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神殿訪問

とりあえず自宅に戻った。

出る時は自分の部屋のテラスから飛行魔法を使って抜け出した。

明かり、魔力確認、闇魔法三つから察するにさぞ長い呪文かと思いきや、英雄様の記憶にある呪文は拍子抜けするほど短かった。

殆ど唱えてない。

この差は一体なんなのだろうか。

そして帰り。

帰りは転移魔法を試してみた。

転移魔法は一度来た場所ならほぼタイムラグなしでそこに行くことが出来る超便利魔法である。

これまた驚くほど簡単な呪文だった。

「これは…便利ですね。」

「スチュワートは転移魔法初めて?」

「ええ、昔の仲間は使えませんでした。」

「へえ。」

無属性魔法に使える使えないがあるのか?

魔法的知識がない私にはさっぱりわからない。

てか、英雄様は魔法が使えるのに知識がないのはこれいかに?

「とりあえず、私は部屋に戻って準備します。」

言ってスチュワートは無造作にスケイルアーマーを脱いだ。

ガシャリと音をたてて彼はシャツ一枚になる。

見てはいけない物のような気がして目をそらす。

「ふう…久しぶりに着ると重いですね…ってどうされました?」

「なんでも!?」

私は頭を振った。

別に裸になったわけではないし…ってか、鞭打ちの傷を数える時に上半身裸にさせてたわけで?

そんな今更目を逸らす意味が自分でもわからない。

「本当にどうされました?」

「え、えーっと、そう!それってそんなに重いの!?」

半ば強引に話を逸らす。

「ええまあ。鉄ですし?」

「へえ…。持ってみても?」

「構いませんよ?」

差し出されたアーマーを持ってみた。

「うわっ!重い!」

私はあまりの重さに驚いた。

持つとは言ったが殆ど持ててない。

「え?これ着て歩いてたの??」

「ええ、そこまで重いですか?」

「うん、私には持てない。」

「まあ、女性には重いかもしれませんね。」

言いながらスチュワートは私からスケイルアーマーを受け取る。

彼は軽々と持った。

ガシャリと音がする。

「あと、なんでこんなに音がするの?」

「ほら、鉄板が鱗のように重なっているでしょう?

ぶつかって音がなるんですよ。」

「はあ…結構な音だよね。」

「素材が鉄というのが音の原因ですね。」

「ん?素材を変えれば音がやむの?」

「ええ、音がやむのもありますし、軽さも追求出来ます。

防御力もあがりますし。」

「へー、そうなんだ。」

奥が深いなぁ。

「因みにどんな素材がいいの?」

「そうですね…。身近なところではリザードマンの鱗、後はモンスターの骨を加工したもの、最早伝説レベルですがドラゴンの鱗なんかが最高ですね。」

「へー」

ドラゴン!

英雄様さえ倒せなかったドラゴンの鱗は無理だが、リザードマンくらいならなんとかなるのではなかろうか?

迷惑かけまくってる自覚もあるし、秘密をにぎにぎされているので媚びも売りたい。

機会があれば…出来れば森に入れるようになった暁には真っ先にリザードマンを狩り尽くそう。

「では、一度失礼します。…一時間後に王城に行かれるでよろしいですか?」

「ええ。」

「ではそれに合わせて準備させて頂きます。」

「ありがとう。」

「いえ、では失礼します。」

スチュワートは折り目正しく礼をして部屋から出て行った。

そういえば、自分の部屋まで誰にも見つからずたどり着けるのだろうか?

次回から彼の部屋に直接送ってあげよう。

私はそっと決めたのだった。


一時間は長いようで短い。

私はスチュワートが去ってすぐに準備に取り掛かる。

まず白いローブ。

ドレスルームの棚の奥深くに仕舞い込んだ。

ここならメイド達も開けようとはしまい。

運動着はメイドに渡して洗濯して貰おう。

私は服を脱ぐとまずはお風呂に入った。

部屋に備え付けてあるお風呂は常にお湯で満たされている。

入りたい時に入れるのは本当に素晴らしいことだ。

だがゆっくりもしていられない。

時間も押しているので、今回はシャワーのみにしておく。

ざっと浴びて軽く体と髪を洗いお風呂から出た。

タオルで体を拭いてガウンを着る。

こそこそしている関係でメイドはおらず服は自分で選んで着なくてはならない。

ドレスルームに舞い戻り私はこめかみを押さえた。

難題である。

どうしたものか…。

「よし、目を閉じて一番最初に掴んだドレスにしよう。」

私は目を閉じて手を伸ばした…!



「お嬢様?」

「何?」

「…いえ、なんでも…」

馬車の中で視線をそっと外された。

言いたい事があれば言ってほしい。

馬車で向かうのは王城。

今日はアリスはテレサ様と初のマンツーマンレッスンだったはず。

どうなったのだろうか…?

自分の心配もしなくてはならないのに他人の心配もしなくてはならないのは実に面倒だ。

王城が近づいてきたのでなんとなく窓の外を見る。

子供の頃に憧れた城が思い出のまま色褪せることなくそこにはあった。

美しいなとは思うがもう昔のようにこの城に住みたいとは思わなくなった。

こうやって外側から見るだけで満足なのだ。

「…お嬢様…」

「何?」

外を見ながら私は返事をする。

「やはり…まだ未練が?」

「は?」

思わずスチュワートの方を見た。

相変わらずの無表情ぶり。

「なんでそうなる?」

「…そんなふうに見つめてらっしゃったので…」

ただ見ていただけなんだけど…『そんなふう』って私はどのような目でこの城を見ていたのだろうか?

「未練なんてないわね。私はただなんとなく外を見ていたら、そこに城があっただけよ。」

「…そうですか…」

いまいち納得していなさそうな言葉が返ってきたのでさらに言おうと口を開いた時、ふと気がついた。

「ねえ、お城の周り、騎士以外にも武装した人がいるけど彼らは冒険者?」

「ええ、そうですね。」

スチュワートも窓の外を見た。

今迄も彼らは王城の外を警備を兼ねてそれなりの人数がいたはずではある。

しかし、気にもとめていなかった。

公爵令嬢である私には関係のない人種だと思っていたからだ。

しかし、冒険者登録をしたことによって彼らは身近な存在へと一気に格上げされた。

「この辺りを警備してるってことはFクラスかしら?」

「そうですね、FからEといったところでしょう。」

「ならば私のすぐ上の先輩方ね!」

私は窓の外の彼らを注意深く見る。

私の目に止まったのは四人組の冒険者であった。

黒い髪に明るめの茶色い瞳、どことなく人懐こい顔立ちのレザーアーマーを着た青年と赤い髪に尖った耳を持つ女性、それに私より年下と思われる茶色いローブを着た少女、最後に黒の神官服を着た…ってあれ?

「ねえ、あの神官。神殿にいなかった?」

「….そうでしたか?」

「いたよ?神殿の奥に案内して貰ったわ。」

懺悔室に初めて案内してくれた平凡な顔立ちの神官がそこにはいた。

「神官も冒険者って出来るの?」

「まあ、登録さえすれば誰でも出来ますし。

神官なら魔法が使えるのではありませんかね?」

「へー…『神の癒し』とか?」

「あれは高位の治癒術ですよ。

彼は下級神官のようですし、さすがに使えないでしょう。」

「そうか…」

馬車はゆっくりと彼らの横を通りすぎる。

よくある貴族の馬車な為彼らは私達を気にもとめない。

彼らは二手にわかれて再び王城周囲の警備に戻ったのだった….。



王城内は相変わらず豪華絢爛であった。

人目にあまりつかないような場所にも贅を凝らしてある。

ここを歩く時はいつだって気分はお姫様だ。

通り行くメイド達は私を見かけると少し驚いた顔をして頭を下げる。

私が彼らの視界から外れた途端、聞こえる話声。

『見た?今の』

『見た見た!』

『殿下の気を引きたくて必死なのね』

『でも殿下はあの通りアリス様に夢中なのでしょう?』

『そうそう!私達の未来のご主人様はおそらくアリス様よ。』

『ミハルバー様は?』

『そのうち来なくなるわよ。』

『クスクス…。あのご令嬢が…城と王妃の座と何より殿下に固執していたあのお方が来なくなるなんて…』

『あんなふうに惨めにはなりたくないわね』

『本当本当』

…そうか、そんなふうに見えるのか…

私は次からは絶対時間がかかってもしっかりと服は選ぼうと決意する。

そんな決意を胸に秘め私はレッスンルームへと辿り着いた。

ノックをして部屋に入る。

「失礼します」

中に入ればそこにはテレサ様お一人だった。

どうやらアリスはいないよう。

「アリス様は?」

「本日のレッスンは終了致しました。

ミハルバー嬢は課題の提出に?」

「はい。」

言って私は例のネクタイを渡す。

それを見てテレサ様は目を見開いて…

「ほーっほっほっほっ!!さすがはミハルバー公爵令嬢!

この私が十年仕込んだかいがあったというもの!

実に察しがいい!」

「合格のようで何より」

私は悪戯が成功したかのような笑みを浮かべる。

「ところでミハルバー嬢、その格好は…若い子の言う…いめちぇんとかいうものなのかしら?」

「いめちぇん…まさかテレサ様から若者言葉を聞く事になろうとは…いえ、そういう意図は全くないのですがね。」

「殿下の好みに合わせたというわけでは?」

「全くありません。」

そう、私は学園の制服を着ていた。

ここは王城、自分で何度も言っていたが準礼服であるこの格好は王城には相応しくない。

しかし、仕方ないではないか。

目を閉じて一番最初に触った服がそれだったんだから。

いや、触ってダメだろって思って別のドレスにするという選択肢も頭をよぎった。

しかし、なんとなくそれをすると自分に負けた気がして意地で着てきた。

今思えば一体私は何と戦っていたのかという話である。

「私の服装はともかくアリス様の調子はどうですか?」

「本日は舞踏会での入場の仕方を殿下の協力を得て行いました。」

「エスコートに慣れさせたといったところですか」

「まさしく。」

テレサ様はこくりと頷く。

そうか、私の時はカイル様が強制参加で私のお相手を務めてくださいましたが、アリスは殿下と練習出来たのですね。

ふと昔を懐かしむ。

殿下と練習がしたいと駄々を捏ねて泣き叫び、それでも来て下さらなかった殿下。

いつか立派な淑女になって殿下のエスコートを受ける日を楽しみにカイル様のお手をとったあの日…。

まさに黒歴史!

今すぐに忘れたい!!

「ミハルバー嬢、大丈夫ですか?」

何故かテレサ様が私を気遣う。

「ええ、大丈夫です。それで結果は?」

「最初はどうしようかと思いましたが、最後の方はなんとか通しでやりきりました。」

「まあ!さすがはテレサ様!」

私は拍手を送る。

学園での彼女のマナーレッスンの成績は低空飛行だった。

そんな彼女が王家主催の舞踏会の入場には耐えられるまでに成長したのだ!

これは快挙といえよう。

「しかし宿題にだしていた泣き顔とネクタイは未提出です。」

「え?泣き顔はまあ、簡単にはいかないとしてネクタイも?」

「はい。殿下にお渡しする物なので心を込めて作りたいと仰いまして。」

言われて私はテレサ様の手の中にあるネクタイを見る。

…心こもってるよ?半分以上恨み節だけど。

「まあ、そういうお方だから殿下のお心を掴んだのでしょう。」

「しかし、この宿題の意味は察してなさそうです。」

「そこまで求めるのは酷というもの。」

私は十年やってきたのだ。

その経験で宿題の意味を察したに過ぎない。

それを王妃教育二日目で察して動けたらもうその時点で王妃の資格ありとみなしてよいのではなかろうか。

「明日はカイルの学問があるので本を読まねばと言っていました。

かなり無茶な量を手渡したとのこと。」

「ええ、本人も潰すと仰っておりました。」

「よろしいので?」

「何がです?」

「ミハルバー嬢の狙いはあの男爵令嬢を本気で王妃に据えることにあるかとお見受けしますが。」

「…さすがはテレサ様。察しがよろしい」

「伊達に十年付き合ってません。

しかし、何故自ら王妃の座を譲る気になられたのかはわかりかねますが。」

「まあ、乙女心秋の空の如しです。」

「はあ…」

わかったのかわからないのか曖昧な声を出すテレサ様。

「そうなりますとカイルに潰されてはまずいのでは?」

「アリス様の根性を甘くみてはなりません。

この私に殺されかけても愛を貫いたお方ですのよ?

それにどうカイル様が立ち向かうのか…。

いい見せ物ですわ。」

「…成る程。ではお手並み拝見と私は高みの見物を決め込んでよろしいのですね。」

「はい。」

私はにっこりと微笑んだのだった。



王城から出て私は馬車に揺られて神殿に向かう。

日はとっぷりと沈んでいた。

「しかし、神殿貸与品を破壊してしまったけど怒られないかしら?」

私は粉々になった純金製のチョーカーを思う。

はめ込まれた宝石は無事であったが、『純金製』という以上にマジックアイテムという事実が重くのしかかる。

マジックアイテムは得てして高価。

そうでなくても高価な品を純金で作っていたのだ。

弁償となればさすがに私の小遣いでは無理だろう。

「手持ちの宝石はローブに消えたし…」

さすがに全部の宝石をローブに変えた訳ではないがこれ以上減らしては公爵令嬢として恥をかく。

手持ちの現金は僅かでありこれ以上奴を金で黙らせることは無理だろう。

「スチュワート。」

「は」

「心苦しいんだけどひとつお願いが。」

私はおずおずと話しかける。

「心苦しいなどと。私はお嬢様の忠実な僕。

いつ如何なることも叶えてみせましょう。」

「では…神官長の弱みを握って」

「…」

スチュワートが無言となる。

やはり外道な願いか。

でも私らしくない?

「…かしこまりました…」

「あの…無理はしないでね?出来ないなら出来ないでも構わないし…」

「いえ、問題ありません。」

「そう?」

「…私が男爵令嬢の養子先を見つけて神官長の弱味を握ることが出来たとしたら…」

「ん?」

「…私は役に立つ執事でございましょうか?」

言われて私は首を傾げる。

「そんなの当たり前でしょう?」

仮にその二点を失敗したとしても彼は充分役に立つ執事だ。

「お任せください。

私はお嬢様のお役に立つことこそ至上の喜びなのですから。」

その言葉に私は内心ちょっと大げさじゃね?とは思ったが鷹揚に頷いたのだった。


神殿。

日が沈むと同時にその門戸は閉ざされる。

しかし、それはあくまで防犯上の理由であって迷える子羊達を追い返す為のものではない。

故に私は神殿の敷地内に簡単に入れた。

神殿を大きく回り込み裏手に入る。

裏口から私は神殿の中に入ったのだ。

地下に入ろうと階段を降ろうとして…

「やあ」

階段の下から私を見上げてくるのは尋ね人である神官長であった。

相変わらず、貴族らしい整った…女性受けする顔立ちである。

「最近会いに来てくれないから私の事など忘れてしまったかと思ったよ。」

「貴方のようにインパクトの強い殿方を忘れたりなど致しませんわ。」

「そうかな?君の周りには魅力的な男性が多くいそうだからね?」

言って私のすぐ後ろに視線を這わせる。

私の後ろにはスチュワートがいた。

いつもは馬車でマテだが、秘密を知ってるんだし、連れて来てもいいかなと思ったのだ。

「やあ、躾がなってない犬はこんなところまでご主人様を追いかけてきたのかい?

ダメだよ、ここから先は私とご主人様の聖域だからね。」

「神官長、彼がここにいるのは私が許可をしたからですわ。」

「許可?ダメだよ?飼い犬がいくら可愛いからって躾を怠ると…犬はどちらが主人かわからなくなって最後は牙を剥くようになるからね。」

「あら?それは昔貴方が飼っていた犬かしら?

でもご安心を。スチュワートはそこらの駄犬と違いますのよ?」

「……ふーん、そう。犬は精々ご主人様の期待を裏切らないように…ね?

でも、ここから先は物理的に無理。」

肩を竦めて神官長は言う。

「物理的?」

「忘れたのかい?ここから先には魔法がかかってる。」

…あ。

私は思い出した。

「魔法?」

「ここから先は懺悔室。神官一人に信徒一人しか入れない造りになっているのさ。」

言われてスチュワートは私を見る。

「確かにそんな説明聞いたわね。」

すっかり忘れていたけど。

「本当なのでしょうか?」

スチュワートは懐疑的だ。

「なら試してごらん?怪我をしても責任はとらないけれど。」

「…お嬢様、先に行ってみてください。」

「試すの?」

「アレが真実を述べているとは限りません。」

スチュワートの目が本気だったので私は渋々一歩降る。

その後、スチュワートが降ろうとして…

バチ!

瘴壁が生まれて火花が散った!

スチュワートは軽く飛び退く。

「スチュワート!」

私は慌てて駆け寄る。

「怪我は?」

「…問題ありません。」

…ぱっと見これといった怪我はなさそうだが、あの瘴壁と火花は決してこけおどしではなさそうだ。

後ろを向けばニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべる神官長。

「これでわかったかい?ここから先の出入りは二人では無理だと言う事が。」

「ええ。」

私は頷いた。

ゆっくりと神官長が階段を登る。

一階にたどり着く一段下のところで彼は止まった。

「さあ、お嬢様、下へ。貴女の懺悔をこの私、ジョセフが聞きましょう。」

「…何も懺悔室で聞く必要はないのでは?」

スチュワートが言い募る。

「これから話すことはとても大事な事なんだ。

どこで誰が聞いているかわからないのに、適当な場所では話せない。…そうだろう?」

言われて私は唇を噛んだ。

「そういう訳で、お嬢様をお借りするよ。」

言って彼は私に手を差し伸べる。

私はため息をついた。

早急にこいつの弱味を握ってやる。

「スチュワート、貴方はここで待ってなさい。」

「しかし…!」

「大丈夫よ。」

私は微笑んで彼を安心させようとする。

無表情な彼の心情を推し量ることは出来ない。

私は彼に背を向けて伸ばされた手に自身の手をのせる。

彼にエスコートされて私は階下へと降りていった。


スチュワートに背を向けていた私は彼がどのような表情でどのような想いで私を見送ったのか知るはずもなかった。


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