ドラゴンの血晶とオリハルコン
懺悔室に入り私は例の硬い椅子に腰掛ける。
この椅子が上等なものに変わる日は来るのだろうか?
次回はクッションを持参しようと思う。
仕切りの向こうで神官長が座るの気配がする。
「さて、今日はどのようなご用件で?」
「ええ、実は…」
仕切りの隙間から小さな革袋を差し入れる。
彼はそれを受け取り…。
「壊したんですか?」
「まあ、ご覧の有様です。」
「魔力が暴走したと…しかも、純金製のマジックアイテムを破壊するレベルの暴走…。
よくご無事で。」
「それってやはりまずいの?」
「自覚がないとは恐ろしい。
このマジックアイテムは魔力を抑え込むのに特化した特別な代物。
それを壊す程の膨大な魔力の暴走が危険でなくて何が危険なのでしょう。」
「…確かに。」
私は頷くしかない。
「そもそも壊れるという事さえ想定外です。
本当によくぞご無事で。
どうやって助かったのですか?」
「暴走と同時にスチュワートが私の意識を奪ったそうです。」
「…成る程。中々獰猛な犬のようだ。」
彼は何事かを考えているようだ。
「で、これってやはり弁償?」
私は内心ビクついているのを悟られないように神官長に聞く。
「これは単なる貸与品です。破損は想定外ですが、返ってこない事はままある話。」
「返ってこない?」
「紛失だそうですよ?」
本当かどうかは怪しいですけどね、と言外に伝えてくる。
まあ、純金製だものね。
うっかりパクる貴族がいてもおかしくはない。
「きちんと保険に入ってますので弁償は不要です。」
「それはよかった!」
本当によかった。
「あと、くっついていた宝石も返すわね。
袋の中にあるでしょ?」
「………ああ。」
実につまらなさそうに彼は言う。
「それ、何?」
「何って?」
「その宝石よ。マジックアイテムは粉々になったのに宝石は無事っておかしいわよね?」
「そうだね。」
「あと、デザイン。正規の品とデザインが違うっていわれたんだけど?」
「ああ、これは帝国のマジックアイテムだからね。」
「帝国の?なんでまた…」
「手元にあってすぐに使えたのがそれだった。」
実に嘘くさい話である。
「因みに宝石も帝国のものだよ。帝国のマジックアイテムに宝石を嵌め込んだ。」
「なんでまた…」
「魔力を抑える効果があるって聞いたから丁度いいかなって。」
「そんな効果が?」
少し疑い気味に言う。
だって結局ダメだったし。
「その宝石はね、『ドラゴンの血晶』って言われてる品でして。」
「ドラゴンの?」
「ええ、おたくの国の英雄様にコテンパにされたドラゴンは逃げ道を帝国方面にとった。
帝国上空を飛んで逃げる際に落ちた血の雫が固まって造られたのがその宝石でして。
もしこれが本当ならば、魔力耐性最強の生命体の血液結晶なら貴女の有り余る魔力を抑える事も出来るでしょう。」
「本当ならば?」
「ならばです。」
なんなのだ、一体。
「だって帝国は三百年前にドラゴンに破壊され尽くされたんですよ?
三百年前より前の歴史や技術は完全に失われたんです。
だから、その宝石も私の家に偉そうに鎮座してはいましたけど本当にドラゴン関連の素材かは不明なんですよ。」
「え?私物!?」
なんか歴史的価値が高そうなものが自宅にあるって…。
想像以上に由緒正しい家柄のぼっちゃんだ、こいつ。
「国を追い出される時に掻っ払ってきてやりました。
今頃家じゃ大騒ぎでしょうね。あー、ざまぁみろっ!」
「いやいや、そんな大層なもの渡さないでよ!」
魔力暴走に巻き込まれて粉々にならなくて本当によかった!
「でも、ミハルバーといえばドラゴンを撃退した家だと聞き及んでます。
ならばドラゴンの落とした素材はミハルバーが持つべきでは?」
「あくまで『ならば』でしょ?」
「調べてみたらいかがです?これはお貸ししますよ?」
言って仕切りの隙間からころころと宝石を転がして手渡す。
改めて見てもぱっと見は小ぶりのルビーだ。
それが全部で5つ。
「ドラゴンを撃退した英雄の子孫がドラゴンの謂れある宝石を持つなんてロマンがありませんか?」
「ろまん?」
悪いがさっぱりわからない。
「これは門外不出の宝石。私が持ち出さなかったら一生貴女の目には触れなかったはず。
それがなんの因果かこうして貴女の手元にある。
何かが起こる気がしませんか?」
…勘弁してくれ。
これ以上の厄介ごとは受け付けておりません。
「悪いけど宝石は貴方が持つべき。
貴方の家にあったんでしょ?」
「まあまあ、そう言わずに。嘘か真かこの宝石には魔力抑制の効果があるんですし。」
仕切りの隙間から返そうとすると神官長はさらに押し返してくる。
ぐぬっ!
「でも結局効果がなかった訳で!」
「それは土台がよくなかったからかもしれませんよ?」
「土台?」
「宝石をはめていたのは純金でした。
何故、マジックアイテムが純金で出来ているかといいますと、純金は魔力耐性が高い金属だからです。」
「魔力耐性?」
「魔法で攻撃されても壊れにくいって思ってくださって結構です。」
「へー。」
貴族の自己満足の為に純金って訳ではないのか。
「しかし、貴女の魔力は規格外レベル。純金ではもたない。
と、なると土台をもっと魔力耐性の高い金属に変える必要があります。」
「それって何?」
「…ミスリル…いや、お嬢様レベルだとさらにその上オリハルコンってところではないでしょうか?」
くらっ
軽く立ちくらみがした。立ってないけど。
いやいや、オリハルコンって!
チョーカー一個作るだけの量をって思ったら我が家が傾く!
ミスリルでも我が領地の一年分の税収並の金額がかかるよ?
「無理…用意は無理…」
「ええ、ですからこの宝石そのままの状態でもいいですから持っていた方がいいですよ?
下手な金属をはめると効果がないのかもしれませんし。
でしたら生身の状態でお持ちになった方がいいでしょう。」
「完全に気休めだけど…マジックアイテムの効果が薄い可能性が高いならこの宝石の方がマシなのかな…」
「ええ、貴女にはこの宝石が必要だと思いますよ。
少なくても私よりかは….ね。」
ころころと転がる宝石五個を私は受け取った。
「…と、いう訳でこの宝石は私の手元へ….」
馬車の中で状況説明をスチュワートにする。
戻って馬車に乗り込んですぐに懺悔室でどんな話をしたのか聞かれたのだ。
「帝国の一貴族がそんな大層な宝石を持っているとは思えませんが…」
「私も実に怪しいとは思う。けど、魔力暴走の際に無事だったというのもあるし。」
「百歩譲って魔力耐性は本当でも魔力抑制効果があるかはわかりませんよ?
魔力耐性と魔力抑制は全くの別物なのですから。」
「うっ!」
「しかし、現状お嬢様の魔力を抑える効果的なマジックアイテムが存在しないこともまた事実。
…オリハルコンでしたか?それをベースにマジックアイテムを作る必要がありますね。」
「無理だから…」
公爵家ならお金が湯水ごとくあると思わないでほしい。
「わかってますよ。しかし、方法はあるんですよ?」
「え!?」
私は身を乗り出す。
「自分で取ってくるんですよ、鉱山に。」
「……どこにあるのよ…」
「そこを調べて行くんですよ。」
「まるで冒険ね…」
「ええ、未知を既知に。それが冒険者の理念です。」
…
「え?今、冒険者の話してたの!?」
「当然ですよ。冒険者くらいですよ、オリハルコンやミスリルを見つけて市場に流すのは。」
おおう…。
「しかし、調べるってどうやって…」
「オリハルコンは最近発掘されてませんからね。
最後に発掘された鉱山を調べてみれば何かわかるかもしれません。」
「何がわかるのか…」
「さあ?何かがわかるかもしれませんし、何もわからないかもしれません。
それも含めて冒険なのです。」
なんとまぁ気の長い話だ。
それまでに魔力が暴走するに一万票かけてもいい。
私は帰りの馬車でそっとため息をついたのだった。




