マジックアイテムは高い
少し歩けば旅の目的地でもある鉱山に到着した。
かつて王都屈指のオリハルコン採掘鉱山であったこの山の現在は主に犯罪者の強制労働場所となっていた。
彼らは一週間分の食料と水を渡され採掘場に放り込まれる。
一週間後戻ってきたらまた食料と水を渡して放り込む。
これを永遠死ぬか怪我するか刑期が終わるかするまで繰り返す。
戻って来ないものは死んだとみなして家族がいるとわかっているものには連絡がいくがそうでないものは記録表の名前が二重線で消されて終わりとなる。
しかし、その鉱山に入るものは何も犯罪者だけではない。
犯罪者が大半を占めてはいるが、中には真っ当な…或いは真っ当に近しい人間もそこに向かう。
まずは冒険者。
ギルドから禁止令が出てはいるがもしかしたらオリハルコンが出るかもしれないという期待感から伯爵の許可を取りギルドを通さず鉱山内部へと侵入するものがいる。
ギルドの禁止令を無視している時点で冒険者としてはならず者扱いの存在ではあるが中には食い詰めて仕方なくなんて者もいる。
彼らはオリハルコンが採掘出来たらかなりの金を約束されて自分の命を賭けて採掘に向かうのだ。
続いて坑夫。
彼らはかつてこの鉱山でオリハルコン採掘に従事していた働き手だ。
彼らはオリハルコンが出なくなった時点で廃業となり新たなる仕事を見つけなくてはならなかった。
しかし、彼らにはそれができなかった。
この伯爵領地では彼らの働きで潤っていた。
領地収入の実に九割が彼らの齎らすオリハルコンから生み出されており、当然それに見合うだけの給与を与えられていたし、領地での彼らの立場はかなり上に位置していた。
領地限定の英雄とも言えた存在がオリハルコンが出なくなったので廃業なんて格好のつかないことはできなかった。
彼らからしてみれば今更安月給の雑務と馬鹿にしていた坑夫以外の仕事になどプライドが邪魔して出来なかったし、英雄と持ち上げられた人間は風向きが変わると真っ先に貶められる運命にもあった。
オリハルコンが採れなくなった時、真っ先に槍玉に挙げられたのは彼らだった。
オリハルコンが採れなくなった責任…そんなものあるはずがないのに…を取れと迫られた彼らはかつての栄誉を再び手中に収めんと未だ鉱山から離れる事ができなかったのだ。
彼らは蓄えや借金を重ねて今も鉱山に入っている。
そんな訳で案外鉱山近辺は賑わっていた。
もっと閑散としているかと思ったわ…。
「なまじ未発掘領域があるのが人間の欲望を掻き立てるんだろ。」
「成る程ね…。」
私は伯爵の許可を取っているし、その連れであるロバートも簡単に入山出来る。
私はそう思っていた。
鉱山には複数の採掘跡があるが、未発掘領域は地下にある為地下に最も近い通称『一の穴』からの入山が一般的である。
そこに大半の人が集まり受付を通って入山していく。
受付はザルのようで流れる人が止まることはない。
だから私達も通れると思った。
しかし。
「失礼ですが、初顔ですね?許可書はお持ちで?」
「…あ。」
「あってあんた…」
「あるにはあるわ。」
伯爵から発行して貰っていたから。
ただ、それを保管管理していたのは他ならぬ…
「お嬢様!」
今しがた聞こえた声の主であるスチュワートであった。
ただそれだけである。
声の方を振り向けば相変わらず美人二人を侍らせているだらしのないスチュワートがいた。
普段通り無表情なのだけど、どことなく浮かれているような気がする。
私は自然と笑みがこぼれた。
「ひっ!?」
ロバートが小さく悲鳴を上げる。
「やはり、こちらに向かわれましたか!
お待ちしておりました。許可書はこちらにございます。
さあ、私どもと参りましょう。」
「…ん?ちょっと待って?」
「何か?」
「何か?じゃないわよ!私どもって何!?
どもってどういうこと!?」
私のイラつきに拍車をかけるようにスチュワートのハーレム要員二人が前に一歩出てくる。
「も、ち、ろ、ん!私達も一緒にいくのよ〜」
「なんで!?」
「元々その予定でここには来てたし?」
「それにかれこれ十五年ぶりの再会だぜ!?
これは一緒に冒険しよっていう神様の思し召しだと思うんだ!」
「私はお断り申し上げたのですが…話を聞いて、いた方がお嬢様の安全に繋がると判断し独断で連れて参りました。」
「へーーーー。ふーーーん。そーーー」
本当に私の安全の為なのか?
怪しいものだ。
「彼らは私と別れてから十五年でAランクにまで上り詰めた冒険者です。
実力ならば私に匹敵…いや、私は腕が鈍っているぶん彼女達の方が強いでしょう。」
「…腕が鈍ってアレなんだ…」
ロバートがぼそりと呟く。
言いたい事はわかる。対グリフォン戦の有様は私の心にもしっかりと刻み込まれているから。
「さらに、彼女達は定期的に伯爵に懇願されてこの鉱山に入山しているとの事。
目的はオリハルコンの採取、内部にいるモンスター討伐それに付随して人命救助も行っているようです。」
「…ってかさ?」
エリーがロバートに近づく。
そして顔を近づけじーーーっと睨む。
「な、なんだよ?」
「あんた、この間ここで死にかけた犯罪者じゃね?」
「あ!?」
「結構奥まで入った腕利きの犯罪者がいたけどそれあんただろ。」
「あ…多分?」
「お前、俺らが地上まで運んでやったから生きてるんだからな!感謝しやがれ!」
べしべしとロバートの肩を叩きガハハと下品に笑う。
変なところで繋がってるなぁ…。
ロバートは俯き加減で頭を搔く。
「と、言うわけで彼女達は内部に詳しくまた実力も充分。
連れていくのに支障は特にないかと。」
「本当にそれだけ?」
ジト目でスチュワートを見る。
無表情からはその真意は読み取れない。
しかし、私にはわかる。
普段、我儘なご令嬢に振り回され、時に鞭打ちまでされている男がひょんなことから既知の間柄である美人と再会した。
その美人はかつてと変わらぬ態度で接してくる。
それはささくれ立つ心に癒しを与えるわけだ。
その癒しを手放せるのか?否!!
スチュワートの本音は彼女達と行動したい、それだけなのだ!!
ふふん、私はお見通しなのだよ!スチュワート!
その証拠に狼狽しているではないか!!
マリエリはスチュワートに絡みついて離れない。
「それだけ…とは…」
スチュワートが何か言おうとするが被せるようにマリーが話す。
あ、スチュワートを庇いますか、そうですか。
「いいでしょ?どうせ私達も中に用事があるのだし?」
「それともなにかぁ?俺達が一緒だと困る理由でもあんのかぁ?」
エリーのせせら笑いとともに紡がれた言葉に頭が一瞬で沸騰する。
「そんなものないわよ!」
「なら、ご一緒してもいいわねぇ?」
「勝手になさいな!」
ふんっとそっぽを向く。
あー、あの二人を見ていると物凄くイラつく。
アリスに関わるのと匹敵するイラつきだ。
「すみません、これが許可書です。」
受付の流れを堰き止めていた私達だがスチュワートによる許可書の提示でようやく入山出来たのだった。
鉱山内部は確かにひんやりとしていたが思っていた程の寒さはなかった。
それに確かに入り組んではいるが入ってはいけない道穴はロープで塞がれていて実質一本道である。
それどころか、道は綺麗に整備されており一定の間隔でランプが点灯しており足元にも支障はない。
「…なんだ…全然平気じゃない…」
私は思わず言葉を零す。
『ぷ』
途端、マリエリの失笑が耳に届いた。
じろりと睨めば怖いぃとかいいながらスチュワートにしがみつく。
スチュワートの心は彼女達の手により癒されていくのかもしれないが、私の心はそのぶんささくれ立つ。
「ごめんなさぁい。ただ、何も知らなくってつい笑っちゃたぁ。」
「悪気はねぇんだ!わりぃな!」
「ふん!」
「怒っちゃダメ!おねぇさんが教えてあげるから、ね?」
と、いいながらもスチュワートからは一ミリたりとて離れない。
「ここはオリハルコン鉱山の地下までの道のりにすぎない場所よ。」
「?」
「オリハルコンが採れてた時代から使われていた道だから整備も整っているってだけだ。
俺達はこの道が途切れた先にある未発掘領域に用があるんだ。」
成る程。
ここは単なる通り道にすぎないと。
「元々オリハルコンが採れていた場所でありモンスターの出現もない安全地帯です。」
スチュワートが補足する。
「…未発掘領域である地下にはモンスターがいるのに地上にあたるここにはいない…。
それも理ってやつ?」
「まさしく。
この鉱山の地下に棲むモンスターは地上に出ることはできないという理に縛られて生きているようです。」
本当にその理とかいう奴は意味不明だが、それに救われる部分は大きい。
とりあえず今はモンスターに襲われることはないのだから。
「だけど、地下に入ったら油断大敵よ?
モンスターは次から次に襲ってくるんだから。」
マリーがぴっと人差し指をたてて忠告してくる。
わかってますよーーだ。
「未発掘領域が発見されてから数多の冒険者、犯罪者、坑夫が協力しあって道は切り開いた。
しかし、あと一歩のところで採掘が出来てねぇ。」
「それって俺が出くわしたモンスターのせいか?」
「あはっ、貴方アレに出会って死にかけてたの?」
「お前ら俺を助けた時に見たんじゃねぇのか?」
「いいえ、貴方が倒れていたところにモンスターはいなかったわ。
ただ腕と足を失った貴方が転がっていただけ。」
「そうなのか…あれはなんだったんだ?」
「私達は出会った事がないから詳しくはわからないの」
「だけど、アレと出くわして生きてるのは奇跡だぜ!
アレの情報が少ないのは出会った奴らが悉く死んでるからだからな!」
「まじか…」
本当、なんでロバートは生き残ったのか。
悪運も極めりゃ最強ということか。
「なんか覚えていることはねぇのかよ?」
「女型のモンスターって事しか覚えてねぇ。」
「使えねぇ」
エリーが悪態をつく。
「お嬢様、お寒くありませんか」
スチュワートが私に声をかけてくるが無視する。
「私は寒い〜。あっためて?」
くねっとスチュワートにひっつくマリー。
そりゃその薄着なら寒いよ。
だってイブニングドレスだぜ?
しかも太ももまでがっつりスリットが入っていて歩くたびにそこが露わになる。
下着が見えそうで他人事ながらすごく気になる。
そんな格好なのだ、寒くて当たり前だしパーティーにでもいくのかよって突っ込みたい。
まあ、パーティーにはあの白銀の杖は不要だけれど。
彼女の持つ杖は無骨な杖ではない。
妖艶な女性が持つに相応しいデザイン性に優れたマリーとほぼ同じ高さの杖であった。
…いや、杖と称したがもしかしたら杖ではないのもしれない。
しかし、他になんと呼べばいいのか武器に疎い私にはわからない。
「俺もさみぃー」
エリーもスチュワートにひっつく。
なら着ろよ。
ビキニアーマーを着た露出狂は何か上に着れば問題は解決する。
スチュワートにひっつく意味がわからない。
そして、スチュワート!
何故、振りほどかない!!?
それが一番解せぬわっ!
「お嬢ちゃん、コメカミ!ピクピクしてる」
ロバートが隣で視線を逸らしながらも指摘してくる。
ああ、つい体に力が…。
うふっ!私としたことがくだらないことにイラついてしまったわぁ…!
「お二人とも何か上に羽織ればよろしいのでは?」
とりあえず、流れとはいえ共に進む間柄。
コミュニケーションは取らねば。
うんうん、私は大人。大人になるのよ!リナ!
「上着?ダサいじゃない。それより好きな人にあっためて貰うのが最高なのよ。」
「お嬢ちゃんにはまだ早かったかなぁーー?」
「お嬢ちゃん!落ち着け!!」
後ろから私を羽交い締めにしておしとどめようとするロバート。
はっ!?私は今、走り込んで何をしようとした!?
「そんな力拳握って何を殴りつけるつもりだ!」
利き手ががっちり握り込まれていた。
わ、私は今、我を忘れて彼女達を殴りつけに行こうとした…!?
……あ。これ、この感覚。アレに似ている。
それに思い当たりぞっとする。
冗談じゃない、ようやく『他人に興味を持たない』という形でアレから逃れたのにまたアレに飲み込まれるなんて御免被る。
落ち着け、落ち着け、落ち着くんだ。
もう彼女達を視界に入れない。
言葉も聞かない。でないとアレに飲まれる。
頭のスイッチを切り替えるべきだ。
私は他人に興味がない。
そこに例外はない。例外など作らない。
…作ってたまるか。
私が三人を心から切り離した頃。
地下へと続く階段が姿を現した。
「こっから先は地下だ。モンスターは多いし、闇は地下に進めば進む程深く濃くなっていき、最後は明かりが飲まれるほどの闇に包まれた世界になる。」
「足元はここみたく舗装されてないしぃ、地味に下り坂になってるの。
進めば進む程地下に潜る形になるからね?」
「道も今までみたく一本道じゃねえ。
先陣隊が切り開いた道は何百とあるが、一番奥まで通ってるのは一本。
地上と違って関係ない道にバリケードなんてないから、間違えたら最後出られなくなると思えよ?」
「お嬢様、足元が悪くなっております。お手を…」
言ってスチュワートは私に手を伸ばすがその手をマリーが容赦なく掴む。
「うふ。スチュワートありがとう。助かるわぁ。」
言って彼女は私に微笑みかけた。
それを私は無心の境地で見る。
私の心からこの三人を切り離した今、どうでもよくなったわ。
「貴方ではなく….」
「お嬢様は大丈夫そうだぜぇ?」
ええ、私にはロバートがいますから?
ロバートが私をエスコートしてくれるからこんな階段でつまづいたりしませんよ。
スチュワートの顔は見ないでロバートだけを見る。
ロバートの青ざめた顔は気にしない。
私達は一歩一歩階段を下り、下りきったところで一定間隔で吊るされていたランプはなくなり、話に聞いていた通り闇が広がっていた。
私は鞄につけていたランプに火を灯す。
ロバートも同じく火を灯した。
スチュワートも私達が持つランプより一回り大きく明るいランプを片手に持って道を照らす。
…まて。
そのランプどこから出した?
彼はいつもの執事服。
鞄も何も持っていない手ぶらだ。
よくよく見ればマリエリも荷物らしい荷物は持ってない。
なのにそれはどこから出した?
「あはん、お嬢ちゃんはダサいバックがお好みのようだから知らないのかしらん?」
不思議そうに見ていたのに気づいたのかマリーが声をかけてくる。
「マジックアイテムだよ!」
言ってエリーはスチュワートのズボンの後ろポケットから小さな皮袋を取り出す。
……………………貴方どこ触ってるの…。
そう言葉に出そうになったが普通に尻だと返してきそうなので口を噤む。
「この中に必要なもの全てが入っているのよ〜!
だ、か、ら、貴女みたいにダサダサな鞄なんて必要なぁい」
クスクスと小馬鹿にして笑ってくる。
方や洗練されたお洒落?女性。方や重たい荷物を持ち運ぶダサい女。
…スチュワートがどちらと一緒にいたいかなんて答えはわかりきってるな…。
「ロバート…念のため聞くけどマジックアイテムの存在は知ってた?」
「知ってたけど予算オーバーでした。」
「…そう…」
マジックアイテムって高いのねぇ…。
私は冷たく冷えた目で三人の背中を見つめ、疲れ切ったため息を吐き出したのだった。




