痺蝶
私の声に反応してスチュワートはこちらを見る。
「!」
スチュワートは驚いたように顔を歪ませるが、私も驚いた。
彼は両膝をつき、肩で息をしていた。
すぐ近くに駆け寄って見てみれば汗をかいており、顔色も頗る悪い。
髪は乱れて目は虚ろげだ。
こんなスチュワート初めて見た。
私は動揺する。
「な…こ…!?」
何故ここにと聞きたいのだろう。
「そんなの、貴方が心配だからに決まってるでしょうが!」
私は叫ぶように言う。
「も…こ…」
これは『勿体無いお言葉』ですか?
馬鹿じゃないだろうか、全く。
「貴方、大丈夫なの?」
「こ…て…」
「ああ、聞くまでもなく大丈夫じゃないわね。」
私はスチュワートの乱れた髪をかきあげて顔をよくみる。
いつもの無表情ぶりは何処へやら苦悶の表情が刻まれており、戻るそぶりは一切なかった。
「治してあげたいけど…」
「ど…ダ…」
「ええ、毒消しの魔法はダメだったわ。」
何故私がそれを知っているのかと一瞬思ったのだろうが、すぐに答えにいきついたのか、スチュワートが私の顔を覗き込む。
「貴方その場にいなくて正解よ?いたら真っ先に死んでたのは貴方だったわ。」
私は笑う。
「そ…」
「さて、で?これってどうすればいいの?」
私は聞く。
「お…」
「貴方が動けないなら私がやるしかないでしょ。」
呆れてものが言えない。
此の期に及んでまだ自分が動く気か。
「少しは私に頼りなさい。私を誰だと思ってるの?」
私は現時点では王妃に最も近い女であり、スチュワートの御主人様。
そして何よりも。
「私は貴方のパートナーよ?」
私はこの状況下に似つかわしくない笑顔を見せる。
途端、スチュワートの体から力が抜けたか、地面に伏して眠りについた。
どうやら、かなり無理をしていたようだ。
しかし、寝るにはまだ早かった。
何が起こったのか教えて貰い対処法を考えなくてはならなかったのだから。
それに、私達に残された時間は少ないと思う。
途中に出会ったゴブリン。
人間より小柄ではあるが、一応はモンスターであり人間より少しばかり体力が上の存在。
それがのたうちまわり苦しんでいた。
モンスターが苦しむような毒を浴び続けるのは賢くない選択だ。
もしかしたら、このままでは人間は死んでしまうかもしれない。
冗談じゃない、他の誰が死のうが痛くも痒くもないがスチュワートだけは別だ。
こんな所で死なせる訳にはいかない。
「おい、あんたはなんで平気なんだ?」
不意にスチュワートに着いていた騎士が声をかけてくる。
彼も頭を鎧ですっぽり覆っているお陰で毒の雪から難を逃れたようだ。
「…マジックアイテムよ」
適当に答えておく。
スチュワートは話すのは無理そうなので、彼から情報を得ることにする。
「それより、何があったの?」
「…最初に気づいたのが、そいつだったんだ。」
言って騎士はスチュワートを顎で指す。
「最初は勘違いだと笑って流しちまった。」
「…勘違い?」
「ああ、だが、次第に違うと気づいた時には遅かった。
俺達は痺蝶の群れに飲まれちまった!」
ひちょう?
私は知らない単語に頭を傾げる。
「痺蝶だって!まさか!」
しかし、私と共に来た騎士はひちょうが何か知ってるようだった。
「痺蝶の群れ?痺蝶は群れないだろ!?」
「だが実際この毒粉は痺蝶の鱗粉だ!」
騎士同士怒鳴りあう。
「あの、ごめん、基本的なこと聞くけどひちょうって何。」
「…ああ、すまん、痺蝶ってのはモンスターだ。
見た目は黒揚羽そのもの。
はっきりいって黒揚羽と痺蝶の見分けは俺にはつかん。」
ふんふん、その蝶々がどうしたって?
「痺蝶は飛ぶ際、鱗粉を撒く。」
成る程、この粉雪は蝶々の鱗粉なのね。
「しかし!所詮は蝶です!一匹が出す鱗粉など大さじ一杯にも満たないごく少量!」
…え?
私は思わず上を見上げる。
さんさんと降り注いぐ雪のような鱗粉。
「だから、群れてるんだよ!それも俺の見立てじゃ億単位でな!」
「ですから!痺蝶は群れません!そんな話聞いた事がありません!
それも億単位でなんて!理解不能です!」
「じゃあ、この事態はなんなんだよ!」
またもや互いに言い合いを始める騎士達。
騎士は基本的に頭に血がのぼりやすい質なのだ。
「あの!でも、蝶々なんてどこに!?」
「上だよ!」
「え?」
再度上を見るがやはり金色の粉雪しか見えない。
「見えねぇだろ?痺蝶は闇色!完全に夜に紛れたまってるし、モンスター除けの魔法のせいでかなりの上空にいやがる!
こいつはおそらく羽音に気づいたんだ!!」
まじか!
私はスチュワートを見る。
今時点でも蝶々の羽音なんて…私は耳をすます。
しかし、私の耳には何も聞こえない。
私の耳は常人を遥かに超える聴力をもっているのに、スチュワートにはわかった?
ほぼ無音の蝶の羽ばたきにすら気づく。
それがAランク冒険者って奴なのかもしれない?
「とりあえず、真上にいるのよね?」
「いるだろうよ!見えねぇがな!!」
「どうするんですか!」
「しらねぇよ!」
「…火で焼き払う?」
私の答えに騎士はそろって首を横にふる。
「魔法使いは真っ先に全滅したから上空まで火を放つ事は現状不可能だ!」
「出来たとしてもここは森ですからね!
下手に火炎の魔法を使えば火事になり、今度は火に巻かれて逃げ場を失います。」
成る程。
火はやめておいた方が無難か。
と、なると…手持ち攻撃系魔法は地、風、水となる。
地は空にいる敵に対しては余りに無力故却下。
風は…?
粉雪が対流して事態悪化の可能性が強まる。
じゃあ水?
水…敵は毒の鱗粉を撒き散らすだけの揚羽蝶だ。
超強力である必要はない。
大事なのは広範囲に効果がわたること。
ならば…
「スチュワート!すぐに終わらせるわ」
言って呪文を唱える。
「おい、何を?」
騎士が私に声をかけると同時に呪文は完成した。
「大雨」
瞬間、私の言葉に従い空に雨雲が生まれる。
そして、ぽつりと雨が降って来た。
最初はぽつりぽつりと降るだけだが、すぐに雨足は早まる。
「あ、雨が…!?」
「まさか、リズさんが…!?」
二人揃って言う。
「そんな事はどうでもいいわ!雨を凌げる場所に移動しましょう!」
本来は水不足の際に使用される魔法だ。
長時間、ひたすら雨が降り続ける。
ただそれだけの魔法であり、雨自体に攻撃性能はない。
しかし…
騎士二人掛かりでスチュワートを肩で担いで野営地に戻る頃には空から大量の痺蝶が雨に打たれて地面に落ちていた。
蝶が落ちれば鱗粉も止む。
水に濡れた鱗粉は地面に落ちても再び風に舞う事はない。
しいて問題を言えば、動けない人は雨に濡れるしかない事と大量の蝶の死骸が気持ち悪い事だ。
「なあ、あんた普通のご令嬢じゃなかったのか?」
野営地の詰所にもどった騎士が兜をとって呆然とした面持ちで声を漏らす。
「勿論、普通のご令嬢ってやつよ?」
「いやいや!普通のお嬢様はこんな魔法使わないから!」
「そう?貴方が知らないだけで、使える人は使えるんじゃない?」
「あんた何者だよ…」
「ただの冒険者よ。」
「は!?冒険者!?」
目を剥いてくる。
「ええ、家から出て彼と冒険者をやってるわ。」
…そういう設定にしておこう。
「はあ…おい、ナグ、お前にゃこのお嬢さんは手に負えねえぞ?」
「煩いですよ!ゴフさん!」
彼も兜を脱いで言ってくる。
スチュワートは詰所にあるソファに寝かしておいた。
呼吸は落ち着いているので、多分平気だと思う。
詰所にいた女性達は外にいる人達よりかは元気で動けていた。
ただ一人を除いて。
「スーザンは…」
「まさか、毒性が強まるなんて思わなくて。」
私は肩を竦めておく。
「まあ、こんな所で働いているんだ、いつ死んでもおかしくない。
これも神の思し召しさ。」
中々いいことを彼は言う。
「でも!痺蝶の毒は魔法を使うと強まるなんて常識です!」
女性の一人が涙ながらに言ってきた。
「そう言われても、あの時点では痺蝶だとは思ってなかったわけで。」
わかってても使ったと思うけどそこは黙っておく。
「モンスターの毒が魔法でどう反応するかはその種類によって違うことは常識!
冒険者を名乗るならば…」
「コーラン!」
「!」
騎士にたしなめられて女性は黙る。
しかし、その顔は明らかに納得していない。
「まあ、言いたい事は多々あるだろうが、今回の件を解決してくれたのは彼女だ。
あまり、感情的になるな。」
「…はい。」
女性は黙る。
他の女性達も目を伏せた。
「ねえ、スチュワートをここに置いておく訳にはいかないんだけど?」
「詰所の奥が仮眠室だ。使ってくれて構わない。」
「ありがとう、運んでくださる?」
「ああ、ナグ運んでやれ。」
「…わかりました」
ナグはスチュワートを背中で担いで奥へと連れて行ってくれる。
そして、硬そうなベッドにスチュワートを寝かせる。
私はそのベッドに腰をかけて彼の寝顔を見る。
あどけない寝顔に癒される。
「あの…」
「んー?」
騎士の言葉などあまり聞いていない。
外の雨音と変わらない雑音だ。
「えっと…あの雨はいつまで降るのでしょう?」
「さあ?」
私に聞かれてもわからない。
今夜一晩かそれとも明日も降り続けるのか。
脳内リストにはそこまで細かく書いてはない。
私はスチュワートの髪を弄ぶ。
「…私はもういきますね?」
「ええ。」
振り向く事もなく彼を見送った。
今夜は疲れた。
あれだけ眠くなかったのに今は眠い。
私も寝よう。
私はベッドの中に潜り込み目を閉じたのだった。




