第十話
文化祭と、決められない僕と、笑う双子
文化祭当日。
二年A組のカフェは、大盛況だった。
手作りの看板、教室いっぱいに飾られた装飾、メニュー表。準備期間の苦労が、すべて形になっていた。
美紀が、きびきびと仕切っていた。
お客さんの案内、注文の整理、トラブルへの対応。実行委員としての美紀は、いつも以上にしっかりしていた。
美香は、愛嬌で客を呼び込んでいた。
「いらっしゃいませー! 二年A組のカフェ、空いてますよー!」
元気な声が、廊下まで響いていた。
*
俺は、ウェイター役だった。
お客さんの席まで料理を運びながら、教室の中を行き来していた。
ふと、手を止めて、二人の様子を見た。
美紀の真剣な横顔。
美香の明るい笑顔。
(……どちらも、好きだ)
(……『選べない』というより、『どちらも選びたい』という、どうしようもない気持ちが、まだ消えない)
でも、それを言っていられる時間は、もう少なくなっていた。
*
午後、少し落ち着いた時間があった。
お客さんの数が一時的に減って、教室の中が、少し静かになった。
美香が、俺のところに来た。
「答え、出た?」
美香が、軽い口調で聞いてきた。
でも、その目は、真剣だった。
「……まだ」
「だよね」
美香が、小さく笑った。
「でも、ちゃんと待ってるから」
(……美香)
(……お前は、いつも、軽い口調で、確かな約束をする)
*
夕方、片付けの時間になった。
お客さんが減って、クラス全体で後片付けを始めた。
美紀が、俺の隣に来た。
「……文化祭、楽しかった?」
美紀が、聞いてきた。
「ああ」
「そっか。……良かった」
それだけ言って、美紀は片付けの作業に戻った。
(……美紀の『良かった』には、いつも何かが込められている)
(……今日のは、文化祭が無事に終わったことだけじゃなくて、俺が楽しめたことへの安堵だった気がする)
*
片付けが終わって、夜には後夜祭があった。
グラウンドで、キャンプファイヤーが焚かれた。
全校生徒が集まって、火を囲んだ。
俺たち三人も、その輪の中にいた。
炎が、夜空に向かって、ゆらゆらと立ち上っていた。
美香が、俺の腕を取った。
美紀が、反対側から少し距離を詰めた。
(……このいつもの配置が、今夜は、いつもより、近い気がする)
*
炎を見ながら、誰も、しばらく何も言わなかった。
周りの生徒たちが、歌を歌ったり、笑い声を上げたりしていた。
その喧騒の中で、三人だけの、静かな時間があった。
「博之」
美香と美紀が、同時に、呼んだ。
二人が、互いを見た。
それから、少し笑った。
「……また同時に言った」
「……うん」
二人が、おかしそうに笑い合った。
俺も、つい、笑ってしまった。
(……この笑い方、双子だな、本当に)
(……でも、その笑顔の奥に、確かな何かが見えた)
*
笑いが収まった後、二人が、俺を見た。
炎の明かりに照らされて、二人の顔が、オレンジ色に染まっていた。
「……ちゃんと、考える」
俺は、言った。
二人が、俺を見た。
「うん」
「……うん」
二人が、同時に頷いた。
(……初めて、自分の意思を、はっきり言葉にした気がする)
(……『今は答えられない』ではなく、『考える』と、約束した)
*
炎が、ぱちぱちと音を立てていた。
夜空に、火の粉が、ゆっくりと舞い上がっていった。
美香が、俺の腕に、もう少しだけ力を込めた。
美紀が、肩を、少し俺に寄せた。
三人で、しばらく、炎を見ていた。
何も言わなくても、何かが、確かに通じ合っている気がした。
*
後夜祭が終わって、三人で帰り道を歩いた。
夜の校門を出ると、秋の冷たい風が、頬に当たった。
「今日、楽しかったね」
美香が、伸びをしながら言った。
「うん」
「博之は?」
「楽しかった」
美紀が、小さく頷いた。
三人で並んで、夜道を歩いた。
いつもの配置で、いつものように。
でも、今夜は、確かに何かが違っていた。
*
桐島家と水瀬家の前に着いた。
「博之、また明日ね」
「ああ」
「……ちゃんと、考えてね」
美香が、最後にもう一度、言った。
「考える」
美紀も、何も言わずに、小さく頷いた。
二人が、それぞれの家に入っていった。
*
俺は、一人、夜の道に残った。
空を見上げた。
星が、いくつか見えた。
(……ちゃんと、考える)
(……今日、そう言った)
(……でも、本当のことを言えば、もう、ほとんど答えは出ている気がする)
まだ、言葉にしていないだけだった。
言葉にすれば、何かが、決定的に変わる。
その怖さが、まだ、俺の中に残っていた。
でも、もう、逃げることはできない。
美香も、美紀も、待っている。
そして、俺自身も、もう、答えを出したいと思っている。
*
部屋に戻って、ベッドに横になった。
今日一日のことを、何度も思い返した。
美紀の真剣な横顔。
美香の明るい笑顔。
「答え、出た?」「だよね」「でも、ちゃんと待ってるから」
「文化祭、楽しかった?」「そっか。……良かった」
「博之」と、同時に呼んだ、二人の声。
「……ちゃんと、考える」
(……この夏から、ずっと、考え続けてきた)
(……どちらも大切で、どちらも好きで、それでも、選ばなければならない時が来る)
窓の外で、秋の虫の声が、静かに響いていた。
夏は、もう、完全に終わっていた。
(……この冬が来る前に、答えを出す)
(……美香にも、美紀にも、誠実に)
俺は、目を閉じた。
その夜から、俺は、本気で、考え始めた。
◇ ◇ ◇
― 第十話「文化祭と、決められない僕と、笑う双子」 了 ―
次話:エピローグ「朝、また君がいた。──そして僕は、決める。」へ続く
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