エピローグ
朝、また君がいた。──そして僕は、決める。
文化祭の翌朝。
目が覚めた瞬間、わかった。
また、いる。
今日は、美紀だった。
*
目が合った。
「……おはよう」
美紀が言った。
「ああ、おはよう」
美紀が、起き上がろうとした。
俺は、それを止めた。
「……少し、このままでいい?」
美紀が、固まった。
それから、また、横になった。
「……うん」
*
窓の外から、秋の風が入ってきた。
二人で、天井を見ていた。
何も言わずに、ただ、隣にいた。
文化祭の夜から、ずっと考えていた。
美香の「好き」と、美紀の「待てる」。
どちらも、本気だった。
そして、俺自身の気持ちも、もう、ほとんど見えていた。
*
「美紀」
「なに」
「好きだ」
長い沈黙があった。
窓の外で、鳥が鳴いた。
「……どっちの意味で」
「分かってるくせに」
美紀が、笑った。
声に出して、笑った。
いつもの、口元が少し緩むだけの笑い方ではなかった。
本当に、声を出して、笑っていた。
俺も、笑った。
「……馬鹿」
「そうだな」
(……馬鹿、と言われた)
(……でも、その『馬鹿』が、こんなに優しく聞こえるのは、初めてだった)
*
それでも。
まだ、何も解決していなかった。
美香への答えも、出ていない。
(……わかってる)
(……これで全部終わったわけじゃない)
(……美香にも、ちゃんと、向き合わなければならない)
でも――
俺は、決めた。
ちゃんと向き合う、と。
*
美紀が、俺の方を見た。
「……今、言ったこと」
「なに」
「……美香に、ちゃんと言う?」
俺は、頷いた。
「言う。ちゃんと、伝える」
美紀が、少し目を伏せた。
それから、小さく言った。
「……ありがとう」
(……お礼を言われるようなことじゃない)
(……でも、美紀がそう言うなら、受け取っておく)
*
しばらくして、美紀がゆっくりと起き上がった。
「……朝ごはん、作る」
「ああ」
美紀が、部屋を出ていこうとして、ドアの前で一度、振り返った。
「……博之」
「なに」
「私も、好きだよ」
それだけ言って、美紀は部屋を出ていった。
ドアが、静かに閉まった。
(……美紀)
(……ちゃんと、言ってくれたんだな)
*
俺は、一人、ベッドの上に座っていた。
胸の中に、あたたかいものと、重いものが、同時にあった。
美紀との気持ちは、確かめ合えた。
でも、それは、終わりじゃなかった。
むしろ、ここから、本当のことが、始まる。
(……美香に、ちゃんと伝える)
(……傷つけることになる。それでも、誠実に、向き合う)
窓の外で、秋の風が、カーテンを揺らしていた。
遠くで、蝉の声はもう聞こえなかった。
代わりに、秋の虫の声が、静かに響いていた。
*
階下から、美紀の声が聞こえた。
「朝ごはん、できたよ」
俺は、ベッドから降りて、部屋を出た。
階段を降りる途中、玄関の鍵が開く音がした。
「おはよー! 博之、今日も一緒に行こう!」
美香の声だった。
いつもと変わらない、明るい声だった。
(……美香)
(……お前にも、ちゃんと、向き合う)
(……傷つけることになるかもしれない。でも、誠実に向き合うことが、お前への、俺なりの誠意だと思う)
*
リビングに降りると、美紀が朝ごはんを並べていた。
美香が、それを見て「お、お姉ちゃんの朝ごはんだ!」と嬉しそうに言った。
三人で、朝ごはんを食べた。
いつもと同じ、賑やかな朝だった。
でも、俺の中では、何かが、確かに変わっていた。
*
学校への道を、三人で歩いた。
秋の空は高くて、澄んでいた。
夏とは違う、少し冷たい風が、頬に当たった。
美香が、いつものように、俺の腕を取った。
美紀が、反対側から、少し近づいた。
(……まだ、何も解決していない)
(……美香への答えは、まだ言葉にしていない)
(……でも、もう、迷いはなかった)
俺は、二人の横顔を見た。
美紀の、落ち着いた笑顔。
美香の、明るい笑顔。
どちらも、大切だ。
それは、変わらない。
でも、今は、ちゃんと、進む方向が見えていた。
*
この冬が来る前に、答えを出す。
美香に、ちゃんと、伝える。
そして、その先にある未来を、ちゃんと、引き受ける。
(……まだ何も解決していない)
(……美香への答えも出ていない)
(……でも――)
俺は、決めた。
ちゃんと向き合う、と。
第三巻へ続く。
◇ ◇ ◇
― エピローグ「朝、また君がいた。──そして僕は、決める。」 了 ―
第二巻 完
~ 第三巻「答えを出す冬と、僕たちの選択」へ続く ~
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