鞭打ち行為は守秘義務です
「なあ、やっぱり助けた方がいいんじゃねーの?」
ロバートがご機嫌伺いのように言う。
私達はスチュワートを捨て置き、先へと突き進んでいた。
「道はわかる!いなくても困んない!」
「あちゃー、おい、マリーさんや、あんたのせいだぞ?」
ロバートが恨み言を述べる。
それに対して罰が悪そうな顔をするマリー。
「お嬢ちゃん、私が悪かったわん、だからスチュワートを助けてあげましょ?」
「ヤダ」
「…」
私の言葉にエリーが肩を竦めた。
「でもぅ、戦力不足だと思うのよん」
「そうそう!スチュワートがいた方が役に立つって!」
マリエリが私を両側から説得にかかる。
「そんなに言うなら貴女達で勝手に助ければぁ?
私は行かないし?先に進むし?」
「ああん!もう!なんでそんなに頑ななのよ!」
マリーが地団駄を踏む。
「俺達が助けても意味がねぇよ。
お嬢ちゃんが助けなきゃスチュワートは喜ばねぇ!」
エリーがきっぱりという。
「喜ぶもなにもないでしょ。今、助ければスチュワートの好感度が上がるんじゃない?」
そうそう、助けた方とそれが縁で男女の仲へと発展…
「お嬢ちゃん、頼むから殺気をしまってくれないかな?」
ロバートが下手に出て頼んでくるが殺気など振りまいてないし?
「ねえ、貴女は私達とスチュワートが仲良くなるのが嫌なんでしょ?」
「嫌も何もスチュワートの交友関係や恋愛関係に口出す立場じゃないし?」
「多分、すげぇ口出して欲しいんだと思うよ。」
ロバートがぼそっと言う。
「口出す立場ならどう言う?」
そういう立場ならどう言うか?
「…もう少し趣味を良くしろって言うかな…。
あと、複数同時進行はいくら同意の上でもはたから見れば不誠実極まりないから、せめて隠れてやれって言う。」
「…………ほかは?」
若干の間を開けてマリーが聞く。
しかし、これ以外は特にない。
「これしかないなんてある訳ないでしょ?」
まるで悪魔の囁きの如く耳元で甘い声がする。
同じ女なのに色気に立ちくらみそうだ。
「そうだぜぇ?あるだろー?」
逆側の耳からエリーが言う。
マリーとは違う小悪魔的声がする。
「趣味が悪いってたとえばどんな女が彼にはあうの?」
問われて私は考える。
「スチュワートには…もっとこう…お淑やかで、貞淑で、優しくて、美人で、彼を大事にしてくれるような…」
私とは真逆な人がいい。
「私とは真逆な人がいい、なんて思ってたり?」
マリーの言葉にぎょっとする。
心を読まれたと思った。
「図星だな?」
エリーが追い打ちをかけてくる。
「なんで自分じゃダメなのん?
貴女も充分可愛い女の子じゃない。」
「だって…」
何やら誘導されているような気もするが、言わないと逃げられないような気がする。
こう言う時こそモンスターが出て欲しい。
『だって?』
「………私は優しくないし…」
「あらん?貴女スチュワートの事をとてもよく考えていたじゃない?」
「おー、少なくても俺より優しいな!」
「そーじゃなくて…」
ぐにぐにと口ごもる。
「ん?おねーさんに聞かせてごらんなさい?」
「おー、聞くぜー?百戦錬磨のマリエリ様が聞いてやれば大抵の問題は解決する!」
マリエリが言う。
私はそれでも迷うが言うまで離さないという強い意志を両側から感じ取り意を決した。
「………鞭打ちとかしてたし…」
『それは知ってる』
「え?」
マリエリの見事なハモリに私は動揺する。
知ってる?
「スチュワートが愚痴ってた。」
「ほら!愚痴る女じゃダメでしょ!」
「お嬢様が最近鞭打ちしてくれないのですが、どうすれば鞭打ちしてくれるようになるでしょうか、という愚痴だったけど…」
「…百戦錬磨のマリエリ様だがアレには答えが見つからなかった」
マリエリの悲痛な声がする。
何を愚痴っているのだスチュワート。
今すぐ戻って問いかけたい衝動に駆られる。
…ってうん?
私の耳が足音を捉えた。
知らない足音ではない。
よーーーく知ってる足音だ。
「…スチュワート自力で脱出したみたいよ?」
「あ、気づいたん?」
「知ってた?」
「まあな。」
マリエリが言う。
かなり前からスチュワートは脱出し私達の後をつけていたとロバートは言う。
…なんだろう、この憲兵さんこっちです!と言いたい感覚。
「堂々とくればいいのに…」
「構って欲しいんだ、言うな。」
ロバートがそっと言う。
「でもん、あの壁からそっと顔を出してこっちをじーっと見ているのは…」
「キモいな。」
後半口を濁したマリーに対してエリーははっきりと言い切った。
凄く顔がいいから助かってるけど、豚みたいな容姿ならこれを機に丸焼きにしていたかもしれない。
「まあ、アレはほっときましょう、それより貴女鞭打ちしていたのを後悔しているの?」
「まあ…」
そう、後悔している。
でなければ、鞭打ちしていた時を思い出すにつけて胸が苦しくなる理由がない。
「なら、そもそもなんで鞭打ちなんてしてたんだ?」
「それは…」
理由。
私は溺れる前の事を思い出す。
毎日毎日毎日毎日彼を鞭打ちしていた。
粗相をしたか否かはあまり関係がなかった。
そこに愛情も憎しみもなかった。
結局のところ、鞭打ちしていた理由なんてない。
とにかく鞭打ちしなくてはならないという強迫観念があり追い立てられるようにしていた。
溺れて以降それが消えたので鞭打ちをしなくなったけど…。
「やらなきゃならないからやってたのよ。」
まさしくこの一言に尽きる。
…?
しかし、もっともしっくりとくる言葉なのに疑問が残る。
なんだ、そのやらなきゃならないって。
誰に何かを言われた訳でもなく、自分でやってた行為なのに…責任を見えぬ何かに押し付けるかのようだ。
こんな言葉で片付けてしまったらスチュワートも気分が悪いだろうし、聞かせられる方も納得いかないだろう。
私はマリーを見た。
予想に反してマリーは大きな目で私を見つめていた。
逆側のエリーも同じであり、後方を歩くロバートも同じだった。
『貴女理持ちなの(かよ)!?』
三人はそれぞれ声をあげて私を指差した。
なにそれ、理持ちって…
聞こうとしたその時、私達は少し開けたところに出る。
そこには十体という小規模団体のコボルト!
うち一体は鎧を着込んでいた。
「このタイミングでくるか!?」
「今、物凄く大事な話をしているのにん!」
「うぜぇな!」
三人がイラっとしながら武器を構える。
その様子を見た鎧を着たコボルトがびっと指…いや、爪をこちらに一本向けた。
その指は私に向いているような気がした。
まあ、気のせいだろう。
『ぐ、ぐぐる…あねさまころしたやつ…?
かたきだかたきだかたきををうつぞ…!』
「喋った!?」
「こいつ!キングコボルトか!?」
「なにそれ!?」
「コボルトの上位亜種よ!」
「コボルトのクソ強い版だと思え!」
私の問いかけにマリエリが答える。
私には鎧を纏ったお喋りわんちゃんにしか見えないが三人の目が油断すんなと訴えてくる。
「ーーくる!」
エリーが叫んだ!
同時にキングコボルトの爪を受け止める。
片手では無理なようで両手を使っているが、それでも押されてしまう。
「エリー!」
マリーがエリーの名を呼ぶが助けにはいけない
残り九体が三体にわかれて私達に襲ってきたのだ!
慌てて呪文を唱える。
誰かのカバーは頼れない!!
急げ!
しかし、いくら私の詠唱が短縮されているとはいえコボルトの急襲には対応不能。
コボルトの爪が間近にせまる!
私は呪文を中断して両手でガードの体勢をとる。
痛みへの覚悟なんてないが、もう逃げられない。
私は目を閉じ…
ずさっ!
コボルトの額にナイフが突き刺さる!
目を閉じきる前に飛び込んだ景色に息を飲む。
誰がやったかなんて問うまでもなかった。
「スチュワート!」
「はい」
私の言葉にスチュワートは平然と答えながらナイフを回収する。
「お嬢様、ご無事でなによりですが、油断なさらずにお願いします。」
「ーーわかった!」
私は慌てて中断していた呪文の再詠唱を開始する。
その間に二体のコボルトによる左右からの同時攻撃に晒されるスチュワート。
しかし、それはほんのひと時にすぎない。
「衝撃波!」
私の魔法がうち一体の腹部に決まり風穴をあける。
動揺した残り一体がスチュワートの手により喉を掻き切られ絶命する。
「お嬢様、お怪我は?」
「ないわ。スチュワートは?」
「問題ありません。」
「………悪かったわ………」
私は助けなかったのに助けて貰って罰が悪いのでさっさと謝っておく。
「ーーー!!!このスチュワート、感激で言葉もございません!」
なにやら大げさなことをいわれる。
「それともう一つ。」
大事なことを言わなくてはならない。
「頼むから変な事を愚痴るのはやめて。」
鞭打ち行為は守秘義務に該当するから。
「おい!」
ふと横でロバートの声がしたので見てみれば、三体のコボルトによる波状攻撃に晒されて今にも倒れそうなロバート!
「やばい!」
私は呪文を詠唱する。
「助ける必要あります?」
「え?」
呪文を中断してスチュワートを見る。
スチュワートは普段通りの無表情。
「道案内ならばマリエリがいます。
彼の実力ではコボルト三体の相手は持ちこたえるので手一杯。
戦力的にも重要度は低い。
…それを助ける必要あります?」
暗に捨て置けと言われてしまう。
「スチュワート、貴方が美人と話している間の話し相手としての役割がロバートにはあるのよ。」
そう言った直後、スチュワートがこちらを見た。
いつもと同じ無表情。
なのに、何かが違う。
「お嬢様がご命令してくだされば、このスチュワート生涯貴女様以外の人間とは口をきかぬと誓いますが。」
重い。
誰もそこまで頼んでない。
いつからこんなふうになったんだ?
記憶を辿ろうとするがそんな暇はないと判断して中断する。
「早く助けて!」
「とりあえず助ける!これは命令よ!」
「…畏まりました….」
スチュワートは言うがやる気はなさそうだ。
なので私が手を出す。
呪文を再詠唱して…
「衝撃波!」
うち一体を薙ぎ払う。
波状攻撃に隙が生まれてロバートはその隙をついて残り二体を屠る。
「助かった!あと、頼むから見捨てないでください…。」
「お嬢様を餌付けしたからです。」
餌付け….。
そうか、私はスチュワートに餌付けされていたのかと気づいた。
「それより、マリエリの決着がつきそうですよ?」
視線を移せばマリーは既に三体のコボルトを仕留めており、キングコボルトに向かっていっていた。
キングコボルトは頭にキングとつくだけあって普通のコボルトよりも断然早い。
力もあるようで、避けた爪が壁に当たれば壁が大きく抉られていく。
剣と爪が撃ち合い、弾く音が響く。
僅かな隙を見出してマリーの棒術が炸裂するが、キングコボルトも負けずに棒を避ける。
しかし、二対一の戦いはやはりキングコボルトには荷が重かったようだ。
次第に押されていくキングコボルト。
爪が弾かれついに折れた。
それに気を取られたキングコボルトの胴体にマリーの一撃が入り鎧を破壊する。
鎧だけですんだのはキングコボルト的には運が良かった。
キングコボルトは間を取る。
仲間は皆倒された。
それに気づき回避しようのない劣勢にキングコボルトは撤退を決める。
キングコボルトが吼えた。
『!?』
耳の鼓膜を破るような大声であり、一時的に立つ事もままならなくなる。
へたり込みそうになる私を支えるスチュワート。
ロバートは倒れた。
マリエリは耐えたが反撃は不能。
その状況をついてキングコボルトは撤退していった…!




