↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
となりの双子はキケンすぎる ~生まれた日から、ずっとそばにいる。だから、ずっとキケンなんだ。~  作者: 鍼野ひびき
大二巻 夏の熱が、距離を縮める

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/37

第四話

夏期講習と隣の席の体温




 八月に入って最初の月曜日、夏期講習が始まった。


 俺たちが通う塾は駅前にあって、夏期講習の期間中は午前と午後の二部制になる。三人とも同じ時間帯、同じ講習を申し込んでいた。

 申し込んだのは六月のことで、当時は特に何も考えずに「じゃあ一緒に」という流れだった。

(……あのときは、こうなるとは思っていなかった)


 教室に入ると、座席が決まっていた。

 講師が出席番号順に座らせるというシステムで、出席番号は三人とも近かった。


 結果。


 俺の左に美紀、右に美香。


(……この塾、なんでこんな配置にするんだ)

(……出席番号が近いだけで、こんな地獄みたいな配置になるとは)


 いや、地獄ではない。

 地獄ではないが、集中できる気がしない。


     *

 数学の授業が始まった。

 講師が黒板に問題を書いて、解き方を説明していく。

 俺はノートを取りながら、なんとか集中しようとした。


 左から、美紀のシャープペンの音が、規則正しく聞こえてきた。

 右から、美香の小さなあくびの音が聞こえてきた。


(……対照的だな、この二人)


 問題を解く時間になった。

 俺はノートに向かったが、横で美香が小さく唸っているのが気になった。


「……わかんない」


 美香が小声で言った。

 俺は少し横目で美香のノートを見た。最初の式から間違っていた。


「ここの計算、符号が違う」

「え、どこ?」

「ここ」


 俺がノートを指でさすと、美香が顔を近づけてきた。

 香りがした。シャンプーの匂いだろうか、夏の汗の匂いと混ざって、なんとも言えない感じだった。

(……近い)

(……授業中なのにこの距離は危険だ)


     *

 休憩時間になった。


「ねー博之、さっきの問題、もう一回教えて」


 美香が身を乗り出してきた。

 そこへ美紀が、すっと割り込んできた。


「私が教える」

「え、なんで? 博之に聞いてるんだけど」

「私の方が数学得意」

「博之も得意じゃん」

「私の方がもっと得意」


(……俺を挟んだ静かな主導権争いが、また始まっている)


 美紀がノートを取って、美香に説明を始めた。丁寧で、わかりやすい説明だった。

 美香が「ふんふん」と聞きながら、時々俺の方をちらっと見た。


「……博之は黙って見てて」


 美紀が言った。視線も合わせずに。


「言われなくても黙ってる」


 俺は黒板の方を見ながら、二人のやり取りを聞いていた。

(……俺がいない方が、二人は素直に話せるのかもしれない)

(……いや、俺がいるからこそ、こういう競い合いになっているのか)


     *

 午後の授業は、英語だった。

 夏の暑さと、午前の集中の疲れで、教室全体が眠そうな空気になっていた。


 右側で、美香がこくりこくりと船を漕いでいた。

 肩が、徐々に俺の方に傾いてきていた。


(……寝るな。ここは塾だ。家のベッドじゃない)


 とはいえ、美香の肩が俺の肩に触れる瞬間が来た。

 美香はそのまま、肩にもたれかかって、すうすうと眠ってしまった。


(……塾でも、これか)

(……朝のあの状況を思えば、これくらい些細なことなのかもしれないが)

(……些細ではない。普通に困る。塾の教室だぞ)


 左を見ると、美紀がそれに気づいていた。

 美紀は何も言わず、ただ俺たちを見ていた。表情は読みにくかった。


 講師が美香に気づいて、軽く咳払いをした。

 美香がびくっと目を覚まして、「すみません!」と小さく言った。

 教室の数人がくすくす笑った。


「……ごめん博之、もたれちゃった」

「大丈夫だ」

「あったかかったから、つい」


 美香が悪びれもせずに言った。

(……あったかいから寝るというその発想、もう少し警戒してほしい)


     *

 夏期講習が終わって、三人で塾を出た。

 外はまだ日が高くて、暑かった。


「アイス食べたい」


 美紀が珍しく自分から言った。


「美紀が言うの珍しいな」

「……言うときは言う」

「私も! アイス食べたい!」


 美香もすぐに同意した。

 三人でコンビニに寄った。


 店内は涼しくて、ほっとした。

 アイスコーナーで、美紀があずきバー、美香がいちごシャーベット、俺はガリガリ君を選んだ。


「博之、ガリガリ君? 子供っぽいね」

「うまいから選んでるだけだ」

「私も食べたい!」

「自分のを買え」


 美香がもう一本ガリガリ君を手に取った。結局四本買うことになった。


 コンビニのイートインスペースに、三人で座った。

 冷房が気持ちよかった。アイスを食べながら、他愛のない話をした。


「夏期講習、あと何日?」

「二週間くらい」

「長いね」

「でも終わったらまだ夏休みあるし」

「そうだね」


 美香がアイスを噛みながら言った。

 美紀はあずきバーを丁寧に食べていた。


     *

 しばらく、三人で黙ってアイスを食べていた。

 窓の外を、自転車に乗った小学生たちが通り過ぎていった。


「……こういうの、ずっと続くといいな」


 美香が、ぽつりと言った。


 大きな声ではなかった。いつもの軽い感じの言葉だった。

 でも、その言葉が、なぜか胸に残った。


(……「こういうの」というのは、夏期講習の帰りにアイスを食べること、だけじゃない気がする)

(……三人でいること、全部を指している気がする)


「……続くよ」


 美紀が、即答した。


 俺は美紀を見た。

 美紀はアイスを食べる手を止めて、窓の外を見ていた。

 でも、その目が、少し揺れていた気がした。


(……即答だった。でも、その目は少し揺れていた)

(……美紀は、本当にそう思っているのか。それとも、そう思いたいだけなのか)


 美香が「そっか」と言って、笑った。

 いつも通りの、明るい笑顔だった。


「博之もそう思う?」


 美香が聞いてきた。


「……続くといいと思う」

「思う、じゃなくて、続けるんだよ! 博之が頑張って!」

「俺が?」

「博之が選ばないと、何も決まらないでしょ」


 美香がさらっと言った。

 でも、その言葉の中に、確かな重さがあった。


(……美香)

(……お前は、わかっていて、それでも軽い口調で言う)

(……それが、お前の強さなんだろう)


     *

 アイスを食べ終えて、三人でコンビニを出た。

 夕方の道を、また三人で歩いた。


 美香が前を歩いて、何か鼻歌を歌っていた。

 美紀は俺の隣を、少し黙って歩いていた。


「……美紀」

「なに」

「さっきの『続くよ』、本当にそう思ってるのか」


 美紀が少し、足を止めた。


「……思ってる」

「でも目が揺れてた」

「……見てたの」

「見てた」


 美紀がしばらく黙った。

 それからゆっくりと、言葉を選びながら言った。


「……『続く』っていうのは、何も変わらないっていう意味じゃない」

「……形が変わっても、三人でいることが続けばいい、っていう意味」


 俺は美紀を見た。

 美紀は前を向いて、静かな顔をしていた。


「……だから、即答できた。形がどう変わっても、続けたいから」


(……美紀)

(……お前は、もう、答えを知っているのかもしれない)

(……博之が誰かを選ぶ未来のことも、もう、考えているのかもしれない)


 俺は何も言えなかった。

 美紀の覚悟の深さに、少し圧倒されていた。


     *

 家に帰って、部屋でぼんやりと今日のことを思い返した。


 夏期講習の隣の席。美香の肩の重み。美紀の真剣な説明。

 コンビニでの「ずっと続くといいな」という美香の一言。

 「続くよ」という美紀の即答と、その裏にある覚悟。


(……美香は、軽い口調で重いことを言う)

(……美紀は、即答の裏に、深く考えた答えを隠している)

(……どちらも、俺が思っているより、ずっと多くのことを考えている)


 窓の外で、蝉の声が続いていた。

 八月の夜は、まだ熱が残っていた。


(……「博之が選ばないと、何も決まらないでしょ」と美香は言った)

(……その通りだ。俺が、決めなければならない)


 夏期講習はあと二週間ある。

 その間にも、夏休みは続く。

 花火は終わった。でも、まだ何か、起こりそうな予感があった。


(……この夏、まだまだ続く)

(……俺の答えも、まだ出ていない。でも、少しずつ、形になってきている気がする)


 俺は目を閉じた。

 明日も夏期講習がある。

 また、隣の席に、二人の体温がある。


 それが、嬉しいことなのか、困ることなのか。

 もう、どちらか一方では言えない気がした。


 夏の夜が、静かに更けていった。



◇ ◇ ◇


― 第四話「夏期講習と隣の席の体温」 了 ―

次話:第五話「真夜中のノック、答えのない問い」へ続く


お読みくださり有難うございます!!

この作品を気に入ってもらえましたら、下にある☆☆☆☆☆やブックマーク、スタンプで応援いただけると大変励みになります!!

読者の皆様からの応援が次へのモチベーションになります!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。