出立
白いブラウスに黒いワンピース。
黒いつば広帽を被る。
アクセサリーらしいアクセサリーは身につけないが伝達のマジックアイテムは身につけた。
トランクにはスチュワートに言われた品を量も間違えずに詰め込んだし、準備は万端である。
早朝、家の門を出ればそこには既にスチュワートが馬車の準備を整えていた。
「お待ちしておりました、お嬢様。」
私から荷物を受け取り馬車に詰め込む。
「リナ」
お父様が家から出てきて声をかけてきた。
「死ぬなよ?お前が死んだら大損なのだからな。」
「分かっております」
私は頷いた。
「リズさんは?」
「中央広場にて待ち合わせをしております。」
「そうか。」
お父様は顎に手を置き少し考える。
「スチュワート」
「は」
「万一の時はわかるな?」
「この命に代えましてもお嬢様はお守りします。」
迷いなく一礼するスチュワート。
「そうだ。…しかし、まあ、なんだ。
お前が守る側に回るとは…な。」
「?」
私は首を傾げる。
一体なんの話だろうか。
スチュワートはここに来た時から私の専属執事であり私を守る存在であった筈だが?
「…旦那様?」
「おっと、すまん、口が過ぎた。
まあ、お前も行くんだ心配は野暮だったか」
ふっとお父様は笑う。
本当に笑うとお父様はかっこいいのだ。
「そろそろ出立のお時間です」
「ああ、呼び止めてすまなかった。」
「いえ…お嬢様。」
スチュワートは私にそっと手を差し出して馬車の中へとエスコートしてくれる。
いつもなら乗り込んだら彼も中に入るのだが、今日は違う。
御者台に御者として乗った。
「お父様、行って来ます!」
「ああ」
お父様は頷いた。
それを合図に馬車は動きだした。
一路、オリハルコン鉱山を目指して…!
カタカタと馬車は揺れに身を任せ私はワクワクしていた。
高々王都から出るだけだというのに心が浮き立つ。
この感覚は生まれて初めてだった。
恋とも違う浮遊感が体を襲う。
実に心地よい感覚だった。
しかし、緩衝地帯と王都との隣接地…例の掘っ建て小屋横を通った時、予想外の出来事が起こりこのワクワク感は大きく損なわれた。
「ーーーリナさん!?」
「!?」
私は驚き思わず馬車の外を見てしまう。
窓から覗けば同じく驚いた顔をしたアリス様がいた。
なんでいるんだ、こいつ?
っていうか、窓から覗くんじゃなかった!
見なければ聞こえなかったってことにして無視出来たのに!
しかし、がっつり目があってしまったのだ、無視はできない。
最近絡みが無くて安心してたのに…。
「スチュワート、馬車を止めて。」
「は」
数秒後、馬車が止まり私はスチュワートの手を取り降りる。
「おはようございます、アリス様」
私は一礼する。
「このような格好で失礼しますわ。」
そうは言うが、私より遥かに簡素な…木綿のシャツとキュロットを履いている彼女の方が『失礼』である。
しかし、彼女は青ざめ今にも泣きそうだ。
…?なんだというのだ。
昔服を切り裂いてやったトラウマか?
しかし、どうやら違うようだった。
例の掘っ建て小屋から四人の人物が出て来た。
…なんでいるんだよ。
殿下、リュド様、ザック様。
私は目眩がした。
今は早朝。
朝ごはんすら食べるに早い時間なのだが?
なんでこいつら活動してんの?
「な…!?」
「リナ嬢….!?」
「何故ここにいる!?」
三人三様ではあるが彼らは衝撃を受けているのは同じであった。
「…私は旅に出る途中ですのよ?」
「…旅だと!?」
殿下が噛み付いてくる。
「舞踏会はどうするの?」
「勿論、舞踏会までには帰ってきますわ。」
「何を考えている?」
ザック様が問いかけてくる。
何って…。
私は眉をひそめる。
「そんなことよりも皆様こそこんな朝早くからどうかしましたの?
…それに、その子は?」
私は殿下達と一緒に家から出てきた少女に視線をやる。
あの時の子供だ。
あの時とは違い彼女はメイド服のような物を着ていた。
「この子は僕の家で最近雇ったメイドだよ。」
そう答えたのはリュド様。
…あの時、ザック様に全て丸投げした中に彼女の処遇もあったけど、見捨てずきちんと就職先を斡旋したのね。
意外と良いやつじゃないか。
私なら捨て置いてた。
「まあ、まだ小さいから見習いなんだけどね。」
「そうでしたの。」
私はにっこりと微笑む。
さっとアリス様が少女を庇った。
何もしないっての。ってかなんなんだよ、その反応。
「ここは、彼女の家なんです。」
「そうでしたの?」
私は首を傾げる。
「先日、彼女はモンスターに襲われて両親を亡くしました。」
「…」
知ってる。
でも、なんで君達がここにいるんだ。
「そのモンスターは…フェンリル…だったそうですよ?リナさん。」
きっと睨みながらアリス様は言う。
殿下は睨みつけ、リュド様とザック様は困惑の視線を送り少女は怯えの視線を送ってくる。
…おい、まて。お前らまさか。
「リナリーバー。お前が黒幕か?」
違うわ!ボケが!!
危うく思ったことがそのまま口から飛び出るところだった。
「違いますわ」
「では、何故彼女の家を調べ直している時にタイミング良く現れる!」
殿下が叫ぶが、私に言わせれば旅に出る時にお前達がタイミング良くそこにいたんだよ。
しかし、一言気になることを言ったな。
「調べ直す?」
この掘っ建て小屋を調べてるということは彼らは?フェンリル事件を調べているのか?
「ここにフェンリルが出たからな。そして調べ初めてすぐにお前が来た。
お前が黒幕だから慌てて証拠隠滅に来たのだろう!」
「リナさん!闇の魔法で陛下達を操るに飽き足らず王都を破壊しようなど最早言い逃れが出来ない悪事ですよ!
今なら…いえ、…もう遅いですが、それでも罪は償わなければ…」
「あの!」
私は長くなりそうなアリスのセリフをぶった切る。
「私はその家に用はありませんわ!」
「は?」
「偶々通っただけです!」
「そんな偶然あるか!」
「あるんです!」
殿下の言葉に子供のように言い返す私。
「私はこれから王都を出るんです!」
「逃亡か!」
「違います!舞踏会までには戻ると言いましたよね?所用で出かけるのです。」
私はイライラしながら言う。
「大体フェンリル?なんの話ですか?」
「え?無関係?」
首を傾げる私に驚きの声をあげるアリス様。
「偶々会ったからというだけで私が関わってると思われても困ります。」
「でも!リナさんは闇の魔法で陛下を…!」
「だから、そんなこと知りませんし、してません。」
私はこみかみを抑える。
ここまでしつこいと彼女は私に陛下を操れと命令しているのではと勘ぐってしまう。
「貴方方が何故フェンリルについて調べているのかはわかりかねますが…。
アリス様は王妃教育中の身。余裕があるのですか?」
私は上から目線でアリス様を見る。
「アリスは優秀だ!お前など一瞬で抜いてこの国の王妃となる!」
「その日を心から楽しみにしておりますわ」
そして優雅に一礼。
「申し訳ありませんが私は急いでおりますの。
お先に失礼させて貰います。」
言って華麗に身を翻す。
私は馬車にスチュワートの手をとり乗り込んだ。
その時。
「お前は本当に無関係なのか!?」
殿下が聞いてくる。
「当然です。」
私は振り向きもせずに答える。
「それでは御機嫌よう。」
私は別れの言葉を告げた。
しかし、アリス様が叫ぶ。
「スチュワートさん!」
イラっ!
「リナさんの事が怖いかもしれません!
しかし、謂れ無い暴力に屈してはいけません!
勇気を出してください!」
「…意味がわかりかねます…」
そう言ってスチュワートは御者台に登り馬車を動かしたのだった。
全く、実に不愉快である。
なんで彼らがフェンリルの事件を調べているのか。
ザック様はまだ理解出来る。
百歩譲ってリュド様も許そう。
しかし、殿下とアリスは意味がわからない。
私は頭痛がした。
なんだか、知らないところでまた私が悪役に仕立てられているような気がしてならない。
そして、何よりも私を苛つかせるのがアリスの最後の言葉!
誰の許可を得てスチュワートに声をかけるのか。
実に不愉快だし。
あの言葉はつまりはあれか。
『貴方なら彼女の悪事全般知ってますよね?』って事なのだろう。
全くもって的外れであり、本気で殺意が湧く。
そうこうしているうちに南門に到達する。
「止まれ!」
門番が私達を止める。
「これより先はデビの森。通るにはDランク以上の冒険者の護衛か騎士若しくは騎士に準ずる者二名以上の護衛を要する!」
言われてスチュワートは冒険者タグを見せる。
「これは!Aランク冒険者でしたか!
失礼しました!どうぞお通りください!」
タグの返還を受けて馬車は開かれた門をくぐった。
たった一つ門をくぐったそれだけで。
世界が変わった。
大げさだと笑うだろうか?
しかし、本当にそうなのだ。
人の匂いがしない。
この森はモンスターの世界なのだ。
こちらでは私達こそが異分子。
排除される側。
私は一人馬車の中で身を震わせる。
フェンリルを倒す程の魔力を持つ私ではあるがモンスターは畏怖の対象だ。
それはモンスターは脅威であるという長年の教育の賜物でもある。
どんなに自分が強くてもどんなにモンスターが弱くても敵には出会いたくないものなのだ。
「お嬢様、ローブをお羽織ください。
何が襲ってくるかわかりかねますので。」
御者台からスチュワートが声をかけてくる。
私は言われた通り荷物からローブを出して羽織った。
人には出会わないと思うが念の為変身魔法を使う。
大丈夫、私はリズ。
冒険者なのだから。




