第九話
美香の涙と、3人の約束
年末。
大掃除をする日が来た。
桐島家と水瀬家、両方の家を、三人で手伝って回るのが、毎年の恒例だった。
*
午前中は、水瀬家の掃除を手伝った。
午後は、桐島家。
いつもと変わらない、賑やかな一日だった。
夕方、博之の部屋を掃除することになった。
本棚の整理、床の拭き掃除、窓拭き。三人で、手分けして進めた。
*
窓を拭いていた美香が、ふと、手を止めた。
「……ねえ、博之」
「なに」
「好きって言ってくれたこと、嬉しかった」
美香が、窓の外を見ながら、言った。
「ああ」
俺は、それだけ、答えた。
「選ばれなかったけど、嬉しかった。……ちゃんと、見ててくれてたんだなって」
美香の声が、少し、震えていた。
(……美香)
*
俺は、何か言おうとした。
「言わなくていい」
美香が、遮った。
「泣きそうだから、何も言わないで」
「……分かった」
美香が、窓拭きの手を、再び止めた。
肩が、小さく、震えていた。
*
美香が、一人で、少し、泣いた。
声を出さずに、ただ、涙だけが、こぼれていた。
俺は、隣に座って、そっと、美香の頭を、撫でた。
「反則だっていったじゃん」
「ごめん」
「……いいけど」
美香が、泣きながら、少し、笑った。
*
そこに、美紀が、部屋に入ってきた。
状況を、すぐに、察したようだった。
美紀が、美香の隣に、静かに、座った。
「……ごめん」
美紀が、言った。
「謝らないで。お姉ちゃんには、謝ってほしくない」
美香が、すぐに、言った。
美紀が、少しの間、黙った。
それから、小さく、頷いた。
「……うん」
*
美紀が、美香の肩を、そっと、抱いた。
(……この前の、あの約束)
(……『博之が誰かを選んでも、3人でいること。形は変わっても、いること』)
(……今、それが、こうして、実際に、形になっている)
俺は、その様子を、しばらく、見ていた。
姉妹の絆が、確かに、そこにあった。
*
しばらくして、美香が、涙を拭いて、顔を上げた。
「よし、泣いた! 終わり! お腹すいた!」
美香が、勢いよく、立ち上がった。
俺と、美紀が、思わず、笑った。
「……美香、それ、切り替え早すぎ」
「だって、泣いてばかりじゃ、つまらないじゃん!」
三人で、笑った。
その笑いの中に、確かな、あたたかさがあった。
*
掃除を終えて、三人で、リビングで、おやつを食べた。
母さんが用意してくれた、みかんと、お餅。
「来年も、こうやって、大掃除手伝おうね」
美香が、みかんを剥きながら、言った。
「ああ」
「うん」
俺と、美紀が、同時に、答えた。
(……変わらない日常が、ここにある)
(……美紀との関係は変わったけど、三人での時間は、ちゃんと、続いていく)
*
夕方、美香が、帰る前に、もう一度、言った。
「博之」
「なに」
「ありがとう。ちゃんと、向き合ってくれて」
美香が、まっすぐに、俺を見て、言った。
「……お前にも、ありがとう」
「なんで博之が私にお礼言うの」
「正直に、言ってくれたから」
美香が、少し、照れたように、笑った。
*
美香が、水瀬家に帰っていった。
美紀が、まだ、残っていた。
「……美香、強いね」
俺が言うと、美紀が、頷いた。
「うん。あの子、本当に強い」
「お前も、強いよ」
「……どういう意味」
「妹を支えながら、自分の気持ちも、ちゃんと持ってる」
美紀が、少し、目を伏せた。
それから、小さく、笑った。
「……ありがとう」
*
夜、自分の部屋で、今日のことを、思い返した。
「選ばれなかったけど、嬉しかった。……ちゃんと、見ててくれてたんだなって」
「謝らないで。お姉ちゃんには、謝ってほしくない」
「よし、泣いた! 終わり! お腹すいた!」
(……美香というキャラクターの全てが、今日、ここにあった気がする)
(……強さと、優しさと、明るさと、そして、確かな涙)
窓の外で、年末の、冷たい風が、音を立てていた。
今年も、もうすぐ終わる。
(……来年も、三人で、いろんなことを、一緒に過ごしていく)
(……形は変わったけど、この日常は、ちゃんと、続いていく)
俺は、目を閉じた。
美香の笑顔と、美紀の優しさを、両方、胸に抱きながら。
◇ ◇ ◇
― 第九話「美香の涙と、3人の約束」 了 ―
次話:第十話「新年、3人の初詣とこれから。」へ続く
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