20話 Who are you? その2
しばらく歩いた後、二人は森へ辿り着いた。
小鳥のさえずりが至るところから聞こえ、温かい日差しが
木々の隙間から差し込んでいる。
「ほう、初めての乗馬にしてはなかなか筋がいいな」
「すっごい疲れたけどね……!」
ノヴァと男は同時に馬から降りた。
「体が痛いや……」
「ロン」
「うん?何かあったの?」
ノヴァは伸びをしながら男の方を見る。
「あそこに居る鹿が見えるか?」
「ん?うーん……あっ、見える見える!」
声を上げた途端、鹿は耳をピクリと動かして森の奥へ
走り去っていった。
「い、行っちゃった……」
「動物は臆病だ。音がすれば、警戒してすぐに逃げてしまう」
男は背負っていた弓を外し、ノヴァに手渡した。
「やってみろ」
「ええっ!?む、無理だよ急に……!」
「ならば、まず手本を見せよう」
彼は弓を受け取ると、姿勢を低くして草むらの中に身を潜めた。
「丁度いいところにイノシシが居るではないか。
今回は、あのイノシシに狙いを定めるとしよう」
「あんな遠くに居るのを仕留められるの……?」
男は黙って頷き、弓を構えた。すると、彼の気配がふっと消えた。
そこに居るのに居ないような妙な感覚がする。
「……狙った獲物は一発で仕留めろ」
次の瞬間、空を引き裂く音がした。
矢は一直線に飛び、遠くのイノシシの体へ突き刺さった。
「お、おおっ!」
イノシシは数歩よろめくと、その場へ崩れ落ちた。
「すごい……すごいよ、おじさん!」
「次は貴様の番だ。ほら、やってみろ」
「うん!」
ノヴァは目を輝かせながら弓矢を持ち、男と同じように
低く構えた。
「あのキツネに狙いを定めて……っし、ここだ!」
矢は勢いよく飛んでいった。しかし、狙いは大きく逸れて
木の幹に刺さってしまった。
「注意力が散漫している。しっかり獲物を狙え」
「ちぇっ……狩りって難しいんだね」
それからノヴァは何度も矢を放った。
だが矢は木に刺さるか、地面に突き刺さるばかりだった。
やがて日が西へ傾き始める頃、彼は芝生の上へ大の字に
なって寝転んだ。
「疲れたー!」
「ああ、よく頑張ったな。今日はここまでにしよう」
男は不器用な手つきでノヴァの頭を撫でると、
静かに弓矢を片付け始めた。
「……ねぇ、おじさん。おじさんはさ、僕のこと嫌じゃないの?」
「どういう意味だ」
ノヴァは体を起こし、男の横顔を見つめる。
「おじさん、僕がロンって人じゃないの気づいてるでしょ。
なのに気づかないフリしてさ……自分の息子の中に別人が
居るって、嫌じゃないの?」
男は手を止め、赤く染まった空を見上げた。
「……ロンは生まれつき体が弱くてな。十八になる前に亡くなると言われていた」
「ああ、そうだったんだ……」
だから兵士たちは、あれほど心配そうな顔で自分を見ていたのか。
ようやく腑に落ちた。
「私がしてやれるのは、ロンの外へ出て遊びたいという
願いを叶えることだけだ」
彼は寂しそうに続ける。
「中身が別人であることは分かっていたとも。だがな、
元気に歩いて話している姿を見たら……追い出す気も無くなってしまった」
「……そっか」
ノヴァは胸の奥がじんわりと温かくなっていくのを感じた。
「あ、あのさ。良かったら名前教えてよ。覚えておきたいからさ」
「名前か……そういえば、言い忘れていたな」
さあっと、冷たい夕暮れの風が頬を撫でた。
「ヴァルグリアス。ヴァルグリアス・アンゴルキアだ」
「ヴァルグリアス……?」
その言葉を呟いた途端、ぐらりと視界が歪んで意識が遠のいていった。




