黒百合の塔〜初日は考え事〜
仮面舞踏会で行われた断罪の翌日。
私は黒百合の塔にいた。
あの後、私はスチュワートと引き離され黒百合の塔へと連行された。
塔に連れていかれて私は猿轡を咬まされ、両手に手枷をはめられた。
それだけではなく、首輪をつけて長い鎖で繋がれている。
猿轡は呪文を唱えられないようにする為の必要な処置といえる。
まあ、私には意味のないことだが。
黒百合の塔の部屋は広くないが最低限の家具が置いてありテラスへの出入りも自由。
説明によれば三日に一度隣にある浴室で湯浴みも出来るらしい。
元々着ていたドレスは没収され武器などの持込がされていないか隈なく検査されたのち、木綿の服を渡されたのでそれを着ている。
こちらも三日に一度湯浴みの際に着替えが渡されるらしい。
それまでは昼夜関係なく着た切り雀との事。
仮面舞踏会で調子にのって踊った後の戦闘、そして断罪、さらに加えての黒百合の塔への連行という一連の動きで疲れ切った私はベッドに横たわった途端眠ってしまい、目が覚めたら昼であった。
時計もないので、テラスから見えた太陽の位置から昼と察した訳だが、随分と寝たようだ。
私は呑気に伸びなどしてみる。
そういえば、食事とかってどうなるんだろう?
一応裁判を控えているから飢え死にはないだろう。
お腹が空いたら呼ぶとか?
まさかね!
まあ、本当にやばくなったら考えるか。
机の上には水差しがあるので、楽観的に考える。
目が覚めたのだからお風呂に入って着替えて….と、考えて必要ないことを思い出す。
いやー、楽だな!!!
お風呂がないのは嫌だが、着替えとか身嗜みを考えなくていいのはすんごく楽だ。
幽閉も悪くない。
まあ、幽閉第一日目だから余裕なだけかもしれないが。
私は改めてこの部屋を見回す。
最低限の家具は最低限の質を保っており、部屋の掃除も行き届いていて生活に困窮するということはない。
私はじゃらりと鎖の音をたててベッドから起き上がりソファに座って水差しからコップに水を移して一口飲もうとして、猿轡が邪魔で飲めない事に気付いた。
意味ないじゃん!
途端にアホらしくなってソファの背もたれにもたれかかる。
そして、昨日の事を思い出す。
仮面舞踏会が開催された。
その場にはアリスとリュド様、ザック様はいたが殿下はいなかった。
適度に楽しんでいるとフィナーレを迎え、アリスへの講評が行われようとした。
しかし、それを邪魔するかのように賊が侵入してきた。
彼らを完全に叩きのめして、解決かと思いきや、別ルートからの侵入者に陛下を殺されてしまうという失態を犯す。
陛下を殺した侵入者の正体は獣人ジェイド。
かつての私の飼犬であり、現在は帝国の王女様の飼犬。
彼は王国での獣人の扱いを不当のものとし、次代王に待遇改善を求める。
そして、その後個人的な恨みとして私の命を狙う。
その過程で、私はジェイドが自ら出奔したと思っていたが、ジェイドは私に捨てられたと思っていた事が判明。
何故このような行き違いが起こったかといえば、嫉妬に駆られたスチュワートが裏で暗躍した結果だったわけで。
でも、それがわかってもお互い勘違いだったんだね!めでたしめでたしって訳にはいかなかった。
ジェイドは薬で己の寿命を削り既に王を殺害した後。
処刑は免れない身となっていた。
失うものが何もない彼はヤケになって襲いかかってきたので返り討ちにする。
これで終わりかと思いきや、最後の足掻きで青い魔石を取り出す。
それを砕いた瞬間、事態が急変。
死体は…アレになり、生者はゾンビもどきとなる。
ゾンビもどきはフェンリル戦で見たものの劣化版ともいうべき存在であり、倒す事は出来た。
しかし、結果として私、スチュワート、アリス、リュド様、ザック様、アーミオン侯爵、ウォルコット侯爵以外の生き残りがいない状態となる。
おいおいどうすんだよと思っていたら、まさかの時間逆行が起こる。
私達を置き去りにした時間逆行で、死者は蘇る。
それだけなら問題ないが、なんと時間が巻き戻った者達の記憶は書き換わってしまい、侯爵二人も時間逆行に巻き込まれ記憶が変化する。
本来あった出来事はなかった事になり、代わりに私が獣人を嗾しかけ王家に弓を引いたことになっていた。
全てはアリスが王妃になることへの恐怖から引き起こされた出来事として彼らの中では処理され、私は黒百合の塔に移送され、スチュワートは留置所に送還された。
今、ここである。
うん、意味がわからない。
あの時間逆行はなんだったんだろうか。
私の加護者の一人である例のあの方は補正とか言ってた。
どういう意味なのだ。
わからないが考える時間だけはたっぷりあるので考えてみる。
そうするとある仮説が生まれる。
そしてその仮説は私にとってあまり楽しいものではなかった。
この世界には『理』と呼ばれる規則がある。
その規則によって私達は縛られており自由がない代わりにある一定の安全が保証されている。
モンスターが決まった場所から出られないという理はまさしく私達の命の保証であろう。
しかし、魔法使いの呪文の枷など私達の自由も時に奪っていく。
特に私には個人に適用される理がある為特に自由が制限されていると思われる。
そんな理は一体何故存在するのか。
私以外の人間は理があることを当たり前として受け入れておりその存在に疑問を呈さない。
しかし、私は何故かその常識を知らず平気でその常識を打ち破っていく。
この理について考えることも非常識な行為なのだろう。
そして、私は一つの仮説として、理がある理由を述べる。
『理』とはあるべき未来に誘導する為の規則である。
そう考えると『補正』という言葉の意味がわかる。
あるべき未来とは違う方向へ進んでしまったので修正されたのだ。
では、あるべき未来とは何で、一体誰が望んだ未来なのか。
あるべき未来とは今回の場合例のあの方の言葉を信じるならば私の死である。
私の死は誰が望むのか。
それは未来をあらかじめ決めた者ではないか。
未来を決めてその通りにならないならば時間さえ巻き戻すことが出来る存在なんて私は知らない。
知らないが、この方なら出来るのではという心当たりはある。
神
ぞわりと背中に嫌な感触がした。
仮に神とかいう目に見えない絶対者が私の未来を既に決めておりその通りに動かす為ならば時間すら巻き戻してくるとすれば私はどう足掻いても死ぬしかないではないか。
まるでこの世界は箱庭だ。
安全を約束する代わりに絶対的規則で自由を縛られ決められた未来へと進むしかない。
多少の回り道くらいは許されるが外れて別の場所に行くことは許されない。
そんな息苦しい世界を私は神が作った箱庭…遊戯盤だと思う。
私のような特別な理持ちは遊戯を進める駒だ。
例のあの方は足掻けというが神の手の中にある駒が…卑小な人間風情が神の意表を突いて遊戯盤から飛び出して生き残ることなど出来はしない。
既に私は神が望む道の上にいる。
そこから外れることなどできない。
そもそも、時間逆行前もどうして神の指し示す未来から外れたのか、どこから外れたのかがさっぱりわからないのだ。
気づいたら外れており、あっという間に補正されてしまったのだ。
無意識にやった事を次は意識して行い更には補正されないようにしろって無理難題にもほどがある。
と、いうか諦めて死を受け入れるべきではないだろうか。
まさか王家反逆罪の汚名をきての公開処刑とは思わなかったがまあ、悪役らしい末路といえる。
二週間後に裁判があり有罪判決がくだればさらに二週間後に処刑される。
つまり私の命は一ヶ月しかないのだ。
来月の今頃には死んでいるのか。
まあ、贅沢もたくさんしてきたし、美味しいものもたくさん食べた。
ここ最近はスチュワートと普通に生きていたら見ることの叶わない世界を見ることが出来て楽しかった。
魔法使いになって敵を叩きのめすのは実に痛快でストレスが全て吹き飛ぶようだった。
気にくわない人間との関わりもあったりしたし、思い通りにいかなかった事も多分にあったが、総合的に見てよい人生だった。
死に方が気にくわないが、まあ、いいかとも思える…
…
って!スチュワート!!!
私は死を受け入れ過去を振り返り満足していたが、それではダメだと我に返る。
私が一人で処刑されるのは構わない。
しかし、スチュワートが巻き込まれるのは阻止しなくては!!
私は心中の趣味はない。
死ぬなら一人で、汚名は私一人が着れば充分。
有能な執事は巻き込めない。
と、いうか彼は本当にどういう経緯で我が家で執事などやっているのか。
前々職はAランク冒険者でそれを二年で辞めて三年間はポーションを支給してくれるような職場で働いていたようだが、そこも辞めている。
Aランク冒険者はかなり儲かると思うし、ポーションを支給してくれるような職場も待遇が良さそうではないか。
なんでこんな我儘令嬢の専属執事をよりにもよって十年も続けているのか。
…
う、自惚れていいのかな。
顔が自然と赤くなる。
恥ずかしくなってソファで丸まってみるが、誰もいないここで一人恥ずかしがっているこの行為事態が恥ずかしい。
もし、自惚れていいのならば、スチュワートは私の事が好きなのだ。
だから十年も一緒にいてくれた。
そして最期までいたいと言う…。
ぎゃっ!
自分で思って自分で驚いている。
なんだこの一人芝居。
いや、何せ愛されることなんて初めての事で慣れないのだ。
いや、落ち着け自分!
私はがばりと座り直す。
あくまでこれは仮説だ!
自惚れは自惚れでしかない。
だがもし本当ならば?
ぶしゅーーー
頭から湯気が立ち上る。
そして座った形そのままでソファに再び横たわる。
こんなこと考えている場合ではないというのに一度考え出したら止まらない!!
わ、私はスチュワートの事をどう思っているのか。
ただの専属執事?
友人?
お兄さん的存在?
良き相談相手?
それとも…恋愛対象?
まて!それはない!
最後は否定する。
だって私は公爵令嬢、対する彼は使用人。
この関係を認めたうえで恋人になりたいなんて言ったら私はアリスの事を何も言えないじゃないか!
仮にも国母候補として王妃教育を施されたプライドにかけて口が裂けてもそのような事は言わない!
いや、言わないだけでは不十分。
そんな想いは捨てる。
どうせ、来月には死んでるんだから簡単に出来るだろう。
あー、よかった、来月には死んでるんだ。
死んでなかったらスチュワートとどういう話をすればいいのかわからない。
ワルツの話か、それともキスの話か…
…
どれもできねぇぇ!
ほんっっと!死ぬ予定でよかった!
死に逃げ最強だろう!
うんうんと一人頷いているとはたとこのままだと一緒に死んじゃうんだと思い出す。
死に逃げすら許されないのか!
意地でも逃げ切ってやる!
なんなら今すぐここで死ぬという手もある。
いや、私の死が告げられた途端後追い自殺しそうだ。
今すぐ死ぬのは却下!
心中、後追いはさせない方向で物事をすすめないとおちおち処刑されることもできやしやい。
心中するな、後追いするなと命令しておくのはどうだろう。
最初は効いてそうだが時が経つにつれてお叱りは地獄で聞きますとか言って死にそうだ。そしてある日地獄の底で再会…なんて、笑えない。
もっと確実に死なないようにする事は出来ないだろうか…。
だけど、スチュワートの性格を考えると難しい…。
何せ王家の引き抜きを二度に渡って断ったのだ。
しかも二度目は命がかかっていた。
その状況下ではもう何をしてもそのうち後を追ってきそうだ。
好かれているならば、嫌われるようにする?
でも散々色々やらかしているが今日までついてきたのだ。
何をしても無駄なような気がする。
…いや、まてよ。
スチュワートの肉体を虐げてきた私だが彼を否定したことはなかった。
…あ。
私はスチュワートがジェイドを捨てた理由を思い出す。
ジェイドが自分の代わりに執事として侍ることになり捨てられるのではと思った。
それが怖くてデビの森に捨てたと言っていた。
ならば。
彼の恐怖を現実にすればいいのではないだろうか。
スチュワートの代わりに誰かと心中する。
お前はついてくるなとやるのだ。
我ながら良い思いつきではなかろうか。
しかし、肝心の心中相手がいない。
これも計画倒れか…。
そう思っていたとき。
誰かの足音がした。間違いなくこちらに向かっている足音だ。
それも複数。
一体誰だ….?




