金色の雪
ああ、悪い事は出来ないものだな。
私はつくづくそう思った。
もし、あの騎士の誘いを断っていれば外に出れたものを。
私は詰所で考え込む。
詰所が無人ならば問題なかった。
しかし、当たり前だが違う。
詰所にも非戦闘民は存在し、私は彼らの手によってかくまわれていた。
「大丈夫ですよ!ナグさんがささっとやっつけてくれますから!」
そう言うのは女性だった。
この詰所で働いているなら一応は騎士の身分にあるのかもしれないが、武装はしていない。
彼女以外にも数名の女性が口々に私を励ます。
しかし、気になるのはモンスターの事であり、ナグが死のうが勝とうがどうでもいい。
「あの、ここは野営地ですよね?
モンスター除けの魔法が常時発動しているって聞きましたが、本当に出たのですか?」
「それは間違いないよ!」
ふくよかな女性が言う。
「貴女もあの鐘の音を聞いたでしょ?
あれも魔法なのよ。」
「あれも?」
私の問いに彼女達は頷く。
「この野営地には鐘なんてないの。
これはモンスター除けの魔法の仕組みの一つで一定距離モンスターが近づいた時に鳴るのよ。」
「へえ。」
「あの音自体モンスターは嫌うはずだし、ナグ達も向かったし私達女は男の帰りをおとなしく…」
「うわあああ!」
「きゃぁぁ!」
「皆さん!落ち着いて!ハンカチを口元に!」
悲鳴と騎士達の声が外で錯綜する。
私はすぐさま立ち上がり詰所から出た。
詰所の布扉を押し開いた瞬間私は驚き、見惚れてしまった、
ーーー金色の雪が降ってるーーー
そう、思ったならだ。
空から優しく降り注ぐ金色の雪は幻想的であった。
思わず手を伸ばそうとして…
風が一陣吹く。
少し強めの風は詰所の布扉を押し開けて金色の雪を詰所の中に運び私にも降りかかった。
金色の雪は私に触れた瞬間じゅっと音を立てて消えてしまう。
まるで高熱によって一瞬で蒸発する水のようだった。
しかし、それで済んだのは詰所内では私だけである事がすぐに判明する。
「きゃぁぁ!」
「あああ!」
「痺れる!!」
「ゲホッゲホッ!」
ばっと後ろを振り向けば、先程まで私と話してくれていた女性達。
彼女達は苦しげに床に転がっていた。
「!?」
なんだ??この金色の雪が何かしている?
でも私には効かない?
「落ち着いて!吸い込んではダメです!!」
遠くで騎士の声がした。
吸い込んではダメ?この雪のこと?
とりあえず私は布扉を閉めてこれ以上金色の雪が入ってこないようにする。
「苦しっ…」
「かはっ!かはっ!」
「はぁはぁ…」
ほんの一瞬僅かに吸い込んだだけなのに、この有様。
…もしかしてあの金色の雪って毒なのでは?
ふと思い当たり試しに彼女達に毒消しの魔法を使ってみることにする。
「消毒」
彼女達のうち一人に触れて発動してみた。
瞬間、それはやってはいけないことだと理解する。
女性の体が一瞬硬直したかと思うとみるみるうちにどす黒い顔色に変化していく。
喉を手で押さえて足をばたつかせる。
「あ…あ…!かはっ!!」
だならしなく舌を口からだし、涎を口元から垂れ流す。
そして私と目があった。
苦しげなその目は憎しみのこもった目であった。
だが、その力強い瞳はすぐに色を失いそのままとなる。
いつの間にか足はばたつかなくなっていた。
「………あれ、もしかして死んだ?」
私は女性に触れてみる。
まだ暖かさはあるがこれは徐々に冷えていく暖かさだとわかった。
間違いない、死んだ。
…私は毒消しの魔法を使った。
しかし、効かずに…どころか毒性が強まった?
「てか、私、人殺し?」
さすがに嫌な気分である。
だが、これは事故みたいなもんだ。
毒消し魔法を使ったら毒性が強まるなんて知らなかったのだから。
もう一回試しにかけて死んだら人殺しかなとは思うが今回はノーカンってことにしよう。
私の中でそう彼女の死を片付ける。
さして親しいわけでもない、私の中では生きてようが死んでようが大差ない存在で本当によかった。
「…ってか、スチュワート!」
私ははたと気付く。
スチュワートは外で警備中だ!
もしかしたらここで転がっている女性と同じく彼も苦しんでいるかもしれない!
「よかった、スチュワートに毒消し魔法をかけないで。」
そう思えたので、彼女の死は意味があっただろう。
こんなところで騎士の真似事をしている女だ、大した生まれでもあるまい。
そんな女が私の役に立てたのだから、これは名誉ある死である。
私は彼女の目に触れ瞼を閉じた。
私を憎々しげに見ている目が不愉快だったからだ。
「悪いけど見ての通り毒消し魔法は効かないみたいなの。
外には知り合いがいるから私はそっちに行くわね。」
行って彼女達に背を向ける。
ここにいても出来る事は何もない。
私はローブのフードを被り布扉を押し開いて外に出た。
相変わらず、金色の雪は降り注ぎ、それに無力な人は地面に伏して爪をたてる。
辺りに響くうめき声。
それは動ける者への怨嗟にも聞こえる。
私は地面に転がる有象無象を避けてスチュワートを探す。
とりあえず、野営地の外へ向かって…
「リズさん!?」
ふいに少しくぐもった声がした。
声のした方を向けば頭から足の先まで鎧に覆われた男。
…騎士で私の名前を知っているのはあの時の騎士だけだ。
私は足を止める。
彼は鎧を纏っているにも関わらず音もたてず、素早い動きでこちらまで来たかと思うと、怒鳴った。
「なんでこんな所にいるんですか!!危ないでしょ!!
すぐに詰所に戻ってください!!」
「危ないって?何が?」
「見ての通りですよ!」
「私に何か影響を与えている?」
「な…え?」
ようやく、私が無事である事のおかしさに気づいたようだ。
「な、何故?」
「さあ?私もわからないわ。」
私は肩を竦める。
白ローブに当たると金色の雪はじゅっと音をたてて消えていくので、もしかしたらこのローブが役にたっているのかもしれない。
脱いで確認する勇気はないし、この男に伝える必要もないが。
「悪いけど…私は人探ししているから」
その場を去ろうと足を動かすが、彼が待ったをかける。
「待ってください!」
「何よ?」
もしかしたら、スチュワートが地面に伏しているのかもしれないのだ。
こんな男に構ってる暇はない。
「あの、こんな時になんなのですが、リズさんと彼はどういった関係で?」
「はあ?」
私は眉をひそめる。
本当になんでこのタイミングで聞いてくるのか?
恋愛脳って皆こうなのか。
どこぞのバカ王子と男爵令嬢が頭をよぎる。
「どういったって見ての通り主従関係よ。」
「男女の主従が二人旅などするものでしょうか。」
言われてみれば普通はしないかもしれない。
最低でももう一人メイドくらいは連れ歩くものだ。
しかし、私はメイドから嫌われているし、冒険者リズとして活動するつもりだったからスチュワート以外は連れてきていない。
これがはたから見たらどう映るのか。
「…お二人は…駆け落ちの最中だったのでは…」
「違うわぁぁ!」
脳内でお嬢様言葉に直すゆとりもなく突っ込んだ。
「違うから!大体二週間後に帰ると言ったでしょう!」
私はこんな場合ではないのに、全力で否定する。
顔が赤くなるのを自覚する。
おのれ、ヒラ騎士め!
仮にも公爵令嬢たるこの私をここまで熱くさせるとは、中々にやりおる!
「それは本当ですか?信じても?」
「ええ!」
「では、王都で私と改めてお会いしてくださいますか?」
「勿論!」
…はっ!
私は思わず頷いてしまった。
しまった!
鎧の中の彼が笑ったような気がした。
「それは朗報!リズさん、この金の粉が何かわかりません。
従者を探す間、何があるかわかりかねますので、私がその間護衛致します!」
「……そう、ありがとう。」
はっきり言って不要だが、邪魔といってもついてくるだろう。
私は空気がついてくると思う事にして前に進む。
「警備に当たる冒険者は皆野営地の外です。」
「それはわかってる。」
問題は外のどこにいるかだ。
野営地は広い。
外と言われても適当に探していたらいつまでも見つからないだろう。
「野営地から出たらモンスター除けの魔法は一切効いていません。
この金色の粉といい何がでるかわかりかねますので私から離れないようお願いします。」
「わかったわ。」
まさか、こんな夜に野営地の外に出ることになろうとは。
それもこんなヒラ騎士と。
本当、世の中不思議で溢れている。
「でも、ここに来る途中モンスターには会わなかったわ。
もしかしたら何も遭遇することなく会えるかも。」
「この状況下ではそれも見込めないと思われます!
おそらくこの金色の粉もなにがしかのモンスターの仕業と考えるのが妥当です!」
「…言われてみれば、その通りね…」
モンスターに出会わないかも、というより、もう遭遇しているようなものか。
しかし、どこにいるのかわからないので倒しようもない。
「…と、いうか、この雪野営地の外にも降っているのね。」
野営地の外に出ても金色の雪は変わらず降り続けている。
雪はかなり広範囲に金色に降り注いでいた。
本当に広範囲であり、遠く遠くの向こうまで、さんさんと降り続いていた。
野営地の人間を狙って降ったというより偶々巻き込まれたといった感じだ。
「リズさん、本当に大丈夫ですか?」
「見ての通りよ。」
私は肩を竦める。
彼は頭も鎧で覆われているから雪を吸い込む事はない。
とりあえず、私達にはこの雪は無害だ。
野営地の外に出て周りを探すが、皆地面に伏しており話せる状態ではなかった。
「とりあえず、騎士を探しましょう。騎士は任務中はこのようななりですから、粉に対して耐性があります。」
「どこにいるの?」
「今夜は…全部で五人が勤務だったはず…」
「予想以上に少ないわね。」
「モンスター除けの魔法もありますし、冒険者達の援護もありますからね。」
「それに頼りすぎでしょ。」
私は呆れて言う。
モンスター除けの魔法について詳しく知らなかったが今回の件で私は理解した。
モンスター除けとは文字通りモンスターを避けるだけの魔法であり、攻撃まで防ぐものではないということを。
今回のような遠距離広範囲攻撃には脆弱だ。
そのような事を考えていると前から這いずって動く影を見た。
一瞬、冒険者かと思った。
しかし、着ている服があまりにボロボロ。
それに細いし、暗くてよくわからないがやけに肌が茶色い。
「ゴブリン!」
騎士が剣を抜き私の前に躍り出た。
しかし、ゴブリンはただ意味もなく這い回るのみ。
…これって…
「ゴブリンにもこの毒は有効?」
「みたいです…ね。」
私達は顔を見合わせると小さく頷きゴブリンから距離をとって前に進む。
ほっといても死にそうだし、今は急いでいるのだ。
ふと、森の隅、草むらに目をやれば折り重なるようにして重なる小柄の体が見えた気がした。
「リズさん、あちらです、あちらの方角にゴブがいるはずです。
彼に聞けば従者の居場所がわかると思います!」
「了解」
私は頷くと彼についていく。
苦しむ冒険者を無視して進み続ければ声が聞こえた。
「落ち着け!お前は動ける状態じゃない!」
「し…」
それは小さな声であった。
森のざわめきにかき消えてしまう程小さな声。
だけど、私の耳はそんな声でもきちんととらえた。
「スチュワート!」




