謁見の後で
「…終わったぁぁぁぁ」
私は謁見の間から退出し控えの間に戻ってきた。
ひとりにされてようやく息がつけた。
「怖かった!」
もうその一言に尽きる。
アリスの無作法ぶりは最早秀逸の一言に尽きる。
陛下は元より温厚な妃殿下も静かにお怒りになっていた。
殿下とアリスが上手くいったらあの二人はアリスにとって舅と姑となる。
特に妃殿下は王太子妃になってから正式に戴冠するまで引き継ぎの意味も込めて共に公務を行う。…今の二人が共に公務って…
なんの罰ゲームですかって感じだ。
いや、アリスの成績いかんによっては妃殿下の態度も軟化するだろう。
そうすればまだやっていけるか。
…なんかアリスの未来を想像してヤキモキしているが考えたらその頃には私は婚約破棄されて、希望通り煩わしさから解放されているはず。
妃殿下とアリスの仲まで私が考える必要全くないわ!
私はそう遠くないうちに訪れるだろう未来の事に目を瞑った。
〈リナ嬢!〉
メッセージが急に飛び込んできた。
伝達魔法って便利だけど心臓に悪い。
〈なんですの?〉
〈今、僕達そっちに向かってるから!〉
〈は?なんの用ですの?〉
〈殿下が一言言わないと気が済まないと鼻息荒くて…〉
まて。
その言い方だと私に文句を言いに来るってことか?
礼こそ言われるべきであり間違っても文句を言われる筋合いはないのだが?
「失礼する!リナ嬢!!!」
しかし、心当たりが全くない状態で殿下達は入室してきた。
そしてソファに足を投げ出すように座っていた私を怒りの顔で睨みつける。
やだ!本当に怒ってる!なんで!?
対する私は困惑の表情で殿下を見ざるを得ない。
こそっと投げ出した足を直した。
「貴様!やってくれたな!?」
「殿下、落ち着いてください。」
「これが落ち着いていられるか!」
「一体なんの話です。」
私はそっと立ち上がる。
殿下が立っているのに自分が座ってなどいられないからだ。
もう少し落ち着いていたら席を勧められたのだが…。
「よくも!陛下を騙してくれたな!?」
…………は?
頭に彼の言葉が染み渡らずぽかんとしてしまう。
「陛下は人を見る目に優れた素晴らしいお方だ!
それを思えばアリスの良さなど一目で看破されるはず!」
いや、いくら陛下でも一目で人柄の良さを見抜くとか無理だと思う…。
「しかし、結果はあの通りだった!
これは貴様が裏で糸を引いていたとしか思えん!」
私は思わずリュド様を見た。
視線を受けて彼は首を横に振る。
〈ごめん、殿下の怒りが凄まじくて僕には止められなかった。〉
〈仮にも側近候補でしょう?殿下を諌めるのも貴方の務め!〉
〈僕には荷が重かった…〉
「何をぼんやりしている!お前の悪事は全てお見通しだ!」
「そうです!リナさん!陛下を操るなんて大罪ですよ!?」
「あの、話が見えないので、最初から教えて貰えませんか?」
「ふん!悪事がバレた上で言い逃れしようとしているな!
しかし、私達は愚かではない!
貴様が陛下を魔法で操り都合のいいように話を進めたのはわかってる!」
〈ちなみに人を操る魔法って存在するの?〉
〈魅了とか支配の事をたぶん指しているんだと思うよ。
いずれも属性が闇だからそれで操っていると思ったんじゃないかな?〉
〈魔力操作も出来ないなんちゃって魔法使いである私がそんな高等魔法使えるはずないってちゃんと言ってよ!〉
〈言ったけどそれすらフリだって言い張るんだ…〉
〈どうにもならない〉
私はこめかみを抑えた。
「アリスがお前の企みを全て見抜いたのだ!
神妙にせよ!」
「……私はそのような事は一切しておりませんわ。」
「しらばっくれるな!」
「リナさん!嘘はよくないです!ちゃんと真実を話して謝れば王様は許してくれます!!
大丈夫!私達はお友達です!なんなら一緒に謝ってあげます!」
「そしてお前の企みを看破したアリスは王家に迎え入れるに相応しいと評価がくだるのだ!」
何私を陥れて評価上げを狙っているのか。
仮にそれが事実であり全てがアリスの思い通りに動いて王家に入れたとしても無作法、無知は歴然として存在している。
問題の棚上げをしたって意味がないのだ。
そこを彼らはわかっているのか。
はあ…と、ため息を私はついた。
「貴女方が言っているのは単なる言いがかりです。
そんな事を言うなら証拠を持ってくるなり、礼儀作法を学ぶなりいくらでもするべき事があるでしょう!」
「礼儀作法などアリスは今のままで充分だ!
少し拙い程度の方が可愛らしくて他の貴族達の笑みを誘えるというもの!」
失笑かってるって気づいてないだと!?
私は驚愕する。
恋は盲目、痘痕もえくぼとはよく言ったものだ。
「そして証拠ならリュド!」
「え!?」
リュド様は声をかけられ驚愕の声をあげる。
「忘れたのか、リュドは現魔法師団長より優れた魔法使いであることを!
彼の看破の瞳ならばお前の悪事など一瞬で看破されるのだ!」
「リナさん、悪いことは絶対にできないんです!
今ならまだ間に合います!正直に話してください!」
「私は何一つとして疚しいことはしておりません。」
「そうか、自首させようというアリスの気遣いを無駄にするならばそれもいい!
リュド!お前の力を見せてみよ!」
言われてリュド様は口を開いた。
「殿下、それはできかねます。」
「………は?」
「え?なんで?なんでそんな意地悪いうの?
リュド酷い!」
「そうだぞ!お前がアリスに想いを寄せているのは知っているがだからといってその態度は国への裏切りだぞ!」
「え!?お、想いを寄せ…!?」
「殿下!看破の瞳とは!」
アリスの動揺に被せるようにしてリュド様は声をあげる。
「看破の瞳とは、幻影や変化魔法を見抜く事はできますが、誰かが使った魔法の存在を見抜く事はできません!」
「嘘!だってリュドは凄い魔法使いなんでしょ!?
出来ないことなんてないって前に言ってた!」
アリスがふるふると首を振りながら言う。
アリス、それって貴女の気を引きたくてついたホラだから。
「申し訳ありませんが殿下、精霊の加護にも限界というものがあるのです。
それに仮に彼女が使った魔法の存在をこの目が見破れたとしても、それを証明する第三者の存在がおりません。
よって証拠不十分です。」
「そんなことはない!お前がいかに優れた魔法使いであり人格者であることはこの私がよく知っている!」
「殿下をはじめとした一部の人しか知らないのが拙いのです。」
「そんなことない!学園のみんながちゃんとわかってる!」
アリスが力一杯言い切るが、彼女の世界がいかに狭いかがわかる一言でもあった。
「私がいい人悪い人は関係ないのです…」
「そんなこと…」
「あの!」
私が口を挟む。
論点がずれてきた。
リュド様がいい人か悪い人かなんてどうでもいいし。
「こんなことで時間を無駄にしている暇はありませんわよ?」
私はわざとらしく小首を傾げた。
「あと一ヶ月しか猶予はありませんのよ?
その猶予さえこの私の慈悲で得たものと貴女お分り?」
「慈悲?違う!リナさんのせいでたったの一ヶ月しか時間がもらえなかったんだから!」
はい?
私は真剣に聞き間違えたかと思った。
しかし、リュド様とザック様の態度に聞き違いではなかったと悟る。
「ど、どういうことだ、アリス?」
殿下が狼狽えながら問いかける。
「簡単なことです!あのままリナさんが何も言わなければもっと長い時間をかけて王様と王妃様と仲良くなれたはずなのに、リナさんの策略のせいでたった一ヶ月という時間が区切られてしまったのです!」
「なんと!そ、それは思いつかなかった…!」
私もだよ…
そんな斜め右な答えを引っ張り出せるのにどうして正答にはたどり着かないのか。
「殿下は純粋でお優しい方ですから気づかないのも無理はありません!」
「アリス、お前も純粋で優しい女だ。」
「殿下…!」
「それでいて賢くなんと心強い存在なのだろう!」
「で、ん、か?」
私は堪らず待ったをかける。
「落ち着いてあの場のやりとりを思い出してください。
本当にそうだと思いますか?」
「…」
冷静に物事を考えはじめ…軽く俯いた。
どうやら正しいところに落ち着いたようだ。
よかった、脳味噌がマジで溶けてしまった訳ではなくて。
「しかし!」
がばっと顔をあげる。
「あの場の流れはお前が魔法で…」
「操ったという証拠を持ってきてからその先は仰ってくださいな。」
にべもなくはねつける。
「くっ…」
「あと、あの場の流れのままだったらアリス様がどうなったかを殿下の口からきちんとアリス様に説明してくださいね。」
言って私は息をつく。
「それと本当に時間が無いことわかってます?」
私はジト目で二人を見た。
「たった一ヶ月で私に並ぶ…は無理でも王妃争奪戦のスタートライン立たなくてはならないのですよ。」
「そんなの!リナさんが悪い魔法を使ったという証拠さえ見つかれば…」
「見つかるとお思い?」
私は高飛車に言い放つ。
使ってもいない、使うことさえ出来ない魔法の証拠などあるはずもない。
「そんなものを探す時間があるならば一刻も早く王妃教育に入るべきです。」
「いいえ!王様、王妃様という国の要たる人が闇の魔法で操られているのです!
そうとわかっていて見過ごせますか!?
これは王妃教育より大切なことです!」
力一杯言い切られて私は立ちくらみを起こしかけた。
おいおい、このままじゃこの子折角もぎ取った一ヶ月をありもしない証拠探しに費やしそうだ。
ど、どうするよ…。
私は背中に冷たい汗を感じ取る。
「そうだ、こうしよう!」
若干上ずりもあったがリュド様が声をあげた。
「アリスは証拠探しと王妃教育両方頑張ればいいんだよ!」
「両方?」
「そう!目標は舞踏会でリナ嬢がつかったとされる魔法の証拠を皆の前で突きつけ、かつ完璧な作法でリナ嬢と差をつける!
これぞ、王妃になる最短の道だよ!」
〈リュド様、ナイス!〉
〈僕だってやるさ!〉
最早私達は戦友と言っていいだろう。
「なるほど!」
「俺も証拠探しなら手伝う」
ザック様が手伝いを申し出た。
「ありがとう!私頑張る!」
アリス様は気合いを入れた。
「ああ、アリスなら王妃教育も証拠探しも両立出来る!」
「殿下!私、やり遂げてみせます!」
見つめ合う二人。
「ではやる気も出たようですし、教育係に挨拶に行かれてはどうでしょう?
明日から…もういっそ泊まり込みでつきっきりの教育を受けた方がよろしいかと思いましてよ、アリス様。」
「と、泊まり込み!?」
「何をそんなに驚いているのです?」
「だって…」
頬を赤らめチラチラと殿下を伺う。
………何を想像してるんでしょうか?
「リナさんはお友達だから言いますけど、仮にも淑女が殿方のおうちにお泊まりだなんてはしたないと思いますよ…?」
そうは言いつつもチラチラもじもじしているアリス様。
殿下も口元を手で覆って顔を背けていた。
あー、イラっとくる…!
「貴女何を考えていらっしゃるんですか…。
私は他意なく王妃教育に必要と思い提案しただけなのですが。」
「えっ!?」
アリス様が間抜けな声をあげた。
私はため息をつく。
「まあ、私に勝つ自信がおありならば好きにされるとよろしいかと思います。」
もう疲れたよ…。
私は帰りたくなった。
帰ってふて寝したい。
「勿論、私は勝ちます!!」
アリス様は高らかに宣言した。
「リナさんと私はお友達ですがこの件に関してはライバルです!」
「らいばる…?お友達…?」
私は彼女の言葉をおうむ返しする。
ライバルという言葉にも驚きだが、まだお友達設定が生きている事も驚きだ。
そう言えばさっきからお友達お友達口うるさく言ってたな…。
「そうです!私達はあの日お友達になりました!
だから、死ぬまで私達はお友達なのです!」
くらっ
私は目眩をおこす。
酷く嫌な予感がした。
「お友達が間違った道を進もうとするならば身を呈してでも止めます!
必要ならば、罰を与えるのもお友達の役目だと思います!
そして、お友達だからこそ、遠慮なくひとつの椅子を巡って正々堂々と争うのです!
そして何もかもが終わったら抱き合えばいいのです!
大丈夫、私達はお友達!
たとえリナさんが間違った道を歩もうとも、卑怯な手を使おうとも私が打ち勝ち愛と正義の力をリナさんに教えてみせます!
何故ならリナさんは私のお友達だから!」
ぞわっ
鳥肌がたった。
何この子、お友達厨ってやつ?
愛とか正義とかちゃんちゃら可笑しいし、自分がそっち側であると疑ってないところが怖い。
でも一番怖いのが、一生付きまとってやるというその勢いだ。
「そう…」
と、しか言えない。
言葉もなかった。
それでも紡ぐ。
もう、とにかく話を進めなくては。
「ならば、せめてもの情けで私の教育係を紹介しましょう。」
「いいんですか?後悔しますよ?」
「構いません。私に追いつくなど夢物語なのですから!」
「まて、その教育係とやらはお前にずっとついていた人間なのだろう?
ならばお前を贔屓してアリスを不当に扱うかもしれない。」
「殿下、それはないと断言いたしましょう。」
私はきっぱりと言った。
王妃教育が始まった当初12人いた教育係。
今じゃ、これから紹介しようとしている二人しかいない。
「どうだか!お前と仲良くやってる時点で怪しいものだ!」
「殿下、彼らは教育のプロです。
しかも彼らのうち一人は妃殿下の王妃教育を受け持った方でありもう一人はその息子。
さらに言えば、この親子、何を隠そう平民です。」
「な!?」
「え!?」
殿下の驚きの声とアリス様の抜けた声が重なった。
「お分りですか?王家の要ともいうべき重要な地位を継ぐ人間の教育に携わる平民の優秀性が。」
何より血筋を重んじる王家で働く平民は少ない。
単なるメイドさえも我が家と同じく貴族のご令嬢が携わっている。
単なる雑用でさえそうなのに、王妃教育係という重要な地位につく人間が平民なのだ。
血筋を無視するほどに優秀ということなのだが、アリスに理解出来るだろうか。
「ある意味アリス様が目標にすべき人達だと愚考致します。」
「平民なんですか!?ならきっと私と気が合うと思います!」
にこやかにアリスは言う。
賭けてもいい、絶対に合わない。
貴女の思う平民像からかけ離れた存在だから。
「アリスが言うなら…。ならばリナ嬢、すぐに紹介せよ!」
「畏まりました。」
私は一礼したのだった。




