みぃーーーーつけたぁーーーー
「どうします?」
本当、どうしましょう。
いや、落ち着け。
まず何故彼がいるか、だが。
「…そういえば、ザック様は騎士団に既に所属していると前に仰っていましたわ。」
こそこそと身を寄せ合って話す。
「学生の身で既に?」
「騎士団長の息子で実力にも問題なければ入団は可能なのでは?
私も詳しくは知りませんが…」
騎士団なんて無縁の存在。
入団資格とか年齢制限とかあったような気はするが覚えてない、と、いうか知らない。
「いずれにせよ騎士服を着ていますし、今の彼は騎士としてここにいるのでしょうね。」
「みたいね…」
「問題は、私です。」
「わかってる。」
私は頷く。
ザック様とスチュワートは面識がある。
そしてスチュワートには変身魔法はかけてない。
かけなくても普段の執事服を脱いで防具を身につけるだけで雰囲気がガラリと変わるからだ。
親しい間柄でなければわからない程度には化けた。
更には彼はリナリーバー専属執事である関係上あまり外には出ない。
外出先など学園と王城が大半。
たまーーに王都の服屋くらい。
その貴重な外出も馬車オンリーで外を歩くのはほんの数歩という有様だ。
少なくても冒険者や平民が闊歩する辺りは歩かない。
だから知り合いに会うとは思わず変身魔法は不要かと思いかけなかった。
もっと言えば会うなんて想像もしていなかった。
それは王都及び王城の広さに由来する。
王城敷地の広さは教科書通りなら51ヘクタール丁度。
その巨大な敷地中央にそびえ立つ王城と敷地内には複数の塔や屋敷、園庭、プールに美術館、更には博物館、厩舎もあるし、園庭と美術館、博物館に至っては市民に解放までされていた。
つまりとにかく広いし、場所によっては人出もある!
仮に王城周辺の警備に当たる事になろうとも会わないし見つからないと踏んでいたのだ。
王城だけでその広さならば王都となるとさらに巨大化する。
町で買物をしていたらばったり知り合いに…なんて都市伝説だ。
すれ違うくらいはあるかもしれないがまず気づかない。
その程度には広さも人出もあるのだ。
少なくても今まで生きてきて彼とバッタリ出くわしたことなんてない。
その『ない』がよりによって今日起こったのだ。
「バレないのでは?」
しかしこの執事は全く慌ててない。
いつも通り無表情だ。
「それは流石にザック様を馬鹿にしすぎでしょう。」
そんな変身物の勧善懲悪物語じゃないんだから。
そもそも彼は変身すらしていない。
「…まだ彼はこちらに気づいておりません。
逃げるなら今のう…」
ザック様がこちらを見た。
彼の目が大きく見開く。
「…無理なようですね。」
「ええ…」
ザック様が足早にこちらにやってくる。
もう考えている暇も己の先読みのなさを詰る暇もない。
いかにして誤魔化すか、それだけだ。
…。
よし!
「スチュワート、貴方はただその場に黙っていなさい。
私が適当に誤魔化すわ。」
「お任せします。」
丁度相談が終わったところでザック様が目の前にやってきた。
「お前!スチュワートじゃないか!何故ここに!?
それにその格好は!?」
「え?スチュワート???スチールだよね?」
私は平民冒険者リズ。
それを意識して会話を試みる。
心の声をそのままに吐き出せばいいのだから簡単だ。
「は?スチール?彼はスチュワートと言ってミハルバー公爵令嬢の専属執事だ。」
「えええ!?」
私は大げさに驚く。
「ええっ!そんな凄い人だったの!?」
「リズちゃん、どうした?」
そこにツバイクが話しかけてくる。
ツバイク含め三人は離れたところで今日の流れの騎士の一人から説明を受けていた。
そこに私達がザック様と話し出したからわざわざ走ってこっちまできてくれたのだ。
そんなツバイクの様子に苛立ったのかシャーロンは私を睨んでいた。
何故そこで私を睨むのか、シャーロン。
「そ、それが彼ってば貴族様の執事様だそうでして!」
「それってき…」
「全く知らなかった!だってスチールって名乗ったし…」
「わざわざ偽名まで?」
ザック様も訝しげにスチュワートを見る。
「…因みにどこの家の執事さんなの?」
「ミハルバー公爵家だって!」
「ってあの!?」
言ってまじまじと私を見るツバイク。
これツバイクにはバレたな。
「ええ。あの、よ。」
私は神妙に頷く。
「そんな凄いところの執事さんがわざわざ偽名使ってまで冒険者やってるってことは…。
何か大きな理由があるに違いないわ!」
「大きな理由?」
「そうでなくてはおかしいじゃない。」
私の言葉にザック様はしばし考えて…
「……ああ、思い当たることがある…」
「えっ!?」
これは演技ではなくて声がでた。
思い当たることってなんだよ!?
「俺は直接公爵令嬢を知っているし、普段から彼はかなり虐げられている。
……ストレスが溜まっての行為なのだろう。」
同情的な視線をザック様はスチュワートに送る。
「…」
スチュワートは命令通り無言。
私は必死で顔を歪めないように努める。
せっかく誤魔化せそうなのだ、このまま己を殺すんだ!
「へ、へー!そんな酷い令嬢なの!?」
「ああ、殿下が毛嫌いしているだけはある、自己中心的で高慢な女だ。」
「そ、そうなんだ!ってことはスチールはお嬢様の我儘にストレスが溜まって発散に来たのね!」
「それで間違いないだろう。実力の程は知らないが弱いモンスター辺りを甚振るとすっとするからな。」
「…へ、へー…」
なんかこの人今、人としてやばいことを言ったような気がしたがスルーに努める。
「でも、もしこんな所でこっそりストレス発散している事がバレたら…!?」
「あの令嬢の事だ、さぞ酷い目にあうだろう。」
「なんて可哀想なスチール!ねえ、お願い!
彼が公爵家の執事ってことは貴方の関係者全員に黙っていて!」
「関係者全員?」
「どこで誰が聞いているかわからないわ!
ぽろっと友達に喋ったことが伝言ゲームのようにしてお嬢様の耳に入っちゃうかもしれないじゃない!」
「それは確かに。うむ、男として常々彼には同情していた。
ここは黙っておくことにしよう。
…スチール…と呼べばいいのか?」
言ってザック様はスチュワートに問いかける。
「…スチール?もう大丈夫よ?」
命令遂行の為黙り込んでいたスチールに会話の許可を与える。
「………ありがとうございます……」
スチュワートは呟くように言った。
そこに…
「ちょっと!ツバイク!それに貴方達も!
仕事よ仕事!思ったより忙しいみたいよ!」
駆け足で私達に走り寄るシャーロン。
ツバイクの腕をとり私をじろっと見るとふんっと顔を背けた。
「おい!シャーロン!!!」
やたら慌てたツバイクがシャーロンを宥めながら少し私達から離れる。
私はその様子をちらっと見ていた。
「……ところで貴女は?」
「へ?」
「貴女ですよ。スチュワート…ではなくてスチールとはどのような関係で?」
「えっと…」
スチュワートを誤魔化すことしか考えてなかった!
「彼女はパーティメンバーです。」
「そうなのか?」
「そう!」
こくこくと頷く。
事実そうなのだ、嘘はついてない。
「そうなのか、私はザックシュノバーと言う。
今日は一騎士としてここにいるので気軽にザックと呼んでくれて構わない。」
言って右手を差し出してきた。
「私はリズよ。私もリズでいいわ。」
私はその手を握りかえす。
「リズさん、シャーロンさんがこちらを見てます。
早めに行きましょう」
言われて私はシャーロンをみる。
…?
シャーロンは未だツバイクに宥めすかされている最中でありこちらは見ていないが。
…あ、あまり長く話すとボロが出るものね。
私は頷くとザック様に軽く会釈してアリーシャの方へと行く。
「アリーシャ!」
「白ローブ。どうやらかなり忙しいみたいだ。」
眉をよせてアリーシャがいう。
「何故?」
「理由は不明なれどモンスターが森の中で大移動をしているらしい。
その関係で王都に侵入してくるモンスターが普段より格段に増えているそうだ。」
言われて私は顔を顰める。
「モンスターの大移動なんてしょっちゅうある事なの?」
「はあ?あるわけないし!」
真後ろから声がかかればシャーロンが目を釣り上げていた。
「あー、もう!最悪!ランク上げがかかってる時になんで子守をしながら普段にはないような事態に対応しなくちゃいけないのよ!」
「おい!シャーロン!!」
駆け寄ってきたツバイクにシャーロンはまたもや止められる。
「ツバイクも!なんでこの子ばっかり庇うのよ!
アリーシャもなんでそんなに懐くわけ!?」
「庇ってはいないし…」
「白ローブ着てるし…」
二人は戸惑いながら答えるがその答えが気に入らないらしく地団駄を踏むシャーロン。
美人が台無しだ。
プリプリ怒りながら私から離れていきツバイクが私に頭を下げてすぐに彼女を追う。
「なんか大変そうね…」
私は二人を目でおいながら呟く。
「シャーロンが一番気に入らないのは、ツバイクが白ローブを庇うから。
そしてそれに気づかないツバイクが一番のアホ」
「…?そうなの?」
「そう。」
よくわからないがアリーシャが言うならそうなのだろう。
「すみません、そろそろ仕事を始めたいと思います。」
そう声をかけてきたのは騎士の一人。
「基本南門内部を巡回しながらの警備となります。
騎士は基本詰所での警備を行います。」
なるほど…。
騎士は巡回用の地図を渡してくれた。
「ルートは全部で二種類。いずれも何事もなければ一周歩いて一時間程度。
二種類全部回ったら一時間の休憩とします。
そしてまた再開….という流れを夜勤チームが来るまで繰り返します。
よろしいですか?」
ふむふむ、南門警備と言っていたから門に張り付いての警備かなと思ったが、どうやら門周辺も警備対象のようだ。
騎士は軽く一周一時間とか言ってるけど二種類全部なら二時間ぶっ通しで歩けという事か。
…普段歩かない貴族令嬢にはかなり苛酷である。
「大丈夫ですか?」
「…多分…」
自信はない。しかし無理とは言えない。
「警備途中モンスターに出会ったら狩りとって
ください。
その際採れた素材は皆様の物と致します。
しかし、決して無茶はなさらないようお願い致します。
勝てないと思う相手でしたら即撤退、或いはこのマジックアイテムを使って仲間を呼んでの対処をお願いします。」
言われて渡されたのは筒そのもの。
「これってどうやって使うの?」
「これは発煙筒と言うマジックアイテムでここのボタンを押すと煙と火花が上空で炸裂するんですよ。」
「へぇ。」
私は発煙筒をよく見てみる。
単なる筒にしか見えないが仲間を呼ぶのにはうってつけだ。
「騎士はああ言ってますが、基本撤退はありません。」
「え?」
私はスチュワートの顔を見る。
「この門が森と王都を隔てる唯一の関所。
ここを超えたら人が大勢住む王都までほんの数キロ。
ここを警備する我々が絶対にモンスターを食い止めなければならないのです。」
「…!」
そこまで私は考えていなかった。
門を超えたらすぐに王都という訳ではない。
しばらく完全無人の荒野が広がっている。
今まで何故かなど考えたことがなかったが、理由はとても単純明解。
入り込んだモンスターを周りの被害を気にせず仕留めろということだ。
「なお、古い話で恐縮ですが私が冒険者をやっていて門の警備をしていた時、モンスターに会わなかった事はありません。
丸一日適当に歩いているだけで何がしかのモンスターと鉢合わせしておりました。
必ずモンスターと鉢合わせして戦闘となる為モンスターを狩れる実力が必須。
故にDランク相当が妥当の依頼なのです。」
モンスター遭遇率100パーセント!
それをFランクの初仕事で選ぶって狂気の沙汰だ。
「しかし、私が出会ったモンスターの中で一番多かったのがゴブリン、次いでオーガです。
はっきり言いまして雑魚です。
仮にも冒険者で身を立てようとしている者なら狩れて当然の連中です。
お嬢様が気になさるような敵ではございません。」
「そ、そっかぁ。」
なんかモンスター狩るぞっ!って思って冒険者登録してここに来たけど、どーも、ピンと来てなかった。
しかし、スチュワートの話を聞いて漸くそれがリアルになってきた。
心臓がばくばく言ってる。
これは緊張のばくばくなのか、それとも…?
「それでは二手に分かれての警備をお願いします。」
言われて自然と私とスチュワート組、ツバイク、シャーロン、アリーシャ組となった。
「では、スチールさん達はAルートを、ツバイクさん達はBルートをお願いします。」
言われて私達は軽く頷きその通りの道を進もうとする。
しかし。
「あ、待て!」
ザック様が声をかけてきた。
な、なんだ?
私は内心ビクつきながらもそちらを見る。
いつも通りの険しい顔であり、何を考えているのかさっぱりわからない。
「なんでしょうか?」
「そちらは二人なんだろう?貴方に万一の事があったらあの令嬢が煩い。
念のため俺も付いて行こう。」
「結構です。」
きっぱりはっきり言い切るスチュワート。
しかし全く動じないザック様。
「遠慮するな。それに俺の目の届く範囲で貴方に何かあったら間違いなくあの女の逆鱗に触れる。
考えただけで面倒臭い。
これは俺の為でもあるんだ。頼むよ。
…リズからも言ってくれ。」
いきなり振られて私は固まる。
正直付いてくんなバカである。
しかし、ザック様の気持ちがわからなくもない。
何せあの女こと私だ。
もしザック様の目の前でスチュワートが髪一筋とて傷つこうものなら烈火の如く怒るだろう。
それを避けたいという彼の気持ちもよくわかる。
「……いいんじゃない?」
断る適当な理由も思いつかず私は了承してしまう。
「リズさんがよろしいのでしたら私は構いません。」
スチュワートの了承も得て私達は歩きだした。
さて、ここで少し地理の話を聞くことにしよう。
と、言っても私は学園の生徒なので王国の全体図の勉強をしたことがあるのでおさらいではあるが。
我がサンティア王国はよくドーナツに例えられる。
王都は穴の空いた中央部に存在し、その周りを森がぐるりと囲っている。
そしてドーナツの外側には複数と地方都市が存在する。
王都と森を隔てる壁は巨大にして堅牢。
人間一人の力では壊さないし、超えられない。
その壁によって私達王国民の安全は守られている。
と、習った。
だが、実際は少し違う。
壁や門は確かにモンスターを王都内部に入れないようにする効果がある。
しかし、本当の壁は冒険者である。
彼らが日々門近辺を警備しているから王都内部にモンスターが入りこまないのだ。
王都と門の間にある完全無人の荒野地帯…緩衝地ともいうべき場所はある意味冒険者達の『絶対にモンスターは町に入れない』という覚悟の表れでもある。
前を遮るもののない荒野では逃げも隠れも出来ないのだから。
そんな荒野を私達は歩く。
決められたルートを歩くのが通常だが、詰所からモンスター発見のメッセージがあれば即座に移動、戦闘を行うらしい。
詰所は門の外側の警備と共に門を超えたが見逃したか倒し損ねたかして荒野のどこかに隠れてしまったモンスターをマジックアイテムで探し出す役目も果たしている。
ザック様が歩きながらそのマジックアイテムの有用性を滔々と語ってくれた。
なんでもそのマジックアイテム、乙姫さんが作ったらしい。
そのマジックアイテムがなかった頃はもっとたくさんの冒険者を徴集して荒野全体を警備させていたとのこと。
その時代を知るらしいスチュワートは『便利になったんですねぇ』などとおじいちゃんみたいな事を言っていた。
私は黙ってザック様の話に耳を傾ける。
彼は私に話しかけているのではなく、スチュワートに話しかけているのだから部外者である私は静かにしていた方がいい。
下手に喋ってボロが出るのはまずいというのもある。
ザック様は饒舌に喋るがスチュワートもボロを出したくないのか、ほぼ相槌のみだ。
しかし、そんなの御構い無しに喋る喋る。
彼は学園ではあまり話さない。
ここまで饒舌に語る彼を見たのは長い付き合いで初めてだった。
「ーーーな、訳だが、ところでリズは退屈か?」
「はい!?」
急に話を振られて私は驚く。
「王国や王都の地理には興味がないか?」
「そんなことは…」
単に知ってる話なのでとは言えない。
そこらの平民では知るよしのない事を彼は話していたのだから。
「しかし、冒険者になったのなら地理は知っておいた方がいいぞ?
逃げる時に闇雲に走るのでは、命を縮めるだけだからな。」
「ごもっとも。」
もしやこの話、私達を心配しての語りだったのか?
しかし全く聞いてなかったのだ、曖昧に笑って誤魔化しておく。
「そういえばリズはどこの出身なんだい?」
「はい!?」
私は飛び上がるほど驚く。
なんでそんな事を聞いてくるのか、この男は。
「えっと…」
「ザック様、冒険者の出自を聞くのはご法度ですよ。」
「そうなのか?」
「はい、良い出自の者ならばいいですが、違う場合の方が多いですからね。」
言われてザック様は私を上から下まで舐めるように見る。
「リズは毛並みが良い方だと思うのだけど?」
「それでも言いたくない事を持つ者が多いのですから。」
「そうか、それは…」
私達は同時に足を止めた。
ザック様は目を細め、スチュワート共々手を剣へと持っていく。
私はというと。
耳が知らないはずなのに懐かしいと思ってしまう音を聞いて顔を歪めていた。
英雄様が脳内で踊る。
モンスター発見!
モンスター発見!!
モンスター発見!!!
さあ!狩り尽くそう!
脳が熱を帯びてくる。
発火しそうだなぁぁぁぁ。
「……リズは下がっ……リズ?
………何故嗤っているんだ?」
ザック様の至極当然な質問が滑稽だった。
そんなの決まってるじゃないか。
私は顔を笑みの形に歪めて言う。
「みぃーーーーつけたぁーーーー」




