仮面舞踏会開催〜ジェイド〜
あっ…と思った。
言葉もない。
完全なる不意打ちで陛下の体に風穴が開いて死んでしまった。
ゆっくりと陛下の体は床に落ちる。
そして、床を侵食する赤い液体。
私はゆっくりと視線をあげた。
髪の色さえわからないこの男は犬の仮面をつけていない。
黒装束姿でもない。
きちんとしたロングジャケットタイプの正装を纏っていた。
こいつは侵入者の仲間であるが侵入者とは違い正規の招待を受けた客だ…!
となると、どこかの貴族ということになる。
この貴族は最初から犬仮面達を使い捨ての駒と見なしていた。
全部倒しきり安堵した瞬間を狙い打って陛下を殺した。
完全に策に嵌った結果である。
「…このような状況になってなお…王太子は現れない…か。」
独り言を呟く。
「この場にいないなら仕方ない。
これより俺は俺の目標を達成する。」
言って彼は仮面と頭を隠す黒い布を力任せに剥ぎ取った。
『!』
この場にいた誰もが息を飲む。
頭から生えている犬の耳。
それは紛うことない獣人の証!
だが、この獣人…そうだ!森で出会った獣人だ!
「ひっ!亜人だと!?」
「嫌だ!汚い!!」
生き残り隅に移動していた令嬢令息達の声がする。
「なんで亜人が王城に!?」
「ここは人間の城だ!獣臭くなる!!」
その声ひとつひとつに反応して獣人の耳がピクピク動く。
明らかに聞こえているようだが、大きな反応は返さない。
寧ろ楽しげだった。
「一体何が目的なのですか!?」
夫を殺された王妃がなけなしの勇気を振り絞り問いかける。
鋭い瞳が彼女に向いた。
「決まっている。復讐だ。」
「復讐…?」
アリスが呟くように言う。
今の今まであれだけ近くにいながら攻撃に巻き込まれず無傷にいるという奇跡を彼女は成し遂げていた。
「この国で生まれた我が同胞は犯罪奴隷のような扱いを受け続けていた!
いや、罪なくしてそのような扱いを受けていたのだ!それは奴隷以下と言ってよいだろう!!」
「獣が!人間と同等など思い上がるな!」
誰かが声を張り上げた。
瞬間その視線が声を上げた人間を捉えた。
と、同時に。
「火よ!」
瞬間、その声を上げた人間の右手が炭と化した!
『!?』
私達はその有様に声を失う。
「うわぁぁ!?」
右手を失った者の嘆きがこだまする。
この魔法は下級だ。
本来、腕を炭にする威力などない。
しかしこの魔法、込める魔力量で炎の温度が上がるという仕組みがある。
但し、所詮は下級魔法であり温度を上げるにはかなりの魔力を必要とする。
腕を一本炭にする魔力を注ぐなら上級魔法を一発打った方が簡単だし魔力量も抑えられるのだが。
そういう無駄撃ちしても問題ないというパフォーマンスなのだろうか?
「その傲慢な考え方に鉄槌を!この国の中枢たる王族を殺し、国政を担う貴族並びにその後継を殺す!
この国を血に染め上げて数多の命を失った同胞達の無念を晴らすと同時に次期国王には我ら獣人の差別禁止と奴隷解放を要求する!」
「何を!?」
「獣は獣だ!」
「奴隷解放とは思い上がり甚だしいわ!」
貴族達が次々に叫ぶ。
そんななか…
「虚しくありません?」
凛とした少女の声が場を支配する。
その言葉に鋭い視線を貴族に向け続けていた獣人は、初めて視線を揺らがせた。
「虚しいだと?」
少女…アリスは獣人の言葉に頷く。
「確かに私達は貴方方をあまり良く思っていないようです。
しかし、だからといって牙を剥けば行きつく先は戦争一択。」
「ならばずっと貴様らの奴隷に甘んじろと?」
「そうではありません!」
「ならばどうしろと!?」
「話し合いを…!?」
「奴隷の話など誰が聞く!?今まで話し合いを我らが望まなかったと思うか!?
…なあ!?貴族どもに問おう!我らが話し合いを持ちたいと言って場を設けてくれたことが建国以来あったか!?」
誰も答えない。
この場に歴史を知らぬ者はいない。
習った歴史をいくら紐解いてもそのような事実はない。
彼らが話し合いを望み幾度も直訴してきたがその度にはねつけたいたのは間違いなく我ら人間側だからだ。
王国民は獣人を奴隷だと思っている。
差別して当然の卑しき存在。
平民より下の存在を作ることで政治的不満を解消する狙いもあった。
そんな彼らにとってこの国は大変住みづらく当然帝国へと行く。
「この国での扱いが不満ならば勝手にどこぞへでも行けばいいんだ!」
貴族が叫ぶ。
実際出て行く獣人は多くこの国に獣人は殆どいない。
「そうだ!俺もこの国を出た口だ!しかしな!
生まれ故郷を意味なく剥奪された恨みは忘れぬぞ!」
怨嗟の声が轟く。
「獣人は執念深い。死んでもなお忘れぬぞ、故郷を奪われた無念!同胞を殺された無念!奴隷に落とされた恨み!」
血の涙がもし流れるならば多分彼は流していただろう。
彼の心の痛みが染み渡る。
そんな彼に対して復讐は虚しいのでやめましょうなんて言おうものなら普通殺される。
殺されなかったアリスは運がいい。
「絶対に忘れない!同胞が死ぬ度、血が流れるたびに誓った!
必ず王国に鉄槌を下し、我らの無念を晴らすと!」
そして彼はあたりをぐるりと見回す。
そして、最後に床に伏した王を見てニタリと嗤った。
「今宵、数多の仲間の血が流れたが、引き換えてなお余りある結果を残せた!神は我らの味方だ!」
高らかに笑う。
「復讐が虚しい?まさか!こんなにも心が晴れやかになる!貴様らが死ぬ度に、命乞いをする度に胸をすく思いでいっぱいだ!
俺とては始める前はこれでよいのか悩んだりもしたさ。
しかし、今は違う!やってよかった!!
同胞よ!私は…俺はやったぞ!!人間の王をこの手で殺したのだ!!!」
「このままで済むと思うな!獣風情が!」
ウォルコット侯爵が叫ぶ。
「貴様は今この瞬間から王族殺しの大罪人だ!
どこへ逃げようとも必ず捕まえ処刑してやる!」
「あーはっはっはっ!」
ウォルコット侯爵の言葉にしかし獣人は何がおかしいのか腹を抱えて笑いだす。
「なんて人間はバカなのだろう!何故こんなバカな人間の奴隷などしなくてはならないのだろう!」
ひとしきり笑い終わった後真顔で問いかける。
「何故逃げなくてはならない?」
「は?」
ウォルコット侯爵が獣人の言葉を理解出来ずに声を漏らす。
私も理解出来ない。
まるで…
「逃げる気なんてないわ!」
寧ろ何故逃げなくてはならないのかと言わんばかりの顔をする。
「俺は言ったよな。『これより俺は俺の目的を達成する』と」
「?」
理解出来ないが無理矢理理解するならば、彼には目的が二つあった。
一つは王族の殺害。
これは陛下を殺した時点で半分達成。
殿下は現状行方不明の為これ以上は手出し出来ないと踏んだ結果だ。
では、二つ目とは?
こちらは王族殺しよりもっと個人的な物を感じるのだが…
獣人が気のせいかこちらを見た。
いや、仮面越しでもはっきりとわかる。
決して気のせいなどではない。
背中に冷たい汗が一雫流れて落ちた。
「リナリーバー・ミハルバー!貴様を殺す!」
びっと指を指して私を名指しした!
『な!?』
アリス、リュド様、ザック様が私を見て声をあげる。
三人は漸く私の正体に気づいたようだ。
もういい加減この仮面は邪魔くさかったのだ。
私は仮面を剥ぎ取り素顔を晒す。
「森では世話になったな!」
「あの時見捨てればよかったわね?」
私を殺すと名指しをされたが、その程度で動揺などしている様を見せたりはしない。
内心はびっくりしているけど。
獣人に名指しされるほど恨まれる筋合いはない。
「知り合いか?」
「何を言う?お前らとも出会っただろう?」
獣人が小馬鹿にしたようにザック様に言う。
「貴方、あの時の!」
アリスが声をあげる。
…そうか、タイミング的に獣人が森を出た先で出会ったのか。
獣人がアリスに優しげに微笑んだ。
…?
何故、アリスにはそのような優しげな表情をこの獣人は見せるのだろうか。
「私は森でこの獣人が怪鳥に襲われていた所を森のルールに則り助けましたが…」
「確かに助けたのは余計だったな。」
ザック様が言う。
私もこうなると知っていたら見捨てていたわ。
「それよりなんで彼は君を名指ししたのかねぇ?」
「それは私も知りたいわ」
きっと獣人を睨む。
しかし、その瞳を受けて獣人はまた笑いだす。
「あーっはっは!やっぱり!貴様は覚えてないのか!
やはりその程度だったんだな!」
「?」
何を言っているのか理解出来ない。
覚えていない?何を私が忘れたというのか。
「なら、今度は忘れないだろう!」
獣人は恨みがましい視線を向ける。
力強い視線なのに、何故か今にも泣きそうな視線であった。
「死ぬ直前に見た男の顔を忘れはしないだろうからな!」
言って獣人が疾る。
何を思う間もなく至近距離となり右手で私の口を押さえそのまま体重をかけて押し倒し乗り上げる。
左手の爪を私の首筋に当てる。
「魔法使いは口を塞げば何も出来ない!
お前はもう死んだも同然!」
そう言って顔をぐっと近づける。
吐息が顔にかかる。
端正な顔が間近にせまる。
「思い出さないか?」
問われるが、獣人に知り合いはいない。
「そうか、本当に忘れたのか。」
冷めたように言う。
「では問いかけても無駄か?それとも問いかければ思いだすか?」
それに答える術を私はもたない。
このままいけば私はこいつに殺されるだけだ。
しかし、私は睨み続ける。
心が負ける事は死ぬ事より辛い事だ。
「俺の名前はジェイドと言う」
「ーーーー!」
私の目は自然と大きく見開く。
その名前に覚えがあった。
六年前に拾い世話をしたが、ある日突然逃げた飼い犬の名前。
だが、見た目と年齢が合わない。
あの時は五歳くらいの子供。それから六年。
見た目は十歳から精々十二、三歳くらいだろう。
しかし、彼はどう見ても成年男性だ。
これいかに?
「思い出したようだな」
はたはたとロングジャケットでうまく隠れていた尻尾が振られる。
嬉しそうな顔をしているが、心底嬉しいようだ。
「では恨まれる理由もわかるな?」
尻尾の動きが止まった。
凍える程に冷たい視線。
だが…
「何か言いたいことがあるようだな?」
こくこく
私は頷く。
まずは塞がれた口をどうにかしたい。
獣人…ジェイドはゆっくりと手を離した。
私達は至近距離で睨み合う。
そして、同時に言葉を放った。
『どうして俺(私)を捨てた(の)!?』
綺麗に言葉が重なった。
もし再会したら問いたいと思っていた。
あれから六年経った。
きっとその時は冷静に問いかける事が出来ると思っていた。
しかし、実際はそうではなかった。
私の声は相手を一方的に攻める恨みがましい声だった。
だが、今注目すべきはそこではない。
何故、彼も同じ問いを放つ?
捨てたのは…
「何を….!?お前が俺を捨てたんだろ!?
あれだけ、俺を可愛がってくれたじゃないか!
何がダメだったんだ!?教えろ!!!」
私の胸ぐらを掴み少し私の頭を浮かせたかと思うと床に強く叩きつける。
ガンガンと何度も繰り返し、私の意識が朦朧としてくる。
「やめろ!」
ザック様の声が響いた。
その声に反応してジェイドの手が止まる。
彼のお陰で意識を失うのは避けられた。
「何か行き違いが…」
「部外者がわかったような口をきくな!」
言って空気を切り裂くように手を動かした。
瞬間、ザック様は右に大きく避けた。
直後、彼のいた場所に大きな爪痕が現れる。
「避けたか?勘のいいヤツめ」
舌打ちをして再びジェイドは私を見る。
「こいつが俺を捨てた。間違いない。
でなければ、俺が帝国に今まで住んでいた説明がつかないだろう?」
ジェイドの静かな言葉に今度は皆が私に注目する。
「…何言ってるの?貴方が贅沢な生活を求めて勝手に我が家から出奔したんでしょうが!」
「はあ!?」
ジェイドが声をあげた。
「贅沢な暮らし!?何故そんなものを求めないといけない!?
俺はあんたがいれば他には何もいらなかったのに!」
「白々しい!うちから出て行った後ちゃっかり我が家より格上のお家の飼い犬になってた癖に!」
「誰が行きたかったかよ!あんな頭のイかれた女のいる家!
俺はあんたがいるあの家で一生暮らしたかったんだ!」
「嘘つけ!」
堪らず私は叫ぶ。
「スチュワートが言ってたわ!貴方は贅沢な暮らしを求めて家を出たってね!」
「スチュワートだって!?」
ジェイドは驚いたような顔をする。
「奴がそう言った?」
「そうよ!」
「くはっ!」
近づけた顔を遠ざけて右手を額に当てて彼は笑う。
「そうか!漸くわかった!あいつか!あいつが俺達を嵌めたのか!」
「…何を?」
「いいか?俺はスチュ…」
全てをジェイドが言い終わるより早くナイフが一直線にジェイドを狙って飛んできた。
狙いは喉。
一撃で息の根を止めるつもりの一閃だ。
しかし、ジェイドは軽々と空いてる左手でそのナイフを掴みとる。
そして、視線をナイフが飛んできた方へむける。
「お嬢様の上から退きましょうか?」
くぐもった声が聞こえた。
誰?
いや、誰と問うのは間抜けすぎる。
ナイフといい、私をお嬢様と呼ぶのは彼しかいないではないか。
ジェイドは言われた通り私の上から退き、声の主を睨む。
同時に私は起き上がる。
そして振り向けば仮面を被った使用人がいた。
思えば予兆はあった。
何故、彼はあの時私を抱きしめたのか。
何故、あんなにも息が合ったのか。
答えは実にシンプルじゃないか。
使用人はゆっくりと仮面を外す。
「久しぶりじゃねぇか。…スチュワート!」
そう、そこには何故か使用人として舞踏会に参加していたスチュワートがそこにいた。




