時を経て変なふうに進化しました
「うわっ!」
私は思わず声を出して足を引く。
予想に反して汚泥はあっさり私の足から離れた。
引いた足を反動で前へ、所謂蹴りを汚泥に叩き込む。
べちょ
汚泥は私の蹴りに散り地面に吸収される。
魔法でもなんでもない、か弱い令嬢の蹴りで汚泥は消え失せた。
「…弱っ!」
「と、おもうでしょん?」
マリーが言う。
その言葉を待っていたかのようにまた、汚泥がヌポヌポと音を立てて現れる。
「体の材料になる土がある限り際限なく増えていくから気をつけてん?」
言われて私は周りを見る。
道も壁も天井も、私達を取り囲む全てが土である。
「ってことはキリがないじゃない!」
「そういうこった!道を切り開いて進むぜ!」
エリーが言う。
そこに、ロバートが前に飛び出た。
「烈風!」
ごおっ!
進行方向の汚泥を全て蹴散らした!
「行くぞ!」
ロバートの言葉を受けてスチュワートは私を抱えて走り出し、マリエリも後に続いた。
後方では汚泥が既に復活しているが、移動速度は速くないので余裕で引き剥がした。
汚泥には知能があるのか、追いつかないと判断したようで転がっている名前も知らない死体を何処かへと運んで行く様を最後に私の視界から外れていった。
「ふう…振り切ったな!」
「あはん、貴方魔法使いなの?
サーベルを持っているから剣士だと思ったわん」
私達は汚泥を完全に振り切った先で足を止めて息を整える。
「両方使えるぜ?」
自慢げに彼は言う。
「理があるから魔法剣士なんてやってる奴そういないんだがな!」
「本当、長く冒険者をやってるけど初めて見たわぁ」
マリエリがロバートを取り囲みちやほやする。
「いやぁ、ははは」
ロバートは照れ笑いをするが、若い子に囲まれて鼻の下を伸ばすおっさんは実に見苦しい。
スチュワートが私を降ろした。
「さて、進みますよ。」
『はーーーい』
マリエリはくるっとスチュワートの方を向いて、ロバートを置き去りにしてすごい勢いでスチュワートの近くに陣取る。
ったく、ずっとロバートをちやほやしてりゃいいものを!
ロバートはあっさり置いてかれてぽつんと一人寂しそうにしていた。
「…ところでさっきのはなんだったの?」
私は歩きながらロバートに聞いてみた。
「あれは大地の妖精だな。」
「…え?」
大地の妖精?
ちょっと待って!あれは私の思い描く妖精とは全然違う!
あれは妖怪だろ!!
「あらーん?お嬢ちゃんは妖精に夢持ってた系?」
「あ、あれか!手のひらサイズの女の子の背中に透明な蝶々の羽がついてる….みたいな!?」
マリエリが小馬鹿にしたように言ってくるが、ええそうですよ、そういうイメージでした。
だって私が着ているこのローブにも光の妖精の羽が使われているんだよ?
最低限羽があるって思わない!?
「お嬢様の思い描く妖精も勿論存在しますよ?」
スチュワートが助け舟を出す。
「本当!?」
「ええ、まあ、見る事はないでしょうけど。」
「えー?」
不満だ。見る事はないってなんだ。
「お嬢様が思い描く妖精は風の妖精です。
風の妖精は空高く…雲より高い場所に棲んでいると言われてます。」
「雲より高い…」
気球で飛んだがそれでも雲より高くは無理だった。
「人間の手は短いです。生きている風の妖精に会う事は現状不可能。」
「でもいるのはわかってる?」
どうやってわかるのか。」
「稀に地面に落ちてるんですよ。」
「…え?」
「妖精も生命体、寿命があります。死ねば飛べませんから落下する。
その死体が数年に一度手に入るんですよ。
ですから、存在自体は確認されてます。」
「へえ…。」
死体しか見ることのない妖精。
「いつか生きてる風の妖精見たいなぁ。」
うっとりと空を舞う風の妖精を想う。
「なお、その死体のお値段は保存状態にもよりますが、大白金貨一億枚です。」
「死体見つけに行こう!今すぐ!」
「貴女公爵令嬢よね?」
「夢を金で売りやがったよ…」
「夢でお腹はふくれません。」
きっぱり言い切る私。間違ってない。
しかし、話はずれたがあの気持ち悪い汚泥が大地の妖精という事はわかった。
ここでは際限なくいつどこで発生するかもわからない。
「大地の妖精単体の攻撃などたかがしれてますが、数も揃えば暴力です。」
「でもぅ、そこのおじ様が魔法が使えるってわかったからん、楽になるわぁ」
「だな!」
確かにあれは単体攻撃してたら逃げる間も無く飲み込まれる。
広範囲の攻撃可能な魔法使いは大地の妖精の天敵みたいなもので切り札になる。
「おじさん呼ばわりがすげぇ気になるが、まぁ、任せろ。」
そんな話をしながらも方向を確認し罠にも注意しながら進む。
モンスターとの遭遇も避けられるなら避ける。
そうこうしているうちに疲労が溜まってきた。
「そろそろこの辺りで休むか。」
ロバートが休憩を提案するが、特段休むに適した場所という訳ではない。
普通の通路である。
しかし、気にする訳でもなくマリエリは頷いて、壁を入念に調べてからもたれかかるようにして座る。
そして、マリーが胸元から次々と食料を出してくる。
胸にマジックアイテムを仕込んでいるとわかっても手品みたいで面白い。
大きな鍋を取り出して中から熱々のシチューが出てきた時はタネがわかってても心底驚いた。
辺りに熱々のシチューの香りが充満する。
マリーは器を三つ取り出してそれぞれによそう。
そしてうち一つを持ち上げてスプーンで掬う。
「スチュワート☆あーん、し、て」
私の隣に座っていたスチュワートに跨るようにして乗り上げ口元にスプーンを差し出してくる。
私は視界に入れるのも不愉快なのでロバートの方を向く。
「ロバート、お腹すいたー!」
「おー、ほいっ!」
何かを投げてよこしたのでぱしっと受け取る。
あ、缶詰!
私、食べるの初めてなんだよねー。
実は食べるの楽しみにしてたんだ!
地味にテンションがあがる。
「ほれ、缶切り。使い方はわかるか?」
聞かれて私は頭をふるふると横にふる。
するとロバートがしゃがんで使い方を、教えてくれた。
ふむふむ、簡単だな。
私は缶切りを受けとる。
そして拙くもキコキコと開け始めた。
あ、開いた!
私は蓋を開けて中身を見る。
肉の煮込み料理がギュムっと詰まっている。
「おー!いっただっきまぁす!」
私は渡されたスプーンで早速中身を食べようとした瞬間手から缶詰が消えた。
え?
一瞬モンスターの襲来かと思った。
だが、すぐに違う事がわかった。
スチュワートが私から缶詰を取り上げたのだ。
スチュワートの上に乗っていたマリーは横に追いやられて、変な顔してこちらを見ている。
スチュワートは座った私を見下ろすように缶詰片手に仁王立ちしていた。
「お嬢様!そのような平民の食するものを公爵令嬢たる貴女様が召し上がってはなりません!」
「はぁぁぁあ!?」
私は頭に血がのぼるのがわかるのだが、止められない。
「貴方には美人が食べさせてくれる美人お手製の美味しいシチューがあるでしょ!?
なら、私も食べたいものを自由に食べてもいいじゃない!」
「なりません!私以外の者が選び作ったものなどお嬢様が食するなど我慢なりません!!」
「無茶言うな!家じゃ私の食事に貴方関わってないでしょ!」
「お嬢様が食する物は自宅でもこの私がこの目で選び抜き心を込めて作ったものを食卓に出してます!」
「え?」
一瞬場が静まる。
心なしかマリエリがドン引きしているような気がしてならない。
え…っと、この人今私の食事作ってるって言ったよね?
我が家のコックはどうした…?
あの美味しいご飯はスチュワート作?
あれ…?
そういえば妙なこだわりご飯が森では提供されたな…。
「…まあ、今は執事の業務外みたいなもんだし…。
別に私が何を食べてもいいと思うよ。
それに、今更でしょう。森では散々勝手に飲み食いしたし…」
「ええ、しかし、森では私の体調不良が原因でした。
お嬢様を飢えさせる訳にはいきません。
致し方ない緊急事態でした。
しかし、今は違います。何故私がいるのに私以外者の手で選ばれた物を…私が作っていない既製品を食するのですか?」
「だって買い物の時、貴方いなかったし。」
「私が!お嬢様がいないからといってお嬢様の物を買わないと思いますか!?
お嬢様の食事を作らないと思いますか!?」
珍しく語気を強めて…しかし無表情で言ってくる。
そしてスチュワートの尻ポケットから出てくる食べ物の数々!
ステーキ、サラダ、ミネストローネ、白パン、果物…。
およそこの場に相応しくない食べ物達…!
でも何故か食欲がわかない…。
出てきた場所が場所だからなぁ….。
「どうですか!私が心を込めてお嬢様の健康と美容を考えて作った料理の数々!そのような既製品など食べずとも私が作った物をお食べください!」
「気持ちだけ受け取るわ…」
スチュワートの勧めを心底拒否したのはこれが初めてである。
そっとロバートから二つめの缶詰を受け取る。
既に蓋が開いていて簡単に食べれる状態であったのでそのまま一口頂いた。
「!」
瞬間無表情だったスチュワートの目元に涙が浮かぶ。
「え!?泣くか!?」
エリーがドン引きしながら突っ込む。
それを聞いてスチュワートはエリーを睨んだ。
「こらぁ、八つ当たりはダメだぞ?」
マリーがエリーを庇うように言うがスチュワートはそれも睨んで黙らせて壁に手を突こうとして一瞬躊躇い、しかしすぐに手を突き出した。
がこん
壁が大きく回転しスチュワートを飲み込んで消えた。
…
え?
「スチュワート!!!?」
私は慌ててそっち行き壁を弄り倒すが壁は動かない。
「壊す!」
言って呪文を唱えて…
『ぐるる…』
『がるる…』
それを邪魔するタイミングでコボルトがやってくる。
口元にはたっぷりの涎。
「食いもんの匂いにつられてやってきたか!」
ロバートがサーベルを引き抜く!
「考えたら当たり前よねん」
「普段こんな飯用意しないもんなぁ」
ちらっと地面にならんだご馳走の数々。
「スチュワートが引かなかったもんな、買い物の時…。」
「ええ…今思えば全力で止めればよかったわぁ。」
「調子に乗ってお前もシチュー用意しただろうが!」
「だあってスチュワートが大丈夫だって言ったからやろうって!」
「あいつの大丈夫は信じちゃダメだ!時を経て変な風に進化してる!!」
「みたいね!」
マリエリがまたもや変な会話を交わす。
「とりあえず、コボルトを片付けるぞ!」
「お嬢ちゃんは隠れて…」
「爆風」
風属性中級範囲指定魔法『爆風』
烈風の上位互換的存在。
烈風が大地の妖精を吹っ飛ばす程度なら爆風はコボルトも数体まとめて容赦なく吹き飛ばす。
『!?』
マリエリの動揺を他所に私が魔法使いと知っているロバートはサーベルを片手に切り込んでいく。
私の魔法でダメージを食らったコボルトなどロバートの敵ではない。
あっさり全てを刺し殺した。
「ほー、あいつすげぇな!
片腕片足であそこまで動けるって五体満足ならもっと凄かったんだろうな!」
「と、いうか貴女魔法使いだったのね。」
「スチュワートは私の事をなんて言ってたのよ」
『…』
マリエリは顔を見合わせてそっと視線を外した。
….何を話した、スチュワート。
「それより、スチュワートだよ。」
話を変えてロバートがいう。
「最初罠を踏んだ時はまあ、運のない奴ですんだけど、二度めは…迂闊ってことにしておくか?」
「スチュワートらしくないわよね。」
私が言葉を漏らす。
間接的原因は私のような気もするが、それでもらしくない。
「まあ、冒険者稼業から足を洗って大分経つし。
そういうこともあるんじゃないかしらぁー。」
どことなく棒読みでマリーは言う。
「それより、どうやって助けるの?」
「あはん、助けるの?」
「当たり前でしょ!」
「んー、前に進むにあたり邪魔になる訳でなし。
別によくね?」
「え?」
…何言ってるの、彼女達は??
普通助けるよね?
「貴女達スチュワートが心配じゃないの?」
「ん?心配だよ?」
「ええ、とっても」
にこにこと言ってるその顔からは心配なんてもの読み取れない。
「貴女達スチュワートが好きなのでしょ?」
「ええ、大好きよ?」
「ああ、好きだよ?」
ニヤニヤ言ってくる。
「好きな人は助けない?」
「あんたは?」
「え?」
「貴女はどうするの?」
クスクス言いながらマリーが言う。
「助けるわよ!」
「スチュワートが好きなのかぁ??」
ヘラヘラ笑いながらエリーが言う。
…ってすきぃぃい!?
「お!お嬢ちゃん顔が赤くなったぁ」
「賭けは俺の勝ちかぁ?」
「まだまだわからないわよぅ」
「なあ、助けるなら…」
「助けない!!」
『え!?』
私の言葉に三人が固まる。
「考えたら助ける理由がない!」
「え、でも…」
「道もわかるし!」
「いや、でも…」
「助けた方が…」
「この程度で死ぬなら私の執事失格!」
きっぱりはっきり言い切った私を尻目に三人が固まり何やらひそひそ言う。
「お前らやりすぎだって!」
「だってぇ」
「そうしろって…」
彼らを無視して私は缶詰を掻きこむようにして食べる。
案外食べれるものだ。
「さあ!いくわよ!」
私は前方を指差して意気揚々と歩き出したのだった。




