第十二話「優雅な彼女の姿を見届ける」
【前回のあらすじ】
演劇部に入部した春香は、蓮に自分が上手に演技をしている姿を見て欲しいため、一生懸命練習に励んだ。
文化祭当日、春香の高校に着くと、校門で俺のことを待っていた。俺に気付くと大きく手を振ってきた。俺も手を振り返しながら彼女に近付く。
「来てくれてありがと、お兄ちゃん」
「劇、楽しみにしてるぞ」
「うん」
そう言うと俺の手を握り、ついてきてと言って歩き出した。彼女に手を引かれて歩く。周りを見回すと、綺麗に装飾されていて、コスプレなどしている生徒達やクラスでの出し物を宣伝してる生徒達で賑わっていた。春香について行くと、彼女のクラスに着いた。入口のすぐ側にある立て掛けにメイド喫茶と書いてあった。
「私、今からメイドさんになるんだー」
そう言って無邪気に笑った。文化祭はいろいろと大変だな。購買だと尚更だ。客のために、自分の自由を惜しんでまでも仕事をする。メイド喫茶だって、少しくらいは恥ずかしさを感じるだろう。そしてその裏でただ料理をするのも、楽しくない。だがまあ、春香のメイド姿が見れるから良しとするか。こんな事を言うとアレだが、一度見てみたかったというのもある。そんなことを考えていると彼女は既に教室の中に入っていた。俺も彼女の後を追って教室に入る。中は綺麗に装飾されていた。いかにもメイド喫茶と呼ぶような装飾だった。
「お兄ちゃん、いらっしゃいませ」
可愛らしいメイド服を着た春香が出迎えてくれた。少し恥ずかしそうにしている。素直に言うのなら、普通に良いと思う。それにしても不思議な光景だな。メイド喫茶など絶対に行かないと思っていた俺が、こうして文化祭の小さなところでもメイド喫茶に行くとは。
「こっちだよ」
案内されたテーブルに座る。その上にはメニューが書いてある冊子が置いてあった。手にとって眺める。多くはなかったが、良い品揃えだった。何種類かに分かれている。ケーキ、ソフトクリーム、カステラ、コーヒー、ジュース。何を頼んでも良いメニューだ。俺はチョコケーキとコーヒーを頼んだ。春香は注文を聞くと、嬉しそうに厨房へ向かった。もう一度周りを見回す。客人は数人いて、メイド姿の生徒はあまりいない。客が少ないからいないのだろうか。しばらくすると、春香が注文した品を持って来た。
「はい、召し上がれ」
「ありがとう」
皿の上にチョコケーキが乗っていて、そのすぐ側にフォークが置いてあった。それを手に取ってケーキを一口サイズに切って口に運んだ。
「....美味しい」
「ほ、本当?」
「ああ、文化祭にしては美味しいよ」
「やった。それ、私が作ったの」
「そうなのか?すごいな。また今度食べさせてくれよ」
「うん!」
嬉しそうに笑う。本当に美味しい。素直に喉を通る、いくらでも食べたいような美味しさだった。コーヒーは市販のやつだろうか、飲み慣れた味がした。全部食べ切ると、春香は制服に着替えて戻ってきた。
「演劇は何時からだ?」
「一時から体育館で軽音部のライブだから、その後に演劇部の劇が始まるよ」
「そうか、まあ一時くらいに居れば劇は見れるな」
「うん、私は早めに体育館に行くけど」
「じゃあ一緒に行くか」
「うん」
そう言うと俺の手をそっと握ってきた。少し驚いたが、俺も握り返した。今の春香がこんなことするなんて思ってもいなかった。記憶を取り戻している証拠なのだろうか。最近は記憶の夢を見ていなかったから記憶の回復は止まっていると思っていた。春香と手を繋ぎながら学校を歩き回る。彼女のことが気になって文化祭に集中できない。気持ちが落ち着かない。気を紛らわさないと。
「えっと....ソフトクリーム食べるか?」
「え....う、うん」
そう言ってソフトクリームの屋台へ向かう。客はあまり並んでいなくてすぐに買えた。彼女は一口食べるととても美味しそうな表情をした。そしてふと時計を見た。
「あ、もう行かないと」
携帯で時間を確認すると、もうすぐ一時になろうとしている時間だった。
「早く行くか」
そう言うと彼女は数口食べると俺に渡した。するとまた俺の手を掴んで体育館に向かった。
体育館の入口近くで彼女と別れ、中に入った。椅子がずらりと並んでいて、既に座っている人がちらほらと見えた。一番見えやすい場所に座り待った。時間が経つと、人も多くなってきた。そして軽音部のライブが始まった。いろいろなバンドがそれぞれ選んだ曲を歌い、体育館は盛り上がった。彼らの顔を見ると、実に楽しそうな表情していた。そしてついに、春香が所属する演劇部の劇が始まった。重要人物は三年生が担当するようだ。春香は出番は少ないが、精一杯尽くすだろう。しばらく劇を見ていると、春香が登場した。俺は黙って見守る。彼女は大きな声ではきはきと台詞を言う。三年生と比べるとまだまだだが、普通に上手だった。そして舞台裏に退場していった。よく頑張った。彼女の頑張る姿を見ると、こっちまでも頑張る気持ちを貰える。彼女の気持ちが伝わってくる。劇は無事に終了した。劇が終わると、体育館に拍手の音が響き渡った。俺は誰よりも大きく拍手をした。全ての行事が終わり、客は立ち上がり体育館から出て行く。俺は舞台裏の入口近くで春香を待った。しばらくすると春香が出てきた。
「お疲れさま」
そう言って頭を撫でた。彼女はとても嬉しそうに
「ありがとう」
と言った。
「お兄ちゃんに見てもらいたかったから、一生懸命練習したんだよ」
「そうか。嬉しいよ」
そう言ってまた春香の頭を撫でる。
「頑張ってよかった。お兄ちゃんに撫でてもらうの好きなんだ」
「ならもっと撫でてやるよ」
そう言ってさっきより少し荒々しく撫でた。春香は髪が乱れると言って笑った。俺も笑った。昔に戻ったような気分だ。
完全には思い出してないけど、このままでいいかもしれない。実際に幸せを感じている。彼女とこうしていられることが幸せだ。もう、俺も疲れたな。彼女が元に戻るまで、いつまで俺は彼女が俺を思い出さない苦しみを耐えればいいんだ。いっそのこと、この現実を受け止めて、今の春香と新しい思い出を作ろう。そう思って春香を見ると、何故か彼女は涙していた。
「....ごめんっ」
そう言って彼女は俺から逃げるように走って体育館から出て行った。突然のことすぎて彼女を追いかけられず、ただ立ち尽くしていた。彼女が涙を流す理由がわからない。そして何故俺から離れたのか。その後、校舎中を探し回ったが、春香は見つからなかった。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
大切な人が舞台の上に立って優雅に演技などしている姿を見たことがありますか?
僕にはありません。今後もないでしょう(笑)
まあ、蓮は春香が一生懸命に頑張る姿を見るのが好きなんでしょうね。
感想や指摘など頂くと嬉しいです。
続きを楽しみにしてくれると更に嬉しいです。
次回、最終回です。
これらに登場する人物、地域、団体は全てフィクションです。




