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16話 大きなネタと言えないコト


「スペクターさんってば!」


城を出ていくスペクターの背中をリアンは何度も呼び止めた。

しかし、彼は振り返ることも歩みを止めることもなかった。

 

「待ってください!」


リアンは小走りで彼の前に回り込んだ。


「……なかなかしつこい奴じゃな」

 

「どういう意図であの二人にアレを渡したのか、教えていただけませんか」


スペクターは面倒くさそうに眉をひそめた。


「んー、どうしようかのう」


「答えたくないなら構いません。ですがボクも記者という職業柄、

知りたいんです」


市場へ向かう人々が絶えず行き交い、喧騒が響いている。

二人以外、この場で足を止める者は居ない。

 

「……まあ、あの二人が居ない今なら話しても構わんか」


彼はふっと笑い、リアンを見下ろしながら言った。


「アークライトの子供もソフィア女王も、もう無睡病に

 かかっとる」


「なっ……!?」


リアンは思わず後退りした。


「正確に言えば、二人とも親からの遺伝じゃな。

 何ヶ月、何年先になるのかは分からん。じゃが症状が現れれば、

数日経たんうちに死ぬ」


「……なぜです。なぜそれを本人に言わなかったんですか」


「言ったところでどうなる?」


スペクターは肩をすくめる。


「死からは逃れられんし、いつ死ぬか分からないという

 恐怖を抱えたまま生きることになる。それは辛いじゃろ?」


彼はどこか楽しそうに続けた。


「今となっては、世界人口の七割は感染しとるそうじゃ。

 嬢ちゃんはまだみたいじゃが……時間の問題かもなあ」


試すような物言い。

リアンは何となくそれが気に障った。


「ボクよりも、あなたの方が危ないと思いますよ。

 患者さんと毎日接してるでしょうし」


「……ふ、くくっ。オモロイことを言う女じゃのう」


スペクターはにんまりと口元を歪めた。


「さっき、無睡病で不老不死になった人間が何人か居るって言うたじゃろ?

俺もその一人じゃ」


「あ、あなたが……!?」


リアンは目を見開く。


「歳なんて忘れてしもうた。ヴァルグリアスとアークライトが

 戦っとったのは覚えとるんじゃがな」


「……一体、あなたは何百年生きているんですか」


こんな話は絶対に書き留めなければならない。

久しぶりの大きなネタに、リアンは心が躍った。


「書かせてもらいますよ、それ」


彼女はバッグへ手を伸ばす。だが、その指先は空を切った。


「あれ?おかしいな」


バッグの隅々を探してから、ようやくメモ帳を食堂に忘れてきて

しまったことに気づいた。


「ありゃりゃ、これは書くなってことか……」


「俺のことは記事に書いても構わん。じゃが、無睡病は

 一般市民に知られてはならん。その理由は分かるじゃろ?」


世界人口の七割がかかっている死の病。

そんな病気があると知られれば、人々は大混乱に陥ってしまう。

そうなれば、暴動や戦争に繋がる可能性も十分にあり得る話だ。


「……まあ、何となく分かります」


「さっすが記者さんじゃ。物分かりのいい奴で助かるのう。

 それじゃ、またどっかでな〜」


気づいた時には、彼の姿は人混みに紛れて跡形もなく消えていた。

まるで、最初から居なかったかのように。


「何だったんだ、あの人……」

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