一撃死殺か嬲り殺しかは好みが分かれるところだがやってる事は結果同じ。
私はワクワクした面持ちで壁の上から伸びる手を見つめる。
にやける顔が止まらない。
これは英雄様のせいか?
いや、違う。
英雄様は無関係。
元々私が持っていた性格が前面に出ただけだ。
英雄様はほんの少し私の背を押しただけ。
私は後数分で訪れる快感を思い身を震わせた。
私は一体何を恐れていたのだろうか。
こうなる事を恐れていたのだろうか。
だとしたらなんと愚かな話だろう。
私が見つめるその先で薄汚い手に力が篭った。
上半身が壁の上から姿を見せる。
薄汚い手にお似合いの薄汚い顔をしたモンスターだった。
私はこれを知ってる。
学園の教科書でも見たし、英雄様の記憶に最も多く登場していたモンスター。
その名も
「ゴブリン」
「よくご存知で。」
私の呟きにスチュワートは答える。
そう、森に最も多く棲みつくモンスター。
群れで行動する習性があり、子供程度の知能がある。
今目の前で壁越えを試みるゴブリンはさながら斥候かはたまた捨て石か。
ゴブリンは辺りを伺い…
私達に気がついた。
隠れる場所もないこの荒野で見つかるのは当然だ。
ゴブリンはあからさまに固まりすぐさま壁から姿を消した。
そして去っていく足音。
…。
「逃げられたな。」
「逃げられましたね。」
ザック様とスチュワートは感慨もなく言う。
しかし、私は違う。
予定していた快感が得られないなんて有り得ない。
「…逃げられると思うなよ?」
「は?」
「はい?」
ザック様とスチュワートの声が奇しくも重なった。
その数秒後。
壁の向こう側に攻撃魔法の花が一輪咲いて森の一部を焼き払った…はず。
『はず』なのは壁の向こう側で起こったことなのでここからではわからないからだ。
「多分、仕留めた。」
私の言葉に数拍置いてザック様が言葉を吐いた。
「わかってねぇな。」
「え?」
予想外の言葉に私はザック様を見る。
わかってないとはなんだろうか。
「モンスターは甚振り殺すのが楽しいんだろうが。
あんな一撃じゃ、あいつらの命乞いや悲鳴が聞こえやしない。」
…この人、本気で言ってる。
私はザック様の目に本気を見出した。
だから私は答えた。
「いーや、モンスターは纏めて一撃でぶっ飛ばすのが一番スカッとするのよ!」
英雄様がうんうんと頷く。
「はあ?悲鳴と命乞いがモンスター狩りの醍醐味だろ!?」
「いいえ!纏めて吹っ飛ばして累々と横たわる死体を数える事こそ真のモンスター狩りです!」
「お前、スチールのオマケかと思ったらとんでもない勘違い女だな!」
「そっちこそ!騎士だからと思って大人しく聞いてみれば美学のカケラもないのね!」
「なんだと!?剣で甚振り殺すのが一番だ!」
「ふざけんな!攻撃魔法で一撃でぶっ飛ばすのが最高よ!」
私とザック様は至近距離で睨み合う。
『スチール!』
私達は同時にスチュワートを見た。
「はい」
「俺が正しいよな!?」
「私よね!?」
「私はいついかなる時もリズさんの味方です。」
そう言うスチュワート。
だけど、私は勿論気づいた。
味方とは言ってるがどちらが正しいかに関しては言及していないことに。
「ところで。」
こほんと咳払いをひとつしてスチュワートが口を開く。
「門の外には出ていませんが、結果として門の外側にいたモンスターを狩ってしまいましたが、それは有りなのですか?」
「勿論有りだ。」
ザック様は言う。
言葉遣いが、今までとは違い乱雑となった。
同い年くらいの平民のような言葉遣いだが、不思議とザック様に似合っていた。
「壁越えしようとしたモンスターを追い払う為に攻撃魔法を門の外側に叩き込むのは腕のいい魔法使いならよくある話だ。」
「壁が邪魔で見えませんが、おそらく森の一部が消失したかと。」
「それも問題ないな。どーせ、明日には元どおりだし。」
「え!?そうなの!?」
「あんたそんなこともしらねぇのかよ。
森の成長速度舐めんな。
未だこの森は拡張し続けているんだからな。」
「そうなんだ…」
私は壁の向こう側に思いを馳せる。
「じゃあ、いつか森の中に入った時安心して魔法が使えるね。」
攻撃魔法使いまくった結果森が消失とか笑えない。
「だから、そう攻撃魔法をポンポン使うんじゃなくて剣で嬲り殺すのがいいんだって。
今回みたく死んだかどうかも確認できないなんてつまらねぇじゃねぇか。」
「森をぶっ飛ばす程の攻撃魔法で吹っ飛ぶモンスター!スカッとすること間違いなしよ!」
「あー、お二人とも。問題ないようでしたら行きましょうか。」
スチュワートの言葉に言い合いをやめて先に進むことにしたのだった。
「ん?」
「どうされました?」
「メッセージだ…っと、このまま行くと壁越えしたゴブリンの小規模な群れと出会う。」
「ほう?」
「へー」
「お前がやると一瞬で終わるから、今回は見学。」
「なんでよ!」
「さっきやったろ?」
「あんなのやったうちに入んない!」
「落ち着いて…」
スチュワートが全てをいい終わるより早くゴブリン十数匹と出会う。
先程のゴブリンと同様薄汚い体つきに顔立ち、服というか布きれを体にまきつけ、棍棒のような武器を何体かは持っていた。
彼らのうち一体が私達を見かけると目を釣り上げて雄叫びをあげる。
その声に連鎖反応を起こして周りも叫び始めた。
そして飛びかかってくる。
「お前らは見学な?」
言ってザック様はいい笑顔で剣を引き抜き一直線にゴブリンの群れに向かっていく。
そして剣を閃かせ斬りつけていく。
斬った箇所は手首であったり足首であったり。
致命傷には程遠い…しかし戦闘続行は難しい傷を与えていく。
「ギシャーギシャー!!」
斬られたゴブリン達は悲痛な声をあげる。
その声を聞きザック様は嬉しそうな顔をする。
ついぞ学園では見たことのない笑顔だ。
いつも眉間に皺をよせて不機嫌そうな彼とは違う。
「なあ?こいつらの声、そそるだろぅ?」
のたうち回るゴブリンを見下ろしながらザック様は言った。
「…だずげで…!」
ゴブリンの哀れな命乞いに彼は歓喜に身を震わせる。
「ああ、最高だ…!これだから騎士はやめられない…!」
「騎士をやってる理由ってモンスターを甚振る為なの?」
「ああ、最高だろう?将来にも繋がるし、俺の気分もよくなる。
一石二鳥だ。」
言いながら彼はゴブリンの一体を手元に引き寄せ、耳をそぎ落とす。
ことさらゆっくりゆっくりと。
「ギシャーギシャー!!!」
痛みで暴れるがザック様はゴブリンを抱え込んで離さない。
耳がひとつ切り落とされた。
そのショックで哀れなゴブリンは絶命する。
「どうするの?それ?」
「戦利品。持って帰って眺める。」
「うわっ!」
私はドン引きだ。
彼は本当に私の知るザック様なのだろうか?
学園では殿下に次いでリュド様と並ぶ人気の高い殿方だというのにその面影はない。
そこにいるのはただの鬼畜野郎だ。
「さて…残りの連中はどうしようかな…?」
そう言って黒い笑みをゴブリンに浮かべ、別の一体は目をえぐり、また別の一体は舌を引き抜き、と、拷問もかくやの勢いでゴブリン達を文字通り嬲り殺したのだった。
「あー、最高…!」
全てのゴブリンを様々な方法で嬲り殺した後、ザック様は爽やかに言う。
「嫌なことはこうやって忘れるに限るな。」
「嫌なこと?」
「お嬢ちゃんにはわからない貴族のしがらみだよ。」
少し遠い目をして彼は言う。
「とんでもない人でしたね?」
スチュワートが話しかける。
しかし、私が答えるより早く耳ざとく聞きつけたザック様が口を挟む。
「失礼だなぁ?」
「事実でしょう。…リズさんに近づかないようお願いします。」
「なんでだよ?こいつは俺と同じだろう?」
違う。とは言い切れない悲しさがある。
方法は違えどモンスターで魔力を消費するついでにストレスを発散させてることは間違いないのだから。
「人間相手にやらないだけマシなのかしらね。」
「子供の頃はやってたぞ。」
「え?」
衝撃の告白をされた。
「人間相手が一番だ。それも女がいい。
指を一本一本切り落とて、歯を全て抜いて。
涙に歪むその顔がいい。
…別に俺が特殊な訳じゃないだろ、スチール?」
「はい?」
「?」
何故スチュワートに話をふるのか。
「お前のところのお嬢様だって同じだろう。」
今、凄い失礼な事をいった!
いくらなんでも…
「偶に首筋に赤い鞭の跡が見えていた。
さぞ、可愛がって貰っているのだろう?」
「…」
私はそっと視線を外す。
「俺はお前でもいいんだが。」
言ってザック様はスチュワートの顎に手をかける。
「お前のように見目麗しい男が痛みで叫ぶ様はさぞそそるだろうな。」
情欲に濡れた瞳をザック様はスチュワートに向ける。
「あの女には勿体無い獲物だよ。」
「人間にはやらないんじゃないの?」
私はスチュワートを庇うように言う。
「問題を起こす度に揉み消してはいたが、限界というものがあるからな。
今はモンスターで我慢している。
だが、やはり欲しいよな。
嬲っても問題にならならい人間。
あの女は本当にいいものを持ってる。
…まあ、こんなところにいるんだ、そろそろ嫌気がさす頃か?
なあ、うちにこないか?俺を楽しませてくれればいい生活を約束するぞ?」
「貴方の愛玩動物になるつもりはありません。」
「それは残念。」
ザック様はスチュワートの顎から手を離す。
しかし、あまり諦めたような感じではない。
これがザック様の本性なのだろうか。
学園での難しい顔からは想像だに出来ない残虐性である。
以前、私を抱き抱えて走ってくれたが、あれすら『寡黙で真面目な次期騎士団長』という仮面を確固たるものにする計算され尽くされた演技だったのだろうか。
もしそうならば、『脳筋』と侮ってはいけない。
これはきっと貴族で知ってるのは私だけ…常に側にいるリュド様や殿下さえも騙しきる人間は決して『脳筋』などではない。
『策略家』だ。
私はザック様の評価を改める。
それと同時に私は悟った。
何故、私は彼に嫌われていたのかという話。
彼にこれといって何かしたことはない。
しかし、子供の頃からずっと一貫して彼は私を遠ざけていた。
その謎がなんとなくだが解けた。
まあ、あれだ。
磁石のS極とS極は反発する。
まさにそれだろう。




