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謁見1

サンティア王国王都中心に王城はある。

巨大な白亜の城はその美しさと壮大さ故にしょっちゅう大衆小説にモデルとして出て来る。

一般人や下級貴族は永遠に知る事はないが、外観の美しさ以上に内部は華やかである。

子供の頃に私はこの城に一目惚れしたといっていい。

10年前私は誓ったのだ。

王子様と結婚してお城に住むと……!


そして現在。


まさかこの私がその誓いを破る為王城に来る事になろうとは…。


人生何があるかわからないものである。



そんなことを薄ぼんやりと考えながら王城にある控えの間にて陛下との謁見を待っていた。

アリス達は別の控え室に案内されたのか、現在私は一人だ。

おそらく、謁見の間にいるのは陛下と王妃様だけではない。

お父様もいるだろう。

だけど、事情が事情なだけにそれだけではあるまい。

「多分いるだろうな、議員。」

我が国の政治の要は議会である。

上院と下院にわかれて存在している。

おそらくいるのは上院議員。

伯爵家以上からなる議員であり人数は15。

10年前、私と殿下の婚約法案を成立させたのが彼らなのだから問題が起こればいるのは当然だ。

陛下の鶴の一声で婚約は破棄じゃ!が出来ればいいが、陛下が出来るのはせいぜい破棄を議会のテーブルに乗せることだけ。

それを可決するのは議員のお仕事。

こう言うと大変な感じだが、成立より破棄の方が容易なのは絶対だ。

破棄は陛下をその気にさせて議会のテーブルに乗せたら決定と思っていいだろう。

問題はアリスと殿下の婚約だ。

こちらは破棄の百億倍大変だろう。

だから、今日はそこまで望まない。

目標は破棄だ!欲張ってはならない。

そう決意した瞬間。

〈リナ嬢、ちょっとトラブル〉

不意にリュド様からメッセージが届いた。

〈何事?〉

もう間も無く謁見という所でトラブルって何。

〈アリスがやばい〉

〈やばいって何が?〉

あの子がやばいのは今に始まった話ではない。

〈ごめん、止めたんだけど無理だった。〉

〈いや、謝らないで事態報告を。〉

〈これはどうにもならない。フォローよろしく。〉

〈え?私のメッセージ届いてるよね?〉

会話にならないので心配になる。

しかし、魔法は途絶えた。

ちょっと…!

慌てて私はピアスに触れて魔法を起動させる。

しかし、メッセージを送るより早く。

「失礼します。これより陛下との謁見が行われます。どうぞ、こちらへ」

メイドが優雅に一礼して私を謁見の間に案内しにやってきたのだった。

その為、リュド様に詳細を聞けずに終わらせてしまう。


十数分後、私は後悔することになる。



謁見の間の前まで来た。

「それではお入りください」

と、メイドが言う。

その言葉に合わせて謁見の間の重厚な扉が自動で開いた。

ドアが開いた一直線上。

その先にあるものが真っ先に目に入った。

それは二つの椅子に腰かけた二人の老人だった。

言うまでもなかろう、その椅子は玉座であり、そこに座れるのはこの国ではこの二人しかいない。

そしてその二人は玉座に相応しい威厳を保つ御仁であった。

私は胸を張り堂々と入室した。

その様子を面白そうに…或いは感心したように見て来る無数の目。


…上院議員…。


彼らは私を精査しに来たのだ。

未来の国母として相応しいかどうかを…。

しかし、そんな彼らの目を諸共しない。

私の目は真っ直ぐ玉座に向かっていた。

やがて私は玉座から近くも遠くもない適切な距離を取り歩みを止めた。

この距離の読み方も何度も間違いながらも学んだ事のひとつ。

遠くすぎても近すぎても不敬にあたるのだから必死に学んだ。

しかし、今日はそれ程考えずに歩みを止められた。

何故なら、既にその適切な位置に陣取る二つの人物がいたから。


お父様とアリスの父たる男爵だ。

この二人は対照的だった。

何が対照的かといえば顔色だ。

お父様は真っ赤であり、男爵は真っ青だった。

お父様は私の入場を真っ赤な顔で振り向いて見ていた。

それは可愛い娘の入場に照れているのではなく、普通に怒りからのものだった。

お父様からしたら今日は婚約破棄を議会に提出されてしまうかもしれない日。

任せろと言ったアレはなんなのかと今すぐにでも問い詰めたいのだろう。

しかし、陛下の前ではそれも叶わずこうやって睨みつけてくるのだ。

一方、真っ青な男爵。

うっかり他所で作り義理で引き取った後は放置していたらいきなり王城呼び出しである。

男爵風情が王城に呼ばれるなど叱責か功績かの二つにひとつであり確実に前者と思えば青くもなろうというものだ。

私が二人の後ろに到達すると私達は揃って跪いた。

「続きまして、ウォルコット侯爵子息とアーミオン侯爵子息のご入場です。」

両侯爵とも爵位も地位も高く従って上院議員の一人でもあり侯爵自身もこの場にいる。

目だけで追って探してみれば、リュド様とザック様の面影を宿す貴族がいた。

そして、二人が並んで入場した。

そして私の右隣横に並び跪く。


ほう…

議員達の感嘆の声が聞こえた。


二人とも見事に着飾り立派な貴族そのものだったからだ。

この二人も殿下程ではないが、顔立ちの整った素晴らしい紳士である。ただ学園では彼らは制服を着ていた為その魅力は半減していた。

しかし、今いる彼らは違う。

己の持つ魅力を最大限ここで発揮していた。

議員達の感嘆の声は当然である。

「続きまして、ランバルト王太子殿下ご入場です。」


場の空気が変わった。

怒り心頭のお父様も処刑台の手前にいるかのような男爵も一瞬立場を忘れて見惚れていた。


ああ、彼の美しさは世界の宝。

生きる美術品。

サンティア王国の国宝。

神の気まぐれで生まれた美の結晶。

ランバルト王太子殿下、その人がやはり着飾り堂々とした足取りで入場したのである。

陛下も妃殿下も自身の息子に見惚れている節があった。


ここまでで唯一見惚れもせず、冷静に彼らの入場を見ているのは私だけだろう。

こんなに美しい紳士達の共演に心が全く躍らないのはこれからおこる事で頭がいっぱいだからだけではないのは確実だ。


「続きまして、アリスリーザ・ベルガーネット男爵令嬢ご入場です。」

ランバルト殿下が私の左隣に並び跪くと同時に入場の声がして、本日の主役が入場した。


息が止まった。


比喩でもなんでもなく本当に息が止まった。

一瞬、心臓も止まった。


無論、いい意味で止まったのではない。

上院議員はざわつき、男爵は真っ青を通り越して真っ白になった。


何から突っ込めばいいのか。

まずは服装。

学園の制服だ。

学園の制服は準礼服の扱いだ。

冠婚葬祭に着ていけるものである。

しかし、あくまで準である。

王城での陛下との謁見は冠婚葬祭より格上の扱いなので当然、制服ではマナー違反だ。


次に顔。

化粧してない…。

学園でも彼女は化粧をしていない。

化粧などしなくても彼女は愛嬌のある顔立ちだし、不思議と肌荒れもないので特に気にならなかった。

しかし、ここは王城。

化粧をするのもマナーのひとつ。


だけど、そんなものをすっ飛ばす勢いでやってる事がひとつ。


服装も化粧もマナー違反だがそれだけだ。

しかしこのひとつは違う。

タブーだ。

絶対にやってはいけない事をよりにもよって彼女はやらかした。

初っ端からなんでとほぞを噛む。


そして、アリスは周りをキョロキョロ見回しながら歩き、殿下の隣に私達の真似をするように跪く。


殿下の隣も不味い。

私はこめかみを抑えたくなったがぐっと我慢した。

ここは私達の後ろで跪くのが正しい。

もしくは右端。

よく見て、アリス。

私達、爵位順に並んでいるのよ。

貴女が跪いた場所は殿下より偉い人のみに許される立ち位置。

実質そんな人はいないのだから、そこに跪くのは不敬そのもの。

やらかしたタブーも酷いがこれも酷い。

何故入場前に指導しなかった!


止まった心臓が動き出したのは皆ほぼ同時だった。

「…皆の者、面をあげよ。」

陛下の声に合わせて私達は揃って顔をあげた。

そこにいるのは我が国の王。

今年生誕70周年並びに即位50周年を迎えるお方だ。

重ねた年月分体に蓄積した威厳は誰も彼もが無意識に頭を下げさせる力があった。

「まずは、皆の者、余の急な呼び出しに答えてくれた事を嬉しく思う。」

労いの言葉を頂く。

「今日の呼び出しは、我が息子ランバルトとミハルバー公爵令嬢との婚約に齟齬がでたという事で双方の話を聞くためのものだ。

ミハルバー公爵令嬢は楽にしてよい。」

「ありがとうございます」

頭を下げて礼を尽くしつつ不味いと心の中で舌打ちした。

私にだけ楽にせよとは、即ち現時点ではミハルバー家を咎めるつもりはないということ。

即ち婚約破棄の予定はないとの宣言に等しい。

ここから一発逆転はかなり厳しい。

「さて、余が初めて会う者もいるようだ。

そこの令嬢、名をなんと申す?」

王笏でアリスを指して陛下が問う。

「はい!私はアリスリーザ・ベルガーネットといいます!

よろしくお願いします!!」

彼女はすっくと立ち上がり制服のスカートを摘んで淑女の礼らしきものをした。

…そう、らしきである。

微妙に違うのだ。

スカートの持ち方や足の形などが。

でもぱっと見は淑女の礼でもある。

平民相手にやればお姫様みたいと拍手喝采だろうが貴族…いや、この国一番の権力者相手にやるのは失笑を通り越して不敬だ。

礼を終えた彼女だけが満足げな顔をして再度跪く。

「ふむ、ベルガーネット男爵。」

「はっ!」

小刻みに彼は震えていた。

これからおこる叱責が容易に想像できるのだから震えるのは当然だ。

「娘の教育はどのようにしている?」

「はっ!学園での教育水準の高さを鑑みて勉学に集中できるよう入寮させて日々努力をさせております」

約:ほっといてました。

言い方次第ですごく子供の事を考えてる的雰囲気を醸し出してくる。

「ふむ。アーミオン侯爵。」

「はっ!」

名を呼ばれ美声を轟かせたのは上院議員の紅一点、リュド様の実母であるアーミオン様だ。

爵位は女性でも継げる。

男子が継ぐ事が一般的ではあるが、女性がダメという法律はない。

なので、爵位を継ぐのは長子が男女で存在するならば家の方針次第といえる。

特にアーミオン家は代々魔法師団長を務める魔法使いを輩出し続ける珍しい一家だ。

最も魔力が高い者が家を継ぐのは当然であり、この家に限っていえば魔力さえ高ければ長子に限らず末子が継ぐ事もままあった。

なお、お父様は私に爵位を継がせるより王家に嫁がせた方が旨味があると判断し、お兄様を貰ってきたのだ。

「どうやら学園の教育の質が落ちてるようだ。

学園の運営は魔法師団。

このままでは質の低い貴族が輩出されてしまう。

どう責任をとる?」

「申し訳ありません。まさかこのような生徒がいるとは思わず。

教師陣を見直し、教育時間の割り増しを行う等早急に手を打ちます。」

「うむ。腐った林檎の処理はいかに?」

「は、早急に廃棄処分と致します。」

退学!?

俯きながら目を剥く。

婚約するどころか放校処分!

まずい!!

「陛下!ご発言の許可を!」

「許す」

アーミオン侯爵と陛下の会話に割って入ったのはランバルト殿下だ。

下手な事言うなよ!

「失礼ながら、アリスリーザ男爵令嬢は長らく平民として生きておりました。

多少の礼儀作法の相違は寛大なお心にてご容赦願いたい!」

「なんと!平民としての暮らしとな!」

わざとらしく陛下は言う。

「ベルガーネット男爵、何故男爵令嬢という高貴な身分で平民として暮らしを娘にしいた?」

「恐れながら陛下、我が娘は平民と私との間に出来た子であり、母親である平民たっての願いで娘には平民の暮らしをさせておりました。」

「ほほう!ならばこの娘、貴族ではないな?」

「…半分は私の血を継いでおります故…」

後半は口ごもる。

「貴族にも平民にも属さぬ中途半端な忌み子とな?」

これは不味い。

これだけ大勢の前で彼女は貴族として見てもらえないとは。

仮に今後貴族としてやってくとしても、かなり辛い立場にたたされる。

ベルガーネット男爵はもう終わりだろう。

彼が息を吹き返すにはアリスが王妃になるしか道はない。

「忌み子ではありません。貴族の心も平民の心もわかる心優しき人なのです。」

「優しいのう?一体何をもって優しいと?」

「毎日明るく微笑み、周りを気にかけ、過ちを犯した者にも手を伸ばす、何より幼い子供や自然を愛するところに私は彼女の優しさを見出しました。」

「自然。それでか。」

ああ、地雷を踏みました。

このままスルーで行こうと思ったのに!

〈おい!なんとかしろ!〉

〈馬鹿言わないで!どうしろってのよ!〉

リュド様のメッセージに間髪入れずに返信する。

地雷を踏んだと彼もわかったのだろう。

〈なんでとめなかったのよ!〉

〈止めたよ!でも他の誰でもない、殿下が絶賛したんだ!〉

〈阿呆じゃないのか!〉

不敬と知りつつ毒づいた。

そしてなすすべも無く、彼女が犯した本日最大のタブーが炸裂した。

「その髪飾り…生花だな?」

冷たい声が謁見の間に響いたのだった…。





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