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となりの双子はキケンすぎる ~生まれた日から、ずっとそばにいる。だから、ずっとキケンなんだ。~  作者: 鍼野ひびき
第三巻 答えを出す冬と、僕たちの選択

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アフターストーリー特別編

初めてのデート、なのに緊張する理由




 付き合い始めて、最初の週末。

 美紀と、二人で出かけることになった。

 行き先は、隣町の本屋と、その近くのカフェ。特別な場所ではなかった。


(……なのに、なんでこんなに、緊張するんだ)


     *

 駅で待ち合わせた。

 約束の時間より、五分早く着いた。

 ホームのベンチに座って待っていると、改札の方から、見慣れた、でも、いつもとは違う姿が、近づいてきた。


 美紀は、いつもの制服ではなく、私服だった。

 紺のコートに、白いマフラー。髪は、いつもより、丁寧に整えられていた。

 見慣れているはずの美紀なのに、なぜか、新鮮に見えた。


「……何、見てるの」

「いや、私服、新鮮だなと思って」

「……毎日、家でも私服でしょ」

「そうだけど、なんか違う」


 美紀が、少し、頬を染めた。


「……今日のために、いつもより、ちゃんと選んだから」

「そうだったのか」

「……言わなくていいのに、気づくんだから、博之は」


 美紀が、小さく、笑った。


     *

 電車に乗って、隣町まで、二十分ほど。

 窓際の席に、並んで座った。

 冬の景色が、車窓を、流れていった。


「……こうして電車に乗るの、久しぶりかも」


 美紀が、窓の外を見ながら、言った。


「いつも歩きか自転車だしな」

「うん。なんか、旅行みたいで、ちょっと楽しい」


 美紀が、隣町への電車に乗るだけで、こんなに嬉しそうにするとは思わなかった。

(……こういう、ちょっとしたことに、喜びを見つけるところが、美紀らしい)


     *

 隣町に着いて、駅前の通りを、二人で歩いた。

 商店街には、クリーニング屋、パン屋、小さな雑貨屋が並んでいた。


「あ、あのパン屋、人気あるって聞いたことある」


 美紀が、指をさした。

 店の前には、小さな行列ができていた。


「並ぶか?」

「……本屋の後で、いい?」

「分かった」


 その「本屋の後で」という言い方に、なんとなく、今日一日の計画を、すでに頭の中で組み立てている美紀らしさが、出ていた。

(……美紀は、こういうところ、ちゃんとしてるよな)


     *

 本屋に入ると、美紀の目が、すぐに、文芸書のコーナーに向かった。

 迷いのない足取りで、棚の前に立った。


 美紀が、いつも読んでいる作家の新作を見つけた。

 美紀は、夢中になって、立ち読みを始めた。

 その横顔が、真剣で、いつもの教室での顔とは、また違う、知的な表情をしていた。


(……こういう顔、学校じゃ、あまり見ない)

(……俺は、まだ、美紀の知らない顔を、たくさん知っていくんだろうな)


「……買わないのか」

「うーん、迷ってる」

「俺が買う」

「え、いいよ自分で」

「クリスマスのお返し、まだしてないから」


 美紀が、少し、固まった。


「……お返しって」

「お前は、馬鹿と言ってきただけだろ」

「……それは、お返しじゃないでしょ」

「いや、ちゃんと、もらった」


 美紀が、噴き出すように、笑った。


「……博之、その理屈、おかしいから」

「おかしくない。お前が言った『馬鹿』は、ちゃんと、嬉しいプレゼントだった」

「……変なところで、頑固だよね」


 美紀が、笑いながら、それでも、本を、レジに持っていく俺を、止めなかった。


     *

 本屋を出て、さっきのパン屋に向かった。

 行列は、少し短くなっていた。


 並んでいる間、美紀が、ふと、言った。


「……こうやって並ぶの、なんか好き」

「並ぶのが?」

「うん。何かを待つ時間が、嫌いじゃない」

「美紀らしいな」

「……どういう意味」

「待つのが得意なんだろうな、って」


 美紀が、少し、目を伏せた。

 その表情に、これまでの、たくさんの「待てる」という言葉が、重なって見えた気がした。


「……そうかもしれない」


(……美紀は、ずっと、待つことに、慣れていたんだろう)

(……これからは、待たせる時間より、一緒にいる時間を、増やしていきたい)


     *

 順番が来て、メロンパンと、クロワッサンを買った。

 二人で、半分ずつ、分け合った。


「……あったかい」


 美紀が、メロンパンを、両手で包みながら、言った。


「うまいな」

「うん。並んだ価値、あった」


     *

 昼食は、近くの小さな定食屋に入った。

 美紀は、生姜焼き定食。俺は、唐揚げ定食。


「……家族でこういうとこ来るのと、二人で来るのと、なんか違う」


 美紀が、味噌汁を一口飲んで、言った。


「どう違う」

「……うまく言えないけど。なんか、特別な感じがする」


 俺は、それを聞いて、少し、嬉しくなった。


「同じ定食屋なのにな」

「……場所じゃないんだよ、たぶん」


 美紀が、まっすぐに、俺を見て、言った。


「博之と一緒にいることが、特別なんだと思う」


(……美紀)

(……そういうことを、急に、まっすぐに言うのは、反則だ)


 俺は、何も言えずに、唐揚げを食べた。

 美紀が、それを見て、くすくすと、笑っていた。


     *

 午後、カフェに入った。

 窓際の、二人掛けの席に座った。


 美紀が、ホットチョコレートを注文した。俺は、コーヒーにした。


「……付き合うって、こういうことなんだね」


 美紀が、カップを両手で包みながら、言った。


「どういう意味だ」

「なんでもないことが、特別に思える。今日とか、本屋に行って、パン買って、定食食べただけなのに」


 俺は、少し、考えてから、答えた。


「俺も、同じこと思ってた」

「……ふふ」


 美紀が、嬉しそうに、笑った。


     *

 しばらく、二人で、他愛のない話をした。

 今日見た本屋の話、パン屋の行列の話、来週のテストの話。

 特別なことを話さなくても、ただ、二人でいる時間が、ゆっくりと、流れていった。


「……ねえ、博之」


 美紀が、少し、声を、落とした。


「なに」

「今日、楽しい?」

「ああ。楽しい」

「……よかった」


 美紀が、少し、安心したように、息をついた。


「……実は、ずっと、ちゃんとデートできてるか、不安だった」

「なんでだ」

「……分からない。初めてだから」


 美紀が、正直に、言った。


(……美紀も、緊張してたんだな)

(……俺だけじゃなかった)


     *

 夕方、店を出た。

 冬の日は短く、もう、空が、薄い橙色に染まり始めていた。


 帰り道、二人で、駅まで、ゆっくりと歩いた。

 商店街の灯りが、少しずつ、点り始めていた。


「……美香に、見つかったら、何か言われるかな」

「絶対言われる」

「……だろうね」


 二人で、少し、笑った。


     *

 駅前の小さな公園を通りかかった。

 夕方の冷たい風が、二人の頬を、撫でていった。


 美紀が、ふと、足を止めた。


「……博之」

「なに」


 美紀が、俺の方を、向いた。

 夕暮れの、橙色の光が、美紀の顔を、柔らかく、照らしていた。


「今日、本当に、楽しかった」

「俺も」

「……これから、こういう日が、たくさん、増えるといいな」

「増やす」


 俺は、はっきりと、言った。


 美紀が、少し、目を、見開いた。

 それから、嬉しそうに、笑った。


     *

 しばらく、二人で、見つめ合った。

 公園には、もう、誰もいなかった。

 夕暮れの風だけが、二人の間を、静かに、通り過ぎていった。


(……今しかない、と思った)


 俺は、ゆっくりと、美紀の方に、顔を、寄せた。

 美紀が、それに、気づいた。

 目を、少し、見開いて、それから、ゆっくりと、閉じた。


     *

 唇が、触れた。

 クリスマスイブの夜、頬に交わしたものとは、まったく、違う、感触だった。


 短い、それでも、確かな、キスだった。


 唇が、離れた。

 美紀の頬が、夕暮れの光よりも、もっと、赤く、染まっていた。


「……博之」


 美紀が、小さく、声を、出した。


「……今、私たち」

「ああ」

「……初めて、だった」

「俺も」


 二人で、しばらく、何も言わずに、見つめ合っていた。

 夕暮れの風が、二人の間を、また、通り過ぎていった。


     *

「……もう一回、していい?」


 俺が、聞くと、美紀が、小さく、頷いた。


 俺は、もう一度、美紀に、口づけた。

 今度は、さっきよりも、少しだけ、長く。


 美紀の手が、そっと、俺のコートの袖を、掴んだ。


(……美紀)

(……これから、こういう瞬間を、もっと、たくさん、積み重ねていく)


     *

 唇が、離れた。

 美紀が、少し、照れたように、笑った。


「……公園で、こんなこと、しちゃったね」

「誰も見てなかった」

「……それは、よかった」


 二人で、また、笑った。


     *

 駅まで、二人で、手を繋いで、歩いた。

 冬の夕暮れの中、二人の影が、長く、伸びていた。


「……今日のこと、忘れないでね」


 美紀が、俺の手を、少し、強く、握りながら、言った。


「忘れない」

「……絶対?」

「絶対」


 美紀が、満足そうに、頷いた。


     *

 電車に乗って、帰る間、美紀は、俺の肩に、そっと、頭を、預けていた。

 冬の車窓を、夕暮れの景色が、流れていった。


(……これからも、こういう日常が、続いていくんだろう)

(……なんでもない時間が、特別になる。それが、好きということなのかもしれない)


 俺は、美紀の頭に、そっと、頬を、寄せた。

 電車の揺れが、二人を、優しく、揺らしていた。


 冬の夕暮れが、ゆっくりと、夜へと、変わっていった。

 二人だけの、初めての、特別な一日が、静かに、終わりに、近づいていった。



◇ ◇ ◇


― アフターストーリー特別編 了 ―


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