19話 Who are you? その1
ーーきろ。起きろ、ロン。
「う、ん………」
誰かに肩を軽く揺すられる感覚と共に、ノヴァはゆっくりと目を開けた。
カーテンの隙間から太陽の光が差し込み、床を白く照らしている。
「……もう着いたの?」
ぼーっとしたまま呟くと、ベッド脇に立つ男が怪訝そうに
眉をひそめた。
「何だ、夢の話をしているのか?今日は狩りに行く日だ。
次に私が来るまで準備しておいてくれ」
「えっ、ちょっと待って。何の話してるの?」
そう言おうとした時には、既に男は部屋から居なくなっていた。
「僕、ファレンスに行こうとして馬車に乗ってたはずだよね……?
あれは夢だったのかな」
ノヴァは懸命に今までのことを思い出した。自分の父がヴァルグリアスに
乗っ取られていたこと、兄さんが居なくなったこと、リアンさんやソフィア女王と
話したこと………次々と思い出が浮かぶ。
「うーん。そうだ、スペクターさんから貰った試験管があるはず!」
ノヴァはごそごそとポケットをまさぐった。
しかし、指には布地しか触れなかった。
「な、何にも入ってない……やっぱり全部夢だったのかなぁ」
彼はぶつぶつ言いながら、タンスから適当な服を引っ張り出して着替えた。
「ふわあ〜あ」
大きなあくびをしながら廊下に出ると、兵士たちが
ギョッとした顔をして駆け寄ってきた。
「ロ、ロン王子……!具合はいかがですか……?」
「え?別に普通だけど……あと、僕はノヴァだよ」
その一言で兵士たちは顔を見合わせた。
「ごめんね。洗面所に行きたいから道、開けてくれる?」
「は、はい」
兵士たちは首を傾げながら、素早く道を開けた。
「……あれ?」
突き当たりの部屋まで行き、ピタリと足を止める。
「おっかしいなぁ、洗面所こっちだったはずだけどな」
まだ寝ぼけていて、混乱しているのかもしれない。
ノヴァは近くの兵士に声をかけることにした。
「ねえねえ、そこの兵士さん。洗面所ってどこにあったっけ?」
「あぁ、ロン王子の部屋の向かいにございますが……」
「え?」
ノヴァは思わず聞き返した。
「僕の部屋の向かいって、図書室でしょ?」
「い、いえ……?」
兵士は不思議そうな顔をしたまま、ノヴァを洗面所へ案内した。
「こちらになります」
「ほ、本当に僕の部屋の向かいだ……変だなぁ、いつの間にリフォームしたんだろ」
洗面台の前に立ち、顔を洗おうと鏡を見た時だった。
「………えっ?」
鏡に自分が映っていない。
そこに映っていたのは、見知らぬ青年だった。
「だ、誰……!?」
薄く赤みがかった瞳、焦げ茶の髪。
血の気を感じさせない真っ白な肌に、傷一つない中性的な顔立ち。
「違う……この人は僕じゃない!」
胸が締めつけられるような感覚に襲われ、洗面所を飛び出した。
「お父さん!お父さんどこ!?」
使用人たちにぶつかりながらも、廊下をただひたすらに走った。
「お父さん……アークライトお父さん!」
半分泣きべそをかきながら、角を曲がった時だった。
「う、うわっ!」
「……む」
誰かの胸に勢いよくぶつかってしまった。
「ごめんなさい!」
慌てて顔を上げると、さっき自分を起こしてくれた男がこちらを見下ろしていた。
「……ロン?何かあったのか」
「おじさん!」
ノヴァは男の肩を掴み、切迫詰まった声で言った。
「僕の……僕のお父さん知らない!?」
すると、男は眉をひそめながら告げた。
「何を寝ぼけている。私が貴様の父だぞ」
「……え?」
ノヴァはポカンとした顔で改めて彼の顔を見た。
鋭い真紅の瞳に長い黒髪。そして見覚えのある顔立ち……
「おじさんじゃなくて、アンゴルキア王はどこかって聞いてるんだけど……」
「アンゴルキアは私だが?」
違う。
お父さんは青い目をしてたはずだし、こんな冷たくて
重厚感のある声じゃない。この人は嘘をついているんだ。
「……どうした?何か妙だぞ、ロン」
「違うもん!」
ノヴァは唇を噛み締めた。
「おじさんは似てるけど、アークライトお父さんじゃない!」
「アークライトだと?どこでその名を聞いた」
一瞬、彼の真紅の瞳が細くなる。
「だから、その人が僕のお父さんだって言ってるじゃん!」
それを聞くと、男は腕を組んでため息混じりに言った。
「……よく聞け。アークライトは私の従兄弟だ」
「い、従兄弟……!?」
ノヴァは目を丸くした。
「おじさん、お父さんの従兄弟なの!?」
「ああ、そうだな」
男は淡々と頷いた。
「アークライトは仕事人間でな、家族は居ない。ましてや
愛人や恋人も居ないそうだ。だから、貴様が彼の子ども
であるはずがない」
「そんな……でも、そうだったんだ」
自分が知ってるのはヴァルグリアスに乗っ取られた父であって、
本当の父の姿は知らなかった。
「……教えてくれてありがとう。お父さんのこと、ちょっと
分かった気がする」
そう言うノヴァの表情は明るかったが、わずかに声が上擦っていた。
「……そうか」
男は薄々、勘づいていた。
ロンの中にいるのは、本来の息子ではなく全く別の誰かなのだと。
しかし、無理に追い出そうとは思わなかった。
「そんなことより、狩りの準備はできたのか?」
「か、狩り!?そんなのやったことないよ……!」
「心配するな。一から私が教えてやる」
ノヴァは男に連れられ、城の外に出た。
「え、あっ……!」
彼は思わず息を呑んだ。
「こ、ここってアンゴルキア王国だよね……?」
いつも見ている景色とは、あまりにも違いすぎている。
城下町は活気に満ちているものの、人や建物の数が圧倒的に
少なく、遥か遠くの草原まで見えている。
「……どういうことだろう。僕の知ってるアンゴルキア王国と全然違う」
ポツリと呟くと、男が振り返った。
「ロン。そろそろ行くぞ」
男の隣には、いつの間にか二頭の茶色い馬が居た。
「あ、あのさ……馬車で行くんじゃないの?兵士さんは?」
「何を言っている。今日は私と貴様の二人きりだ」
「ええ……」
ノヴァは生まれてから一度も馬に乗ったことがなかった。
彼は男に支えてもらいながら、何とか鞍に跨った。
「っとと……」
「しっかり手綱を握っておけ。振り落とされれば、
ただでは済まんからな」
思っていた以上に、馬の背中はでこぼこしていてバランスが
取りづらい。股や腰にも妙な違和感がある。
「……なんか変な感じがする」
「行くぞ、ついて来い」
男は手綱を握り、馬を歩かせ始めた。
「ちょっ……ちょっと待ってよ、おじさ〜ん!」
ノヴァはヨロヨロしながら、男の後を追った。




