仮面舞踏会開催〜殿下ならそこにいるじゃない〜
「太陽!」
皓々と輝く光の玉が生み出されたかと思うと舞踏会会場は光に満たされた。
突然の光に目をやられ私は目を閉じた。
光がおさまり落ち着いたので、おそるおそる目を開けると…
生き残ったゾンビがいた。
「くそっ!浄化魔法が効かない!!」
リュド様が舌打ちする。
ゾンビは完全にこちらに狙いを定めてゆっくりと歩き出した。
上級魔法が効かないなんてこいつら普通じゃない。
「…アレは…!?」
ザック様が当時を思い出したかのような声をあげる。
浄化魔法で消滅した者は正しく死体であり死体が動いていた。
だが今目の前にいるのは…!
私は目を凝らして彼らを見る。
そして見知った顔を見つけた。
ネクロスラーズ嬢とナグ!!
私は息を飲んだ。
そして同時に体に力が戻る。
こいつらはゾンビによく似ているけれど、ゾンビじゃない!!
使用不能だった魔法が使えるようになった。
「聞いてた話と違うけどよぅ!!
これでもいいなぁぁ!!最高じゃねぇか!!
もう、なんでもありだぁぁ!!全員死んじまえぇぇぇ!!」
薬の影響かはたまた単なるヤケクソか、深く考えずに笑いながら事態を見守る事にした偽物。
しかし、笑っていられるのはその時だけだった。
後ろからゾンビもどきと化した議員の一人に肩を噛まれたのだ。
「ーーーーー!?」
ゾンビもどきは肩を食いちぎるとそれをもぐもぐと食べる。
「な!?何故俺を狙う!?」
「やきにくーー」
そして喋る。
こいつらには五歳児程度の知能があるのだ。
逆に言えば五歳児程度の知能しかない。
使役など無理な話なのか?
それともやり方次第で使役可能なのか?
今はわからないが少なくても偽物はゾンビもどきを使役出来ていない。
完全に私達と同じ側だと認識されている。
寧ろ、焼肉と言っていた辺りから察するに私達より彼の方が美味しそうに映っているのかもしれない。
なら、このまま食われてしまえ!!
そう思った私とは逆にアリスは偽物の元へと動いた。
「大丈夫ですか!?」
「馬鹿!」
そう言ったのは偽物だった。
偽物の意見に全面賛成したのはこれが初めてだ。
何故なら偽物のすぐ横にゾンビもどきがいるのだから。
「なまにくー!」
「!?」
アリスが驚き硬直する。
狙われるなんて露ほどにも思ってなかったのだろうか。
ゾンビもどきが首を伸ばしてアリスに噛みつこうとした。
しかし、ゾンビもどきはアリスに噛み付くことは出来なかった。
偽物がアリスを庇ったのだ。
アリスを残った腕一本で抱え込み守った代償はゾンビもどきによる二度目の咀嚼。
「ーーー!」
「ジェイドさん!」
アリスが悲痛な声をあげた。
「ーーー!」
偽物はアリスを庇うように立ち上がり爪の一撃を噛み付いたゾンビもどきに食らわせる。
浄化魔法は無効でも物理攻撃は有効なようでその一撃で倒された。
「とっとと離れろ!」
「待ってください!」
そう言うと彼女はドレスの裾をびりっと破いて先程噛まれたところに巻きつけた。
「!?」
「ごめんなさい、私にはこれくらいしか出来ないんです…」
しょんぼりして言うアリス。
「う!?」
途端、彼は頭を押さえ片膝をつく。
「あ?あれ?…俺は…??」
偽物が何やら周りを見回している。
そして目の前にアリスがいることに気づいた。
瞬間、彼の顔が赤く染まる。
「ーーー!??な、、な!?」
何故彼女が目の前にいるのか理解出来てない!?
「ジェイドさん!?」
彼の狼狽ぶりにアリスが名を呼ぶ。
「え!?あ!?そうだ!復讐!!」
何が起こったのか記憶が曖昧なのか今更な事を叫ぶ。
「何が起こったの…!?」
「薬が抜けたんじゃね?」
「そんな簡単に抜けるか!単に一時的に正気に戻ったんだろ!」
ザック様の言葉にリュド様が指摘する。
そうか、彼は今まで薬の影響と血の匂い、そして復讐への高揚感で狂人と化していただけだったのか。
考えてみたら常にあの状態では日常生活が送れない。
しかし、きっかけは何か?
アリス?
思えばアリスに関わると彼は比較的まともだった。
これは何か?
私は偽物を見る。
明らかに視線が泳いでいるが、チラチラとアリスを気にした様子。
これは…
なんとなく、彼の心情を察知した。
そうですか、貴方もですか。
もう何も言うまい。
彼についてはとりあえず置いておきゾンビもどきに注目する。
「とりあえず、なんとかしないと死ぬわね。」
「でも、彼らは元は生きていた人間です!
ここで殺してしまったら…!」
私が人殺しか。
それがなんだというのか。
死にたくなければ殺すしかないなら、私は人殺しくらい平気だ。
それに目の前の彼らを最早人と認識はできない。
「アリス、これは仕方ないんだ!」
「倒さねばこちらが倒される!」
アリスを説得するようにリュド様とザック様が言う。
「でも…!私は出来ないし、皆さんに人を殺して欲しくない!!」
綺麗事が虚しく響く。
「…文句は後で聞くわ」
私は彼女の説得を諦めて呪文を唱える。
「ごめんねアリス。」
「お前を守る為ならどんな誹りも甘んじて受けよう。」
二人は立ち上がる。
重症二人が立ったところでアリスの弾除けくらいにしかなるまい。
「アリス、世の中には優先順位というものがあるの。
これを選び間違えてはいけないわ。」
私もふらっと立ち上がる。
「王妃となるならば覚えておきなさい。
貴女の選択が即民草の生活に直結するという事を。
今回は自分の命で済むけれど、王妃になれば選択ミスの代償は民草の命。」
はっとした顔をするアリス。
「あれもこれもと欲張ればどれも手に入らず破滅する。」
「しかし…!」
「でもね、アリス。」
私はアリスの言葉を遮って続ける。
「欲張る事は悪ではないの。」
「え?」
「寧ろ欲張らなくてはならないの。」
「え?え?」
矛盾している言葉にアリスは混乱する。
「民の生活向上の為に必要ならば欲張ってもいいのよ。
彼らは自分の命を賭けているのだから、リターンは大きくあるべきだわ。」
ハイリスクローリターンなんてどんな馬鹿でも御免被ると答えるだろう。
リスクが天井知らずならばリターンも天井知らずであるべきだ。
「欲張るべき時は欲張りなさい!
でも欲張ってはいけない時もあるの。
いいこと、アリス。彼らを見逃してしまって私達が死ねば次はこのゾンビもどきは誰を食べに行くのかしら?」
はっとした表情を彼女は見せた。
ここに食べ物がなくなれば次は外だ。
民が食われることに気づいたのだ。
「物や権利は欲張ってもいい!
でも、命は欲張れない!欲張って手に入る物と入らない物を見極めなさい!!」
周りがしーんと…は、してないか。
ゾンビもどきの唸り声が響いていた。
「彼らは僕達を殺したいと思ってるかな?」
リュド様の問いかけにアリスは首を横にふる。
「殺したくないのに殺さなくてはならない時、アリスはどうなりたい?」
「…私なら…いっそ殺してほしい…」
「彼らも同じだよ。いっそ殺して欲しいはず。
…楽にしてあげよう。」
リュド様の言葉にアリスはその場に蹲り泣いてしまった。
偽物は狼狽し、周りをきょときょとと見回す。
どうしていいのか困惑しているようだ。
「さて、リナ嬢。」
ザック様が言う。
「…お前なら当然まだやれるな?」
彼は気づいたのだろう。
私がリズである事に。
まあ、自重せず闇魔法以外を打ち込めば遅かれ早かれバレることだ。
私は不敵に笑う。
「私を誰だと思ってるのかしら!?」
「さっきまで俺好みでよかったのに…」
言われて先程の失態を思い返す。
「そ、それは忘れてください!」
「はっ!無理だな!」
屈託のない笑顔を見せる。
思わずどきりとしてしまい慌てて視線を外した先にいたスチュワートと目があった。
じっと無表情でこちらを見ているが…。
なんとなく視線を下げてみれば彼の唇が目に入る。
途端、ザック様の笑顔など跡形もなく吹き飛んでしまった。
体が熱く燃え上がるような感覚に襲われる。
火の魔法で焼かれた訳ではないのに、それ以上の熱を体の奥に感じてしまう。
「…お嬢様」
私とは反対に冷静な声を発するスチュワート。
彼にとってアレは単なる…口封じ?
だったら手で押さえればいいだけで、唇を使う必要はない訳で。
彼の中でアレはどうして発生し、そしてどのように処理されたのだろうか。
気になるが聞くのが怖い。
「お嬢様」
「はっ!」
あれこれ考えているとスチュワートからの二度目の名呼びがあり我にかえる。
「な、なにかな!?」
若干声が上ずったような気もするが、まあ、大方普段通りだ。
「…囲まれました。」
「…あ」
慌てて周囲を見渡せばゾンビもどきに私達は完全に包囲されていた。
「おいおい…」
「言っておくけど、僕は殆ど魔力残ってないから。
期待しないでね。」
「それを言ったら俺だって大怪我してるさ。」
言い訳を許さないザック様。
「基本は戦闘系の人間ではありません。
手負いの我々でも問題ないかと。」
私達プラス回復済みのアーミオン侯爵とウォルコット侯爵がいる。
確かに負ける気がしない。
「やるか!」
ウォルコット侯爵が声と共に駆け出して剣を振るった。
ゾンビもどきは五歳児程度の知能と運動神経を所持している。
ゾンビにしては異常な強さを誇る。
しかし、ゾンビベースでは最強でも国一番の騎士にしてみれば紙屑以下の存在でしかなかった。
迷いのない一撃に倒れるゾンビもどきに。
「いたいーいたいー」
子供のように床に這いつくばって手足をばたつかせる。
「たすけてー、しにたくないー」
「!?」
そこに迷いが生じる。
もしかしたら、人間に戻ったのではと。
しかし、それは儚い夢でしかない。
ガブリ
床に這いつくばっていたゾンビもどきがウォルコット侯爵の隙をついて足首を齧った。
「ぐあっ!」
叫んで剣を突き立てゾンビもどきを仕留めるが、傷は深そうだ。
五歳児程度の知能とはいえ、悪知恵はしっかりと働くようで、油断はできない。
「ころさないでー」
「!?」
アーミオン侯爵も魔法を放つ手元が狂いあらぬ場所を攻撃してしまう。
一度魔法を放てば魔法使いは暫く無力。
それをわかっているかのように、ゾンビもどきは走りアーミオン侯爵に飛びかかる!
「きゃっ!」
「母さんを離せ!」
リュド様がゾンビもどきの横っ腹に慣れない蹴りを放つ。
肉弾戦は苦手なリュド様ではあったが、所詮相手は五歳児レベル。
蹴りは問題なく決まりゾンビもどきは床に転がる。
「うう…いたいよー」
しくしくと泣きだすゾンビもどきに一瞬気が緩む。
そこを狙ってリュド様に襲いかかるゾンビもどき!
「油断しちゃダメ!」
ごおっと火が立ち上りゾンビもどきは黒焦げとなる。
アーミオン侯爵がリュド様を助けたのだ。
親子で大変仲がよろしい。
これが私とお父様ならお互いを盾にしあって二人で死んでる。
「お嬢様、こちらにも来ます」
スチュワートの冷静な声がして前を向けば、私をロックオンするゾンビもどきが数体。
「ころさないでー、しにたくないよー」
「氷結!」
カキン!
私は口先だけの命乞いになど惑わされない。
容赦なく氷漬けにしてやる。
そこに…
「おとこにちやほやされていいきになるなー!」
一際長いセリフを一気に言い切るゾンビもどきが前に出て来た。
ネクロスラーズ嬢!
「しねーしねーしねー」
命乞いなど一切せずに襲いかかってくる。
いっそ清々しいくらいだ。
しかし、次の瞬間彼女の後ろに回り込んだスチュワートが彼女の首の骨をあらぬ方向へと捻じ曲げて倒す。
「…お嬢様、このゾンビもどき。以前とは違いますね。」
言われて気づいた。
フェンリルが作ったと思われる二体のゾンビもどきは自分を見失ってはいなかった。
また、何よりも死なない体だった。
対してこのゾンビもどき。
まず、殺戮衝動に駆られるままに私達を襲う。
そして、物理攻撃できちんと死ぬ。
どんなに肉体をいじめ抜いても死なない哀れなゾンビもどきではないのだ。
なんというか、そう、フェンリル戦のゾンビもどきの下位互換といったところか。
そのかわりに量が多い。
あの時の二体が特別なのかそれともこいつらが適当に作られただけなのか。
詳しく知っていたと思われるフェンリルは既にこの世にいないので知りようもない。
「確かに…。でもきちんと倒れてくれるなら安心して倒せるわね。」
「まさしく。」
言ってスチュワートは頷く。
そして、互いに背を合わせて前を向く。
私の背中はスチュワートが守るのだから私はスチュワートの背中を守る。
気づけばリュド様とザック様も親子でタッグを組んでいたし、アリスは偽物に庇われていた。
「全員生き延びるわよ!」
『おう!』
図らずも皆の声が重なった。
「氷結!」
「火よ!」
焔と水の華が咲き乱れ、その華の花弁を散らすように剣を振るう二人の騎士。
取りこぼした塵屑を払うように執事は優雅に舞う。
そして一人の姫を守る番犬の爪が煌めく。
一見圧倒しているように見えるが決して余裕はない。
数はやはり暴力なのだ。
さらに悪知恵が働く彼らはゾンビもどきと化した妃殿下を盾にし始めた。
ふと、何故自分らだけゾンビもどきにならなかったのかが気になる。
体の傷や眠っていたことだけが条件ではないということだ。
しかし、今はそんな事を考えている場合ではない。
いかに命乞いという世迷言を吐こうとも心は一ミリも動かないが、妃殿下相手はさすがに腰が引ける。
王族に刃を向けるのは貴族としての教育を施された自分には難しかった。
「おうけのてき」
びしっと指を指してくる妃殿下。
何故私を指差すのですか。
「てきはころす」
言って自ら先陣を切る。
「うう」
誰かがなんとかしてくれないかと期待を込めて周りを見るが皆、こちらを見ない。
彼らは彼らで手一杯というのもあるが、彼らも妃殿下相手に攻撃出来る気がしないのだ。
やるしかないのか!?
「お嬢様!」
スチュワートが前に出るがそのスチュワートさえも一瞬怯ませる鋭い眼光。
さすがは王族。
長く陛下と共に歩まれたお方。
などと褒めている場合ではない。
どうする!?
「王妃様!」
そこに偽物に抱かれたアリスが妃殿下を呼ぶ。
「…!?」
妃殿下はアリスを見て顔を顰める。
「おまえ、むすこをたぶらかしたおんな…ころす…」
「ダメです!王妃様ともあろう者が民に手を下してはいけません!」
ひたりと歩みを止める妃殿下。
「王妃様は人間です!モンスターなんかじゃないんです!!
人間に戻ってください!」
「…わたしは…!?」
驚いた事に妃殿下は正気を取り戻した。
いや、これも演技か!?
私は注意深く観察する。
「わたしは…おうひ…うっ!?ころす…」
自分の意識が揺らぐのか再び歩み始めた。
「ダメです!!ランバルト殿下がお母さんがそんなふうだと悲しみますよ!」
またも歩みを止める妃殿下。
「らんばると…ああ!そうだ!わたしは….!」
「人間に戻ってください!」
アリスの言葉に妃殿下は強く頷いた。
まさか、戻れるのか!?
しかし、それは違った。
妃殿下は口の端から血を流してその場に倒れた。
「え?」
「まさか!舌を噛んで自殺!?」
「そんな!?」
アリスが悲鳴をあげるが事実そうだろう。
妃殿下はモンスターにはならずに人として死ぬ道を選んだのだ。
「そんな!?私は妃殿下に死んで欲しくて人間に戻ってと呼びかけたわけじゃないのに!」
両手で顔を覆ってアリスは嘆く。
しかし、嘆いている暇も私達にはない。
「油断するな!まだいるぞ!」
「わかってるわ!」
ザック様の檄に応えて呪文を唱える。
そしてついに…
「氷結!」
カキン!
最後の一体を葬った!
「はあ、はあ、はあ…」
さすがに疲れた。
魔力に余裕はあるが体力の方がついてこない。
夜だし眠たいのもある。
体にまとわりつく汗が不快だ。
「これで終わったか…」
ザック様がウォルコット侯爵の肩に体を預けて呟いた。
彼はかなりの重症だったのだが、それでも頑張った。
「もう、無理。魔力ないから!」
床に座り込んで叫ぶリュド様。
「問題は…この後どするかね…」
疲れたように言ったのはアーミオン侯爵。
彼女も息子と一緒にぐったりとしていた。
しかし、彼女は立場ある現侯爵様。
事後処理、事後報告があるのだ。
改めて周りを見れば酷かった。
結局、舞踏会に招待された者で私達以外の生き残りがいない。
いや、招待客だけではない。
給仕係も騎士もゾンビもどきに成り果ててそして散っていった。
この後処理とか考えただけでぞっとする。
よかった!私は単なる令嬢で!
「殿下はどこにいるのでしょうか…」
アリスがぐったりとしつつも言葉を零す。
その言葉に全員がはっとする。
本当にどこにいるのか。
心当たりは全くない。
「最早舞踏会場どころか城にいるかも怪しいわね」
アーミオン侯爵が言う。
「貴方が何かしたのではなくて?」
疑いの眼差しを偽物に送る。
「まさか!」
彼は首を横にふった。
まあ、違うとは思ってる。
ここで全員仕留めるのが理想的なのだ。
敢えて殿下だけを攫う理由もない。
「殿下はどこに…」
アリスがそう言った時、アーミオン侯爵が不思議そうに彼女に言った。
「…何言ってるの?殿下ならそこにいるじゃない。」
そう先程と明らかに矛盾した事を言って誰もいない空間を指差した。




