15話 無睡病
ノヴァたちは、レッドカーペットが敷かれた長い廊下を真っ直ぐ歩き、
突き当たりにある扉の前で足を止めた。
「こちらが食堂になっております」
兵士が二人がかりでゆっくりと扉を開ける。
重い音とともに、広々とした食堂が姿を現した。
綺麗な白い長机、豪華なシャンデリア、ホコリ一つ無い
磨き上げられた床……優雅さと気品に満ちた空間だった。
「ただいま戻りました」
「おおっ?何じゃぁ、思うてたよりも早かったのう」
長机の奥から声が飛んできた。
声のする方を見ると、そこには三十代前後の白髪の男が
座っていた。
「もうちっとゆっくりでも良かったんじゃがな」
寝癖のようにあちこちはねた髪、よく目立つアロハシャツ、そしてサンダル。
どう見ても城の雰囲気に合っていない。
「……な、何あの人」
ノヴァが思わず呟いた。
「同感です……あんな人が医師なんて、世も末ですね」
「おーい、お前さんたち聞こえとるぞ!」
男は頬杖をつきながら笑った。
「ノヴァさん、リアンさん。ああ見えてあの方は、この国の名医だったんですよ」
「地味にソフィア女王も俺んこと馬鹿にしとるじゃろ!
……ったく、困った奴らじゃのう」
男は足を組み直し、再びノヴァたちの方を見る。
「ほれ、いつまでも突っ立っとらんで早く座れ」
「失礼します」
ソフィアが席へ着いたのを見届けた後、ノヴァとリアンも椅子へ腰掛けた。
「……で、ちっこい茶髪の方がアークライトの息子か?
見た目も中身もあんまし似とらんのう」
ぴくっとノヴァの肩が動く。
「お父さんの知り合いなの?」
「まあな。スペクターって言えば通じるはずじゃ。
アイツ、元気にしとるんか?」
敬う気が微塵も感じられない軽い口調だった。
「……うん。最近はずっと眠ったままだけど」
「アホ、眠ったままで何も食っとらん奴が健康なわけあるか。
良くない状態に決まっとる」
彼は頬杖をつき、天井のシャンデリアを見上げて呟いた。
「……相変わらず、あの男も苦労人じゃのう」
「あのー」
リアンが笑顔で手を挙げる。
「先ほど不死になる病について、ソフィア女王に話していたそうですが……
ボクらにも話してくれませんか?」
「おぉん、構わんよ。むしろ聞いて欲しかったからのう」
「ありがとうございます〜」
リアンはメモ帳を机へ広げ、ペンをくるりと回して身を
乗り出した。
「それでそれで、どんなものなんです?不死になる病というのは」
「不死になる病っちゅうのは、ちょいと語弊があるかもしれんのう」
彼は一呼吸置いて、静かに言った。
「アレはな、致死率ほぼ百パーセントの死の病じゃ。
しかも感染力が高い上に、遺伝するときた」
「え?不死になるわけじゃないの……?」
ノヴァは不安そうにスペクターを見た。
「いや、事例はある。片手で数えられる程度じゃがな。
特徴的な症状は激しい頭痛と高熱、全身の掻痒感。
それが辛くて眠れなくなって、目ぇが充血する。
じゃから、俺はこの病を『無睡病』と名付けた」
この場に居た誰もが息を呑んだ。
遺伝する死の病……そんな恐ろしい病が存在するというのに、
ノヴァもリアンも一国の女王であるソフィアでさえ一度も聞いたことがなかった。
「苦しい、休みたい。そう言う奴も居ったが、死にたいとか殺してくれって
言う奴の方が多かった」
ーーまあ結局、皆んな死んじまったがのう。
「た、対策とかないの?薬とかは?」
「……なか」
スペクターはノヴァを見据え、淡々と言い放つ。
「無睡病は今んところは不治の病じゃき、感染したらお終いじゃ」
部屋の空気が凍りつく。
誰一人として、言葉を返すことができなかった。
「まあまあ、そんな顔しなさんな。それをどうにかするのが俺ら医師じゃ」
スペクターは立ち上がると、ポケットから透明な液体が入った試験管を
二本掲げた。
「それは………?」
ソフィアが目を細める。
「無睡病の病原体の増殖を遅くできる薬じゃ。飲めば、
少しばかり死から遠ざかることができる」
「……治せるというわけではないんですね」
リアンはしっかりとメモに書き留めた。
「そもそも薬っちゅうのは、治す手伝いをすることしかできん。
実際に病を治せるのは、自分自身の免疫だけじゃ」
彼は一瞬考えた後、ノヴァの前に立った。
「これをお前さんに渡しておく」
「えっ!?」
ノヴァは慌てて試験管を受け取った。
「ど、どうして僕に……?」
「それは一人分じゃ。誰に渡すか、よく考えんしゃい」
「……何でって聞いてるんだけど」
質問しても、スペクターは答えなかった。
「ソフィア女王にも渡しとくかのう」
彼はソフィアの手を取り、強引にもう一本の試験管を握らせた。
「私にもくれるんですか……?」
「ああ。愛する者のために使うのか、国民のために使う
のか、それはお前さんたち次第じゃ」
そう言う彼は、どこか楽しそうだった。
「……ま、俺を飽きさせることだけはせんで欲しいのう」
スペクターはニヤッと笑うと、ポケットに手を突っ込んで
食堂から立ち去った。
「あっ、ちょっとスペクターさん!」
リアンはメモを開きっぱなしにしたまま、スペクターを
追いかけていった。




