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愛情深き母なるディアナよ

薬草採取を終えた私達は転移魔法でさくっと休憩所に戻った。

出現地は詰所。

突然現れた濡れ鼠で泥だらけの私達に詰所にいた騎士達は驚愕する。

「あ!お前達薬草採取組か!」

騎士の一人が事態を把握し声をかけてきた。

私は周囲を見回す。

先程までの命のやり取りが嘘のように平和だ。

今にも倒れこみそうな自分を叱咤し、私は口を開いた。

「医師はどこ?」

「治療所だよ。あんたら…」

「細かいことは騎士から聞いて。じゃ、私は行くから!」

採取した薬草を抱えて私は治療所まで走る。

治療所は近くにあった。

私は布扉を押し開けて中に押し入る。

すぐに目当ての医師をみつけた。

「医者!薬草を持ってきた!」

「お!」

彼はこちらにやってきて私から薬草を受け取った。

「早く!彼に与えて!!」

「まあ待てよ。」

医師は私を片手で制する。

「スチュワートは!?」

「そこで寝てるよ。」

顎で指された方を見ればこんこんと眠るスチュワート。

「熱は熱冷ましの薬湯で抑えているから眠れてはいるが、脈は弱く呼吸も浅い。かなりギリギリだったかもな。」

「間に合った?」

「ああ、間に合ったよ。」

医師は笑って言う。

私はその言葉を聞いてベッドの横にへたり込んでしまった。

医師はそんな私を嘲笑いながら、採ってきた薬草を煎じ始める。

治療所にはたちまち薬草臭さが立ち込める。

すぐに煎じ終わり薬湯をコップに注いで持ってきた。

「ほら、起きて飲め。」

ペシペシも医師はスチュワートの頬を叩く。

スチュワートは上半身を起こすも半覚醒状態だ。

「ほら飲め。」

「………」

ぼーっとしていて反応がない。

珍しいものを見たと目を見張る。

「ほら飲めって。」

んっと渡そうとするがやはり手を出さないスチュワート。

「ダメだこりゃ。」

医師は自身の髪をかきあげる。

「嬢ちゃん」

「なに?」

「お前さんが飲ませてみるか?」

ニヤリと医師が言う。

「貴方がやってもダメなら私がやっても同じでしょ?」

「いやいや特別な方法があるだろ?」

「なにそれ?」

「ふっふっふ…それは!く、ち、う、つ、し!」

己の指を指差しウインクをしてくる。

「ああ、なるほど。」

「………反応薄くね?」

言われて私はにっこり笑った。

「なんでかわかる?」

「…………え?」




「……?….!」

薬湯を飲み、沈んでいたスチュワートの意識が急浮上した。

「うわぁあ!!!!」

スチュワートらしからぬ悲鳴をあげて己の前にいた者を突き飛ばした。

「うわっ!」

突き飛ばされた者は痛みに顔を顰める。

「な、な、な、!?」

スチュワートは混乱しながらも口を手の甲で拭った。

「言っておくが!」

言って突き飛ばされた医師は私を指差した。

「こいつがやれって言ったんだからな!!」

「….え、…はっ!お嬢様!?」

「目が覚めたみたいね」

薬湯を飲んだ途端に効くとは凄い。

「毒消しの薬湯は基本即効性が高いからな。」

医師も口を拭いながら言う。

「スチュワートが薬湯を飲まないから口移ししたのよ。」

いまだ己の身になにが起きたか理解しかねているスチュワートにとどめを刺す。

目に見えてスチュワートは固まった。

「俺はな、お嬢様がやるべきだと思ったんだよ。

ほら、こういうのってお姫様がやるのが、お約束だろ??」

早口で弁明する医師。

「だがな、このお嬢様は!俺に!!やれって言いやがったんだよぉぉぉ!」

後半は泣き言となる。

「医者なんだから体張るのが当然。」

私は肩を竦める。

私が口移しでも別に構わなかったが、スチュワートが可哀想だと思い遠慮した。

じゃあ医師なら可哀想ではなかったかと言われれば首を傾げざるを得ないが。

しかし…

「元気になってよかったぁぁぁ!」

「お、お嬢様!?」

スチュワートの腰元にしがみついてわんわん泣き出した私にスチュワートは困惑する。

「まあ、お嬢様は頑張ったんだよ。」

医師は肩を竦める。

そこに武装解除したナグがやってくる。

スチュワートが強い視線を彼に投げつける。

それに負けずにナグも睨む。

「まあ、あんたが動けない間なにがあったかそこの騎士さんに聞いてみな。」

医師の言葉に騎士は渋々ながらなにがあったか語り始める。

私はそれをスチュワートに抱きつきすんすん鼻を鳴らしながら聞くのだった…。



気づけば夜であった。

野営地ではなかったが今夜はここで一晩過ごすことにする。

私達は治療所の一室にいた。

ここは野営地ではないので、基本夜を過ごす商人等はおらず静かであった。

雨が上がり虫の声が遠くで聞こえる。

この音色もモンスターではなく単なる虫とのこと。

昔虫籠に鳴く虫を飼ってみた事があるがここまで音色に耳を傾け美しいと思った事はない。

スチュワートはベッドで上半身を起こして窓の外を覗く私を見ていた。

「…お嬢様…」

「んー?」

「この度は…申し訳…ありませんでした…」

言って彼はベッドから抜け出して床に両膝をつき頭を床に擦り付ける。

慈悲を乞う姿。

久しぶりに見た気がする。

最後に見たのは溺れる前。

私の鞭打ちに耐えられず慈悲を乞うのにしたきりだった。

「顔をあげなさい」

私は彼に命じる。

瞳は伏したままではあったがスチュワートは頭を上げた。

私はベッドに腰を下ろして足を組む。

「今回、一体何があったのかしら?

どうしてこんな風に寝込んでしまったの?」

「…は。まず、私は最初に痺蝶の群れを発見しました。」

「よくみつけたわね。」

「見えたわけではありません。」

「羽音?」

「いえ、さすがにほぼ無音の蝶の羽ばたきに気づける程耳もよくはありません。」

「…じゃあどうやって…」

「見えたのは鱗粉です。」

鱗粉。金色だから確かに目立つ。

「でも….」

誰も最初は気づかなかったと聞いた。

「ええ、遠目ではあれが鱗粉だとはわかりません。

私も最初は蜉蝣の群れだと思いました。」

「カゲロウ…」

「森に棲む蜉蝣の中には魔力を帯びた変異種がおります。

その魔力の光が朧げに見えた…そう思いました。

しかし、風向きが変わりわかったのです。

体に微弱な痺れを受けてあれが毒の鱗粉だと。」

「他の人は気づかないの?」

「…私は毒に強くなくて…微弱微量の毒にもすぐに反応してしまいます。」

なるほど。その毒耐性のなさが逆に毒を敏感に察知すると。

「すぐに警告を出したのですが、騎士どもを説得している間に鱗粉は移動。」

「移動?」

「風向きが変わり鱗粉がこちらに飛ばされてきた…と思いましたが、蝶自体がこちらに向かって飛んできたのです。

蝶の飛ぶ速度はさして早くありません。

しかし、私が想定していたよりかは早く飛びこちらに向かってきていました。

そして想定を超える群れの巨大さ。

我々はなす術なく群れに飲まれたわけです。」

そして、元々毒に弱いスチュワートは真っ先に行動不能へと陥ったと。

「すぐにお嬢様の元へと向かいたかったのですが、体が動かず…申し訳ありません。」

「それは別に構わないわ。」

貴方が動けないなら私が行けばいいだけだから。

「本来蝶は群れないって聞いたのだけど。」

「はい、事実蝶は群れません。私も初めて見ました。」

「そうなの…」

そんなに珍しいものを見たのか。

「そして彼らは移動していました。」

「そうね、だから私達は巻き込まれた。」

「…何故、蝶はわざわざ群れて移動していたのでしょうか。」

「….さあ?」

スチュワートにわからない事が私にわかるはずもない。

「それに、薬草を採りに行った際の話ですが。」

「何か気になる?」

「はい、巨大蚯蚓の襲撃がありえません。」

「そうなの?」

私は首を傾げる。

…そういえば、白髪混じりの騎士が二度目の襲撃に大層驚いていた。

「巨大蚯蚓はあの巨体に似合わず案外少食。

人間一人を捕らえればまず二度目の襲撃はないのです。」

「でも…」

実際はさらに二度のお代わりがあった。

「ええ、話は聞きました。追加で二人の犠牲者。」

私はその時を思い出す。

「これはモンスターでなくても全ての生物にいえることですが、本来以上に獲物を狩る時の理由は決まっているのですよ。」

「決まっている?」

「ええ。」

スチュワートはこくりと頷き言葉を紡ぐ。

「……飢えている時です。」

「飢えて…?」

「そうです。飢えているから獲物を欲し無茶を承知で襲撃を繰り返すのです。」

私は息を飲んだ。

私達は飢えたモンスターに襲われていたのか。

飢えた獣は生きる為に本来以上の力を発揮する。

勝てたのはやはり神の思し召しか何かだったのだろう。

「何故、巨大蚯蚓は飢えていたのか。そして群れるはずのない痺蝶が想定以上の速度で移動。

ここから私はひとつ仮説を立てました。」

「仮説?」

「…痺蝶は何かから逃げていた。巨大蚯蚓は何かから隠れていた。」

「なにそれ?」

意味がわからない。

「彼らが逃げ隠れしているものが何かはわかりません。

しかし、この仮説をたてると本来出会うはずのモンスターと出会わない説明がついてしまうのです。」

つまり、スチュワートは蝶や蚯蚓だけでなくその他のモンスターも同じく逃げたり隠れたりしていて出会わないと言いたいのだ。

「もし、その仮説が正しかったとしたら森のモンスター全てが畏怖する存在が出現した事になるんですけど?」

「そうなりますね。」

スチュワートは飄々と言う。

私は息を大きく息を吐いた。

「まあ、あくまで仮説、仮定の話。」

私は跪くスチュワートを見る。

「私は基本他人の事などどうでもいいの。

スチュワート、今回は貴方が助かれば後はどうでもよかったの。

私のやるべき事はもう終わった。明日には出発する。

問題はあるかしら?」

「ひとつ」

「なに?」

「あの下賤な騎士です。」

「…ああ…ナグね…」

「ナグ?」

「彼の名前よ。」

「お嬢様があの下賤な輩の名を覚えた?

お嬢様、お戯れが過ぎます。」

そう言われてもねぇ、流れ的に嫌でも覚えたというか…。

私は頬をかく。

スチュワートは瞳をあげて私を真っ直ぐ見つめる。

「お嬢様とあの者とでは身分が違いすぎます。

本来ならば言葉を交わすこともない間柄。」

「まさしくその通り…」

「なのに、名前を覚えられる程親しくなるとはどういう事ですか?」

「いや、薬草採りに行くのについてきて…」

何故だろう、後半言葉にならない。

スチュワートが怖い…。

私は半笑いする。

「ま、まあ、とりあえず事態解決した訳だし、明日には通常通りって事で。」

「当然です、あの騎士は捨て置いて先へと進みましょう。」

「じゃあ!」

私はスチュワートの腕を引き立たせる。

そして、ベッドに押し倒す。

「お、お嬢様!?」

「明日に備えて寝ましょう!毒が抜けたばかりでまだ本調子じゃないでしょ?」

「え、いや…!?」

「その表情!」

私はビシッと指を突きつける。

「……表情?」

「貴方は具合が悪くなると表情が出る。」

「!」

スチュワートは驚愕の表情を浮かべ…ようとしてすぐに無表情を作る。

…無表情って作れるんだ…。

「そして、本調子なら私如きに押し倒されるなんて事ありえない。」

「いえ、それはないかと。」

何故か頬を赤らめ即答してくる。

「頬も赤いし、また熱が出てるのかも?」

こつん

おでこをスチュワートのおでこに重ねて熱を確認。

熱は無さそうなんだけど…スチュワートは頭から湯気が出てる…?

「…早めに休んだ方がいいと思うよ?」

「……はい」

こうして、スチュワートを寝かしつけ、横に椅子をもってきて座る。

しかし、長く寝ていた為かスチュワートは寝付けずにいた。

「眠れない?」

「はい…」

んー

「子守唄でも歌う?」

半ば冗談で言う。

「…お願いしても?」

「!」

私は目を見開く。

言ってなんだが、私は子守唄なんて知らない。

まさか、頼まれるなんて思わなかったのだ。

しかし、言った手前歌えませんとは言えない。

変な所で見栄っ張りなのだ。

何か…ないか?

必死で歌を探す。

…あ、賛美歌?それならリズム的にいける?

「『愛情深き母なるディアナよ 私の罪を赦し給え

愛情深き母なるディアナよ 私の弱さを赦し給え

愛情深き母なるディアナよ 仔たる私は貴女に背かず

愛情深き母なるディアナよ 仔たる私は貴女の導きに全てを委ねる

愛情深き母なるディアナよ 母たる貴女の導きに過ちはなく

愛情深き母なるディアナよ 母たる貴女に全てを委ねる…』」

ここまで歌ってふと気づけばスチュワートは規則正しい寝息をたてていた。

やはりまだ本調子ではなかったか。


愛情深き母なるディアナよ 貴女の指し示す道を違えても

愛情深き母なるディアナよ 貴女の言葉に耳を傾け

愛情深き母なるディアナよ 正しき道へと舞い戻る

愛情深き母なるディアナよ 貴女の言葉にこの身を捧げ

愛情深き母なるディアナよ 仔たる私は数多いる神の中

ただ、過ちなく貴女だけを信じ奉る…


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