出荷前の家畜
王家で働く使用人は全て住み込みである。
それは情報漏えいを防ぐ為に他ならない。
しかし、王城に住んでいる訳ではない。
彼らは王城敷地内にある屋敷にひとまとめにされて共同生活をしているのだ。
そして、私達が会うべき二人もそれに当たる。
「使用人の住む屋敷に来るのは初めてだ。」
殿下が屋敷をまじまじと見て言う。
使用人用とはいえかなりの大きさと立派さを兼ね備えた作りになっている。
学園の寮より大きいくらいだ。
私達は私の案内で屋敷の中に入り玄関にいる管理人の所へいく。
この人もここで管理人をやってうん十年のベテランおじいさんだ。
管理人さんに伝えれば屋敷内にある応接間に案内される。
私達は彼らが来るのを大人しく待った。
「リナさん教育係であるお二人はどのような人達なんですか?」
「そうですね…。まあ、度胸はあるのではないでしょうか…」
オブラードに包んで彼らを評価する。
「度胸?」
「はい、平民の癖に貴族に混じり対等にやり取り出来る様は賞賛に値します。」
「あ!ダメだよ?また平民を下にみた。
平民貴族の分別はあっても対等な人間なんだからね?」
そんなはずはない。
もし対等というならば、何故区別をするのだろうか。
平民と貴族では国に対する責任も違う。
税金を納めて終わりの平民とその使い道をいかに無駄なく使うかを考え実行する者が同じであっていいはずがない。
貴族には平民にはない義務がある。
その義務故に平民にはない権利がある。
その権利が偶々貴族に生まれただけで待つなんてと憤るなと私は言いたい。
貴族に守られていることに気づかずただ権利を寄越せという気が知れない。
私は内心の怒りを押し込めるようにして微笑んだ。
「大丈夫ですわ、アリス様。」
足音が聞こえた。
二人いるはずなのにぴったり重なって歩いているのか、ひとつの足音に聞こえる。
「あの二人は私の事を家畜と呼びますので私より酷いですから。」
「失礼致します」
私がそういうと同時に入ってきたのは二人の人物。
一人は背の高い年嵩の言った女性。
もう一人はやはり背の高い青年。
言うまでもなく、王妃教育を担う人物であった。
年嵩のいった女性が私達をゆっくりと見渡す。
そして、優雅でありながら、何を考えているのかわからない、まさに貴族の見本のような笑顔を向けた。
「これはこれは王太子殿下ならびにミハルバー公爵令嬢様、そのご学友にあられますウォルコット侯爵御子息様とアーミオン侯爵御子息様。
お会いできて心より嬉しく思いになります。」
言って一礼。
彼女はあまりドレスを着ない。
授業の一環でどうしても必要な時以外は今日と同じく白いブラウスにこげ茶のロングスカートという平民と同じ格好をしていた。
「アリス様、こちらは王妃教育の『礼儀作法』を担当しているテレサ様です。
そして、こちらの男性はカイル様。『学問』を担当しています。」
「お初にお目にかかります。王城にて教育係をしておりますテレサと申します。
宜しくお願いします。」
「そしてテレサの息子にあたるカイルと申します。
以後お見知りおきを。」
カイル様も一礼する。
彼はテレサ様とは違い貴族でも通るような仕立ての服を着ていた。
と言っても宝石も装飾も何もないかなり簡素な作りではあったが母親ゆずりの薄茶色の髪によく映えて似合っていた。
「始めまして!私はアリスといいます!
私も王妃教育を受けたくて来ました!」
「王妃教育を?」
不思議そうに私を見るテレサ様。
「アリスがこの国の王妃になるのだ。
その為の教育を頼む。」
それに答えたのは殿下だった。
「ミハルバー公爵令嬢は…?」
「無論、婚約破棄だ。」
「それを陛下がお許しに?」
「一ヶ月後の舞踏会での仕上がりによっては許可が得られる。
だから一ヶ月でリナ嬢を超える淑女にしてくれ。
大丈夫、アリスは賢くて優秀。
問題なくこなせる。」
「はい!一生懸命頑張ります!」
「………ミハルバー公爵令嬢は私どもが手塩にかけて育てた家畜です。
長い時を費やして育むからこそより良い家畜を王家に出荷出来るのです。
王妃とは野菜や花と同じで水をたくさんやれば発芽の速さが変わるというものではありません。
従って10年かけて育てたミハルバー様に一ヶ月で追いつくのは不可能かと。」
「ええい!御託はいいのだ!やれと言っているだろう!」
「そうです!それに私は人間です!植物とは違い貰った水の分だけ吸収して栄養にできます!」
「なるほど…」
言って彼女はアリスを品定めする。
「わかりました。しかし、10年の年月に迫るのは楽ではありません。
覚悟はよろしいでしょうか?」
「はい!」
「では泊まり込みで。この屋敷の空き部屋にとりあえず一ヶ月篭って舞踏会に出席するまで勉強に費やしましょう。」
「なんだと!?未来の王妃が使用人用の屋敷に寝泊まりだと…」
「しかし、王城に泊まれば醜聞となりましょう。」
私がフォローする。
「しかし!」
「殿下!私は平気です!」
アリス様が力一杯言い切る。
「ならば決まりですね。では早速荷物を持っていらっしゃいな。
明日からミハルバー公爵令嬢とみっちりやりましょう。」
「え?私も?」
思わず腰が引ける。
「最初の二日だけですよ。
ミハルバー公爵令嬢がどの程度出来ているのか、見本として出席願います。」
「畏まりました…」
「では明日、礼儀作法を学園が終わり次第王城のレッスンルームで行います。
二人で揃ってくるように。」
「はい!」
「畏まりました。」
私とアリス様の返事は真逆な勢いであった。
「それでは準備もありますので失礼します。」
「あ、ミハルバー公爵令嬢。」
「はい?」
「貴女には以前提出して貰った課題で一点気になることがあります。
丁度いいから聞かせて貰えるかしら?」
「……勿論です、テレサ様。」
課題なんて提出してない。
これはブラフだ。
「では私達は先に行ってますね!」
言ってアリス様は殿下達を引き連れて出て行った。
ドアが閉まり十数秒後。
まるで足音が聞こえていて遠ざかったのを確認したかのようにテレサ様が口火を切った。
「で?あれが例の?」
「はい。男爵令嬢です。」
「貴女、殺し損ねたの?」
「はい」
「ダメじゃないの…」
わざとらしくテレサは言った。
「それで俺達に押し付けにきたと。」
カイル様が口を挟む。
母親はどんな感情も笑顔に隠すが息子のカイルは違う。
不快は不快としっかり顔に出す。
「いえいえとんでもありません。」
「あの子が王妃教育に耐えられるとでもいうのか?」
「愛があれば耐えるのではないでしょうか?」
「ふふふ…まるで平民ね。」
「母さん、まるでではなくて事実彼女は平民の出なんですよ。」
「ああそうだったわね。平民が王妃になんて小説でしかありえないってことを一度体感すれば王子から手を引くでしょう。」
「お手柔らかに…殿下のお気に入りですから、アリス様が泣きつけば追い出されますよ?」
「ほほほ…。貴女も知ってるでしょう?
私の後ろ盾には妃殿下がいるのよ?
そして妃殿下とつながっているという事は陛下とも繋がりがあるということ。
いくら王太子といえども現国王と王妃に逆らえるわけがないじゃない。」
楽しげに言われた。
ああ、本当に挫けないでくれよアリス。
もし挫けたらリュド様とザック様にたっぷり慰めてもらうんだよ。
「俺達は子供しか教育したことがないから、あそこまで育った奴を一から教育というのは手掛かりそうだ。
ここは厳しくいくべきだな。」
まるで子供には優しく教えてるとでも言わんばかりのセリフだ。
「そうね。早速明日は礼儀作法の授業。
貴女、きちんと見本となりなさいね。」
「それは構いませんが….耐えた暁には王妃になれる資質を備えた淑女になるようお願いしますよ。」
カイル様が言うように押し付けにきた訳ではない。
本気で彼女を王妃に押すのが目的なのだ。
辛く苦しい教育の果てに出来上がったものが王妃に不適合では泣けてくる。
「貴女、私達をなんだと思っているの?」
「野生動物がそうと知らずに家畜に成り下がりに来たんだ。お望みどおり丸々と太らせてやるに決まってる。」
末恐ろしい言葉に私は引きつった笑顔を返すので精一杯だった。
「おかえりなさいませ、お嬢様。」
馬車に戻ればスチュワートが普段通りそこにいた。
しかし、次の言葉でいつも通りではないと知る。
「旦那様が馬車でお待ちです。」
「え?」
「一緒に屋敷にお帰りになるそうですよ。」
「ご自身の馬車は…」
「セバスに一任したと仰っておりました。」
そうですか…。
「どうぞ」
言って開けられたドアの先に確かに不機嫌そうなお父様がいた。
足と腕を組み、眉間に皺を寄せていた。
私はスチュワートの手をとり馬車の中にはいる。
そしてスチュワートが私の隣に座った。
…あれ?
スチュワート、なんで私の隣?
普通雇い主の隣でしょうに。
…まあ、まるで隣に味方がいるかのような錯覚を覚えてこれはこれでありだけど。
ドアがしまり馬車が動いた。
「リナ、どういう事だ?」
「どういうこととは?」
「この件はお前に一任した。しかし、殿下は陛下に婚約破棄を願い出た。」
「まあ、予想される動きですわね。」
私の言葉に眉尻をあげた。
「予想通りだと?幸いあの小娘が馬鹿だから、破棄はありえないが、代わりに王家にまとわりつく羽虫一匹殺せないとは無能の極みという評価を上院議員より賜ったわ!」
ああ、私達が退出後お父様は散々彼らに嫌味を貰ったのですね。
「ああ、格下貴族に笑われた私の気分がわかるか!?」
「最悪なのでしょうね。」
「その通りだ!どいつもこいつも私を馬鹿にしやがって!」
組まれた足が不意に動いて私の脛を蹴ろうとした。
しかし隣にいたスチュワートが足を前に差し出してその蹴りを受け止めた。
かなり痛そうだが顔色ひとつ変えない。
お父様も特に私を蹴りたかったわけではないので結果としてスチュワートを蹴ったが特に気にしていない。
「落ち着いてください」
「これが落ち着けるか?しかも、お前の不用意な一言で羽虫が延命された!」
「陛下の前でも言いましたが、死んで美化された思い出には勝てませんので。」
「王家に入った人間が勝ちに決まってる!」
「そうではなくて、心の事で…」
「女お得意の感情論か!」
吐き捨てるようにお父様は言った。
「ここは正々堂々と張り合ってアリス様にも殿下にも無理だと分からせるのが一番です。
ここをなあなあにしては嫁いでからも別の苗床に種を蒔きかねません。」
「ふん!あれは女が放っておかない顔だからな。」
自分を棚上げして殿下の外見を評価する。
麗しのプリンスが何を言うか。
知ってるんだぞ、未だに女に言い寄られているのを。
全部袖にしているが。
と、いうか…
「ふと思ったのですが、ある意味お父様はアリス様がなさる事の先駆けをしたのでは?」
「まっっっったく違うから!」
顔を真っ赤にして怒鳴りだした。
えー?そうかなぁ??
「そんなことより、このままでは…」
「まさかお父様あの小娘が王妃になれると?」
「そこは心配していない。問題は王妃の芽が潰れた後だ。
殿下は愛妾としてあの小娘を囲うだろう。」
それは正妻を送る我が家としては見過ごせない。
正妻が長男を産めればいいが世の中そう簡単ではない。
殿下の溺愛ぶりを見れば私はお飾りで子供さて産ませて貰えない可能性も高かった。
そこに彼女が男子を産めば。
「間違いなく国が荒れる」
難しい顔をしてお父様して言った。
お父様とて国王陛下の忠臣の一人。
国が荒れるのを良しとはしない。
「….いいか、勝負が着き次第あの小娘には消えてもらう。」
こわっ!
さらっと言うが、お父様はマジでやるだろう。
私のような池に落とすなどという生易しいものではなくて、本格的に暗殺者を送るつもりだ。
「….構いませんが…もし万一にも彼女が王妃になるようでしたらそれはやめてくださいね。」
念のため釘をさしておく。
「当たり前だ。私だって自分の身が大事。
あの小娘が王妃になるなら頭を下げることも厭わない。
…国が荒れないのであればな…」
注釈つきとはいえ、王妃になった直後の暗殺だけは阻止した。
「やったら一発で犯人扱い確定ですからね?」
「そうだな、婚約破棄になったらお前には王子以上のところに嫁にいけるかもしれないし、そこは堪えるか。」
思案顔のお父様。
少しイラつきが消えたようだ。
「ところでお父様。」
「なんだ?」
「ご報告しなくてはならない事が。」
「なんだ?厄介ごとか?」
お父様は眉を寄せた。
「いえ、大したことではないのですが、私魔法使いになりました。」
「……………………は?」
お父様が間抜けた声をだす。
まあ、私がお父様の立場ならそうなるわな。
「お前に魔力はなかったはずだが?」
「後天的に魔力が発生した模様。
既に神殿にて属性も確認しており、近々王家にも報告がいくかと。」
「………ふ、はは!お前は本当に優秀な娘だ!」
お父様は笑い出した。
「王家はこれで絶対にお前を手放さないだろう!
そこらの魔法使いとは訳がちがう、後天的魔法使いなのだからな!」
それが迷惑なんですよ。
「で?属性は?」
「闇です。」
「闇か。外聞が悪いがそれでも魔法使いだ。
魔力のコントロールは?」
「今はチョーカーで抑えてます。」
「ふむ、その黄色いのがか?」
「………」
言われて私は指で引っ掛けてチョーカーを見た。
あ、黄色い。
今日一日で真っ黄色!
あはは!命のカウントダウンが始まったぁ!
「おい、どうした?変な顔してるぞ。」
お父様の言葉で我にかえる。
「いえ、なんでもありません。帰ったら刺繍でもしようかなと思いまして。」
「そ、そうか?」
お父様が変な顔をして、隣でスチュワートがピクリと動いた。
そう、また処理よろしく。
今回はかなりの大作になる予感。
「まあ、魔力があるだけではダメだ。
王家の役に立てるよう魔法の修行も怠らないように。」
「かしこまりました。」
そう言った後、私達の乗る馬車は屋敷に着いたのだった。




