仮面舞踏会終焉〜断罪〜
毒婦とな!
ついぞ聞いた事のない単語にそんな場合ではないのに突っ込みを内心いれる。
「お嬢様!」
スチュワートがすぐさまナグを排除せんと動き出すが複数の騎士がスチュワートを抑え込む。
平時のスチュワートならば一瞬で蹴散らせるだろうが生憎今は手負いだ。
簡単に私と同じように床に押さえつけられる。
「アリス!」
私の近くで手負いの獣に抱かれたままの彼女を呼ぶ声がした。
耳が蕩けるような美声の持ち主はあの時どんなに探してもいなかったランバルト殿下その人であった。
「殿下!」
「獣よ!アリスを離せ!!さもなくば貴様の命この場にて潰えると思え!」
殿下の言葉に偽物は静かに従う。
「あの!ありがとうございました!」
あの乱闘からアリスを守っていたのは間違いなくこの偽物だ。
だから彼女は彼の腕から解き放たれた後、場違いな程可愛らしくお礼を言った。
「アリス!早く来い!」
殿下が苛立ちの声をあげたので、アリスは殿下に駆け寄る。
「殿下!今までどちらにいたのですか!?」
「…何を言ってる?舞踏会会場にいたに決まっているじゃないか。」
「え?でも…」
アリスの戸惑いをよそに殿下は笑顔を見せる。
「私が贈ったドレスをリナリーバーの策略でダメにされたが、お前が贈ってくれたネクタイの柄で私を探し当ててくれたおかげで会えたのを忘れたのか?」
策略….ってあれは本当にただの事故だから!
ワインで彼女のドレスを汚してしまった事を思い出す。
彼の身につけているネクタイはジャケットに隠され肝心の柄は見えない。
「え?いえ、私は見つけることが出来ず…」
「そして、お前と踊ろうとフロアに出た時に賊が侵入してきた。」
アリスの困惑が益々深まる。
「そこの騎士がリナリーバーに色仕掛けで堕とされ賊を招き入れてしまったのだ」
「色仕掛け!」
スチュワートが声をあげた。
「まさか!リナさんはそんなことしませんよ!」
「お前は本当に優しいし、そのような手段そもそも思いつかない。
だが、この醜悪な女はやったのだ!
ナグとやら、この女に何をされたか話せ!」
「しかし…」
「今話さなければ、即刻罷免だ!話せば勧告で済ませてやろう!」
クビか厳重注意か。
ナグに選択の余地はない。
「まず、デビの森で偶然出会いました。
今思えば私が舞踏会当日護衛騎士の任に着くと知っての接触だったのでしょう」
いや、知らないよ。
とんだ買いかぶりだ。
「彼女の美しさと気品は一介の平民上がりの騎士であった私には甘い毒でした。
冷静さをあっという間に失い私は彼女に夢中になったのです。」
「安心しろ。この女は闇魔法を使う。大方闇魔法でお前の心を支配したのだろう。」
してねぇよ!
全力で否定したかったが強くおさえこまれた私は話すことさえ難しい。
おそらく魔法使いである私に呪文を唱えさせないという意味合いもあるのだろう。
「そうでしたか!私は彼女に心を支配され彼女に身も心も溺れてしまいました。
彼女の希望を聞けばその…体を許すと言われて…」
「ふざけるな!このかたを誰だと思っている!?
平民上がりの騎士風情が上に乗れるようなお方ではない!」
スチュワートが一瞬力を込めて体を起こして叫ぶがすぐにねじ伏せられてしまう。
「それで、彼女の友人という方々を城にお招きしました。
しかしまさか彼らが殿下を始めたした王家の皆様のお命を狙うとは!」
「まさしく想像外の出来事だったわけだ。」
「はい。」
「しかし、お前たち騎士らの働きにより無事不届き者の排除に成功した。そうだろう。」
「はい、仰せの通り、我ら騎士一同はウォルコット侯爵の指示のもと一致団結し賊どもを捕らえることに成功致しました。…しかし…」
「この女は悪知恵が働く。一つの手が失敗しても第二第三の手を打つ狡猾さがあるのだ。」
私を蔑んだ目で殿下は見てくる。
「その通りでございます。賊は私が招き入れた者だけではありませんでした。
別のルートからも侵入させていた者があり、あろうことか陛下殺害の為に爪を振るおうとしたのです。」
そう言うと周囲の視線は偽物に集中する。
偽物はその異様な威圧感に怯えてぶるっと震えた。
「こやつは昔リナリーバーが飼っていた獣人だ。
おそらく言葉巧みにここまで呼び寄せ魔法で操り陛下とアリス殺害を目論んだのだろう。
しかし!アリスという心優しき乙女の心根に触れて改心した獣人は我らに牙を剥けなかった!
それに焦れたリナリーバー自ら手を下そうとしたが、私によって撃退され今は騎士に囚われている!」
そう高らかに殿下は言った。
「まさしくその通りでございます。」
「陛下!この女がいかに王妃に向いていないかお判りになられたでしょう!?」
「陛下!発言をお許しください!」
そう陛下の言葉を遮りリュド様が言う。
「許そう」
「はい、今の殿下と騎士のやりとりは最初から最後まで間違っております!
リナ嬢は陛下殺害など目論んでおりませんし、関わってもおりません!」
「リュド!血迷ったか!?」
殿下は目を見開いてリュド様の発言に言葉を返す。
「リュドの言う通りだよ!リナさんは陛下を殺そうとなんてしてなかった!」
「….アリスまで!?くそっ!リナリーバー!
貴様、この二人の心を操っても罪は罪のまま軽くなどならぬぞ!」
「陛下発言の許可を」
アーミオン侯爵が言う。
「許そう」
「は。ここに縛られている獣人どもから話を聞きましたが、全員リナリーバーからの依頼で陛下達を襲ったと申しておりました。
うまくやった暁には獣人の待遇をよくすることを条件とするということで今回の行動に踏み切った模様です。
家宅捜査すれば物的証拠などたやすく出てくるかと。」
「そうか。」
アーミオン侯爵は私達と共に戦ったはずなのに、あちら側として話している。
例のあの方が言った通り時間が戻ってしまった人は補正されてしまうのだ。
補正された結果陛下とアリスの殺害を企み失敗し囚われたリナリーバーの断罪中といったところか。
「陛下ご発言の許可を」
「許そう」
「家宅捜査の件は騎士団にお任せください。
この度の失態に騎士が関わっているのは明らかです。
どうか汚名返上の機会をお与えください!」
「よかろう!今回の一件の捜査権を騎士団に委ねる。
存分に捜査し悪事を暴くがいい!」
ウォルコット侯爵の言葉に陛下が許可を出す。
「リナリーバー公爵令嬢!」
妃殿下が私を呼んだ。
「この度の件、大変失望しました。
貴女は今までの王妃教育で何を学んできたのですか?
王家に弓を引くものを王家の末席に加える訳にはいきません!
貴女を我が息子の嫁に迎える事も母親として認める訳には参りません!!
陛下、私はリナリーバー公爵令嬢とランバルトとの婚約破棄法案を議会に通す事を進言致します」
「うむ。」
陛下は頷く。
それは捜査結果がでてからの話ですよね?
捜査結果ありきでやるんですか?
…やるんですね、わかります。
「さらに、陛下に進言致します!
この度のアリスリーザ・ベルガーネット男爵令嬢の働きは見事としか言いようがありませんでした。
誰よりも早くリナリーバー公爵令嬢の悪意を見抜き、陛下の盾となり息子の劔となって揺るがない覚悟でもって賊どもに立ち向かい結果として王家を守りきりました。
その勇気と敬意は賞賛に値します。
この功績をもってアリスリーザ嬢には正式に王妃教育を受けさせ息子との婚約を成立させるべきかと思います。」
「妃よ、まさしくその通りだ。
私も一人の父親としてこの勇気ある娘が気に入った。
幸いにして我が息子とこの娘は愛し合っている。
きっと公私ともに互いに支え合い王国をさらに豊かにしてくれるに違いない。
リナリーバー公爵令嬢の婚約破棄法案と同時にアリスリーザ男爵令嬢との婚約法案を提出しよう!」
陛下の宣言に殿下は感極まった様子でアリスを強く抱きしめた。
「やったな!遂に私達が認められた!
やはり私の目に狂いはなかった!!
身分などというものに囚われずその心で私は彼女を愛したのだ!!
身分以外に誇るものがなく、使用人を虐げ、あまつさえ王家に弓を引いた貴様にはわかるまい!!!」
「殿下!ですから、リナさんはそんな人ではありません!
私、やっとわかったんです!!
リナさんから私はたくさんのことを学びました。
リナさんは誇り高き方です。
そのような人が王家に牙を剥きますか?
スチュワートさんの忠誠心は本物です!
私も最初は暴力に屈しているだけかと思いましたがそれでは説明がつかないほどの忠誠心を彼はもっています!
単に虐げるだけの人に忠誠心を抱く使用人がいますか!?
殿下、何度もいいますが、リナさんは陛下に剣を向けてません!!
私達はリナさんに何度も助けて貰ったのです!
どうか、このような扱いはおやめください!!」
「アリス…」
殿下はアリスの名前を呼ぶ。
「アーミオン侯爵」
「は」
殿下がアーミオン侯爵を呼んだ
「闇の支配魔法はいつ頃効果を失う?」
「…殿下!」
何故わからないのかと涙目で殿下を見る。
「リナリーバー公爵令嬢の魔力が続くまでです。
彼女は一人で王国を一晩照らす程の魔力持ちです。
今しばらくはこの状態が続くかと….」
「くぅ!一体いつ魔法をかけたのだ、この毒婦は!
だが、大丈夫だ、 魔力が切れれば私達の正しさがすぐにわかりこの扱いが妥当…いや、身分に慮った対応をしているとわかるだろう。」
「我が息子も闇の支配魔法にかかっている様子。
おそらく、陛下とアリス様の殺害が失敗した時点で己の保身の為にかけたかと思われます。」
アーミオン侯爵が続ける。
「ザック。貴様はどうだ?私の言っていることの正しさが理解できるか?」
「恐れながら殿下。
私もアリス嬢と同意見です。私はリナリーバー公爵令嬢の無実を支持します。」
忠実なる騎士の言葉にウォルコット侯爵が顔を赤くなった。
「この馬鹿息子が!闇魔法などという卑怯な手にはまりおって!!」
「まあ、そこまで憤るな。」
「は」
怒りに満ちたウォルコット侯爵を宥める陛下。
「まずはリナリーバー公爵令嬢の片腕たるスチュワート!」
スチュワートの上半身が起こされる。
腕は後ろ手に組まれ完全に動きを封じられていた。
「…貴様には選択肢をやろう。」
「!?」
陛下の言葉に殿下は目を見開く。
「ひとつ、王家に忠誠を誓い、かつて私が命じそして蹴った例の件を受け入れるか、もしくはリナリーバー公爵令嬢と同じ道を辿るかだ。」
「私は最期までお嬢様と共にありたいと思います」
スチュワートの即答に陛下はため息をつき、そうかと小さく呟いた。
…命じて蹴った例の件?
…そういえば、彼はとても優秀で王家から直々に誘いがあったとかそんな話をちらっと聞いた事があった。
王家から誘われた者が公爵家にいるとは思えなかったので眉唾だと思っていたが本当だったのか!?
衝撃を受けた。
そして、今もまた彼は蹴った。
嫌な予感がした。
「リナリーバー公爵令嬢!当面の扱いを申付ける!」
陛下がそう言うと私の上半身が無理矢理起こされた。
腕は後ろ手に組まれナグの片手で封じられ、残った片手で口を塞がれた。
「リナリーバー公爵令嬢!其方を王家反逆実行犯の容疑者として黒百合の塔にて幽閉とする!
二週間後に裁判を行い正式な処遇を決定する!
」
黒百合の塔!!
それは貴族専用の牢獄だ。
三十メートル程の高さのある最上階にある一室で監禁されるのだ。
脱出不能な黒百合の塔に幽閉された貴族が今まで無罪を勝ち取ったことはない。
建国以来この塔に入った貴族は全員、公開処刑されている。
例のあの方の言う通り私は墓場に一歩近づいたようだ。
そして…
「併せてスチュワート!!貴様も王家反逆共犯罪として留置所へと送還する!そして公爵令嬢と共に裁判を受け、正式な処遇を決定する!以上だ!」
自分の処遇はどうでもいい。
しかし、このままではスチュワートまでもが処刑される。
私は彼を手放すべきだとわかっていたのにしなかった。
アリスが王妃になったらなんて悠長なことを言っていたらこの有様だ!
私は自分の行動の遅さを悔やむ。
しかしもう遅い。
私達は離れ離れになり、それぞれ言われた場所に送還されたのだった…。




