第七話
12月25日、博之の答え。
【クライマックス回】
十二月二十五日。
クリスマスの朝だった。
目が覚めると、ベッドに、誰もいなかった。
今日だけは、来ていなかった。
(……今日が、その日だ)
*
俺は、まず、美香に連絡した。
『話したい。公園に来られる?』
すぐに、返事が来た。
『うん。行く』
*
公園のベンチで、美香を待った。
冬の朝の空気は、澄んでいて、冷たかった。
しばらくして、美香が、来た。
「……来た」
「ありがとう」
美香が、俺の隣に座った。
しばらく、沈黙が続いた。
*
「美香のこと、好きだ。幼なじみとしてじゃなくて、ちゃんと好きだ。ずっと一緒にいたいと思う」
俺は、まず、それを、はっきりと言った。
美香の目が、潤んだ。
「でも」
美香が、小さく、言葉を継いだ。
その「でも」が、来ることを、わかっていたようだった。
*
「俺は……美紀のことも、同じくらい好きだ。どちらかを選ぶなら、美紀を選ぶ。それが、正直な答えだ」
俺は、はっきりと、言った。
声が、震えそうになったが、最後まで、しっかりと言った。
長い、長い沈黙があった。
公園の木々が、冬の風に、揺れていた。
*
「……正直に言ってくれて、ありがとう」
美香が、長い沈黙の後、言った。
「怒っていい」
「怒ってるよ。でも……好きって言ってくれたから、それでいい」
涙が、一粒、美香の頬を、伝った。
(……美香)
*
「でもね、博之」
「なに」
「私のこと、ずっと幸せにしてね。友達として」
美香が、涙を拭いながら、笑って言った。
「……ああ」
「嘘ついたら許さないから」
「分かった」
(……美香)
(……お前は、こんなときでも、まっすぐに、約束を作る)
*
しばらく、二人で、黙って、座っていた。
冬の朝の光が、少しずつ、強くなっていった。
「……行ってきて」
美香が、言った。
「美紀ちゃんのところ」
「……ああ」
「ちゃんと、伝えて」
「伝える」
俺は、立ち上がった。
美香も、立ち上がった。
「博之」
「なに」
「……ありがとう、正直でいてくれて」
美香が、もう一度、言った。
今度は、涙を見せずに、笑顔で。
*
俺は、美香と別れて、水瀬家へ向かった。
胸の中に、重さと、軽さが、同時にあった。
(……美香に、伝えた)
(……これで、後戻りはできない)
(……でも、もう、後戻りする気もない)
*
水瀬家に着いて、インターホンを押した。
しばらくして、美紀が、出てきた。
「……博之?」
「話したい。家の前に来てくれ」
「……うん」
美紀が、玄関先に、出てきた。
*
俺たちは、玄関先で、向かい合った。
冬の朝の光が、美紀の顔を、照らしていた。
「美紀が好きだ。付き合ってほしい」
俺は、言った。
はっきりと、迷いなく。
美紀が、少しの間、黙っていた。
その沈黙が、永遠のように、長く感じられた。
*
「……馬鹿」
美紀が、言った。
そして、笑った。
「返事は?」
俺が聞くと、美紀が、もう一度、笑った。
「……うん」
たった二文字だった。
でも、その二文字に、全部が、詰まっていた。
(……美紀)
(……春からの、全ての『そっか』が、今、ここに辿り着いた)
*
俺は、美紀を、そっと、抱きしめた。
美紀も、俺の背中に、手を回した。
冬の朝の冷たい空気の中で、二人の体温だけが、確かに、あたたかかった。
*
「……美香には」
美紀が、聞いた。
「もう、伝えた」
「……そう」
「美香は、『友達として、ずっと幸せにしてね』と言った」
美紀が、少し、目を伏せた。
「……美香らしい」
(……美香らしい、という言葉に、美紀の、妹への深い愛情が、込められていた)
*
俺たちは、しばらく、玄関先で、抱き合っていた。
冬の朝の光が、二人を、静かに、照らしていた。
春から、ずっと続いてきた、長い時間。
たくさんの「そっか」と、たくさんの「今は」と、たくさんの「待てる」を経て。
ようやく、答えが、出た。
(……美紀)
(……これから、ちゃんと、お前を、大切にする)
冬の空が、高く、澄んでいた。
クリスマスの朝が、静かに、続いていった。
◇ ◇ ◇
― 第七話「12月25日、博之の答え。」 了 ―
次話:第八話「翌朝、また君がいた。でも今日は違う。」へ続く
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