第二話
美香への答え、その前に。
俺は決めた。
まず、美香に、ちゃんと向き合おうと。
この前、美紀に「できるだけ早く」と言ったのは、その場の流れだけではなかった。
俺自身、もう、これ以上、答えを引き延ばすべきではないと思っていた。
*
放課後、教室で美香を見つけた。
友達と話している美香に、少し離れたところから声をかけた。
「美香、少し話したい」
美香が、俺の方を見た。
その顔が、一瞬で、緊張した。
「……いよいよ?」
「ああ」
「……怖い」
「俺も怖い」
俺たちは、正直に、それだけ言い合った。
*
学校の近くの公園まで、二人で歩いた。
十一月の公園は、葉が落ちて、寒々しい空気が漂っていた。
ベンチに、並んで座った。
しばらく、誰も何も言わなかった。
遠くで、誰かが犬を散歩させている声が聞こえた。
*
「……美香の気持ち、ちゃんと受け取った」
俺は、まず、そう切り出した。
「それで?」
美香の声は、いつもより少し低かった。
「……美香のことは、好きだ。ずっと一緒にいた、大切な人だ」
俺は、ゆっくりと、言葉を選びながら言った。
「でも」という言葉が来ることを、美香は、わかっていた。
その表情を見て、俺にも、それがわかった。
*
「……でも、まだ答えが出ていない。美紀のことも……整理できていない」
俺は、正直に言った。
完全な嘘ではなかったが、完全な本当でもなかった。
美紀との気持ちは、すでに通じ合っていた。
でも、それを今、ここで、美香に伝えることが、本当に正しいのか、まだ迷いがあった。
(……美香に、どこまで伝えるべきなんだろう)
(……今、美紀との気持ちを全部話せば、美香はもっと傷つくかもしれない)
(……でも、隠すことも、誠実じゃない気がする)
*
美香が、長い沈黙の後、口を開いた。
「……正直に言ってくれて、ありがとう」
俺は、少し、驚いた。
「怒らないのか」
「怒るよ。でも……博之が正直でいてくれる方が、嬉しい」
(……美香)
(……お前の強さと優しさが、今、この一言に、全部詰まっている気がする)
*
美香が、空を見上げた。
十一月の空は、高くて、澄んでいた。
「……待つ」
美香が、言った。
「でも、ずっとは待てないから」
美香が、はっきりと言った。
「……分かった」
俺は、頷いた。
*
「博之のこと、好きなの変わらないから。ちゃんと選んで」
美香が、まっすぐに、俺を見て言った。
(……美香)
(……お前は、自分が選ばれないかもしれない、ということを、もう、わかっている)
(……それでも、こうして、まっすぐに、俺と向き合おうとしている)
「……ああ。ちゃんと選ぶ」
俺は、答えた。
*
しばらく、二人で、何も言わずに、公園のベンチに座っていた。
風が、落ち葉を巻き上げて、足元を通り過ぎていった。
「……ねえ、博之」
美香が、少し違う調子で言った。
「なに」
「もし、選ばれなかったとしても、博之のこと、嫌いになったりしないから」
美香が、静かに言った。
「……それだけは、覚えておいて」
(……美香)
(……お前は、もう、結果を覚悟して、それでも、俺との関係を守ろうとしている)
俺は、何も言えなかった。
言葉が、見つからなかった。
*
美香が、ベンチから立ち上がった。
「……帰ろっか。寒くなってきた」
美香が、いつもの調子に戻って、言った。
「ああ」
俺も、立ち上がった。
二人で、公園を出て、帰り道を歩いた。
夕暮れの空が、橙色から、紺色へと変わっていく途中だった。
*
帰り道、美香が、ふと、いつもの調子で言った。
「あ、そういえば、今度の冬休み、何しようか」
「……まだ早いだろ」
「早くないよ! 計画は早めに立てた方がいいの」
美香が、いつものように、明るく話し始めた。
さっきまでの、重い空気が、少しずつ、和らいでいった。
(……美香は、こうやって、すぐに、いつもの自分に戻る)
(……それが、強さなのか、それとも、自分を守るための、何かなのか)
(……どちらにしても、俺は、それに救われている)
*
桐島家と水瀬家の前に着いた。
「博之、今日、話せてよかった」
「ああ」
「……ちゃんと、待ってるから」
美香が、最後に、もう一度言った。
「わかった」
美香が、水瀬家に入っていった。
*
俺は、一人、夜の道に残った。
空を見上げた。
星が、いくつか、見えた。
今日のことを、思い返した。
「……正直に言ってくれて、ありがとう」
「怒るよ。でも……博之が正直でいてくれる方が、嬉しい」
「もし、選ばれなかったとしても、博之のこと、嫌いになったりしないから」
(……美香は、本当に、強い)
(……いや、強いだけじゃない。優しいんだ。誰よりも)
俺は、部屋に戻って、ベッドに横になった。
まだ、本当のことを、全部、美香に話してはいなかった。
美紀との気持ちが、すでに通じ合っていることを。
(……それを伝える日も、もうすぐ来る)
(……今日は、中間報告だった。誠実な、でも、まだ途中の報告だった)
窓の外で、冬の気配が、少しずつ、強くなっていた。
十一月の夜は、もう、肌寒かった。
(……美香、待っていてくれ)
(……ちゃんと、答えを出す。それまでの、もう少しの時間を)
俺は、目を閉じた。
美香の「ずっとは待てないから」という言葉が、まだ、耳に残っていた。
冬は、もう、すぐそこまで来ていた。
◇ ◇ ◇
― 第二話「美香への答え、その前に。」 了 ―
次話:第三話「美紀との距離、縮まる夜」へ続く
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