仮面舞踏会開催〜お嬢様の怖いもの〜
「欠損解除!」
間髪入れず治癒魔法を施し炭になった己の手を治す。
「!?」
偽物と戦うにあたり闇魔法のみの使用に限定していたら死ぬ。
私は隠していた力を振るうことを決断した。
「溶解!」
偽物が動揺しているところにさらに魔法を飛ばす。
対フェンリル戦で使用した水属性最上級単体魔法が偽物を襲う!
「ぐああ!」
薄い膜に包まれて体が溶けようとする。
しかし、その有り余る体力と魔力で無理矢理膜を破り脱出する。
思った程のダメージはなかったようですぐさま私を殺そうと距離を詰め、爪で私を引き裂こうとする。
ガギィィ!!
爪は私を捉える事なく、代わりに私が立っていた場所に爪があたり抉られる。
私が華麗に避けた訳ではない。
「スチュワーーーーート!!!」
そう、スチュワートが私を横抱きにして爪の攻撃から私を助けてくれたのだ。
スチュワートを見れば、怯えたような目で私を見ている。
「私、役に立ってますよね?」
「ええ」
「捨てませんよね?」
「…今はね」
「…もっと役に立ってみせます!だから生涯貴女の側に…!」
「邪魔だぁぁ!スチュワート!!!」
スチュワートの懇願に被って偽物は爪を振り上げ襲ってくる。
両手両足の猛攻は以前スチュワートがもろに攻撃を食らったものである。
しかし、彼は私を庇いながら必死に避けた。
自身には生傷が増えていくが私は無傷である。
しかし、長くは持たない。
私はそう判断して魔法を放つ。
「絶対零度!」
闇の円が偽物をぐるりと取り囲み彼を容赦なく凍らせていく!
いくら薬で肉体を強化しているとはいえ、生身でこれに耐えられるはずはない!
「ぐぁぁあぁぁぁぁぁ!」
円から抜け出そうと魔力を体に纏うもその魔力さえも凍らせてしまう凶悪無慈悲な魔法。
このまま凍りつきそのまま生き絶えるかと思った。
しかし…
「死んでたまるぁぁあ!復讐が終わらないうちにぃぃぃ!」
私とスチュワートを殺すという妄執を糧に体に力を入れて凍る体を引きずり円から抜け出そうともがく。
しかし、私の魔法は彼を捉えて離さない。
「殺す殺す殺すぅぅう!」
その言葉さえも凍らせて、結局彼は円から抜け出せずそのまま全身を分厚い氷に覆われてしまう。
「やったか…」
私は氷の彫刻と化した彼を見て呟いた。
スチュワートは私を降ろす。
「服がボロボロになったわねぇ」
「王家の貸与品ですので問題ありません。」
いやあるだろう。
そう突っ込もうと思った時、足元が濡れている事に気付いた。
「?」
その水を辿れば氷の彫刻。
まさか…
「溶けてる!?」
私がそう大声を張り上げた直後、氷が完全に融解し、偽物が肩で息をしながらもこちらを睨みつけていた。
スチュワートが私を守るように前に出る。
「ふはっ!焔属性持ちじゃなかったら死んでたな!!」
意味がわからない。
「焔属性の魔力は発熱できる!魔力を放出し続ければ理論上は氷を溶かして脱出出来る!」
リュド様が補足してくれた。
でもあくまで理論上の話だ。
それを可能にするには莫大な魔力が必要になってくる。
人間には不可能な話だ。
しかし、彼は薬を使って魔力を増大させている。
増幅させてる魔力で無理矢理氷から脱出したのだ。
「はーっはっは!お嬢様はぁぁ!魔法を放つスピードがはぇぇなぁぁ!」
追い詰められているのに、全く堪えた様子はない。
見た目以上に魔力に余裕があるのか。
「言っておくが、獣人の体力、魔力は人間より上で、さらに薬であげている!!
だからぁぁ!力つきるのを待ってもぉぉ!
むぅぅうだぁぁ!」
しかし、そこに
「火炎弾!」
リュド様の魔法が不意打ちではいる!
「!?」
視線がリュド様に向かうと同時にザック様が剣を振るう。
「!?」
完全に戦力とみなしていなかった二人の不意打ちは効いた。
ザック様の剣は見事偽物の腕を一本切り落としたのだ!
「きさまぁぁらぁぁあ!」
血走った目でリュド様とザック様を睨みつける。
「悪いけど、国の害にしかならない害獣は討伐しなくちゃいけないんだ。」
「それが国に仕える者の務め」
「そぅぅぅかよぉぉお!俺の復讐をぉぉ邪魔するなぁぁぁらぁぁ!!きさまぁぁらぁぁもぉお!
殺すぅぅう!」
「ダメです!復讐なんて何も生み出さない!」
アリスが叫ぶ。
ひたりと彼の動きが止まった。
こんな綺麗事に耳を傾けるとは思わなかったので意外だった。
「ではどうせよと?俺にはわからない。
同胞が殺された。今も奴隷として毎日苦しんでいる。
王が変わるたび、我ら獣人は待遇改善を求め直訴をし続けていた。
しかし、話を聞いてくれた王は一人もいなかった。」
さらにかなり落ち着いて話す。
これまた意外だ。
「ランバルト殿下は違います!」
「話を聞いて具体的にどうしてくれるのだ?
我らの望みを全て叶えれば国は傾く。
我らを虐げることで国が保たれている側面がそこにはあるのだからな。」
「だから話し合いどこまで互いが譲り合えるか…」
「今まで虐げてきて、更に譲れと!?
大体、何を譲ればいいのだ?
我らに譲れる事は何一つとてない。
ならば、大罪を犯してでも我らの言い分全てを飲ませるしかあるまい!?」
「….!」
アリスは言葉を詰まらせる。
「その役目に俺はうってつけだった。…それだけだ。」
王を殺すなんて罪深い事誰だってやりたくはないだろう。
しかし、薬で魔改造をしており、個人的恨みを抱える偽物に躊躇いはない。
そしてもう彼は戻れないし戻るつもりもない。
「復讐は何も生まないなどと誰がいった?
少なくても俺は同胞の恨みを晴らし、王を殺して次代へと希望を繋いだ!
そして…いや、これはいい」
偽物は優しげな目で一瞬アリスを見たがすぐに頭を振る。
「俺は二番手の希望ではあったが確かに掴み取った!
後は俺個人の恨みを晴らすだけだ!!」
二番手という言葉に疑問が浮かんだが、それを考える暇を与えてはくれない。
偽物の姿が消えた。
「!?」
リュド様の横手に姿を現し爪を振るう。
半ば本能で体を逸らしたリュド様。
しかし、爪の数だけ体が裂ける!
「ーー!!」
体を逸らしたお陰で致命傷は免れたようだが、重傷である。
「リュド!」
ザック様がリュド様の名前を呼んだ時には偽物はザック様の後ろにいた。
気づいて振り向きざまに剣を振るう。
剣と爪が合わさったが、それは一瞬。
剣はあっさりと折れてしまい、勢いは殆どそのままに爪はザック様を引き裂いた。
剣で一瞬でも止めて勢いを殺したからか、ザック様も死んではいない。
しかし、リュド様以上の怪我を負ってしまった。
意識があるのはザック様の体力のお陰か。
「これで邪魔者はいなくなった。」
赤く濡れた爪を見せびらかすように前にかざす。
アリスが怯えた目で偽物を見て、それに気づいた偽物は悲しげな表情を作る。
「さあ!殺してやるぜ!…火よ!」
瞬間私の頭が熱くなった。
頭が燃えたのだ。
しかし、私は自分でも意外な程冷静に事態に対応する。
すると火は瞬く間に鎮火する。
それでも顔に火傷はおったので治癒魔法で瞬時に癒す。
「!?」
「何を驚いてますの?」
私は笑いながら言う。
「貴方と同じことをしただけよ?」
先程偽物は魔力を発熱させて氷を溶かした。
獣に出来て人間に出来ない理由はない。
私は逆に魔力を冷気に変えて纏い鎮火し、即座に治癒魔法で回復。
やってみてわかったが、魔力さえあれば簡単だ。
「なっ…!?」
「そして、人間はその上をいく。」
私は言った。
そして魔法を迷いなく放つ。
「火よ!」
偽物と同じく魔力をたっぷりと込めて魔法を放つ。
まるで偽物が松明になったかのように全身燃え上がる!
一瞬で灰になるかと思ったが耐えた!!
「焔属性に対抗出来るのは水属性のみだ!
焔属性をぶつけてどうする!」
リュド様が血を吐き出しながら叫ぶ。
しかし、私はそれを笑い飛ばした。
「それぐらいは感覚的にわかりますわ。
でも、焔と水で打ち消しあうのは目に見えてます!
ならば、目には目を焔には焔で対抗し力技で押し切るまで!」
「ふざけるなぁぁぁ!」
絶叫が場を支配する。
私の火が彼を焼き尽くすのが先か、それとも彼の体力が私の焔に耐えて魔力切れを起こすのが先か。
所謂チキンレースではあるが、腕一本ない彼の体力はかなり削られているはず。
これなら勝てる!!!
更に私は魔力を注ぎ火の温度をあげる。
「ーーーー!」
声すら焼き尽くし、偽物は膝をついて遂には床に倒れた。
同時に火を消す。
勝った…!
薬で魔力と体力を底上げしていた獣人に力技で勝った!
誰もがそう思った。
しかし。
黒ずんだ塊が僅かに動く。
「まさか!?」
生きてる!?
衝撃に目を見張る。
どう見ても単なる炭にしか見えないそれは今、明らかに動いた!
「とどめを刺せ!」
ザック様の檄が飛ぶ。
言われなくても!
「ダメですよ!本当に死んじゃいます!」
アリスがそこに待ったをかける。
「今、殺さなかったら私達が殺されるわよ!?」
「もう、無理ですよ!!逮捕でいいじゃないですか!?」
「裁判にかけても死刑は確定!無駄に延命しても仕方ないわよ!」
「そんなのわからないじゃないですか!」
「王族、それも現王を殺害して死刑にならないってそれ、戦時中しかありえないから!」
法律を勉強して出直してこい!
そう叫ぶより早く、炭の塊がのそりと動く。
何かを取り出そうとしているようにも見えて思わず見守る。
炭の塊はやがて懐から石を取り出した。
青く輝く…サファイア?
「魔石か!?」
ザック様の声が響く。
しかし。
「とめろーーーー!!やばい!あれは…!!」
リュド様が絶叫した。
恐慌状態といってもよかった。
何事か?
そう思っているうちに黒ずんだ塊は青い石を握り潰した。
パキン
澄んだ音がする。
「あは…はっはっは…これで回復して…殺す…!
殺してやる…!」
「回復!?」
魔石だとザック様は言った。
これで魔力を回復する気か!?
私は身構えた。
しかし…
「馬鹿やろぅぅう!それはそんなもんじゃねぇぇぞぉぉぉ!!!」
リュド様が平静を失い怒りと恐怖で喚き散らす。
まるでその言葉を待っていたかのように、青い石から黒い靄が流れ出てきた。
知識の無い私でも感覚でわかる。
これは回復とかしてくれるモノじゃない。
リュド様が呪文を唱え始めた。
どうも光属性らしいが治癒じゃない。
じゃあ、浄化系?
でも何故?
「なんだ?」
石を割った本人も理解が追いつかないような声を出した。
何が起こるか知らずに彼はこの石を割ったのか?
靄は広がり私達を素通りしていく。
触れても別に痛くない。無害だ。
「….?」
これが何かわかったのはリュド様だけ。
そのリュド様は迷わず浄化系呪文を唱えることを説明よりも優先した。
リュド様の看破の瞳が何かヤバイものを映したとしか思えなかった。
しかし、魔法使いが唱える呪文は長い。
唱え終わるよりもずっと早くその靄が効果を発揮した。
靄は死体に入り込む。
瞬間、死体が動き出した。
ーーーゾンビ!
そう理解した途端、背中に恐怖が駆け巡る!!
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
靄がゾンビを作成する物であり辺り構わずゾンビが発生した瞬間、私は恐慌状態へと陥り無様にも逃げようと出口を見る。
しかし、ゾンビが大量発生した今、出口になど行けるはずもない。
その事実が益々私をあせらせる。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
最早何も考えることはできなかった。
恐怖が私を支配し、プライドなんてかなぐり捨てて兎に角撤退しようと足掻く。
喉から悲鳴が上がり続ける。
生まれてこのかたこんな大声出したことがない。
「お、お嬢様!?」
そんな私を初めてみたスチュワートは狼狽する。
「おい!落ち着け!!高々ゾンビ!!
最弱モンスターだぞ!?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
ザック様の指摘も耳に入らない。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな!
脳裏に浮かぶのはゾンビに殺される自分の姿。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!またゾンビに殺されるのは嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!」
ゾンビに殺されたことなどある筈もないのに、またとか言ってしまうほど口が滑る。
ゾンビに殺されたのは英雄様であり私じゃないのに!!!
だが、死の恐怖が私を完全に支配する。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな!うきゃぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴は私が上げているが、果たして私の意思で上げているのか?
英雄様の死の記憶が私を支配しているだけなのではなかろうか。
これは英雄様の恐怖なのではなかろうか。
しかし、この恐怖が英雄様の恐怖だろうが私の恐怖だろうが、自分の体と心を自身の手で支配することが出来ない。
わかってる、相手は最弱モンスター、私が勝てない相手じゃないことくらいわかってるのだ!
なのに、恐慌状態に陥った私は全ての魔法が使用不能となっていた。
腰が抜けてへたり込み、四つん這いになって逃げようとしながらひたすら絶叫するしていた。
落ち着けとか誰かが言っているが無理であった。
全ての声は単なる音として処理され心に届かず私の暴走は止まらない!!
「リナさん!落ち着いてください!!!」
アリスの声も例外なく素通りしていく。
「あーっはっはっ!!!お嬢様だもんなぁ!
ゾンビなんて化け物怖いよなぁ!?」
黒ずんだ塊は上半身を起こすだけで最早動く事も出来ないが、それでも私を嘲笑う。
体力の続く限り、命ある限り私を馬鹿にするつもりだろう。
しかし、そんな彼の声すら気にならない。
ただひたすら今すぐこの場から撤退したかった。
悲鳴をあげ続けた喉が限界を迎える。
それでも悲鳴を止めることが出来ない。
自分であげる悲鳴によってさらに恐怖が倍増していく。
全てのゾンビが私に注目しているように感じた。
事実その通りだろう。
何せ知性のかけらもない彼らは目立つものを襲う習性がある。
今一番目立っているのはこの私だ。
そこまでわかっているのに!!!
悲鳴は止まらないし、恐怖は収まらない!
「お嬢様!!!」
スチュワートが私の肩を強く掴んだ。
と、同時に口が塞がれて強制的に悲鳴が止む。
「ーーーー!??」
恐怖の感情を混乱が上書きした。
目を大きく見開く。
何かの見間違いではないかと思ったが違う。
私の口を塞いだのは、スチュワートの唇だった。
混乱はやがて羞恥を生み出す。
「ーーーーー!?」
顔が赤く染まり体が火照る。
ぷしゅーーと頭から湯気がたつようなイメージが頭をよぎった。
あれだけ出ていた声が出なくなった。
それを悟ったかスチュワートの唇がゆっくりと離れる。
「申し訳ありません、お嬢様」
何故謝るのか。
真っ先に疑問が浮かんだ。
「この無礼は必ず後で償います」
償う?
償うようなことなのか。
謝罪も償いもいらなかった。
欲しいのは心だけ。
しかし、声を失った私は力なく呆然とするのみ。
そんな私をスチュワートはよくわからない表情で見ていた。
自身の指で己の唇をそっと触れる。
そして、向かって来るゾンビ達を見た瞬間、リュド様の浄化魔法が炸裂した。




