美味しいところは食いっぱぐれる感じ?
食事を終えて片付けが終わればする事は何もない。
少なくても私は。
しかし、スチュワートは違う。
彼は執事服から冒険者の装備へと変えて武器を手に取りわざわざ野営地の外へと行ってしまった。
私はテントでお留守番である。
「暇…」
私は時間を持て余していた。
寝るには早いし、何より昼寝をしてしまった。
眠たくなる気配は全くない。
手荷物に暇を潰せるようなものは何も持って来ていない。
こんな事なら本でも持って来ればよかった。
もしくは私も今から野営地の外で警備を…。
いや、やっぱいいや。
疲れるだけだろうし、私がここで野営地をでたら金貨の払い損だ。
貴族の癖にみみっちい事を思う。
結局、ごろごろして眠くなるのを待つしかないわけだ。
暇すぎて溶ける…。
そんな風に溶けかけていると…。
「失礼!こちらに、ご令嬢はいらっしゃいますか?」
知らない声が外から聞こえた。
私はむくりと起き上がり暇が潰れるとワクワクしながら、ローブを羽織りテントの布扉を開いた。
そこには予想通り見知らぬ男が一人。
焦げ茶色の短髪に琥珀色の瞳を持つキリッとした風貌の男だ。
しかし、特筆すべき点はそこではない。
彼の格好にある。
首から下は鎧でかためていた。
この男に見覚えはないが、この鎧は知ってる。
この人、騎士だ。
騎士がなんの用だろう。
「…どちら様?」
「は!私はデビの森守衛六番隊隊員のナグと申します!」
「はあ…。」
びしっと敬礼をする騎士。
格好良く名乗ってはくれたが、ようはヒラ隊員である。
そのヒラがなんの用だ?
「失礼ですが、お名前を伺っても?」
「………リズよ。」
「リズさんですね。私の事はナグとお呼び下さい!」
「はあ。」
呼ぶ予定は特にないのだが。
「それでご用件は?」
「…その前にご一緒していた従者は?」
スチュワートの事を聞いてきた。
なんなのだ、一体。
私は警戒色を強める。
「……彼なら警備中よ。」
「そうでしたか!」
男はほっとしたような笑顔になった。
「それで…?」
「はい!実は私、本日二番勤務となっておりまして、本日の業務は終了しております!」
「はあ。」
それがどうした。
「今はプライベートの時間でして、仕事とは全く関係ありません。」
だからそれがどうした。
「このようななりなのは、場所柄貴女様を含め非戦闘民を護衛する為という事でご容赦願いたい!」
「はあ….。」
別に貴方が鎧を着てようが裸で歩いていようが私は一向に構わないのだが。
「それで、このようななりではありますが、もしリズさんが宜しければ、騎士の詰所にいらっしゃいませんか?」
「…なんで?」
なんの用もないのに、何故詰所。
取り調べ?
いや、特に悪いことはまだしてない。
一瞬、あのお漏らし少女が頭をよぎるが、仕事を終えた騎士が対応するような案件ではないだろう。
「いえ、夜は危険ですし、よければ安全な騎士の詰所にいらしてくれればよいなと思いまして。」
「…?貴方、ここにいる非戦闘民全員に声をかけているの…?」
もしそうならこの男馬鹿だと思う。
違うなら一体何故私を誘うのか。
「いえ、リズさんだけ特別にお誘いしています。」
「なんで私だけ?」
「私、今仕事が終わってプライベートなんですよ。」
それはさっき聞いた。
…?
…
…!
私は最初わからなかったが、少し考えたらわかった。
そして、純粋に驚き、心の中でこの男に喝采する。
この男、この私を口説いてる!!
生まれて初めてだ!
真っ先にそう思った。
口元が自然と笑みを形どる。
好意を寄せられて悪い気がしないから笑みを浮かべた…訳ではない。
全くないとは言わないが。
単にこの男が滑稽だからだ。
この男、自分が口説けば落ちると思ったのだ!
このリナリーバー様を!
高笑いをあげそうになるのを必死で堪える。
彼はリズの事を令嬢と言っていたから貴族だとは認識しているのだろう。
しかし、まさかこの国の王太子の婚約者であり王妃候補たる公爵令嬢だとは夢にも思ってないに違いない。
おそらく彼は私を下級貴族の娘と思い声をかけてきたのだろう。
下級貴族令嬢…それも第二…は無理か、第三子以降なら例え平民あがりのヒラ騎士といえども王家に仕える身ならば嫁に行く事もある。
令嬢的にはそれは降嫁であるが、平民からしたら貴族の嫁を貰うなんて大変名誉な話だ。
良さげな令嬢がいたら声くらいかけるのも頷ける。
ふむ…。
これが王都での出来事ならば、毒の一つも吐いて再起不能に彼を突き落とすが、何分ここはデビの森の野営地。
完全なる非日常。
いつもと違う、ただそれだけで普段は乗らない誘いにも乗っていいかという気になるから不思議だ。
….退屈だったというのもあるだろう。
私は令嬢として当たり前に身につけた愛想笑いを浮かべる。
「…私でよければ、是非行ってみたいわ。」
「そう言って頂けるとありがたいです!
どうぞ、夜道は暗く足元が覚束ない!
私の手をお取りください!」
私は素直に彼に手を預ける。
こんな下級な存在に手を預けるなど、自分の人生で起こるとは予想外だ。
油断すると爆笑してしまいそうになる。
私は騎士の手を取り少し進めば騎士の詰所に到着する。
詰所なだけあり、そこには至る所に鎧を纏った騎士達の姿があった。
「お!ナグじゃねーか!ってお前!」
「おおお!この子がずっと言ってたご令嬢か!?」
やいのやいのと私を見て言ってくる。
「う、煩い!す、すみません、煩くて。
あちらの奥へどうぞ。」
私を奥へと先導しようとするが、周りの騎士がそれを許さない。
「こーら!こんな可愛子ちゃんを独り占めしようなんて若手が何やってんだ!」
「こっち!こっち!!」
頭の中で天秤が現れる。
私を連れてきた騎士と二人で話すかそれとも大勢で話すか…。
悩むまでもないな、煩いのは嫌いだ。
私はそっと連れてきてくれた騎士の背に隠れてみる。
「おや!お嬢様はナグがいいってか!」
「ガハハ!」
揶揄いの言葉を投げかけてくるが、騎士は赤くなりながら私を奥へと先導する。
「すみません、騒がしくて。」
「いいえ、気にしませんわ。」
煩いのは嫌いだが、今はそれよりもこの馬鹿との会話を楽しみたい。
「あ、どうぞ、お茶です。」
渡されたお茶は安物で口には合わなかった。
「ところで、私、貴方とどこかで会いましたか?」
「あ、失礼しました!私がリズさんの馬車を改めた者です!」
言われて私はあの時の騎士を思い出す。
…全身鎧だったよね…。
顔も隠れていた。分かる訳がなかった。
「ああ、あの時の。」
実は違っててもわからないがそこは大して重要ではない。
私の退屈が紛れるかどうか、それだけだ。
「はい!あの、本当に一目見ただけでお誘いしてしまいましたが、ご迷惑ではありませんでしたか!?」
「いいえ、とても嬉しく思いますわ。」
クスクスと笑う。
私の笑顔に翻弄されて騎士は赤くなる。
「それよりも…ナグさんこそ普段からこのような事を?」
「まさか!」
すぐさま彼は否定する。
…どうやら嘘はついていないようだ。
王妃教育の一環に相手の言動から虚偽を見抜くというのものがある。
私はそれが得意だった。
だから自信を持って言える。
こいつ、女口説くの初めてだ。
しかし、すごいな。初めて口説く女が順当にいけば王妃だった女だぞ。
見る目があるというか無いというべきか。
悩みどころである。
「まあ!もし本当ならとても嬉しいですわ。」
「り、リズさんの方こそ…。とてもお美しいですし、このような誘いなど引く手数多なのでは?」
言われて私はほほほと笑う。
な い か ら。
まず、王太子の婚約者たる私を口説く馬鹿はいない。
それがなくても大変評判の悪い私である。
本当に本当に口説かれる事はない。
彼が女を口説くのが初めてならば、私も口説かれるのは初めてなのだ。
「いえ、このような誘いは初めてで正直驚いておりますの。」
「お嫌でしたか?」
「いいえ。」
にっこりと微笑んだ。
退屈凌ぎが自分からやってきたのだ、誰が嫌なものか。
「それはよかった。リズさんはどちらへ?」
「ワトソン伯爵の領地へ用があり向かっている途中ですの。」
「そうでしたか。長く滞在予定で?」
「いいえ、二週間程度で戻る予定です。」
「二週間…。私はその頃もこの野営地で守衛の任務についているかと思います。
また、その時も会ってこうやって二人で話して頂けますか?」
「勿論、喜んで。」
私の回答にわかりやすい喜びの笑顔をむけてくる。
実際は帰りはここを通らないのだが。
「出来れば、その後も王都でお会いしたいのですが…」
「任務がおありなのでは?」
それは少しまずい。
「いえ、任務は交代制です。王都勤務とデビの森勤務を交代で行いますので、王都勤務の時に是非…今度はこのような武装は解いてお会いしたいと思います。」
へえ。そうなのか。どうでもいい知識が増えたが、さてこれはどうかわそうか。
しばし、思案する。
しかし、その答えを出すよりも早く。
ゴーンゴーン!
大きな鐘がなる。
「…何?」
なんとはなしに上を見上げて私は言う。
しかし、ぽやっとした私の声に返ってきたのは騎士の緊迫した声だった。
「緊急招集です!騎士、並びに護衛の冒険者は全員集合の合図です!」
「!」
私は腰を浮かせるが、肩をぐっと抑え込まれ強制着席させられる。
「リズさんはここにいてください!ここが一番安全です!」
「あ、いや…」
私も一応冒険者…と、言おうとしてやめる。
私は冒険者だが護衛の冒険者ではない。
私は護衛対象だ。
「おい!ナグ!行くぞ!」
「はい!…リズさんはこちらに!
大丈夫、すぐに終わりますよ!」
笑顔で私に手を振り騎士は行ってしまった。
私は詰所で一人取り残される。
えー、美味しいところは食いっぱぐれる感じ?




