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英雄とは人知れず国を守るもの

朝、何かが髪に触れる感触がして目を覚ました。

『!』

目覚めた瞳に飛び込んできたのは予想以上に近くにいたスチュワート。

彼が私のほつれた髪を耳にかけていたのだ。

スチュワートもまさか私が目を覚ますとは思っていなかったのか驚いていた。

しかし、昨日のように表情には出ない。

通常通りのスチュワートだった。

「おはようございます、お嬢様。」

「….おはよう。私、寝てた?」

「はい、申し訳ありません、本来でしたらお嬢様がベッドを使うべきところ…」

「いいのよ、勝手に寝入ったのは私なのだから。」

言って椅子から立ち上がり伸びをする。

うーん、寝たけど疲れはあまりとれてない。

「よ、目が覚めたかい?」

医師が盆に食べ物を盛ってやってきた。

あー、昨日は夕飯食べ損ねたから、お腹すいてるんだよね!

私は盆を受け取る。

果物とパンがそこにはあった。

私には物足りないが、スチュワートには丁度いいかもしれない。

「ほら、あんたはこっちの薬湯を念の為飲んどきな。

もう口移しはごめんだぞ。」

「私もごめんです。」

スチュワートは即答して薬湯を自身の手で飲み干す。

互いに忘れたい悪夢なのかもしれない。

「もう出るのか?」

「当たり前です。食べ終わり次第出発します。」

「あの騎士は?」

「置いていきます。」

「即答かよ。あいつ、ついていく気満々だぞ?」

「お嬢様、お急ぎください。」

「え?」

スチュワートはパンに果物を挟んで潰して飲み込むという荒技を披露したが私には無理だから!

そしてやはり私が食べ終わるより早く騎士が片手に兜を抱えて武装した状態で現れる。

「リズさん!いつ頃出ます?」

屈託無い笑顔を見せてくるが、こいつ昨日私が蚯蚓の囮にした事を忘れたのか?

私なら好きな人にあんな事されたら千年の恋心も冷めるのだが。

「間も無く出ますが、貴方には関係ない話。」

スチュワートが立ち上がり私の前に立ちはだかる。

途端ナグの表情から笑顔が抜け落ちる。

「関係ない?私も共に行きますが?」

「貴方がここにいるのは私の代用品としての価値があっただけ。

私が回復した今貴方は不要です。」

「…なあ、あんたの従者怖くね?」

ひそひそと医師が耳打ちしてくる。

私はこくこくと頷く。

私と医師はなんとなく身を寄せあい事の成り行きを見守る。

「は?そんなの関係ないな。

私は痺蝶の件を伝えに各休憩所と野営地をまわる必要があるんだ。

リズさんと行動は騎士としての任務にご令嬢の護衛を兼ねているんだ。

あんたの代用品なんかじゃねーよ。」

「それがそもそも意味不明です。

もし各休憩所野営地に事の次第を伝えると言うならば王都に戻るべきだったのです。

王都に行けば各地に情報を伝える事ができるマジックアイテムがあるはず。

それを使えばよかったでしょう。」

え?

そんなもんがあったの?

ナグは舌打ちした。

知ってて私についてきたのか。

つくづく物好きな男である。

「まあ、ここは折り返し地点。マジックアイテムは森を出た先の街にもありますし、仲間が既に王都に事態報告を終えている頃でしょう。

これで心置きなくリズさんの護衛につけるというものです。」

「護衛なら私がいます。

さらにはお嬢様は腕利きの魔法使い。貴方は不要です。」

ばっさりとスチュワートはナグを切り捨てた。

「…!」

ナグは悔しげな顔をする。

「さ、お嬢様。」

「はい!」

私は自然と背筋が伸びる。

「そこの熊から離れて行きますよ?」

「は、はい!」

言い知れぬオーラを感じとり本能のままスチュワートに従う。

「熊って…」

医師の呟きを背に私達は治療所を後にしたのだった。



出発の際、白ローブを羽織ろうかと思ったがあまりに泥だらけで断念する。

スチュワートに見せたら預かってくれた。

だから私はワンピースにカーディガンとお忍び令嬢そのものな格好で御者台に乗る。

その横にスチュワート。

うん、しっくりくる。

私は雨があがり晴天となった空を見上げて満足げに微笑む。

「では、行きましょう。」

先急ぐようにスチュワートは手綱を操り休憩所を後にした。


「急ぎましょう」

休憩所を出て半刻、不意にスチュワートが言った。

「まあ、確かに予定より工程は遅れているけど、そこまで目の色変えて急ぐほどでは…」

「…余計な犬は振り切るに限ります。」

「え?」

後方で馬の蹄の音がした。

「っち!」

スチュワートが無表情ながら舌打ちした。

「ん?」

私は後ろを振り向いた。

遠くで馬が一頭駆けてくる。

手をかざして見てみれば。

「リーーーズさーーーん!」

手を振りながらやってくるナグ!

「ええ!?」

私は驚きの声をあげる。

「走ります。おつかまりください。」

「え?はぁ!?」

スチュワートが手綱を振った。

馬車が駆ける。

私は慌ててつかまるが前のめりになる。

ちょ、危な!

しかし、距離が離れているとはいえ、馬車と騎馬なら当たり前のように騎馬の方が早い。

あっという間に追いつかれた!!

「リズさん!私も行きますよ!」

馬車に並走しながらナグは言う。

「結構です。貴方はどうぞ騎士としての職務を全うしてください」

「休暇願を出して受理され今はプライベートです。」

言われてみれば彼はシャツ一枚に皮ズボンそこに剣を吊るしただけのラフな格好であった。

「迷惑です」

「関係ありませんね、私がいく方向が貴方方と同じなだけなので。」

「お嬢様目当てでこちらに走ってきた薄汚い羽虫がくだらない言い訳を。」

「はっ!ところで従者如きがリズさんの隣に座るとか職権乱用じゃね?」

「お嬢様がお許しになっているのですよ。」

「その割には拒否並びに抵抗はしてなかったよな?」

「お嬢様の命令は絶対です。」

「それにかこつけて職権乱用?笑えねぇ。」

「貴方段々口調が砕けてきましたよ?」

「あんたに丁寧に喋る必要ねぇからな。」

「お嬢様は汚い言葉を嫌うんですよ。

もう話すのやめて貰えますか?お嬢様の耳が穢れます。」

「あんた…」

「沈黙!」

私は二人の間に挟まれての言葉の応酬に嫌気がさしてナグに沈黙の魔法をかける。

途端口をパクパクさせるナグ。

「ああ、よかったですね、お嬢様から直接魔法をかけてもらえるなんて最高のご褒美ですよ。

それを受け取ったのですから、そのままお帰りください。

願わくば二度と出会わない事を切に祈ります。」

スチュワートは手綱を操り馬車の速度をさらにあげナグを引き離しにかかる。

しかし、ナグも負けない。

ちゃんと食らいついてくる。

「お嬢様、野良犬に餌をやると面倒なので今後はなさらぬように。」

「…はい…」

私は大人しく頭を下げる。

ああ、いえない。

スチュワートがいなかった時に口説かれて中々気分がよかったなど絶対に言えない。

私は後方を走るナグをちらっと見たのだった。


馬車を走らせたおかげが思っていたより早く二日目の野営地に到着する。

工程が順調なら昨晩はここに泊まっていた。

「ここで、軽く休憩したら先に進みましょう。

できれば最後の休憩所まで今日中に着きたいです。」

「わかったわ。」

ここでは軽くトイレ休憩のみとなり宿泊を伴わないと言う事で格安で入場する。

きっちりナグもついてきた。根性がある。

「なあ、話を聞いたんだが、あんたら痺蝶の群れと遭遇したんだって?」

軽い口調で騎士が話しかけてくる。

騎士というだけでスチュワートは睨みをきかせてくるようになった。

余程ナグがお気に召さないようだ。

騎士はおっと怖いぜとへらっとおどける。

「はい、それが?」

「いや、雨が降って助かったんだろ?よかったな!」

「…そうですね。」

一概にそうとは言えなかったがまあ頷いておく。

「しかし、雨が降ってよかったよな!

降らなきゃ痺蝶の群れ王都直撃コースだったんだろ?」

…

私達は思わず顔を見合わせた。

「そうだったのですか?」

「ん?知らなかったのか?」

「ええ。」

「まあ、当事者はそれどころじゃなかったのかもな。

王都が確認した所高確率で雨が降らなきゃ痺蝶の群れは王都直撃だったと結論が出た。

なんか、あの雨白いローブを着た魔法使いがやったんだって?

近々王家から褒賞が出るんじゃないかって噂だぜ?」

「ほうしょー…」

私は呆然と呟く。

いらない。マジいらない。

…まあ、黙っていたら白ローブイコールリナリーバーとはわかるまい。

それにあくまで噂だしね。

「リズさん、すご…ぐはっ!」

ナグの言葉を断ち切るようにスチュワートがナグの足を踏みつけた。

「なあ、あんたら白ローブの魔法使いって見たか?」

「さあ….我々はあまり周りに注意を払ってるなかったもので…」

「そうか。まあ、ここに来る可能性もあるよな!」

「そうですね。」

「あ、王都に戻った際、あと地方でも念の為痺蝶の件は話すなよ?

今回の件は箝口令が敷かれてるからな!」

騎士の言葉に適当に頷き私達はその場を後にした。


その後もナグを引き離したり、ナグが馴れ馴れしくしてくるのをスチュワートが咎めたりしつつ休憩所に到着する。

適当にテントを張ってそこで今夜は就寝。

今日一日平和であった。

モンスターにも出会わずに終わった。

今日一番の事件は痺蝶が私達に出くわさなければ王都直撃だったことだろうか。

となると、見方によっては私は王都を救った英雄か。

「勘弁してくれ。」

私は頭を抱える。

そんな事知らない。

私は自分に降りかかった火の粉を払っただけだ。

王都なんて知らないし…。

単なる偶然で褒賞とか言われても困る。

いや、正式に言われた訳ではないし関係ないか。

幸い、箝口令が敷かれているのだ。

つまり黙っていれば褒賞とかスルー出来る!

私はそこに期待することにした。

英雄とは黙って人知れず国を守るというもの、褒賞など求めない….と、格好つけておきましょう。

私は明日に備えて眠る事にしたのだった。




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