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昔飼っていた子犬の話

第46話決意修正しました。


商人と別れて進むその中で私は昔の事を思い出していた。

「お嬢様?」

「何?」

「もしや、昔飼っていた犬を思い出されているのでは?」

まさしく図星。

私は肩を竦める。

「そうねぇ、あの目は嫌でも思い出すわぁ。」

言って私は目を閉じた。

そして、昔を思い出す。


それは私がまだ十歳の子供だった時。

我が家の庭に一匹の黒い子犬が紛れ込んだ。

雑種で飢えていたのかガリガリで野鳥にでも襲われたのか傷だらけの子犬だった。

私の身近に動物はおらず、少しばかり物珍しかった事もある。

その頃丁度王妃教育が一段厳しいものへとなり、かなり煮詰まっていたこと、そして、殿下への届かぬ想いに悩んでいた事も重なり、つい癒しを求めてその子犬を助けた。

お父様は雑種の犬などミハルバー家には相応しくないと言って私にその犬を捨てるように言ってきた。

代わりに血統書のついた犬を飼ってやるとまで言ってくれた。

しかし、自分の手で助けた犬という事で愛着を感じた私はその意見を聞かなかった。

栄養のある食事、暖かな寝床。雑種には勿体無い程の薬。

これらを与えてみたところ、子犬はみるみる元気になり、また、思っていたより綺麗な犬へと変化した。

そして、予想外の事が起こった。


ある日その犬が人間になったのだ。


ここで初めてその犬が獣人であると判明する。

当時の我が家はひっくり返ったような大騒ぎとなった。

栄えあるミハルバー家に卑しい獣人風情が出入りすることなど断じて認めぬとお父様はおっしゃった。

しかし、私は頑なに飼い続けた。

結局、この件はテレサ様の介入があり私は子犬を飼う事を許されたのだ。

子犬が言葉を覚えるのにそう時間はかからなかった。

子犬は私によく懐いているように見えた。

私は殿下から貰いたかった無償の愛をこの子犬から代わりに受け取り自分の精神のバランスをとっていたと今ならわかる。

しかし、当時はそれがわからなかった。

基本私のやる事に意を唱えないスチュワートでさえも苦言を呈するほどの溺愛ぶりだった。

もしかしたらあの瞬間私は殿下よりも子犬を愛していたのかもしれない。

可愛い人間によく似た…耳と尻尾がなければまるで人間のような容貌の子犬…。

その子が私にだけ抱きついてきて、頬すりをしてくるのだ。

可愛いくて仕方がなかった。今思い出しても嫌いという感情は一切ない。

だが、子犬の方は違ったようだ。

「アレはお嬢様を騙していたのですよ?」

スチュワートが囁く。

「そうね…」

抱きつくのも頬すりも笑顔も何もかも演技だった。

「お嬢様に嫌われたらこの家から追い出されますから必死で媚びを売ってた薄汚い野良犬です。」

そう、そうだったのだ。

思い出すと胸が痛くなる。

可愛い子犬はある日突然家を出た。

そして以降戻ってこなかった。

どんなに手を尽くしても見つける事は出来なかった。

私が子犬を買い始めた時、殿下は『どんなに可愛がってもお前に懐く訳がない』と言っていた。

そんなはずはないと夢中で愛していた。

しかし、子犬は私の手から離れてしまった。

別れの言葉すら告げず本当にある日突然いなくなってしまったのだ。

子犬がいなくなったと聞いた殿下は『そら見ろ!』と嘲笑した。

その笑い声が今も耳にこびりついている。

私がどんなに愛しても誰もその愛を返してはくれない…。

そして、殿下の言葉が真実だと理解したのはその一年後。

犬の事を漸く過去に出来るようになった時、再会してしまった。

場所は王城の広間。

帝国の皇女様が外遊で王国にいらした際、遊び相手になるよう命じられて王城へと行けば、そこには皇女の飼犬として私の子犬がいたのだ。

私も驚いたが、向こうも驚いていた。

何か言おうとしていた。

私も何かを言おうとした。

しかし、後ろに控えていたスチュワートが私の目と口を塞ぎそのまま退場させられてしまった。

以降、皇女様にも犬にも会っていない。

話す事もなかったが、スチュワートの言葉は真実だろう。

我が家で着ていた服よりも上等なものを着ていたし、宝石も身につけていた。

良いものを食べていたのか、我が家にいた時よりも艶やかであったし…。

何より亜人と我が家で罵られなくなったのだ。

王国では獣人は差別対象であるが帝国では違う。

きちんと人間と認められており、ともに暮らす仲間と認定されている。

きっと彼はよりよい暮らしを求めて家を出たのだろう。

どういう経緯を経たのかは知らないが帝国の皇女様の飼犬というこの上もないステータスを手に入れたわけだ。

私は彼の幸せを願い苦しかったがその犬の事を真実忘れることにしたのだ。


しかし、私の心の傷は深かったのだろう。

思えば丁度このころから私は他人を虐げるようになった。

それまでは口が悪い傲慢な子供で済んでいたのだが、それでは足りなくなってしまった。

暴力はすぐにエスカレートする。

使用人全てから畏怖されるようになるまで時間はかからなかった…。


ここで私は目を開けた。

開けてはいけない箱を開けたような気がしたからだ。

「まあ、もう昔の話よ。あの子は帝国にいるんですもの。

二度と会うこともないでしょう。」

「その通りです。お嬢様が気にする価値もありません。」

「あー!」

私は大きく伸びをした。

嫌なことを思い出したものだ。

王国では獣人が差別対象という事もあり見かける事自体が珍しい。

と、いうかあの子以外みた事がなかった。

だから思い出す事もなく今日まできたというのに。

「なーんか、スカッとしたいわねぇ。」

ぽつりと零した言葉に隣でスチュワートが微かに震えた。

私の餌食になると思ったか?

「だーいじょうぶよ。ここはモンスターがいっぱいいるんですもの。

しかも、貴方がいれば命の保証がある訳だし?

力一杯ぶっ飛ばすのはモンスターにしておくわ。」

べしべしとスチュワートの肩を叩いておく。

スチュワートは無言、無表情。

ほっとしているのだろうが、それを悟られないようにと隠している顔だ。

「…おや?」

前方に人。

騎士だ。

一定間隔毎にいるんだっけ?

「馬車の中を改めてくる可能性もあります。

どうぞ、中へ。」

スチュワートがそう言うので転移魔法で馬車の中に移動する。

途端体が楽になる。

私はローブを脱いで丸めてクッションで隠す。

そしてフローズンボックスから冷たい水を出して飲む。

このマジックアイテムは本当に便利だ。

これは小型だが、大型のものが自宅の台所にある。

これが発売された時は王都に革命が起きたかという程の大騒ぎが起きたものだ。

発売から数年で貴族家には必ずあるといってもいいマジックアイテムとなった。

強いて問題をあげるとするならば、フローズンボックスの言葉の意味がわからないことか。

何がフローズンでボックスってなんなのだろう。

そもそもマジックアイテムという言葉も新しい。

少し年のいったものはこれらを魔法道具と呼ぶ。

だから、王都でこのローブを着た店も名前は『魔法屋』だ。

この言葉の意味もよくわからないが妙にしっくりくるので若者には受けて今じゃマジックアイテムをマジックアイテムと呼べば若者みたいな風潮がある。

私がそんな事を思っていると馬車が止まった。

「失礼します。こちらの馬車はミハルバー様の馬車と思われますが、相違ありませんか?」

「はい。」

「護衛は?」

「私が。」

「貴方が…あ、これは失礼しました!安全な旅を!」

再び馬車が動き出した。

きっと冒険者のタグを見せて騎士を納得させたのだろう。

馬車の中を改められる事もなく前進していく。

やがて馬車の窓から騎士は見えなくなった。

それを確認した後私はすぐさま転移魔法を使って再びスチュワートの隣に座る。

「…戻っていらっしゃるのですね…」

「何か問題でも?」

「いえ。」

何か言いたそうではあるが笑顔で封じる。

馬車の中は居心地がいいがーーー

「…あら?」

私は何かを思ったがすぐに別の事に気を取られ前を見る。


果たして前方の何かに気を取られたせいで思った事が書き消えてしまったのか。

それを検証するものはいない…。


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