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仮面舞踏会開催〜嘘と嫉妬〜

仮面を脱ぎ捨てたスチュワートは相変わらずの無表情。

しかし、そこに漂う異質な雰囲気。

焦りの感情か?しかし、何を焦る?

スチュワートはジェイドの挨拶を無視して音もなく疾る。

しかし、彼の手に獲物はない。

先程投げつけたナイフは今だジェイドの手にあるのだから。

それを気にする事もなく、スチュワートはジェイドとの距離を一気に詰めて蹴りを放つ。

それを片手でガードしてジェイドはスチュワートのナイフを振るう。

それを避けて拳でジェイドの鳩尾を狙うが、ジェイドは体を捻って躱す。

二人の肉弾戦が続くがスチュワートは何かに焦っているようで決着がつく気配がない。

「あーっはっは!」

ジェイドが狂ったように笑う。

「あんたはこの程度!?これが本気!?」

ジェイドは空中で一回転してスチュワートと距離をとる。

「俺はなぁ!あんたとお嬢様を殺す為に体を薬で魔改造したんだ!!

この程度じゃツマラねぇ!!!もっと、もっと楽しませろ!」

『薬だって!?』

薬という言葉にいまいちピンとこない私だけど、リュド様とザック様は違うようだ。

「薬ってなんですの?」

「なんで知らない…ってまあ、君箱入り公爵令嬢だものね。」

「薬とは投与し続ける事で肉体を強制的に強化し、普段理性で押さえ込んでいる本能を全面に押し出すものだ。」

リュド様とザック様が言う。

そうか、だからこんなふうに狂ったような喋るのか。

「骨の強化、筋力増強、成長増進、魔力増幅。

しかし、その代償は寿命。

一度投与する度に七日寿命が縮まる。」

それだけの効果があればそれぐらいの代償はあるだろう。

「そう!俺は帝国に行ってから毎日その薬を投与し続けた!」

つまり、六年薬を打ち続けたということ。

一日一本打ったとして二千百九十本の薬を打ち、四十二年分の寿命を削った事になる。

獣人の寿命が何年かは知らないが仮に人間と同等だとした場合寿命をおよそ半分にしたことになる。

「そのお陰で今の俺があるんだよ!」

自慢げに彼は両手を広げて胸をはる。

あの時の可愛い子犬の成れの果てに私は恐怖する。

「でも、まだまだこんなもんじゃねぇぞ?

よくもあの時、俺をす…」

言葉の途中でスチュワートはジェイドとの距離を詰めて蹴りを放つ。

それを軽やかに躱すジェイド。

「あーっはっは!何か?何か不都合な事でもあるのかなぁぁ?」

狂ったようにジェイドは笑う。

「あるよなぁぁ!?お嬢様が知ったらどうなるかなぁぁ!?

今度はお前が捨てられちゃうかもなぁぁ!?」

焦るスチュワートをジェイドは完全に弄びながら楽しそうに言う。

一体なんの話をしているのだ。

「愉快愉快!これぞ復讐!仲間無念の次は俺の復讐だ!

お嬢様は何も知らなかった!!!

じゃあ、お嬢様は殺さなくてもいいよな!?

恩しかないんだからな!!!

俺が憎むべきはお前しかいねぇんだよ!

スチュワート!!!」

目を血走らせて、口から涎を零しながらジェイドは言う。

頭に血が上っている証拠だ。

「だいたい初めて会った時から気に食わなかったんだよ!!」

びしっと指を突きつける。

「毎日嫌味を言ってたし、知らないうちに壊れた花瓶は俺のせいにされたし、池にも突き落とされた!

他にも服は破かれたし、靴は隠された!!!」

一度思い出したら止まらないのか、あれもこれもと指折り数えてあんなことされた、こんなことされたと言い募る。

全体的にみみっちいのだが、どうも聞き覚えがある。

なんだったかなと思えば全部私がアリスにやってた事だ。

…私もこんな感じでこの子に恨まれているのかなと思い、そっとアリスと距離をとる。

「この恨み絶対に晴らす!殺す!!殺して俺は漸く自由になるんだ!!」

そう言うと、ジェイドは加速した。

私の目ではもうジェイドを捉えることはできない。

しかし、スチュワートはジェイドの不可視の攻撃を避けた!

しかし完璧ではないようで頬に傷が一筋入り赤い血が流れる。

「はっはー!避けたか!!?でもなぁ、そう何度も続くかなぁ!?」

ジェイドの猛攻が始まる。

それは一方的であった。

スチュワートはどうやらジェイドの攻撃が見えてはいるようで致命傷は避けている。

それでも、完全に見切る事は無理なようでジェイドの一撃が入る度に服が切れ、生傷が増える。

「ほらほら!!所詮人間なんてこんなもんかぁ!?

まだまだ、次は足がいくゼェ!?」

言って両手に加えて蹴りも攻撃として加わる。

一撃、二撃は避けた。

しかし、三撃目の膝蹴りをスチュワートは鳩尾にもろに食う!

「スチュワート!!!」

無意識でスチュワートの名を呼び床に倒れた彼に駆け寄る。

「くっ…けほ!」

私が駆け寄ればスチュワートはすぐに上半身を起こす。

「おいぃい!」

何が気に入らないのか足を踏みならし声を荒げる。

「お嬢様ぁぁ!?こいつは助けるに値しねぇぜぇ!?何せ…」

また言葉の途中でスチュワートが止めるように攻撃に向かおうとする。

しかし、スチュワートが動くより早くジェイドは私の横に立ちスチュワートの顔を踏みつけた。

「ーーー!」

「ちょぅっ!?」

私が非難の声をあげようとジェイドを見た。

その目には理性は見当たらない。

血に飢えた獣の目であり、本能的に退避を選択したくなるおぞましい顔をしていた。

「まずい!獣人は血の匂いで興奮する!

薬の影響もあって、やばいぞ!!逃げろ!!」

リュド様が叫んだ。

逃げろと言われて逃げられるのか。

どう考えても無理な話だ。

「何せ、こいつは嘘をついたんだ!」

「嘘?」

「そう、お嬢様は、俺が贅沢を求めて出て行ったとスチュワートから聞いた!

俺はお嬢様が俺を捨てると決めたからデビの森に捨てるんだとスチュワートに聞かされた!」

「は!?」

思わず踏まれているスチュワートを見る。

「どーーーぞ弁解してくださーーい!!!」

そう言って足をどけるとこちらに背を向けて狂ったように…いや、もう狂ってしまったのだろう、嗤い声を上げ続ける。

その嗤い声は止む事がない。

「どういうこと?」

「そ、それは…」

スチュワートの視線が泳ぐ。

どうやら、ジェイドの言葉が正しかったようだ。

「スチュワート、ジェイドがいなくなった後の私を覚えているかしら?」

静かに問う。

「あーっはっは!俺も聞きてぇな!

俺がいなくなってお嬢様はどうなった!?

俺の為にちったぁ泣いてくれたか!?」

「教えてあげなさい。」

「しかし…」

「スチュワート!これは命令よ!」

ずっと記憶の奥底に封じていたもの。

思い出すこともなくなって久しいが、一度思い出したら次々に溢れ出てくる忌まわしい記憶。

「まず…お嬢様は食事を摂らなくなりました。」

血を吐くように言う。

「眠らなくなりました。」

嗤い声が止む。

ジェイドは一体何を思ったのだろう。

泣く?

そんなもの超越した。

「家を抜け出して町を彷徨うようになりました。

話さなくなりました。

視線が誰とも合わなくなりました。

時間が経ち立ち直ったあたりから高価な物を欲するようになりました。

涙を流す事がなくなりました。」

探しても探してもいない可愛い子犬。

世界から色は無くなり子犬ではないものの顔は見たくもなかった。

子犬はより贅沢な生活を望んでいたのならば、今よりもっといいものを家に揃えようとあれもこれもと買い占めた。

子犬がいなくなった日に散々泣いて涙は枯れ果てた。

思い出すだけで心が切り刻まれる。

肉体を傷つけられるのとは種類の違う痛みが襲う。

「…俺もだ。」

力なく項垂れるように子犬は言う。

「デビの森で死のうと思った。

何も食べたくなかったし、森は死ぬのにうってつけだった。

しかし、偶々通りかかった帝国へ向かう商人に拾われて帝国まで連れていかれた。

死ぬタイミングを失っていたら、商人に連れられて皇居に連れていかれそこであの女に目をつけられた。

それからはもう毎日復讐しか考えてなかった!

同胞を殺された恨みはオマケだ!

結局個人の恨みをバネに俺は今日まで生きてきたんだよ!!!」

同胞を殺され、奴隷扱いされて不遇な環境を強いられているという恨みは本物だろう。

しかし、獣人という枠の広い恨みより個人という枠の狭い恨みの方が強く心に刻まれていた。

理不尽に捨てられたという恨みは骨の髄まで達してまだ足りないものがある。

「なあ!?お嬢様!!こいつを捨ててしまえ!」

「!?」

「だってさぁ、思い出すだけで腹がたつだろう?

あの日あんなに苦しんだのは、ぜーんぶぜーんぶこいつのせい!!!

捨ててしまおう!今度はスチュワート!

お前が…俺とは違い本当にお嬢様から捨てられるんだよ!」

「嫌です!」

即答で悲鳴のような声をあげる。

いや、『ような』ではなくて事実悲鳴だったのではなかろうか。

「×××××××!」

スチュワートが私の肩を掴み何かを必死に訴えているが聞こえない。

何故こんな事をしたのだろうか。

いや、こんな事を聞いても答えはわかっている。

そうか、私はやはり昔殿下に言われた通り、愛しても愛される事はないんだな。

わかっていた。

散々、虐げてきたのだ、それが例えこの世界が望んだ役割を果たしていただけだとしても、充分私を恨むに値する。

それでも、もしかしたら、スチュワートは私の想いに対して一欠片でも想いを返してくれるのではと期待した。

期待した私が馬鹿だった。

私は誰を愛しても愛される事のない存在。

世の中にはほんの少し愛しただけで莫大な愛が返ってくるような人もいるのに、どうして私には返ってこないのだろう。

愛し方が間違っているのだろうか。

いや、仮に違うとしても、直し方がわからない。


ああ、もう、どうでもいいや。


何もかもを投げ捨ててどこか遠くに行きたくなったその時。


すぱーーん!


誰かが私の頭をひっぱたいた!


誰だよ!

悪い方へと流れ続けていた思考がぴたっと止まってそちらを向けばアリスがいた。

「聞いてますか!?スチュワートさんが言ってる言葉!!」

音が戻った。

アリスの言葉がきちんと聞こえる。

はっとして改めてスチュワートを見た。

スチュワートは私に縋り付いて必死に慈悲を乞うていた。

いつもの無表情はどこへやら親に見捨てられかけている幼子のようななりふり構わない態度であった。

追い詰めたはずのジェイドも若干引き気味だ。

「いやだ…捨てないでください!なんでもします!

死ねというなら今すぐ死にます!

ですから、捨てないでください!

お願いします…貴女に捨てられたら生きていけない…」

「なんとか言わないとずっとこうですよ?」

アリスがそっと言う。

なんとかって何を言えばいいんだろうか。

何故こんな事をしたのか問いかければいいのだろうか…。

困惑したまま、スチュワートの泣き声だけが場を支配する。

しかし、時が止まった訳ではないし、ジェイドもずっとスチュワートを見ていられる程暇人という訳でもない。

「あはっ!あーっはっは!無様だねぇ!

そうだよな!!なんでもするよな!!!

だって俺達を謀ったのも捨てられる恐怖からだもんなぁぁ!?」

スチュワートはジェイドに反応を示さない。

彼の世界は私しかいない。

他の全ては世界からはじき出されてしまったのだ。

その事に気付いた途端ジェイドの言葉が遠いものに感じた。

スチュワートの泣き声がとても愛しい。

もし、ジェイドの言葉に誤りがないのであればスチュワートはあの幼い子犬に嫉妬したのだ。

その事に気付けば心地よい痺れが私を包む。

スチュワートの涙がとても美味しそうに見えたので、舌で舐めてみる。

口の中に広がる甘味は気のせいではないだろう。

スチュワートは驚いたのか泣き止んでしまった。

少し残念に思う。

「スチュワート。」

彼の名前を呼べばびくりと震える。

叱られると思ったか、それとも審判が下ることへの恐れか。

「貴方そんなに怖かったの?あの子犬が。」

「そ、それは…」

「正直に話して」

そう言えば彼はしどろもどろと話始める。

普段何事もそつなくこなす彼らしくない。

「そう、です。お嬢様があんなにあの子犬を可愛がるから!

だから…怖かった!

あの子犬が私の代わりにお嬢様の執事としてずっと侍るようになるのではないかと、怖かったのです!!」

「そうね…あのままジェイドがいたらどうなっていたのかしら?

もしかしたらもっと早く殿下との婚約など破棄して、家も出て、それこそ帝国でジェイドと二人で暮らしていたのかもね…」

ありえない未来をさも、そうだったかのように語る。

途端面白いように青ざめるスチュワート。

「いけません!そのような…!

獣と二人で異国で暮らすだなんて!?

私は?私は…!?」

「さあ?ただ、あの頃のままなら私はジェイドがいればよかったと思うわ」

「…!」

言葉を失うスチュワート。

顔色は青を通り越して白かった。

一体今、彼は何を思っているのだろう。

「だからね、お礼を言うわ」

「…は?」

「私は公爵令嬢よ。家を捨てるような真似を私にさせなかった貴方は正しい。」

あの時の傷も必要な傷だったのだ。

「スチュワート、貴方が私を謀った事はいずれ罰します。」

びくりと震えるスチュワート。

「精々、罰がくだるまで私に誠心誠意真心込めて仕えなさい。」

「…は」

スチュワートが頭を床に擦り付ける。

それを見て次はジェイドを見る。

可哀想な子犬。

私にとって彼を捨てたのは最良の結果を生んだと思うが、代わりに彼は最悪の結果を生み出した。

王族殺しは大罪であり、失った寿命は戻らない。

「ジェイド」

「…!」

ジェイドはゆっくりと立ち上がった私に恐れをなして一歩引く。

耳は伏せて、尻尾は丸まっている。

彼の方が早く動けるし、魔力だって多分…ううん、確実に彼の方が上。

単純に殺し合いをすれば、私は瞬殺される。

しかし、負ける気がしない。

「うちのスチュワートが貴方に悪い事をしたわね。

執事の失態は主人の失態。

代わりにこの私が謝罪するわ。」

「…何故だ!何故捨てない!?

なあ、俺と同じように捨ててしまえよ!

そして、こいつに俺達が味わったあの日の痛みをわからせてやろう!」

「それは出来かねます」

「何故だ!?」

「それは…」

下で今だ頭を上げないスチュワートを見る。

「彼が私の専属執事だからです」

「なんだよ、それ!」

ジェイドは天井を仰ぐ。

そして周囲をぐるりと見渡した。

「あーっはっは!じゃあ、もういい!」

何もかもを投げ捨てるかのようにジェイドは言った。

「王様を殺したら、次はリナリーバーとスチュワートを殺して終わりにする予定だったんだ!

予定を予定通りに行ってやる!!

もう、お前もスチュワートと同じだ!俺を捨てたんだ!」

彼の言葉に胸が痛む。

しかし、ここで揺らぐ訳にはいかない。

「あの時の子犬は手違いでデビの森に入り込みそして死んだ。

今いる貴方はあの時の子犬の名を騙る偽物よ」

「…スチュワートを捨てれば命だけは助けてやるぜ?」

「貴方、森で私に助けて貰った事を忘れたの?」「そうだったな、復讐のしがいがあると喜んだんだ。」

「返り討ちにしてあげるわ、偽物。」

「そうかよ!俺を甘くみんなよ!人間風情が!!スチュワートを捨てなかった事を後悔させてやる!」

ジェイドの偽物はそう吠えた。

そして、いつの間に唱えておいたのか呪文を解き放つ!

「火よ!」

瞬間、私の腕は燃え上がった!



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