つかの間の出会い
公爵家の馬車は立派である。
今私達が使用している馬車はモンスター避けの意味もあり過度な装飾は施していない。
しかし、それは外見の問題であって中身ではない。
内装は公爵家として相応しい豪華さを誇っていた。
床には絨毯が引いてあり、椅子はソファのような座り心地。
さらにはマジックアイテムであるフローズンボックスもありいつでも冷たい飲物が出てくる。
それだけではない。
この馬車全体に揺れ防止の魔法と静音の魔法が常時発動する仕様になっている。
つまりはこの馬車、見た目は男爵家レベルの馬車だけどその実態は我が家で二番目に高価な馬車なのだ。
しかし、その価値はあくまで馬車にあり、御者台にはない。
御者台は普通の木製の椅子だし、足元に絨毯は敷いてない。
魔法もかかってないから揺れるし煩い。
だが、何よりの問題は狭い事だ。
いや、御者台は本来御者一人を座らせる事を前提として作られている。
この御者台は人一人座るには広い。
しかし、二人座るには狭いのだ。
まあ、あれだ。
私とスチュワートは御者台にみちっと詰まっている状態なのだ。
一分の隙もない。
べったりと密着状態なのだ。
後ろには広々とした馬車があるのに、何故私はこんな狭い所でスチュワートにひっついているのか。
スチュワートは無表情で正面を見据えている。
彼だって狭いと思っているだろうが、何も言ってこない。
戻りなさいと諭す事も邪険にする事もない。
諭した所で無駄だという事も邪険にしたら百倍になって返ってくることも重々承知なのだろう。
「…話相手と言われましても。
私にお嬢様を楽しませる話題は乏しいかと。」
「そんな事は知ってるわよ。そうねぇ、冒険者時代の話をして頂戴。」
「冒険者時代の話ですか…?」
困惑気味な声を出す。
「なにぶん昔の話ですからね…」
「冒険者って何年やってたの?」
「二年程。」
「二年…」
あまり長くやってた訳じゃないんだな、というのが感想だ。
しかし、たったの二年でAランクにまで上り詰めたという事は…
「貴方冒険者としての才能があったんでなくて?」
「さあ?私は生きるのに精一杯だったので、あまり深くは考えた事がありませんでした。」
「そういうものなの?」
私は首を傾げる。
仮にも男爵家に生まれた者が生きるのに必死って…。
「冒険者をやっていて何か心に残る思い出とかってないの?」
「無いですね。」
きっぱりと言い切るスチュワート。
ってそんな馬鹿な!
「いやいや、あるでしょ!?
初めてモンスター狩った時とか!
死にかけた時とか!!」
私の言葉にスチュワートは少し考えて…
「興味ない事は忘れました。」
初めてのモンスター狩りも死にかけた事さえも興味がないだと?
私には理解できない。
「私はフェンリル戦一生忘れられないと思うのに…」
そう言った瞬間、彼がぐるりとこちらを向いた。
いつも通りの無表情なのにどこか威圧感があるのは何故なのか?
「あの駄犬がお嬢様の記憶に?片隅でも残ってる?」
「え、ええ…」
一歩後ずさりたいがみっちりとした御者台は私を逃さない。
「あの駄犬の何処にお嬢様の記憶に残る価値があるのでしょう。
貴重な脳の記憶領域をそのような事にお使いになるのはおやめください。」
無茶言うな。
やめてと言われてやめられるものか。
初めて魔法を思いっきりぶつけたというのもある。
ザック様の本性に転生魔法、王都にいるらしき不届き者の存在。
これを忘れたらそれは記憶喪失かボケ老人である。
でも何より記憶に残ったのは…
「無理よ…フェンリルの最期が強烈過ぎて…」
私はふいっと視線を外して言う。
アレは本当、強烈だった。
足元で何度も刺されて絶命したフェンリル。
それをしたのが、スチュワートだった。
そして…
「フェンリルを刺しながら貴方が言ってた言葉が…衝撃的すぎて…今思い出しても背筋がゾクゾクするのわ…」
そう言った瞬間スチュワートから威圧感が消えた。
「私もお嬢様の記憶に残っているのですね?」
「え、ええ…まあ…」
「私が一番ですか?」
「え?」
一番?
何が一番なのか?
よくわからないが違うと言ったら何が起こるかわからない。
「ええ、一番よ」
「…光栄です。」
そう言葉を絞り出すように彼は言い再び前を向く。
「…そういえば、フェンリルの事件は一応私も冒険者でしたね。」
「そうね。」
「でしたら、あの日全てが冒険者としての最初の記憶として死ぬまで覚えておきたいたと思います。」
「そ、そう?」
なんだか非常に重たい事を言われたような?
いや、気のせいだ、スチュワート流のおべっかだ。
「と、ところでAランクだったと言う事はこの森の出入りもしていたんでしょ?」
「はい、Aランクは単独にて森の散策が可能となります。」
「じゃあ、森を通るにあたり何か注意する事ってある?」
「そうですね…」
スチュワートは少し考えるそぶりを見せる。
「まず、この道は決して安全ではないと言う事を肝に命じておいて頂きたいです。」
「安全ではない?」
「デビの森はモンスターの世界を通過する道。
一定間隔毎に騎士が配置され、通る人も必ず冒険者等の護衛を連れて行く事が決まりになっております。
しかしながら、それでも通行する上でモンスターに襲われ命を落とすものも少なからずおります。」
「…そうよね…すぐ両端がモンスターの世界なんですもの、気を抜けば食べられてしまうわね。」
「まさしく。故にこの道には暗黙のルールがあります。」
「暗黙のルール?」
「はい。もしま…」
「キャァァァ!」
「ウワァァァア!」
「下がれ!下がるんだ!!」
少しカーブした道を曲がった先にいたのは複数の荷馬車と人、そして護衛と思しき男が数人。
彼らは虎の顔を持つ鳥に襲われていた。
まだ離れているので彼らの顔はよく見えない。
「…万が一誰かが襲われている所に出くわした場合は無償での救助を行うというものです。」
「あれを助けないといけないの?」
「実力が足りないと判断した場合は常駐する騎士を呼びに行くのがルールとなってはおりますが。」
「が?」
「法律で決まってる訳でもありませんし。
守らなくても構わないルールです。」
「そう。でも…邪魔ね。」
「実に。我々の通行に支障があります。」
「じゃあ、倒すか。」
言って脳内で使用する魔法を検索する。
非戦闘民と戦闘民が入り乱れながらの乱闘状態。
ここから狙いを定めてあの鳥に当てるとなると…。
「氷結!」
指定した対象を凍らせる魔法である。
この鳥は大きいから片方の羽のみが凍った。
しかし、それだけで行動不能に陥った鳥は落下する。
『!!?』
護衛達は突然の出来事に驚いたようだが、すぐに黒いロングコートを着た男が手持ちの武器かと思われるナニカで鳥を引き裂き仕留めた。
「お見事」
「たいした事ではないわ。」
それより終わったようで何より。
私達は前に移動する。
襲われていた彼らは私達に気づいたようで、ひとかたまりに集まり私達の到着を待つ。
…いや、通るんで端によって下さい。
しかし、近寄ってみて気がついた。
護衛…全部で二人と一頭いた。
彼らは…
「あの護衛…亜人が混ざっていますね。」
スチュワートの言葉に私は頷いた。
三人の護衛のうち一頭。
黒いロングコートを着た彼だけが他とは一線をがしていた。
「みたいね、でもスチュワート、亜人は差別用語よ。家じゃないから間違っても言わないように。」
「畏まりました。」
「あと、私はリズで貴方はスチール。この設定でいくわよ。」
「畏まりました。お嬢様にもお願いがございます。あのような穢らわしい人種と話せばお嬢様の魂が穢れます。
けっして言葉を交わすことのないようお願い致します。」
「わかったわ。」
言われるまでもない、私の声を聴かせるにはあまりに身分が卑しすぎる。
私達が近づくにつれて亜人…ああ、差別用語だったな…は何故か睨んできた。
あまりいい感情ではないのは確かなので私は若干眉を寄せる。
私達は程よい距離感で馬車を止めた。
「ご無事でしょうか。」
スチュワートが御者台の上から見下ろすようにして彼らに問いかける。
護衛達は後ろに下がらされ代わりにでっぷりとしたおじさんが前に出てきた。
きっと彼がリーダー…護衛達の雇い主なのだろう。
「危ないところを助けて頂きありがとうございます。」
「いえ、それが暗黙のルールですから。」
そっけなくスチュワートはいう。
しかし、実際危なかったと思う。
数台の馬車のうち一台は破損し荷物が散らばってしまっていた。
残りは無事ではあるが、私達がいなければ残りも同じ末路だったと思う。
…荷物の多さから察するに彼は商人。
これから商売の為王国に向かうところだったのだろう。
ふと、視線に気づきそちらに目をやれば…黒いロングコート着た護衛。
じっと私達…いや、私を見ていた。
何故私を見るのか…ん?
彼は腕に怪我をしていた。
血がポタポタと落ちている。
一瞬迷った。
治すか否か。
治癒魔法は怪我している場所に触れねば治らない。
私はあの穢らわしい生き物には触りたくない。
迷ったけれど、私はその怪我を見て見ぬふりをした。
「ところで、そちらの馬車はその家紋を見ますと…ミハルバー家の物かと推察されるのですが…」
「…そうですが…」
警戒色を滲ませながらスチュワートは言う。
商人は顔を破顔させる。
「おお!このような場所でミハルバー様のような高貴なお方に会えるなど実に幸運!
是非ご挨拶をしたいのですが…!」
ぎく!
馬車は空っぽです。
「申し訳ありませんが、お嬢様は朝が早かったせいで馬車の中でお休みになられております。
どうか、ご容赦願いたい。」
「….!なんと、お乗りになられているのは未来の王妃様でしたか!
これはこれは失礼致しました。
社交界の薔薇と謳われるリナリーバー様を一目見て見たいとは思いますが…。
お休みになられているところを無理に起こすのは申し訳ない。
またいずれどこかで会える事もあるでしょう。
…お前達!荷物は積み直せたか!?
馬車は…直らないな、解体して積み込め!」
どうやら話している間に彼の部下が荷物を片付けて馬車を解体して道を通れる状態にしてくれたようだ。
「それでは私どもは先に行かせて貰います。
私どもが言うまでもないかとは思いますが、この先強力なモンスターも出現する危険地帯となっております。
充分お気をつけください。」
「ご忠告ありがとうございます。」
スチュワートは言うと手綱を操り馬車を動かす。
ゆっくりカタカタ音をたてて前進する。
私は護衛の視線を感じてつい横切る時、彼を凝視してしまった。
スリットの入った黒いロングコートを着た武器らしい武器を持たぬ雄。
灰色の髪と金色の瞳が力強くまさしく『雄』と表現するに相応しい容貌。
そう、頭に犬のような耳。
腰元から伸びるふさふさな尻尾。
亜人と呼ぶのは好ましくないので、一般的呼称で呼ぶならば。
『獣人』
と、呼ばれるものである。




