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ぶいぶい伯爵

「……ぶいぶい伯爵とは?」

「知らないの…!?」

驚く私だが、考えてみればこれは貴族の間で言われる彼のあだ名だった。

使用人である彼が知らないのも無理はない。

「何か問題のある方だったのでしょうか。

問題があるのでしたら選定し直しますが。」

「いや、大丈夫…。それで、彼はお金…は望まなかったのではなくて?」

彼はお金は望まないだろう。

小金では彼は満足出来ないだろうから。

「まさしく。彼の望みは別にありました。

そして、それは私どもにとって大変有難いものでもありましたので、男爵令嬢養子先の第一候補にしたのです。」

「まあ、大方予想できるけど一応聞くわ。

彼は何を望んだの?」

「はい、オリハルコン鉱山の再発掘です。」



翌日、詳しい話を聞くために学園終了後伯爵家に足を運んだ。

我が家よりふた回りくらい小さい屋敷のシンプルな応接間で対峙したのはぶいぶい伯爵ことワトソン・ビオーラ伯爵だった。

お父様より一回り年上のお腹まわりが弛んでる男性だ。

「いやはや、お会いできて光栄ですよミハルバー公爵令嬢。」

言ってにかっと笑うとキラリと輝く金歯!金歯!金歯!

普通の歯は一本もない全てが金歯!

握手で差し出してきた手には大きな宝石がはまった指輪を全ての指にはめていた。

かしゃかしゃ煩いが、顔にはださない。

「私もお会い出来て嬉しいですわ。」

にこやかに微笑み手を差し出しす。

がっちりと握られ硬い握手!

「さあ、どうぞお座りください」

「ありがとうございます。」

言われて私はソファに座る。

「いやぁ、最近は社交界に花が咲かずに寂しい限りです!

何かお忙しいのでしょうか?」

「ほほほ…まあ、色々とありまして。」

言葉を濁すが本当に色々あって社交界どころではないのだ。

と、いうか興味ない。

溺れる前は大好きだった。

ダンスも好きだし、皆が美しいと手放しで褒め称えてくれるのも嬉しかった。

ついでにいえば社交界が嫌いな殿下の代わりに社交界に出ているんだと思い込んでもいた。

「その色々とは例の男爵令嬢の事で?」

私は口元を笑みの形に変える。

「そう…お恥ずかしい話なのですけど。」

「いえいえ、社交界の薔薇が萎れるような問題があれば私は水となり肥料となって薔薇を見事咲かせるのが勤めと思っておりますので。」

口が上手いがわかってる。

水も肥料もタダじゃない。

誰にでも無償で降り注ぐ日光ではないのだ。

「是非、伯爵のお力をお借りしたいと思い今日は参りましたの。」

「具体的には私に何を?」

既に私の希望は伝えてあるはずだが、敢えて聞くのは確認と様式美だ。

「アリスリーザ男爵令嬢を伯爵家の養女として迎えて頂ければと思いますの。」

「…何故、そのような事を?今のまま、男爵令嬢であれば王妃の芽はないかと。」

「私は王家に嫁ぐには二つの素質が必要と考えております。」

私はだされた紅茶を一口飲んだ。

一口でわかる。安物だ。

「一つは王妃としての素質。公務を正確にこなす事務処理能力、他国との交渉する外交能力。

国内貴族の取りまとめを行う国内政策能力。

女性貴族の取りまとめに慈善事業の名誉総裁としての仕事もあります。

それら全てを総括する王妃としての資質。」

紅茶を淹れたカップを見る。

有名どころの工房で作られた名作の贋作だ。

「もう一つが国王たる殿下に愛される素質。

殿下が注ぐ無償の愛に決して驕らず、また同等かそれ以上の愛を注げる女性としての素質。」

私は静かに微笑む。

「私はアリスリーザ男爵令嬢こそこの二つの資質を備えたお方と思っております。」

「……ほう?しかしそれは彼女を高く見過ぎでは?」

伯爵がお茶を優雅に飲み干す。

「彼女は元平民。貴族の血も半分しか流れていないと聞き及んでおります。

王家に入るには血筋も重要。

これだけで、彼女は王家に嫁ぐ資格がありません。」

まさしく。その通り。

いくら彼女を伯爵家の養女にしても血筋が変わるわけでない。

それを言われては元も子もないのだ。

「しかし、王家はそれを承知で現在彼女の王妃教育を受けさせております。

その教育いかんによっては血筋問題も飲み込むかと思われます。」

「その教育ですが、どの程度、進んでいるのですか?」

「それは今始めたばかりなので確実な事は申し上げることができかねます。

しかし、私の王妃教育の礼儀作法担当者は、彼女を認めております。」

「ほうほう、それは結構。」

彼は頷く。

「血筋は教育結果次第と申しますが…。後押しは有るのでしょうか?」

「勿論です。公爵家が彼女の王妃戴冠の為、後押しを約束します。」

公爵家がね。私は抜ける。

「公爵家の後押しも頂けるのでしたら…。

養女の件積極的に考えても構いません。」

「そうですか!」

私は笑顔になる。

伯爵は男爵令嬢を受け入れることに慎重だ。

何故なら彼女を養女に迎えた瞬間、伯爵は男爵令嬢推しとみなされるからだ。

否が応でも王妃を誰にするかの政争に巻き込まれてしまう。

本来、政争とは無縁の方なだけにどうしても慎重になるのだ。

彼一人では生馬の目を抜く政争を泳ぎきることはできない。

だからこそ、彼は公爵家の後押しが貰えると聞いて前向きな検討を始めたのだ。

「しかし、ミハルバー令嬢は男爵令嬢と王妃の座を争う仲。

それでも彼女を後押しすると?」

「はい。私には王妃の資質を二つ揃えることは出来ませんでしたから。」

私の言葉に伯爵はふるふると首をゆっくり振る。

「殿下も見る目がない。美も知も兼ね備えた貴女こそ本来王妃となるべきお方。」

「ありがとうございます。伯爵。」

私は軽く頭を下げる。

「それで、彼女を養女にして頂くに辺り支度金を支払うことになるかと思いますが。」

私の言葉に彼は、はっはっはと笑う。

「我が家はこの通りだ。金銭は不要。」

「代わりに何を。」

ここで漸く彼にとっての本題に入る。

「我が領地にオリハルコンの鉱山があるのはご存知かな?」

「勿論、存じております。」

確かに彼の領地にはオリハルコン鉱山がある。

しかし…

「最後にオリハルコンが採れたのは数年前。

以降どんなに冒険者を派遣してもオリハルコンは採れない。」

彼の領地にあるオリハルコン鉱山。

脈々と続く彼の家と領地が吐き出す欲望を満たしてなお有り余るほどのオリハルコンが採れていた。

と、いうと大量に採れたように聞こえるが最も多く採れた年でも資料によれば僅かに十キロ。

たったそれだけのオリハルコンで領地と伯爵家を贅沢塗れにすることは容易だった。

しかし、いつまでも金属が採れる鉱山などこの世には無い。

残念ながら伯爵家の鉱山は枯渇した。

しかし、長年オリハルコン鉱山頼みの領地経営だった為オリハルコン以外の特産品がこれといって無い。今から開発しようにも時間がかかる。

更に、オリハルコンが生み出した贅沢に慣れた領地民は贅沢から抜けることが出来なかった。

具体的には税上げが確固たる反対に遭い断念せざるおえなくなってしまった。

そして贅沢に慣れたのは民だけでなく伯爵自身もそうだった。

今だ見栄を張る為の浪費をしている。

彼のつけてる金歯。

宝石がついた指輪。

どう考えても不要である。

そして、見る人が見なければわからないところは削られていく。

紅茶の味なんてわかる人基本この家にはこない。

カップの贋作を気にする人もソファの合皮も普通は気にしない。

そんなところから削られて別のところに浪費されていくのだ。

はたらからみれば彼はとてもうまく領地経営をしているように見える。

しかし、実態はまるで違う。

そして彼は知らない。

これら全てが貴族の間では有名な話であることに。

彼が周りに一生懸命見栄を張って社交界を闊歩する様を揶揄する言葉。

それが『ぶいぶい伯爵』なのである。

周りからそんな風に言われていることも知らず彼は未だに夢想する。

まだまだ我が領地のオリハルコン鉱山からはオリハルコンは採れると。

誰もが笑った。

そんなものに期待するだけバカだ。

なんとか領民を説得して税を上げろ、特産品を作れ。

彼を説得する声は数多あったが全てを蹴り彼は冒険者を投入し続けた。

結果。

神は彼に微笑んだ。

オリハルコン鉱山の一部に未発掘の部分がある事を数年前ある冒険者が気づいたのだ。

しかし、そこはかなり奥まり発掘困難な場所。

おまけにモンスターが棲みついている気配すらあるとのこと。

数多くの冒険者が挑戦し命を落とした。

つまり、私が提供できるものは一つ。

「知り合いに腕利きの冒険者がおりますの。

彼らをそこに送りましょう。

無事、オリハルコン採取に成功した暁には、男爵令嬢養女の件よろしくお願いしますね。」


私はにっこり微笑んだ。





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