禁呪
「あの…?」
離れたところから声がして振り向けば少女がいた。
すっかり忘れてたけど生きてたんだ。
「あの…」
ちらっと少女がスチュワートを見る。
未だぶちぶち言いながらザスザスと元フェンリルを刺し続けている。
とりあえず止めるか…
なんとなく声をかけるのを躊躇っていたが、いずれ誰かが止めねばならない。
そしてその役目は私だ。
「…スチール?」
「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな…」
「スチール!!!」
「はっ!」
スチュワートがようやく我に返った。
「大丈夫…?」
「はい。問題ありません。」
本当か、本当なのか、スチュワート。
「私以外のペットは飼いませんよね?」
「え?」
「約束してくださいましたよね?」
「え、ええ…」
「なら、コレはこのまま破棄で構いませんね。」
「ええ…」
私はこくこくと頷くしかできない。
確かに言った。
彼以外のペットは飼わないと。
しかし、私の言う犬がまさか本物の犬も含むとは思わなかった…。
私は地面に落ちてるボロ雑巾以下の元フェンリルを見る。
下手に何かを飼うなんて言えないな…。
私は引きつった笑みを浮かべた。
「あのう!」
少女が近づき声をかけてきた。
あ!また忘れてた!
「な、何か?」
「助けてくれてありがとうございます。」
ぺこっと頭を下げられたが、はて?
助けた?
「え?いや、何も助けてないけど?」
私が助けてほしいと言われていたものはあの通り…
「うー、うー、ありがとうございますー」
「ありがとうございますー。」
死体もどきが遠くからお礼を言ってくるが何もしてないって!
私は困ってしまう。
そんな私の気持ちをよそに死体もどきはてくてくと普通に歩いて近づいてくる。
ゾンビじゃないけど怖い!
「あと、迷惑ついでに」
「私達をさくっと殺してくれませんかね」
「はい?」
私は聞き間違えたかと思い聞き返す。
「殺してー」
「殺してー」
聞き間違いではなかったか。
なんで殺して?
「このまま生きてはいられません。」
…あ、そうか…
こんな姿で生きてなど無理。
モンスターではないので狩る対象でもないから、このままいれば生き地獄確定。
ならば、一思いにと、いうことか。
しかし
「いや!お母さんとお父さんが死んじゃイヤ!」
少女が死体もどきにひっついて泣いて縋る。
「あー、娘さんがこの通りですし…」
自分で死んでください。
私はモンスターは狩れても人間は狩れません。
たとえ、死体もどきでも無理。
「なんとか、なりませんか!?」
「なんとかって…」
なんだ?
「まず、なんでコレは未だに生きているのかというところからしておかしいな。」
ザック様が言う。
「おかしい?」
「ああ、これをやったのは間違いなくフェンリル。
フェンリルが何かしかの魔法をかけてこの姿でも生かされていると推測される。
しかし、フェンリルが死んだ以上、その魔法は解けねばおかしい。」
「ふーん。」
よくわからんがそういうものなのか。
「唯一この魔法の正体を知り且つ解けたのはフェンリル自身。
しかし…」
ザック様が視線を地面に移す。
何度見てもそこにはボロ雑巾に成り果てた元フェンリル。
「つまり、魔法を解く事で生かす、或いは死ぬ事は不可能ってことね…」
殺すならば攻撃魔法でってか。
「お願いしますー」
「殺してくださいー」
「だめ!死んじゃヤダ!」
大泣きする少女。
「こらー、我儘言わないのー」
「これが貴女のためよー」
「一人じゃ生きていけない!」
わんわん泣く少女。
「大丈夫よー、貴女図太いからー」
「孤児院に行きなさいー」
「やだよーーー!」
あの、帰っていいですか?
私は結論が出そうもない状況でため息をついた。
「お姉さん!お姉さん凄い魔法使いですよね!?」
「え!?まあね!」
「じゃあ、なんとか生かせる魔法ありませんか!?」
んな都合のいい魔法あるかよ!
そう思いつつ脳内の魔法リストを検索する。
死者蘇生?
死んでないから却下。
治癒魔法の類は?
追いつかないでしょ。これだけの怪我。
一度殺して蘇生する?
…あ、これいいアイディア!
うん?蘇生魔法って魔力だけじゃだめ?
道具が必要なの??今はそんなの無いし。
却下!!
困ったなぁ。
いくら私が規格外でも出来る事と出来ない事が…
。
そう言おうと彼女を見れば祈るように私を見ていた。
死体もどきもじっと何かを期待するように見ていた。
おいおい。何をそんなに期待してんだよ。
無理なもんは無理だか….ら?うん?
これは?
闇魔法系統?
え?
何これ??
「あるには…あった….けど?」
「あるんですか!?」
少女は私に縋ってくる。
「けど、ちょっと方向性が違う気もする?」
「…どういう魔法なんですか…?」
少女が聞いてくる。
「ーーー禁呪指定闇魔法なんだけど…」
「聞くだけでやべぇな。」
ザック様が突っ込む。
私も言っててそう思う。
「で?どんな魔法なんだ?」
「『転生』」
「なんだそれは…?」
「んー、と…一度死に、その魂をそのままに新しい生命になる魔法。」
「結局死ぬのか。」
「そう、でもこの魔法が発動すれば生まれ変わる。」
「何処で?」
「指定可能。」
「指定可能….?」
「例えば。」
言って私は少女を指差す。
「貴女が将来生む子供とか。」
「えええ!?」
少女は虚どる。
「産めなかったら?」
「絶対に生まれる。その時点で指定者の運命は一部確定してしまう。」
「ああ…」
ザック様は何故この魔法が禁呪なのかを悟ったのだろう。
リュド様の影響か魔法知らずという訳ではないようだから。
『他人の運命を一部確定する』
それは神の領域であり人の手垢で穢していいものではない。
さらに…
「この魔法、うまく使えば永遠の命を得られるのでは…?」
「まさしく。」
私はスチュワートの言葉に頷く。
死んでも生まれ変わる、それが確定し、且つそれを何度も繰り返せば永遠の命に等しいのではないのか。
と、いうよりこの魔法それが目的で生まれた臭い。
だって魂そのままにってことは記憶をそのまま保持するってことだから。
…今この魔法を作った人間はどうしているのだろうか?
未だ死なずに永遠の時間を彷徨っているのか、はたまた途中で永遠から逃げたのか。
私にはわからない。
わかっているのは『他人の運命を一部確定する』
『記憶そのままの転生は繰り返せば永遠の命を得たと同義である』
という禁呪の理由。
そしてまたもう一つの問題点。
闇魔法の根底を揺るがす問題がある。
「と、いうかこいつら普通に殺して死ぬのか?」
ザック様がまさにな事を言う。
この状況で生きているのだ、何処までやれば死ぬのかわからない。
魔法で丸焼きにしても消し炭状態で生きているってのもありえる話だ。
しかし、私は言う。
「転生魔法なら確実な死が約束される。そういう魔法だから。」
そうこの魔法。
闇魔法の中で唯一殺傷能力があるのだ。
それも確実な殺人能力。
どんな攻撃魔法も避けるとか耐えるとかすれば生きる道があるがこの魔法だけは違う。
絶対不可避の殺人魔法だ。
先述の理由に加えここまで揃えばそりゃ禁呪にもなろうというものだ。
しかし、しかしである。
この死体もどきを全員納得に近い状態で処理出来るのはこの魔法しかないのではなかろうか。
「今はこの魔法を使う事によりその忌まわしい体を捨てる。
そして、魂は転生の準備へと入る。
その間、貴女は誰かと恋に落ちて結婚して幸せな家庭を築きお父さんお母さんの体を作ってあげる。
生んで育ててある程度育てれば、記憶はそのままあるから、貴女はご両親と再会した…という状況に近いのではないかしら?」
「…」
「…」
「…」
全員黙ってしまった。
やっぱだめかな?
でも普通に殺したら少女が、生かしたら死体もどきが苦しいんじゃないかなって思うんだよね。
いや、私はどっちでもいいんだ。
好きにすればいいのよ。うん。
私は選択肢をあげただけで選ぶのはこの人達。
私は何も言わない、彼らが選んだ選択肢を粛々と遂行するだけ。
「………なるほど、恐ろしい魔法ですが、彼らを救う唯一とも言うべき魔法でもありますね。」
静かにスチュワートが言う。
少女と死体もどきは目と目を合わせた。
「お父さん、お母さん…」
涙を潤ませ彼女は言った。
「あたしお金持ちと結婚する!」
「「え?」」
死体もどきが声を漏らす。
「そして、お母さんとお父さんをお金持ちの子供にしてあげる!」
彼女はすっくと立ち上がり拳を高々とあげた!
「でーっかいおうちの子供!学校にだって通える最高のおうちに生んであげる!
美味しいご飯もお菓子も食べ放題で毎日ドレス着てパーティだって開いちゃう!」
言いながら少女は、はらはらと涙を落とした。
「だがら!今は…!!」
ふぇぇぇん、と泣き出した。
死体もどきが少女を抱きしめる。
「期待しないで待ってるー」
「俺はメロンが毎日食える生活きぼー」
二人の言葉に頷く少女。
「絶対に…やるからね!お母さん、またクッキー焼こう!
お父さん、また面白い話をしてね。」
しくしくと泣きながら少女は言う。
「あたし、忘れない。お母さんがあたしを助けてくれたこと。
お父さんがお母さんを助けに向かった背中。」
ポロポロと涙を零す死体もどき。
「あたし、お城に住みたいって思った。
綺麗なドレスを着たいって思った!
でも、お城も綺麗なドレスもいらない!!
あたしが未来でお母さんとお父さんを幸せに出来るように頑張る!!」
『ナホー!』
死体もどきが少女を強く強く抱きしめた。
暫し三人は抱き合い、やがて離れて涙を拭う。
そして私を見た。
「すみません、ご迷惑だとは思いますが、お願いしてもいいですか?」
「お願いしますー」
「お願いしますー」
死体もどきも頭を下げてくる。
三人の心が決まったなら私のすることは一つ。
「じゃあ、やるよ?」
三人が同時に頭を下げた。
なら、いくよ。
私は呪文を唱える。
禁呪という割には簡単な呪文。
事の重要さとは裏腹にあっさり唱え終わり、それは発動した。
「転生」
瞬間、二つの死体もどきは消失した。
「ああ…!」
覚悟を決めていただろうが、少女はその場でヘタリ込む。
そして地面に突っ伏して泣き出した。
「ま、貴女が頑張ればそのぶん早く生まれてくるわよ。」
私は肩を竦めた。
しかし、それでも少女は泣くばかり。
こんな小さな子供にはやはり酷だったかと私は少々後味悪くその場に立ち尽くすのだった。




