気球大会
ノース地方都市
王都南門を出てデビの森を抜けて最初に達する地方都市。
王都に比べれば規模は小さいが物価は安い。
治安が悪いが人情味の溢れた町でもある。
そんな町が三年に一度の気球大会を数時間後に控えて普段以上に賑わいを見せていた。
空には空砲が打ち上げられ、花飾りが道行く人々に配られる。
屋台が無数に出ており私にとっては全てが珍しかった。
「ねえ、アレ何?」
「あれは牛肉の串焼きですね。タレと塩を選べるみたいですよ。」
「あんた、これ知らねぇの?」
「有名なの?」
「屋台といえばこれだろう。」
言ってロバートが串焼きを買おうとする。
しかし、拒否される。
「っち!」
「舌打ちされてもあんたには売れねぇよ。
男爵様からの命令だな。」
「おい!」
後ろにいた私に話しかける。
「これ食いたきゃあんたが自分で買いな!」
別に食べたかった訳ではない。
屋台の食事なんて不衛生じゃないか。
しかし、売れないと言われると欲しくなる。
我ながら天邪鬼だ。
私はひらっと御者台から降りて屋台の前まで行く。
「失礼しますわ、そちら売って頂けないかしら?」
「あんたは?」
「彼のスポンサー候補ですの。」
「候補?」
「ワトソン伯爵領まで一日で行けばスポンサーとして全面協力を約束しましたの。」
「あんた、こいつが男爵様から睨まれてるって知らないのか?」
「知ってますわ。それでもワトソン伯爵領まで一日というのは魅力的と判断しました。」
「ここらじゃ、あの男爵様を殴ったこいつに物を売ったり買い取ったりするものはいねぇぞ。
大会にだってでれねぇ。」
「彼を大会に出すまでは私の仕事ですわ。
どこの男爵だか知りませんが、問題ありません。」
「相手はベルガーネット男爵様だぞ?」
…。
おい、なんの冗談だ。
私の顔はひきつる。
「おい、小娘まさか怖気付いたか?」
ロバートが話しかけてくるが、怖気付くとかつかないとかの問題ではない。
何故、王都から遠く離れたこの地でアリスの父親と一戦交えなくてはならないのか。
自分の運のなさを呪う。
「ほら、嬢ちゃん、今なら見なかった事にしてやるからこの男には関わっちゃならない」
「ーーーおい!」
少し焦ったような声をロバートは出す。
しかし、たとえベルガーネット男爵と関わることになろうとも、もう後には引けない。
「…彼のスポンサーは男爵より格上貴族ですわ。」
「この辺りじゃ伯爵様だって男爵様には頭があがらねぇぞ?
ワトソン伯爵様だって男爵様のお陰でこの大会に一枚噛ませて貰っているんだからな。」
大会や祭りというのは金が動く。
人が集まれば集まる程物流の流れが早くなり落とされる金が増える。
税収という領地経営の基本収入が見込めないワトソン伯爵領ではこの金は貴重なのだろう。
なるほど、ワトソン伯爵は現状男爵に頭が上がらないのだろう。
彼に金が入れば関係は爵位順に是正されるだろうが。
「…彼のスポンサーは公爵家ですのよ?」
そう言った途端水を打ったように静かになった。
時が止まったかのようだった。
祭りで騒がしい周囲が本当に静かになった。
「こ…公爵家…?冗談だろ?」
「あちらの馬車の家紋、公爵家家紋ドラゴンなのはお分かり?」
私は振り返り馬車を指差す。
かなりデフォルメされているがそれはドラゴン。
平民のように教育が行き届いていない者でも常識として知ってる家紋が二つある。
ひとつが王家の王冠と錫杖の家紋。
そしてもう一つが我がミハルバーの家紋。
かなりデフォルメされているので、よくよく見ないとわからないがドラゴンだと認識してしまえばドラゴンにしか見えない。
英雄の家紋は王家に次いで有名なのだ。
そして、それを見れば彼らは誰を敵に回したのかわかるだろう。
いかに地方で幅をきかせている男爵といえども公爵家には敵わない。
頭の悪い平民でも公爵家と男爵家では公爵家の方が偉いくらいは分かる。
「…ところでそれ、売ってもらえます?」
「は、はい!!!」
そして彼らに公爵家を敵に回す勇気はなかった。
「あんた…公爵家のお嬢様だったのか….?」
「この馬車の中にいる貴人が公爵家の人間なのよ。」
「………まあ、そういう事にしておいてやろう。」
…変身魔法意味ないなぁ。
最近使う意味がなくなってきたわぁ。
私は小さくため息をつく。
ふと小動物と目が合ったのだがふいっとそっぽを向かれてしまった。
怯えているのか、本当にお兄様にそっくりだ。
「大会にエントリーする為、中央広場に行くぞ!」
ロバートに続いて私達は中央広場に向かった。
圧巻。
その言葉の意味を知る。
広大な敷地に集まる『気球』というもの。
まず、想像していたよりも大きかった。
そして大会参加者は私が思ったいたよりも遥かに多かった。
私達も金貨を支払い大会にエントリーした後、気球を他の参加者に倣い気球の準備をする。
彼の馬車に気球が積んであったようでテオと二人で組立はじめる。
それでもかなりの時間がかかりそうではあった。
「大会開始までに間に合うの?」
「ギリギリだな。」
「お嬢様、気球でワトソン伯爵領に向かうとなると馬車を置いて行かざるを得ません。
馬車を長期置ける場所を探して参りますので、暫くここでお待ちください。」
「わかったわ」
スチュワートは馬車を操り私達から離れる。
そうなると暇なのは私だけ。
あまりうろうろすると絶対邪魔になるだろうから、草原の上にハンカチを敷いてロバート達を見る。
「お前は!ロバート!」
「貴様!どうやって大会にエントリーを!?」
誰だか知らないが身なりのいい男二人がロバートに絡む。
「スポンサーを得たに決まってるだろう?
なんだぁ?前みたいに俺様に潰されてぇのか?」
ゲスな笑みを浮かべるロバート。
かたや身なりのいい男二人組。かたや明らかに堅気ではないならず者の見本のような男。
ぱっと見はどーみてもロバートが悪党である。
「あれがロバート!」
「三年前に優勝したが男爵様を殴ったんだよな!」
「あいつは大会から追放されたんじゃねぇのか!?」
周りからひそひそと声がする。
それに気づいたロバートが舌打ちをした。
「どうやってスポンサーを得たのかは知りませんが…!
この大会に出るということは…三年前の雪辱を晴らせるということですね!」
「ああ?雪辱?俺様がぶっちぎりで一位だったのにまるで惜しかったみたいに言うなぁ」
「あの時は貴方に追い風が吹いて気球が早く飛んだにすぎません!
そういうラッキーは二度三度とは起きないんですよ!」
「ばーーか、あの風はあのタイミングで吹くってわかっていたから乗ったに決まってるだろうがよ?」
「嘘をつくな!」
「今年こそ俺達が優勝してやる!」
「負け犬が吠えてなぁーーー!」
身なりのいい男二人組とロバートはしばし睨み合いふんっとそっぽを向いて行ってしまった。
「けけけ。楽しくなってきたぁーーー!」
ロバートが心底楽しげな笑いをあげているとスチュワートが帰ってくる。
「ただいま戻りました。何かトラブルはありましたか?」
「特に何も?」
「それはよかったです。準備の方は?」
「もう間も無くだ。」
言われてそちらを見ればゴンドラをつけた気球が今にも空を飛び立ちそうに上を向いていた。
「これが気球…。」
「このゴンドラの中に乗って速さを競う!」
ロバートは自慢げに言い、小動物は気球の微調整をしていた。
『さーーて、大会出場者の皆様!準備はいかがでしょうか!?』
会場全体に響く声。
魔法で響かせているようだ。
『準備が整い次第ゴンドラの中にお入りください!
空砲が鳴りましたら気球を止めている綱を切って競技開始です!!』
「よし!お前ら乗れ!」
私達はひらりとゴンドラの中に乗る。
大抵は二人組でゴンドラに乗るようだが、人数制限があるわけではないようで私達のように大人数で乗るところもある。
「ロバート!」
声がかかりそちらを見れば先程の身なりのいい男二人組。
「重たそうだな!」
「抜かせ!ハンデだハンデ!!」
「それで負けても文句を言うなよ!?」
「貴様らこそ、この俺様を熱くさせるような戦いぶりを見せてみろ!!」
ガハハとロバートは笑う。
重たそうとは私達のことか。
人数が増えればそのぶんスピードが落ちる。
つまりはそういうことか。
「大丈夫なの?」
「問題ねぇな!!ワトソン伯爵領までひとっ飛びだ!」
「…」
そんなロバートを小動物は無言で見つめていた。
『それでは、空砲いきますよ!』
皆が空を見上げる。
五、四、三、二、一、点火!』
空砲があがり音と煙を空に撒き散らす。
「テオ!綱を切れ!」
ロバートの号令でテオは綱を切った。
途端、ふわりとゴンドラが浮き上がり思った以上の速さで空へと向かう。
私達だけではない。
ここに集まる百を超える気球全てが空に舞い上がったのだった!!




