第30話 病
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第30話 病
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「ご無沙汰しております。お爺様」
心情的には初めましてだけど、幼い時に会っているらしい。
「うむ、大きくなったな!」
しかし大きい。
声も大きいが、体が大きい。
赤毛茶目で顔の作りが父バニアスに似ているが、父は細マッチョだ。
それに対して祖父ゴーラスはゴリマッチョである。
俺の将来は、どっちになるのかな。
ゴリマッチョは嫌いじゃない。
何せ、前世でゴリゴリだったからさ。
「ロッククラン前当主様。わたくしはベルザード准男爵の息女でリリスと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
「ベルザードか。パトリックの娘だな」
「はい。父はパトリックにございます」
「うむ。あやつは、元気にしておるか」
「とても元気に働いております」
そうかと、ゴーラスは豪快に笑った。
「ロッククラン前当主様。ごきげんよう。私はイシュラン騎士爵の次女でパメラといいます」
「イシュランだと? ウーサンの娘か!? あの洟垂れ小僧の娘か。ガハハハ、あいつが人の親とはな!」
父親を洟垂れ小僧と言ってあげないでくださいよ。
パメラが困った顔してるでしょ。
そう小声で祖父ゴーラスに告げる。
「む。すまぬな。ウーサンも一人前になったということだな。よきかな、よきかな。ガハハハ」
「ところで、お婆様はおいでにならないのですか?」
「うむ。それがだな……」
先程までの豪快さとは打って変わって言い淀んだ。
祖母エリザベスに何かあったの?
俺は祖父ゴーラスについて廊下を歩いている。
リリス嬢とパメラ嬢には、彼女らに用意された部屋に向かってもらった。
気が重い。
祖母エリザベスが昨日倒れてしまったのだ。
祖父ゴーラスと共に彼女の部屋に入ったが、薬草の臭いなのか随分と鼻につく。
「エリザベス。フェリクスだ、フェリクスがきてくれたぞ」
祖母エリザベスはかなりやつれた顔をしていた。
昨日倒れたと聞いたが、ずっと体調が悪かったようだ。
祖父の声に祖母は反応を見せない。
このままではマズいと感じる状態だ。
「治療は?」
「病に効くキュア系の魔法を施しているが、一向に良くならぬ」
病気ではない?
それとも、その医師の生属性のレベルが足りないのか?
だが、レベルが足りなくても症状の軽減くらいはできるはずだ。どういうことだ?
「そんなに重い病だったのですか?」
「それが不治の病だと、医師は言うのだ」
「不治の……病……」
魔法全盛のこの世界でも治せない病は多い。
人々はそれを神に定められた寿命だと言う。
まだ五〇にもなってないのに、そんなわけあるか!
そもそも医師の生属性が、その病を癒すために必要なレベルに達してないことはよくある。
俺のこの左目もそのために、治ることなく失明したままだ。
魔眼を授からなければ、今でも見えないままだった。
その魔眼が祖母エリザベスの腹部を中心に異常があることを見せてくる。
腹部に原因があるようだが、それが何か分からない。もどかしい。
「どうしたのだ、フェリクス。大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。お婆様の症状を聞いてもいいですか」
「症状か。それなら、ジェシカ頼む」
「はい、旦那様。フェリクス様、わたくしは大奥様つきのメイドで、ジェシカと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
四〇くらいの真面目そうなジェシカは、長らく祖母のメイドをしていると言う。
そのジェシカが言うには、祖母は四〇を超えた五年前辺りから、頭痛、歩行協調障害、食欲減退、嘔吐、腹痛、関節の痛み、貧血の症状があり、この一年は特に酷かったそうだ。
「それでもフェリクス様が学園に通うまではと、がんばっておられたのですが……」
ジェシカはハンカチで目頭を押さえた。
その症状を聞いて、俺はまさかと思って祖母の手を見つめた。
横に走る半月型の曲線が爪に見られた。
これは、ミーズ線条だ。
俺は大きく息を吐いた。
前世でこれを見たことがある。
鉛中毒。
鉛中毒になると、先ほどジェシカが言ったような症状が現れる。
たまたまネット小説を読んでいて知った血意識だが、こんなところで役に立つとは……。
ミーズ線条の現れる中毒性のある物質に、ヒ素がある。
ただ、ヒ素だと先ほどとは違った症状が出るから、まず間違いなく鉛中毒だ。
鉛中毒となると食事……はなさそうだ。
もし食事が原因なら、祖父ゴーラスがピンピンしているのがおかしい。
もっとも鉛中毒に負けない体力を持っているのかもしれないが……。
金属性のレベルが高いと、金属に対する耐性も高くなるからそれかもしれないが……。
「お爺様。不躾なことを聞きますが、お爺様とお婆様は金属性を持っていますか?」
「いや、ワシもエリザベスも金属性は持ってないな」
「そうですか……」
「それがどうかしたのか?」
「これはあくまでも素人考えです」
「構わん、言ってみろ」
「お婆様を蝕んでいるのは、病ではなく鉛という金属だと思われます」
「鉛? 金属なのか? なんで金属がエリザベスを蝕むのだ?」
「継続的に触れるもの、口に入れるものに鉛が入っていると、先ほどジェシカが言ったような症状が出やすいのです。そしてお婆様の爪を見てください」
「爪が……これはなんだ?」
「鉛中毒になると、そういった爪になるのです」
「なんだと……ジェシカ! エリザベスは鉛を触ったり口にしているのか!?」
「金属を触ることはありますが、それが鉛というものかどうかは……それに鉛を口に入れるなど食器以外では考えられませんが、奥様の食器は銀製です」
ジェシカが鉛の存在を否定するが、俺は何かを忘れている気がした。
いったい何を忘れているのだ? 思い出せない。もどかしい。
「フェリクス。鉛中毒の可能性は低そうだが?」
「ちょっと待ってください……」
その時、祖母エリザベスの目が徐々に開いていった。
「エリザベス!」
「お婆様!」
「あなたは……フェリクスなのね……」
「はい。フェリクスです」
「ごめんなさいね。こんな酷い顔で」
「そんなことありません」
「ジェシカ。お化粧をしてもらえるかしら。フェリクスに醜いわたくしを見せたくないわ」
「はい。大奥様」
ん、化粧……そうか、思い出したぞ! 化粧だ!
「ジェシカ。その化粧を見せてくれ」
「え、はい。こちらになります」
あった。これだ!
白粉を手に取る。
キメの細かい真っ白な粉を練ったものだ。
前世の記憶では、昔の女性は白粉で化粧をしていた。
その白粉には鉛が入っており、健康被害を起こしていたのだ。
だが、この世界の白粉に、鉛が使われているかをどうやって確認するんだ?
ふっ。こういう時こそ、気合でなんとかするんだろ、俺!
金属性よ、この白粉の中に入っている鉛だけを分離させろ!
気合だ! 気合で分離するんだ!
ぬおおおおおおおおおおおおっ!
白粉の中から何かが浮き上がってくる。それを熱属性で高温にすると、水銀のようなどろっとした液体状になる。これが鉛の特徴だ。
つまり、これは鉛だ。
やっぱり白粉に鉛が入っていたんだ。
「な、何をしているんだ、フェリクス!?」
「お爺様。この白粉に鉛が入っているのです」
「なんだと!?」
「ジェシカ。お婆様の体調が悪くなる以前から、白粉を使っていたはずだけど、どう?」
「大奥様が白粉を使い出したのは、たしか……三五歳になってからです」
たしかエリザベスお婆様の年齢は四五歳だから、一〇年間使っていることになる。
白粉を使っても中毒症状が現れない人もいるけど、体質によっては十分に中毒になり得る年月だ。
「鉛中毒は継続的に鉛に触れていることで、体内に鉛が溜まり体調不良を引き起こします。鉛中毒を引き起こす鉛の量には個人差がありますから、お婆様は鉛中毒になりやすい体質だったのかもしれません」
聞けば、この国で白粉を使い始めるのは三〇を過ぎてからが多いらしい。肌の染みやくすみを隠す目的で使われるのだとか。
「治療法はあるのか、フェリクス」
「……分かりません」
ネット小説で症状についての記述はあったが、どうやって治療するのかは記載されていなかった。
俺が覚えていないだけかもしれないのだが、どうすればいい?
そもそも、鉛中毒になった患者は医者に治療を任せるのだから、俺たち素人に出る幕はなかった。
「ですが、中毒なのですから、解毒魔法を試してみるべきでしょう」
「それもそうか!」
祖父はただちに医者を呼び、解毒魔法を祖母に行使させた。
すると、祖母の顔色が少しよくなった。効いている可能性が高い。
そこから継続的に解毒魔法をかけ、状況を見ることになった。
ご愛読ありがとうございます。
これからも本作品をよろしくお願いします。
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