第八話
翌朝、また君がいた。でも今日は違う。
十二月二十六日。
朝。
目が覚めた。
ベッドに、誰かがいた。
美紀だった。
でも、今日は、違った。
美紀が、俺の方を向いて、目を開けていた。
*
「……おはよう」
「ああ、おはよう」
「昨日のこと、夢じゃないよね」
「夢じゃない」
「……そっか」
美紀が、ふわりと笑った。
声を出さずに、でも、確かに、笑った。
(……この顔を、ずっと見ていたかったんだと思った)
*
朝ごはんを食べていると、美香が、合鍵で入ってきた。
「おはよー」
美香が、いつもの調子で言った。
でも、美紀がいるのを見て、少し、足を止めた。
「……あ、美紀ちゃんもいる」
「うん」
「……昨日、どうなったか聞いていい?」
「美香」
「分かった、聞かない」
美香が、すぐに、話題を変えた。
*
三人で、朝ごはんを食べた。
いつもと、同じようで、少し、違っていた。
美紀と、俺の距離が、少しだけ、近かった。
美香が、それを見て、少しだけ、目を逸らした。
(……美香)
(……気づいているんだろう。でも、何も言わない)
*
でも、美香は、笑っていた。
本物の笑顔で。
「美紀ちゃん、大事にしてもらえないと許さないから」
「……分かってる」
「博之も」
「ああ」
美香が、それだけ言って、また、いつもの調子に戻った。
「よし! 今日も朝ごはんうまい!」
(……美香)
(……泣かずに、笑って言う。それが、お前という人間の、全てだ)
*
朝ごはんを食べ終えて、美香が、いつものように、食器を片付け始めた。
美紀も、それを手伝った。
俺は、その様子を、しばらく見ていた。
二人が、キッチンで、何やら話している。
内容は、聞こえなかった。
でも、その空気は、悪いものではなかった。
(……姉妹として、もう、いろんなことを、話し合っているんだろう)
*
昼前、三人で、近所を少し散歩することになった。
冬の街並みは、静かで、澄んでいた。
美香が、いつものように、俺の腕を取った。
美紀も、反対側から、少し、距離を詰めた。
(……これは、変わらないんだな)
(……美香は、もう、何か特別な意味で近づいているわけじゃないかもしれない。でも、それでも、こうして、隣にいる)
*
「ねえ、博之」
美香が、歩きながら、言った。
「なに」
「これからも、こうやって、三人で歩いたりするんだよね?」
俺は、少し、考えてから、答えた。
「ああ。変わらない」
「……うん」
美香が、満足そうに、頷いた。
*
しばらく歩いて、公園に着いた。
昨日、美香に告白の返事を伝えた、あの公園だった。
美香が、そのベンチを見て、少し、苦笑した。
「……ここだ」
「ああ」
「……まあ、いい思い出にする」
美香が、明るく言った。
(……美香)
(……いい思い出に、する、と言える強さに、また、頭が下がる)
*
三人で、ベンチに座った。
博之を真ん中に、美紀と美香が、それぞれ、隣に座った。
冬の空が、高く、澄んでいた。
誰も、何も言わずに、しばらく、その空を見ていた。
「……なんか、変わったけど、変わってない気がする」
美香が、ぽつりと、言った。
「どういう意味?」
「博之と美紀ちゃんが、付き合うことになったけど、こうして三人でいることは、変わってないから」
美紀が、静かに、頷いた。
「……この前、約束したから」
美紀が、言った。
「うん。形は変わっても、いること」
(……あの夜の約束が、今、ちゃんと、生きている)
*
俺は、二人の横顔を、交互に見た。
美紀の、落ち着いた笑顔。
美香の、明るい笑顔。
どちらも、変わらず、大切だった。
形は変わったけれど、想いは、変わらなかった。
*
昼過ぎ、三人で、家に戻った。
夕方、美香が、いつものように、桐島家に来て、夕ごはんを一緒に食べた。
いつもと変わらない、賑やかな夜だった。
でも、その中に、確かな変化が、静かに、息づいていた。
*
夜、自分の部屋で、今日のことを、思い返した。
「美紀ちゃん、大事にしてもらえないと許さないから」
「……なんか、変わったけど、変わってない気がする」
「形は変わっても、いること」
(……美香は、本当に、強い)
(……いや、強いだけじゃない。あの強さの中に、深い優しさがある)
窓の外で、冬の風が、静かに、音を立てていた。
年の暮れが、近づいていた。
(……新しい関係が、始まった)
(……それでも、三人の日常は、続いていく)
俺は、目を閉じた。
今日、美紀と過ごした時間の、あたたかさを、感じながら。
◇ ◇ ◇
― 第八話「翌朝、また君がいた。でも今日は違う。」 了 ―
次話:第九話「美香の涙と、3人の約束」へ続く
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