺も彼女の言ういつものを注文した。
「ここね、すごく美味しいのよ」
「そうなのか」
「そうそう。ここのサンドイッチがオススメなの。他のお店では味わえない美味しさでね」
彼女の話を聞いていると俺は我に返った。俺はいったい何をしているんだ。春香の病院に行かないといけないのに何でこいつに付き合ってるんだ。立ち上がって帰ってやろうと思った瞬間、注文した食品が届いてしまった。
「いつものです。ではごゆっくり」
「ありがとう」
皿の上にあるのはさっき彼女が言っていたサンドイッチなのだろうか。とても美味しそうだった。
「それで本題なんだけど」
彼女が唐突に切り出した。サンドイッチに気を取られていた俺は慌てて彼女の話を聞く。
「単刀直入に訊くわ。あなた、不眠症でしょ」
その言葉を聞いて固まる。カマをかけたにしては的中すぎる。しかし、彼女が何故そんなことを訊くのか理解できなかった。
「根拠はあるのか?」
「私も昔不眠症だったの。私もよく授業中眠気に耐えられずに寝てしまうことが多かったわ」
「お前人のこと言えねえじゃん....」
そう言うと彼女は顔を赤くする。
「う、うるさいっ!今は不眠症じゃないし、ちゃんと起きて授業受けてるからいいの!」
彼女は自分の情けなさに気付いたのか、首を振って咳払いをした。
「まあそれは置いといて。不眠症はきっかけやストレスで発症するものなの。加藤くん、最近何かあった?」
あったよ。春香が事故に遭って記憶喪失になる悲劇が。でもそのことを言う必要はない。彼女には関係のないことだ。
「いや、心当たりはない」
そう言うと、彼女は納得していない表情をしていた。
「まあいいわ。とりあえず食べましょう」
そう言って彼女はサンドイッチを手に取り、口の中へ運んだ。俺も彼女と同じようにサンドイッチを食べた。
食事を終え、会計を済ませる。何故か彼女が全額払った。貸しがあるとか言っていたのに、この様子を見ると俺に協力的だ。彼女と一緒に喫茶店の外へ出る。
「私は加藤くんの助けになりたいの。何かあったらいつでも相談して」
「余計な御世話だ....」
「じゃあね、また明日」
俺の言うことを無視するかのようにそう言って彼女はスタスタ去っていった。何故彼女が俺の助けになりたいのか分からない。一方的に助てるだけで彼女には何のメリットもない。意味もない。なのに何故俺を助けようとするのだろう。彼女の行動に疑問を抱きながらふと空を見上げると、赤く染まり段々と暗くなっている。もうすぐ夜だ。
急いで病院へ向かう。そんなに長くは居られないが、春香の顔が見たい。春香の病室に着き、扉を開けた。しかしそこに春香の姿はなかった。一体何処に行ったのだろう。病院中を探し回った。がリハビリ場以外には何処にも居なかった。つまり彼女はリハビリ場にいる。もしかして一人でリハビリをしているのか?そう思いながらリハビリ場に行くと、一人でリハビリに励む春香がいた。俺は春香の方へゆっくり近付いた。彼女は気配を感じたのか、すぐに振り向いて俺を見つけた。
「あ、お兄ちゃん」
「大丈夫か?春香」
「うん、だんだん歩けるようになったよ」
そう言って俺に見せるように再び歩き出す。確かに、以前よりは歩けるになっていた。それでもやはり不安定だった。最後まで歩き終えると、彼女は俺の方を見てドヤ顔をした。子供らしい一面を可愛らしく感じた。
「どう?お兄ちゃん」
「すごいじゃん。その調子で頑張ろう」
「うん!」
そう言って春香は嬉しそうに笑う。そして再び手すりを掴んで俺の方へ来る。支えようと彼女の側へ近寄ろうとすると
「待って!一人でできるから....」
と言って俺を止めた。疲れのせいなのか、さっきよりも不安定だった。支えてやりたいが、彼女はそれを望んでいない。助けたいのを我慢してじっと彼女を待つ。彼女の諦めない姿。その姿が子供の頃の春香と重なった。諦めずに彼女は歩き続けていたが、遂に倒れてしまったが、俺は助けなかった。彼女は一人で、自分の力だけでこれを成し遂げたいと思っている。だから俺は何も手を貸さない。彼女は俺が助けないのを分かっている。手すりを力一杯に握り締め、体を起こす。息を切らしながら俺にゆっくりと近付く。そして俺の所に辿り着くと彼女はそのまま倒れてきた。俺はそれをそっと受け止める。俺の胸の中で息を切らす。何も喋らなかったからか、記憶を無くす前の春香を支えているようだった。
「よく頑張った」
そう言って俺は彼女の頭をポンポンと叩いた。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
新たなヒロイン、東響子さんが登場しました。
何故か蓮を助けようとしている。
そして彼と同じく不眠症だったと言っていたが彼女の過去に一体何が。
感想や指摘など頂くと嬉しいです。
続きを楽しみにしてくれると更に嬉しいです。
これらに登場する人物、地域、団体は全てフィクションです。




