鞭は必需品か
頭を整理しよう。
私は自室で悶々と考える。
私はお父様にこう説明した。
『腕利き冒険者を雇って護衛させるから自分でオリハルコン採ってくるよ。』と。
ここでいう腕利き冒険者というのは勿論、私扮するリズである。
私とリズが同一人物である以上お父様に紹介は出来ない。
が、明日の午後に紹介する約束をしてしまった。
さて、どうしたものか…。
「失礼します。」
スチュワートが入室してくる。
「荷物の件でお話しが…いかが致しました?」
スチュワートが聞いてくる。
しかし、今、私の頭の中で天使がファンファーレを吹いているのだ。
それどころではない。
私はスチュワートににっこりと微笑んだ。
何かを悟ったかスチュワートは視線をそっと外す。
残念、逃さない。
「スチュワート」
「は」
「私の役に立ちなさい」
翌日学園ではいつものように過ごした。
昨日は纏わり付いてきたルナ嬢も静かである。
どことなく物思いに耽っているようにも見えるが多分頭の中では仮面舞踏会の事でいっぱいなだけであろう。
そういえば彼女の事もなんとかしなくてはならなかった。
招待状をもう一通用意するとか?
いやいや、自分んちが主催する訳でもないし、懇意にしている貴族が開く舞踏会という訳でもない。
勢いに負けて連れて行くと言ってしまったが実は彼女かなりの無理難題を突きつけてきた訳で。
この件に関しては本当、彼女は頼む人間を間違えたと思う。
一応まだ殿下の婚約者だからなんとか出来るだろうって感じで頼んできたのかもしれないが、その殿下と仲の悪い私が殿下の威光で何かが出来る筈もなく。
本当、悩みが尽きない。
早く他人に関わらない日々を過ごしたい…。
そんな事を思いつつ学園での時間は恙無く過ぎていき、お父様との約束の時間となった。
私はスチュワートを連れて応接間へと向かう。
「お嬢様。」
スチュワートが声をかけてくる。
「何?」
「私が旦那様との受け答えを担当する関係上、ここでのやり取りは私に一任して貰ってもよろしいでしょうか。」
私は頷く。
「勿論、そのつもりだったわ。」
お父様の目の前で指示なんて出来ないしね。
「じゃあ、頼むわよ。」
これから、演技に集中するのだ。
私達は応接間へと入った。
リズは公爵家に招かれたお客様である。
故に上座に座りメイドから紅茶を差し出される。
リズはすました顔で受け取り優雅な仕草で紅茶を飲む。
その仕草はどこからどうみても貴族令嬢そのもの。
気品ある美しさだった。
実に複雑である。
私も紅茶を飲みながら暫し待っているとお父様がやってきた。
ドアが開き私達を見て少し目を見開く。
「待たせてすまなかった。」
「いえ、時間通りですわ、お父様。」
「そうか?それはよかった。」
言って麗しのプリンスの本領発揮、最高の笑顔を見せる。
娘でなければ恋に落ちてしまうところです。
「では、お父様、私のお友達を紹介させてください。
…こちら、リズさん。冒険者ですの。」
言われてリズは無表情でお父様を見る。
「お初にお目にかかります。リズと申します。
よろしくお願いします。」
軽く立ち上がりピンクのドレスの裾を摘んで貴族令嬢がやるような優雅な一礼をする。
「私は冒険者でして礼儀には疎く失礼がありましたらご容赦ください。」
「いやいや、貴族令嬢でも通じる流れるような一礼でしたよ。
私はクアトロ・ミハルバー、そこのリナリーバーの父親だ。よろしく。」
言って手を差し出す。
リズはその手を握り返した。
「さあ、おすわりください。」
「はい」
リズはソファに座る。
足の揃え方指先への気配り、完璧だ。
お父様も感心している様子。
「それで、今回の話は娘から聞いているのかな?」
「はい、ワトソン伯爵領までの護衛並びにオリハルコン採取中の護衛が任務と聞いております。」
「その通りだ。しかし、私も娘もこの通り冒険には疎い。
だからこそ、酷く当たり前なことを聞くのだが…
それは達成可能なのだろうか。」
「達成不可能と思う理由をお伺いしても。」
「まずは君の実力。失礼だが女性は非力。
誰かを守る事には不向きと考える。
魔法使いでも魔法を使うには呪文の詠唱が必要不可欠。
私は魔法師団の魔法演舞しか魔法らしい魔法を見た事がないが、かなり詠唱には時間がかかるようだった。
果たして君は娘を守れるのか?」
「無論。」
はっきりと言い切ったリズ。
なんだか今のところ妙に男らしかった。
「私はこう見えて剣の腕前に自信があります。
魔法も使えますが、魔法に頼る戦法ではありません。」
「そんなことが…!」
お父様は驚く。
「しかし、言葉だけでは…。いや、君を疑っているわけではないのだ。
君の腕の証明としてギルドタグを確認したいのだがよいだろうか?」
ぎく。
私は背中に汗が一筋垂れたのを感じた。
私達のランクはF。
強者には程遠いランクだ。
ヤバい…
しかし、リズはしれっとタグを出す。
まて、私のタグは私が持ってるんだぞ?
それは何だ。
「…ほう!Aランクとな!」
「えええ!?」
私は堪えきれず驚愕の声をあげてしまった。
おかしいだろうが!!
「どうした?」
「あ、いえ、なんでもありませんの。」
ほほほと笑いながら誤魔化した。
しかし、頭の中は真っ白だ。
なんでAランクのタグを持ってる?
リズはお父様がランクを確認するや否や返却をお願いしてそそくさと返して貰う。
なーーーんか、あやしーーー。
「実力は問題ないか。しかし、そもそも鉱山にオリハルコンはあるのかという問題がある。
なければ依頼達成とはいえない。」
「確かに。しかし、こればかりは行ってみない事にはわかりません。
冒険には絶対がありませんので。」
「成る程…」
お父様は何事か考える。
「あるかどうかもわからないものかもしれませんが私にとっては必要な物です。
僅かな可能性があるならば賭けてみたいのです。」
必殺!娘のおねだり!!
お父様にとっては利用価値のある手駒でしかない私でも一応はお母様の血を継いだ娘。
それなりの効果が見込める。
「はあ…。」
お父様はため息をついた。
「お前にオリハルコンが必要なのはわかった。
ならば自分の目で見て採れるものなら採ってこい。
学園には私から休暇届けを出しておこう。
但し!必ず舞踏会までには戻ってこいよ!」
「はい!」
私はリズに扮するスチュワートと微笑みあったのだった。
「で?」
「で、とは?」
リズには帰って貰ったということにして、スチュワートは私の部屋で変身魔法を解いた。
ピンクのドレスを着たスチュワートは見苦しいのですぐさま元の服装へと着替えさせる。
ピンクのドレスを片手にかけて現れたスチュワートに改めて聞く。
「なんでAランクのタグがあるわけ?」
「ああ、これですね。」
スチュワートはポケットからタグを取り出し私に渡してくる。
純金で出来たタグにはAの彫り込み。
間違いなくAランクのタグだ。
「裏を」
「?」
言われて私は裏返して…絶句した。
「これってもしかして…」
「ええ」
彼は軽く頷いた。
「私が冒険者時代のタグです。」
「貴方Aランク冒険者だったの…」
私はスチュワートをまじまじとみた。
Aランク冒険者ってなんか凄いんでしょ?
って事は彼も凄いのか…!?
私はスチュワートにタグを返しながらもじっと彼を見つめる。
なんでこの人は冒険者を辞めて我が家で執事なんて百八十度違う職業に就いているのだろう。
冒険者の方が儲かるだろうに…。
「裏を見られればバレる嘘でしたので安心しました。」
「実はバレるか内心ドキドキだったわけ?」
「勿論、ドキドキです。」
「無表情でわからなかった…」
飄々と嘘をついていたようにしか見えない。
「ともあれ、これで二週間の休暇をもぎ取りました。」
「本当…」
高々学園を休むだけでどうしてこんなに頭を使い心臓を酷使しなくてはならないのか。
「時間は有限です。鉱山の未発掘領域の情報が全くない以上可能な限り急いで向かい発掘の時間を取りたいと思います。
お嬢様、明朝すぐの出発でもよろしいでしょうか?」
言われて私は頷いた。
「では、荷物のご準備を。こちらは旅に必要な持ち物のリストです。」
はらりと紙を一枚渡された。
色々細々書いてあるが、鞭ってなんだ、鞭って。
リストの一番最初に書くようなものなのか?
…いらないような気もするが、これを書いたのは元Aランク冒険者にして優秀な執事たるスチュワート。
きっと私には思いもよらない理由で必要なのだろう。
私はリストを胸に荷造りを開始する。
明日の朝から生まれて初めての旅である。
冒険!未知を既知に。
凄く胸が踊るのは何故なのだろうか…?




