可愛いお耳
少し時は戻って…。リナが森に入ったばかりの頃に出会った獣人視点
「長い旅ご苦労様でした。これより王都に入ります。
貴方の働きが王都にさらなる繁栄を齎す事を期待しております。」
お決まりだという挨拶を軽く受け流し、雇主と共に俺は門をくぐった。
最後に王都に来たのは実に五年前。
五年も離れていれば、当時は子供だった事もあり記憶は朧げだ。
俺はキョロキョロと辺りを見回す。
自分の記憶にあるものは何もない。
雇主について道を歩く。
「おやっさん、大丈夫っすか?」
自分と違い雇主の指名で長く雇われている護衛の一人…名前は忘れた…が、雇主に声をかけた。
「…まあ、大丈夫だろう。」
肩を竦めて軽く雇主は言うが表情は暗い。
それもそのはず、森をあと少しで抜けるというところで運の悪いことに怪鳥に襲われ荷物の一部が破損してしまったのだ。
雇主は商人であり、破損した物こそまさにこれから売る予定だった物であった。
本来金になるはずの物がゴミになれば誰だって暗くはなる。
しかし、俺は怪鳥に襲われた時を思い出して小さく微笑んだ。
あれは想定外の喜びに満ちた瞬間だった。
「ーージェイド!」
心を遠くに飛ばしていたら横から名前を呼ばれて慌てて振り向いた。
「お前、大丈夫だったか?」
「…何が?」
「何って怪我だよ。してたろ?」
言われて俺は腕が痛むことを思い出した。
あまり人と馴れ馴れしくするのは得意ではないのと、出自が出自だから護衛期間中ほぼ無言で過ごした俺だが、さすがに出血を伴う怪我をした俺には声くらいかけてくれるらしい。
「問題ない」
「…そうかよ」
あっさりと会話は終わりを告げた。
あとは護衛達が雇主と雑談をして進む。
ふと、少し離れたところで人の気配がした。
王都に入ってから人の気配はあちらこちらで感じていた。
それは壁から抜けたモンスターを狩る為の冒険者だったり騎士だったり、その場に相応しい気配であった。
しかし、ここは緩衝地帯を抜けたばかりのところ。
ここにはモンスターはいない。
それに、どうも戦闘が出来る人間の気配ではないのだ。
まあ、自分には関係ないと思っていた。
しかし…。
ガタン!
大きな音を立てて馬車の車軸が壊れる。
どうやら破損した馬車や荷物で積載量超過に陥り遂に車軸が耐えきれなくなって壊れた模様だ。
「しまった!」
雇主が慌てて馬車の車軸を調べる。
「こりゃ、直すのに時間がかかるなぁ…。」
ぼやきながらも工具を持って来て修理に取り掛かった。
俺達護衛は何もできないので、その様子を見守る。
森では気を張っていたが、抜けた今は大分緩んでいた。
とはいえ、誰かが近づけば気づく。
まして、戦士とは言えない足取りならば。
俺は…というか、俺達護衛はそちらを見た。
そこには三人の男女がいた。
これは予想外。
俺は少し相手を見くびっていたようだ。
てっきりこちらに来るのは一人だと思っていた。
しかし、実際は三人。
一人の女を守るようにして両端に付き添っている男二人の足音は俺の耳を持ってしても全く聞こえなかった。
男二人…かなりの手練れだ。
俺は警戒する。
しかし、俺の警戒を他所に女は俺をじっと見つめてきた。
…ああ、またか。
子供の頃王国に住んでいた時散々感じた視線。
好奇心、畏怖、蔑視、どれも不快なものでしかない。
女は自分が俺を見つめているのに気づかれたことを悟ると、まるで幼子のような邪心ない笑顔を俺に向けた。
その笑顔を見た瞬間、心臓が飛び跳ねた。
なんだ?いまのは?
内心の動揺を無視するかのように心臓は高鳴り続ける。
まるで全力疾走をした直後のようだ。
「ーー可愛いお耳ですね!」
ぴくっ
耳を褒められて図らずも耳が動き、尾っぽも動きかけて…気合いで止めた。
まさか、王国でこの耳を可愛いなどと言って来る変わり者がいるとは思わなかったのだ。
顔が熱くなる…!
自然とうつむき加減になってしまう。
何か気の利いたことでも言えればいいが、いかんせん、口の動きは鈍いほうで何も言えない。
「先程大きな音がしたのですが、何かお困りですか?」
問いかけられたのだから、何か答えなくてはならない。
何を…?そうだ、馬車だ!車軸が壊れてと言わなくては…!
「おや、お嬢さん」
俺が口をぱくぱくさせていると修理をしていた雇主が姿をあらわす。
「こんにちは、おじさん」
屈託のない、飾らない笑顔が雇主に向く。
「何かすごい音がしたのだけど?」
「いやぁ!馬車の車軸が壊れてしまってね!
まあ、修理したからもう出れるさ。」
修理時間がかかるって言っていたのにもう終わったのか!
もう少しここで足止めとなりたかった。
…?
何故、そのように思ったのか自分でもわからない。
自分には予定があり、あまりのんびりとはしていられないはずなのに。
「そうなの?王都はすぐ近くだけど、道はあまり綺麗じゃないから、気をつけた方がいいよ?」
女が心配そうに言う。
心の底から案じているようだ。
見ず知らずの人間をここまで思いやれるとは、なんて心の広い人だろう。
「おお、ありがとう。勿論、道が整ってないのは知ってるさ。
何せ十年地方と王都を往復しているのだからね。
舗装されてない道も慣れっこさ!」
「十年も舗装されてなかったの?」
「そうさ!まあ、仕方ないさ。金のかけるにはあまりに王都の外れすぎる。」
「いいえ!これは政治の怠慢!」
きっぱりと彼女は言った。
あんなに優しい彼女のどこからこんな強い意志のこもった声が出て来るのだろう?
「私が王家に嫁いだ暁には必ず道を整備しますね!」
…王家に嫁ぐ?
彼女は何者だ?
漸く、彼女の正体が気になった。
それは俺だけでなく雇主もそうだったみたいだ。
「あの、貴女は…?」
「私は…」
「アリス」
右側の頭が良くて人当たりの良さそうな男が口を開いた。
とても声が美しく、それだけで吟遊詩人になれば大成しそうな気がした。
「なに?」
「君が怒るのもわかるけど、今はまだ身分を明かせないよ。
悔しいけど、まだ王家は君を認めていないからね。」
「…そうでしたね。私はアリスリーザ・ベルガーネットと申します。」
「…ああ、君が…」
雇主は何か知っているのか後半飲み込んだ。
「私はしがない商人故、名乗るほどのものではありませんが、貴女様の幸せを心よりお祈り申し上げます。」
深々と頭を下げると雇主は号令をかけて先へと進もうとする。
もう少しだけ彼女を見ていたかったが仕方ない。
俺は諦めてこの場から去ろうとした。
しかし…。
「貴方!」
ぱっとアリスリーザという名の女性は俺の元に駆け寄り服の裾を引っ張った。
「!?」
あまりの出来事に俺の頭は混乱してしまう。
声どころか息すら吐けない。
「貴方、怪我してる!」
言われて俺は慌てて手を隠した。
彼女に見せるにはあまりに醜い傷跡だ。
女性に見せるには忍びない。
「す…」
すまない、このようなものを見せてと言おうとした。
しかし、舌が痺れて何も言えない。
確かに俺は口下手ではあるがここまで酷くはなかったはずだ。
一体どうしてしまったのだろう。
俺の動揺を他所に彼女は自身のハンカチを取り出してそっと傷口に巻きつけた。
「…!」
汚れる!
そう思った。
彼女のハンカチが、汚れるし、自分の血液で彼女の手も汚れてしまうと思った。
しかし、彼女はそんなことを考えた俺を嘲笑うかのように実にあっさりと俺に触れてきた。
予想通り、ハンカチは赤黒く染まり、彼女の白い手にも血が付着した。
綺麗なものが汚れてしまい、泣きたい気持ちになった。
「アリス!」
銀色の騎士らしき男が彼女を愛称で呼ぶ。
アリスと自分も呼びたかった。
「汚れる」
騎士が俺から彼女のハンカチを奪おうとした。
しかし、彼女はその手を払う。
『!』
俺と騎士は信じられないような者を見たと驚いた。
「彼は怪我をしているのですよ?
手当したハンカチを取り上げるなんて酷いことしないでください!」
「しかし、アリス、彼は亜人だ。
君が直々に手を触れるにはあまりに卑しい存在だ。」
「卑しい?」
彼女の目がつり上がった。
「何故そのような酷いことを言うの?
私は彼を卑しいとは思わない、この世界で共に生きている仲間だと思うわ」
「しかし…」
「あまり酷いことを言うザックなんて嫌いよ!」
「う」
彼女の嫌いという言葉はまるで魔法。
彼女に嫌われない為ならどんな信念も捻じ曲げられてしまう。
「す、すまなかった…」
「私じゃなくて彼に謝って!」
「…………すまない」
渋々ではあったし頭は一センチも下がりはしなかったが、それでも謝罪の言葉は貰った。
「この国にいる以上彼も私達王国民の仲間です。
今は差別があるかもしれませんが、いずれ、互いの違いを受け入れ共に歴史を刻めるようになると私は信じています。」
『アリス…!』
感極まったような声で彼女の名を呼ぶ。
自分も心の中で彼女の名前を呼んだ。
…自分が初めて出会い言葉を交わした人が彼女のような人ならば、今の自分はいなかっただろう。
ありえない未来をほんの一瞬夢想する。
意味のない事とすぐに搔き消した。
「あの、それでは我々は先を急ぎますので…」
そう言うとまるで逃げるように雇主は馬車に乗り込み先へと進む。
「おやっさん!」
アリス達が見えなくなってから護衛の一人が雇主に声をかけた。
「あいつら何者なんすか?
王家がどうのこうの言ってたっすけど…?」
「あー」
雇主は頭を掻く。
「この話、これな?」
言って雇主は人差し指をぴっと立てて唇にあてる。
内密にということか。
「あのお嬢さん、貴族の間じゃちょっと有名人なのよ。」
「おやっさん貴族でしたっけ?」
「ばーーか、俺はしがない平民商人!
だけど、この気品溢れる外見と爽やかなら笑顔が貴族の貴婦人方にえらく気に入られてそう言った話が流れてくんのよ!」
『…』
俺達護衛は無言を貫く。
特に俺は聞いてないふりをしているので絶対に雇主に意見してはいけない。
「で、だ。あのお嬢さんは王太子殿下の恋人らしい。」
「え!?」
「まさか!?」
俺も無言を貫くが内心驚愕する。
…王太子殿下の顔は見た事がある。
だが、あの男には…
「いやいや!確か王太子殿下には婚約者がいらっしゃったはず。」
「そうなんだけどよぅ、昔からお二人の仲はすこぶる悪くてな。
そこにきて、あのお嬢さんが殿下の心を射止めてしまったんだ。」
「へえ!?でも婚約破棄とか聞いた覚えないぜ?」
「当たり前さ!あのお嬢さんは男爵令嬢!
しかも半分は俺達と同じ平民の血筋だぜ?」
『ええ!?』
護衛二人が声をあげる。
俺も喉まで声がでかかった。
「絵に描いたような身分違いの恋ってやつよ。
あんなところにあのお嬢さんがいたのも、もしかしたら逢引の最中だったのかもなぁー!」
ゲラゲラと笑う雇主。
「ええ!?じゃあ二人は今後どうなるんすかね!?」
「俺の見立てじゃ殿下の愛妾になるんじゃねぇかなって思ってる。」
「本人嫁ぐ気満々でしたよ?」
「まあ、半分平民で学がねえから、夢と現実の違いがわかってねぇんだろうよ。」
「と、なると、あのお嬢さんは殿下のお嫁さんにはなれねぇのか。
好き同士だから結婚って訳にはいかねぇのかねぇ」
「まあな、平民だって商売考えて結婚することもあんだろ?
まして王族様となりゃ愛だの恋だのでくっつかれちゃ俺達の生活に直結してくんだ、大人しく婚約者様とご成婚して欲しいね、俺は。」
「世知辛いねぇ。」
「あたぼーよ。これが女子供向けの大衆小説とかだとあのお嬢さんが国を救って英雄だ、救世主だって持ち上げられてその勢いで結婚しちまうんだけどな。」
「そんな物語あるんすか。」
「嫁がハマってて俺も読まされたのよ。」
「へー。」
ここで話は終わったが俺にとってこの話は彼らが思う以上に重要な話だった。
国を救えば彼女は王妃に…?
ああ、自分がこの王都ですべき事は実に虚しいことだと思ってた。
何も生み出さない、誰も喜ばない、俺さえも楽しくない事をこれからやる。
なんでこんなつまらないことをしなくてはならないのかとずっと思っていたが、やらねばならないという気持ちが先に動き今、俺はここにいる。
だが、今からは違う。
俺がやることが、彼女の助けになるかもしれないのだ。
何も生み出さない虚しいだけの事に明確な意味が生まれた。
何故自分がこの世界に生まれたのかという理由さえ見えた気がした。
世界が鮮やかに色づいた。
俺は俺のやるべきことをやればいいと悟ったのだ。
王都、中央広場にて雇主とは別れた。
金も受け取ったので当面の生活は困らない。
五年ぶりの王都を散策する。
と、言っても、俺には目的地がある。
五年前にも一応あったし、事前に地図ももらっていたので特に迷うことなく目的の建物に辿りついた。
予め言われていた通り裏手に回り地下へと向かう。
地下には扉がふたつ。
言われていた通りの扉をくぐった。
そこは狭い部屋であり木製の椅子が壁に向かって置いてあるだけの部屋だった。
俺は椅子に腰掛ける。
きちんと座れる椅子だった。
ここに来る前に世話になっていた家での扱いを思い出し、座っていいのかと一瞬不安になる。
もう戻ることのない家だというのに、染み付いた被虐感情は消えない。
かつかつと足音がした。
前の家ではよく聞いた足音。
ガチャリとドアを開けて入ってきたが、この部屋ではなくて隣の部屋に入った模様。
壁一枚を隔てて俺達は向かい合う。
ガタンと椅子を引く音。
こちらと同じ作りなのだろう。
この壁は仕切り。互いの顔は見えないが物を差し込める口があるので声はよく通る。
差し込み口から僅かに覗いたのは赤いルビーがはまった十字架だった。
「お久しぶりですね。」
向こうから俺に声をかけてきた。
あの家にいた時では到底考えられない。
「……ああ。」
「あちらの様子はどうですかね?」
「…変わらずだよ。」
「でしょうねぇ」
わかっていたと言わんばかりの口調だった。
「そんな事を聞く為に俺を呼んだわけじゃないだろう?」
さっさと本題に入れとせっつく。
「まぁね。」
言って壁の向こうから彼は一枚の封筒を差し出した。
上質な封筒には蝋で封緘してある。
「これは?」
「三週間後に王城で開かれる仮面舞踏会への招待状だよ。」
「…ほう?よくそんなものが手に入ったな。」
「こう見えて僕は貴族の奥様方に大人気なんだよ。
彼女達に頼めばこの程度のものは簡単に手に入るのさ。」
言われてこいつの外見を思い出す。
確かにこいつは色男だった。
単純に見た目がいいだけじゃなくて、女の扱いに慣れており、男の色香も豊潤だった。
こいつの言う通りこれくらいのもの簡単に手に入るだろう。
「しかし、仮面舞踏会とは好都合。」
顔を隠して堂々と王族に近づけるチャンスは滅多にない。
俺はこいつから見えない事をいい事に口元を笑みの形へと変える。
「そうだね、後、これは餞別。」
「餞別?」
差し出し口から手渡されたのは青い石。
…サファイアか?
「これは?」
「魔力がたっぷりと詰まった魔石だよ。
万一魔力が尽きたら使えばいい。
一度きりとはいえ、君の魔力を完全復活させるくらいの物が詰まってる」
「ほう…?いいのか?かなり高価な品ではないのか?」
「投資だよ。失敗されては困るからね。」
「投資か。そこまでして危ない橋など渡らずともお前ならここでもそれなりの生活が出来るだろう。」
国と同じ地位は無理でも次点には手が届くのではないだろうか?
「僕はね、二番手なんて嫌なんだよ。」
殺気のこもった声が聞こえた。
「まして、自分の下にいるべき妹が後継?笑わせる。
僕は認めないよ、絶対に国に帰って僕はあの椅子に座る。
その為には手土産が必要。わかるだろ?」
ああ、そこまで地位に固執するお前を理解など出来るはずもない。
しかし、俺とこいつは利害が一致している。
その為に手を組んだ。
俺はサファイアによく似た魔石を受け取る。
そして席を立った。
「もう行くの?」
「ああ、長居は無用だろ」
「そうだね、ではここで朗報を待ってるよ。」
「任せろ。」
俺は一言だけ言って狭苦しい部屋から出る。
そう、あの日に掲げた虚しい目標は必ず達成する。
でなければ、今日まで生き恥を晒してきた意味がないのだから。
ふと、目に巻かれたハンカチが目に入る。
誰も見ていないことを察してそっとそのハンカチに唇を落とした。
自分の為に君の為に俺は…!




