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汚い言葉は聞こえない仕様

前からは商人達が隊列を組んでやってきた。

かなりの人数であり、先程の馬車数台よりも荷物が多そうだった。

歩いている商人達も手ぶらではなく、荷物袋を肩に担いでいる。

彼らは私達に気づくと軽く会釈をしてくれた。

「やあやあ、御機嫌よう、貴族様!」

隊列の先頭で御者台に乗っていた男が帽子をとって挨拶をする。

「御機嫌よう」

私が挨拶を返す。

「いやはや、君達は王都から?」

「ええ。」

「そちらの道に何かいたかい?」

「うーん、大きな鳥がいたわ。」

私の言葉に少し眉を寄せる。

「既に狩りとった後です。問題ありません。」

スチュワートが補足した途端御者は表情を和らげる。

「ああ、そうかい!君達は腕利きなんだね!

お陰で我々の安全が確保された!礼を言う!」

御者は軽く頭を下げた。

「そちらの道は?」

スチュワートの言葉に御者は少し困ったような顔をする。

「うーん…。たいした事ではないのだが…いや、もしかしたら良いのかもしれないが…妙に静かだった。」

「静か?」

「モンスターが全く出なかったということさ。」

私の問いに御者は肩を竦める。

「モンスターが出なくて命拾いした…とも言えるが…何かの前触れのような気もする。

我々の旅は間も無く終わるが君達はこれからだろ?

幸運を祈るよ!」

言って御者は手綱を操り私達の横をすれ違っていく。

皆私達に頭を下げ口々に幸運を祈っていく。

やがて全員が私達を通り越して進んでいってしまった。

私達も前に進む。

しかし…

「初めてかも…」

「何がです?」

「貴族だから頭を下げるじゃない、自発的なもの。」

私は貴族に生まれた。

それも我が家の純然たる格上は王家のみという高位貴族として。

故に頭を下げられて当然だったし、下げてくる側も下げて当然と思っていた。

しかし、今の私は貴族ではなく冒険者。

頭など下げる必要もない取るに足らない存在なのだ。

なのに、彼らは頭を下げた。

挨拶でも感謝でも謝罪でも強制でもない行為。

単純に相手の幸運を祈るもの。

これがハイキングの山登り程度のものならここまで心に残りはしなかっただろう。

場所が場所なだけに祈られる幸運はありがたい。

「我々に祈りは不要。お嬢様には意味の無い行為かと。」

「…わからないかなぁ?」

私は苦笑する。

スチュワートは使用人だからわからないかもしれない。

この胸を焦がす感動を理解出来る人は果たしてどれくらいいるだろうか。

「…それよりモンスターが出なかったというのは気になりますね。」

「そうなの?」

「はい。」

スチュワートは頷く。

「ここはモンスターの世界です。必ずモンスターに出くわすものなのです。

実際お嬢様も先程怪鳥と出会いましたでしょう?」

「ええ。」

私は頷く。

あの鳥、怪鳥っていうのか。

「ここではモンスターに出会って当たり前なのです。

その当たり前が無いことは即ち異常事態。」

「…単にラッキーなだけとかじゃなくて?」

「ありえません。モンスターも千差万別活動時間も習性も皆違うのです。

その全てのモンスターから偶然出会わず三日過ごすというのは…頭上に隕石が降り注ぐのと同じくらいありえないとお考えください。」

そんなにありえないものなのか…。

私は左右に広がる森を見る。

決して安全では無い場所に私は今いる。

そう実感したと同時に生ぬるい風が吹き抜けた。

「で?具体的に何があるのかしら?」

「そこまではさすがに…。」

ですよね。

聞いておいてなんだが、いかなスチュワートといえどもわからないことはわからないのだ。

「でもさ、もしかしたら私達も何も出くわさないで森を通り抜けられる可能性が出てきたって事でもあるわけよね!」

「…まあ…そうとも言いますが…」

笑顔で言う私にその発想はなかった的な返答をしてくるスチュワート。

この森に異変があろうがなかろうが私には関係ない。

大事なのは三日間無事に生きて通り抜ける事だ。

「考えても仕方ないわ。それにスチュワートが言う通り私達は心配無用よ。」

「その通りです。このスチュワートが必ずお嬢様をお守りいたします。」

「ならば、スチュワートの身はこの私が守ってあげるわ。」

胸を張って何気なく言ってみたらスチュワートが表情を変えた。

驚愕の形に。

すぐに元に戻ったがそんなに驚かなくてもいいと思う。

「ありがとうございます。この身に余る光栄に存じます。」

「ふふ、私もありがとう。実際私は走れないから本当にやばい時は本気でよろしく。」

「勿論ですとも。」

私達は和やかに語り合いながら道をすすむ。

良い天気で少し気を抜くとここがデビの森だと言うことを忘れてしまう。

木漏れ日は美しく、時折吹く風は心地よい。

遠くに鳥の囀りが聞こえた時はモンスターかと思ったがスチュワート曰くただの鳥との事。

デビの森にも単なる獣は存在するのだ。


少し早めのお昼時、ひらけた場所に出る。

広場と言えばいいのだろうか…?

何人もの商人や護衛と思しき冒険者が敷物をしいて食事をしていた。

中には、火を起こして簡単な調理をしているものもいる。

その広場をぐるりと囲むようにしているのは直立不動の騎士だ。

「ここは…?」

「休憩所です。三日もあるのですから休憩所は必須。

途中途中に設けられております。

トイレなども簡易のものですが存在しますよ。」

「本当!?」

丁度行きたかったのだ!

どうしたものかと考えていたところだったので実にありがたい。

「スチュワート!私、花を摘んでくるわ!」

「畏まりました。私は休憩場所を確保するとともに食事の準備をさせていただきます。」

スチュワートの言葉をきいて私は馬車から降りる。

白いローブをたなびかせて私はトイレを探す。

えーっと…あ、あれか…ってめっちゃ並んでる!

一瞬ローブを脱いで貴族権限使ったろかと思ったがそれで手に入れるのがトイレの順番かと思うと虚しさが残るので大人しく最後尾につく。

まあ、膀胱限界って訳でもないし。

これもまた旅の醍醐味って奴でしょ。

私は広い心で順番待ちをしていた。

思っていたよりかは早く順番は進み次が私の番となる。

そして、前の人が出て、さあ私…と、いったところで。

「ちょっと!そこの下民!」

その言葉に用を足し終えた人が反応した。

少し邪魔な位置で止まったので避けるようにして前に進み…

「ちょっと!!」

ドアのノブに手をかけた。

「人の話を聞きなさい!このクズが!」

ドアを閉めて鍵をかける。

あ、汚いなぁ。まあ、こんな所のトイレだものね。

清掃が行き届いていると思う方が間違いだ。

「…よし。『清潔』!」

無属性魔法。

簡単な汚れならば消す事が出来る。

しかし、さすがは共用トイレ。あまり効果がなかった。

「『清潔』『清潔』『清潔』…!」

ひたすら連打してみた。

お!なんとか使える範囲にまで汚れが落ちた!

私は満足して用を足し手を洗い、ハンカチで手を拭いた。

そして鍵を開けて出てきたら…

ドアの前でしくしく泣く豪華なドレスを着た子供がいた。

ん?

周りがやたら遠巻きに見てるけど何かあったのかな?

「なんで…なんでそんなに出るのが遅いの…!?

せめて!せめてもっと早く出てくれれば間に合ったものを!」

涙を流しながら子供は言う。

….って間に合った…?

え?もしかしてこの子…

「貴女漏らし…」

「ウワァァァア!!」

辺り構わず響き渡る絶叫。

困って頬を掻きながら周囲を見渡せばさっと明後日の方を見られてしまう。

「あの人…子供が呼んでいたのを無視してトイレへ…」

「やだ、普通譲るわよね…?」

「…」

まじか。全然気付かなかった。

そういえば入る直前、前の人が不自然な位置で止まったけど、それって声かけに気づいて…!?

ま、気付かなかったんだ、仕方ない。

「ちょっと貴女…」

「何よ、あや…」

「汚いからあちらに行ってくださる?」

「!!!」

私の言葉がやたらと響いた。

何故静かになるのか。真実を述べたまでだ。

と、いうか臭いと言わなかっただけ気を使ったつもりなのだが。

「ウワァァァア!!」

彼女は走って何処かへと行ってしまった。

その背を見送る事もなく私はスチュワートを探す。

中々広い場所だし、少しずつ人が増えてきていた。

あちらこちらから楽しげな声と美味しそうな匂いがする。

「お嬢様。」

喧騒の中、聞き慣れた声がした。

そちらを向けば少し離れた所にスチュワート。

彼は広場の中でも真ん中よりのいい場所にちゃっかり陣取っていた。

近くに馬車はない。

おそらく、別の場所に停めたのだろう。

「遅くなったわ。」

「いえ、何か問題でもありましたか。」

「特に何も。」

あったような気もするが、取るに足らない出来事だ。

天気もいいし、少し暑くなってきたのでローブを脱いでスチュワートに手渡す。

「どうぞ、お座りください。」

折り畳み式の椅子に言われた通り腰をおろせば、すかさずスチュワートがパラソルをたてかける。

そして、暖かい紅茶を差し出してきた。

私は受け取りゆっくりと飲む。

大自然の中味わう紅茶も中々にオツなものだ。

そんなおおらかな気持ちでスチュワートを見れば甲斐甲斐しく食事を作っていた。

興味深くその様子を見る。

華麗に鍋を操りフライパンを使ってあっという間にお昼ご飯を完成させる。

この執事は料理もこなすのか…。

本当に万能だ。

出て来たのはシチューとローストビーフにパンと果物だ。

果物は飾り切りされており、芸術かと言いたくなるような盛り付け方をされていた。

よく見るとこのシチューに入っているにんじん、星型にくり抜いてある…。

うちのコック並みに芸が細かい。

それが一人分椅子同様折り畳み式のテーブルに乗せられた。

私はそばで控えるスチュワートを見ながら一口シチューを食べる。

「…美味しい…」

「もったいないお言葉。」

「しかし、本当なんでも出来るのね…」

私はため息混じりに言う。

「元冒険者として料理は必須です。」

「そうなの?」

言って私は周りを見渡す。

商人、旅人たくさんいるが、当然護衛として雇われた冒険者もたくさんいる。

彼らも確かに料理をしている節がある。

しかし、もう少し簡素というか、焼くだけ煮るだけ簡単料理だ。

ここまで手が込んだ料理を作っているのはスチュワートだけだ。

…いや、冒険者に限った話ではない。

全体的に見て私達の食事の質は異様な程高かった。

…人はこの様子を浮いていると称する。

…まあ、貴族たるもの常に人の上にいなくてはならない。

これくらい当然だ。

「スチュワートはいつ食べるの?」

「お嬢様が食事を終えましたらいただきます。

失礼ですが、火の始末をしてきますので、一度失礼致します。」

スチュワートが場を離れた。

しかし、このシチュー本当に美味しい。

このローストビーフはフライパンで作ったとは思えない程美味しい。

食材の質がいいのもあるが、やはり腕の良さが一番の原因だろう。

私は黙々と食事を続ける。

「ちょっとそこの女!」

不意に甲高い声で話しかけられて思わず振り向いてしまった。

そこにいたのは青い髪を一つにまとめたつり目の美少女。

私と同い年くらいだろうか。

ここにいるには不釣り合いな程豪華なドレスを着ている。

….豪華なドレス?

「私の事かしら?」

「貴女以外に誰がいるのよ!普通顔が!」

言って彼女は私を指差す。

「貴女!よくも私の妹を虐めてくれたわね!」

「は?」

全くもって心当たりがない。

「しらばっくれないで頂戴!トイレでの出来事聞いたわよ!」

「…トイレ?」

…ああ、思い出した。この子が着ているドレス、あのお漏らし少女とお揃いだ。

「私の妹が譲るよう言ったにも関わらず無視をし、さらには粗相をした妹を嘲笑ったそうね!」

「…大分事実がねじ曲がって伝わっているようですが?」

「はあ?しらばっくれないでよ!」

地団駄をふんでキーキー言う。

「事実よ。そもそも呼び止められた覚えもないし、まして譲るように頼まれた覚えもない。

漏らした子供を汚いとは言いましたが、笑ってはいません。」

「気づいてないなんて嘘よ!無視されたってキキニニーナは言ってたわ!」

キキニニーナ…は、お漏らし少女の名前か。

「なんだか、私達だけが話していても拉致があきませんわね。

妹さんはどちら?」

「貴女に虐められるから…」

「お姉様!」

やはり甲高い声がしてそちらを見やれば、着替えたのか姉とデザインの違うドレスに身を纏った少女。

「キキ!向こうにいなさいといったでしょ!?

またあの悪鬼に苛められるわよ!?」

悪鬼って…。

私は眉をひそめる。

「お姉様がいるから大丈夫です!」

「キキ…!」

二人はひしっと抱き合う。

あー、茶番はアリスと殿下で腹一杯なんだけどな。

「で?」

私は話の続きを促す。

「私が呼び止めた…」

「覚えはないです。なんと呼び止めたのですか?」

「下民と。」

「私は下民ではありませんので、私の事と認識出来ませんてました。」

「譲るように…」

「貴女と話したのは用を足した後でしたが。

本当に譲るよう私に頭を下げましたか?」

「なんで私が貴女のような下民に頭を下げなくてはならないの!?」

「お嬢様?」

そこにスチュワートがやってきた。

途端。

「こちらの方は?」

「お初にお目にかかります、私、ネクロスラーズ・アイノスと申します。」

優雅に一礼。

「その妹のキキニニーナです。

よろしくお願い致します。」

「スチュワートと申します。」

堅苦しく挨拶をする。

「それで…。」

「実はこちらの方が私の妹を虐げ粗相を促したあげくにあざ笑うという淑女らしからぬ事をしたので一言注意をしに参りました。」

おいおい、さっきまでの勢いどうした。

いきなり普通のご令嬢になってるぞ。

その変わりようは感心すらするレベルだ。

「そうですか。」

言ってスチュワートはキキニニーナを見る。

彼女も先程までの剣幕は無く静かに俯き震える。

彼女もネクロスラーズの妹なだけあり美少女だ。

こうやって姉に縋って潤んだ瞳でプルプル震えるとそれだけで私の悪党ぶりが際立つというものだ。

しかし。

「そこの子供は洗ったのですか?」

「…は?」

ネクロスラーズが声を出す。

「失礼ですが、お嬢様は食事中です。

不浄な者は近づかないで頂きたいのですが。」

「わ、私汚くないもーーん!」

「貴方…!無礼にも程があるわ!覚えておきなさい!」

きっと睨んで小悪党な捨て台詞と共に去っていく。

「なんだったんだ。あれ。」

「おや、お嬢様、お気づきではなかったので?」

「ん?」

私は首をかしげる。

「アレは貴女の予備ですよ。」




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