第一話
三者面談と、それぞれの将来
十一月。
高校二年生の三者面談の時期がやってきた。
進路について、そろそろ真剣に考えなければならない時期だった。
*
俺の面談は、放課後の教室で行われた。
担任の先生が、成績表を見ながら言った。
「桐島くん、成績は安定してるけど、志望校をもう少し絞った方がいいね」
「……そうですね」
「理系で考えてるんだよね?」
「はい」
俺は、いくつかの大学名を挙げて、先生と相談した。
でも、頭の中では、別のことを考えていた。
(……同じ大学に行けるのかな)
ふと、そんなことを考えて、すぐにその考えを打ち消した。
(……二人のうちの、どちらかとしか、行けない)
*
面談が終わって、教室を出ると、廊下で美紀と会った。
「面談、終わった?」
「ああ。お前は?」
「これからなんだけど、もう志望校決めてある」
「決まってるのか」
「うん。国立大学の文学部。県内の」
美紀が、はっきりと言った。
迷いのない声だった。
(……美紀は、もう決めているのか)
(……県内、という言葉が、少し引っかかった)
*
しばらくして、美香が、廊下の向こうから歩いてきた。
「博之ー! 美紀ちゃん! 面談どうだった?」
美香が、いつもの調子で聞いてきた。
「普通だった」
「私は今からだけど、まだ何も決めてないんだよね」
美香が、少し困ったように笑った。
*
放課後、三人で帰りながら、将来の話になった。
「大学どこ行くの?」
美香が、俺に聞いてきた。
俺は、答えを濁した。
「……まだ、決めてない」
すると、美紀が、ぽつりと言った。
「……一緒のとこ行けたらいいね」
誰に向けて言ったのか。
その場にいた、誰もが、わかっている気がした。
だから、誰も、すぐには何も言えなかった。
*
美香が、少し遅れて、口を開いた。
「私も!」
美香が、明るく言った。
でも、美紀と目が合った瞬間、二人の間に、奇妙な空気が流れた。
(……今の空気は、何だったんだ)
美香が、すぐに「冗談冗談!」と言って、笑い飛ばした。
でも、冗談ではなかった。
俺には、それが、わかった。
*
美紀と美香は、初めて、「同じ場所」を望むことについて、互いを意識した。
今までは、博之という存在を中心に、三人でいることが当たり前だった。
でも、将来という具体的な問題が出てきたとき、二人の間に、初めて、競争に似た緊張が生まれた。
(……俺が、原因だ)
(……俺がどちらかを選ぶかによって、二人の将来も、変わってくる)
*
夕暮れの道を、三人で歩いた。
誰も、それ以上は、将来の話を続けなかった。
しばらく歩いて、美香が、話題を変えるように言った。
「あ、そういえば、文化祭の写真、まだ整理してないんだよね」
「写真?」
「うん、クラスでいっぱい撮ったでしょ。今度みんなで見ようよ」
美紀が「いいね」と言った。
空気が、少し緩んだ。
(……美香は、こういうとき、うまく空気を変える)
(……それも、強さの一つなんだろう)
*
桐島家と水瀬家の前に着いた。
「また明日ね」
「ああ」
美香が、いつものように手を振って、水瀬家に入っていった。
美紀は、少し遅れて、俺の方を見た。
「……さっきのこと、気にしないで」
「気にしてないと言えば、噓になる」
俺が正直に言うと、美紀が、小さく笑った。
「……正直だね」
「お前がそう言ったんだろ、前に」
「……うん。言った」
*
美紀が、少し考えるように、目を伏せた。
「……将来のことは、まだ、先の話だから」
「でも、もう、考えなきゃいけない時期だ」
「……うん。わかってる」
美紀が、扉に手をかけて、もう一度、俺を見た。
「……美香にも、ちゃんと、答え出すんでしょ」
「ああ」
「……いつ」
「……できるだけ早く」
美紀が、頷いた。
それ以上は、何も言わずに、家に入っていった。
*
夜、自分の部屋で、今日のことを思い返した。
「……一緒のとこ行けたらいいね」
美紀の、その言葉が、頭の中で、何度も繰り返された。
(……美紀は、もう、将来のことまで考えている)
(……それは、俺との未来を、具体的に想像しているということだ)
美香の「私も!」という言葉と、その後の、気まずい空気も、思い返した。
(……美香も、本当は、同じことを考えているんだろう)
(……でも、姉が先に言ったから、自分も同じことを望むのが、何か、申し訳ない気がしたのかもしれない)
窓の外で、冬の気配を感じさせる、冷たい風が吹いていた。
もう、十一月も半分が過ぎていた。
(……美香に、答えを出す)
(……できるだけ早く、と美紀に言った)
(……その言葉に、嘘はつけない)
俺は、机に向かって、ノートを開いた。
将来の進路のことを、考えるためのノートではなかった。
美香に、どう伝えるべきか。それを、考えるためのノートだった。
まだ、何も書けなかった。
でも、考え続けることが、今の俺にできる、唯一のことだった。
冬が、近づいていた。
◇ ◇ ◇
― 第一話「三者面談と、それぞれの将来」 了 ―
次話:第二話「美香への答え、その前に。」へ続く
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