↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サスティナブル・バディ  作者: 夜野 綾


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
59/62

Itinerary: 5日目 その27

 突然、強烈な光が部屋を突き刺した。三人が咄嗟に目をつぶり手をかざす間に、窓ガラスが派手に割れ、歩行箱が飛び込んでくる。着地と同時に、アームに張られた防弾布が盾のように展開し、敵を遮る。

「ロープ切ってくれ!」

 防弾布の陰でキュイ、と歩行箱が鳴き、小さな丸刃のついたアームが側面から伸びた。それが高速回転を始める。時宗はごろりと転がり、手を縛っているロープを丸刃に当てた。

 ロープがバラリと落ちると、時宗は足を突き出す。

 丸刃がロープを切っている間も、耳をつんざくような銃声が部屋を揺らす。無駄とわかると今度は防弾布が直接蹴られ殴られる。マキの悲鳴も聞こえたが、時宗は構わず歩行箱を開けて予備の銃を出し、粉末火薬の弾倉を確認した。それを後ろ腰に突っ込み、伸縮警棒も出す。

「逃げるぞ!」

 入口のドアを見ながら、外に何人いる……と考えた時、うずくまるマキが視界に入った。

 一瞬、時宗は止まった。マキが顔を上げこちらを見る。

 逃げなきゃ。

 そうだ。今、ここで迷っている時間はない。入口を蹴破り、さっさと森の中へ逃げ込んでしまわなければいけない。自分一人で逃げるべきなのだ。この山の中は時宗の庭だ。どこにいても帰り道は教えてもらえる。誰にも気付かれずに敵の背後に回りこむことも、弥二郎たちと合流することも、すべて自在だ。

 マキは時宗を裏切った。助けるいわれはない。信頼できると思っていたのに、理想を共有できると思っていたのに。

 マキと見つめ合う。

 ここは一人で逃げるのが絶対に『正しい』のだと、時宗は自分に言い聞かせようとした。この鉱山の存続にかかわる事態だ。今は時宗の身の安全が最優先であり、裏切り者の生死など、考えている余裕はない。どうしても気になるなら、警備と合流してから数人をここに来させればいい。

 自分はマキを連れて行かないほうがいい。

 いやむしろ、連れて行ってはいけない。

 ここでマキを連れて行けば、警備も、弥二郎も、海斗も、全員が怒るだろう。全力で時宗の救出に動いている人々のために、自分はマキを見捨てるのが正解なのだ。

 目をつぶり、開く。

 マキの目に、絶望と怯えが黒々と穴を開けていた。初等時代、あの雷雨の中でもきっとこんな目をしていた。警備に背負われて上がってきた時にはもう号泣していたけれど、ひとりぼっちで森に座り込んでいた時、きっとマキはこんな目をしていたのだ。

 時宗も、マキも分かっている。ここに置いていけばマキは間違いなく剣に殺されるだろう。今この瞬間に流れ弾に当たって死んでもおかしくない。そしてマキは、今回こそ時宗の助けを求められない状況にある。

 見捨てろ。それが正解だ。正解なんだ。

「くそ」

 悪態をつくと、時宗は屈んだままマキに近づき、その腕をとった。

「立てるか?」

 マキが大きく目を見開く。

「なん、なんで」

「いいから! 立てるかって聞いてるんです!」

 イライラしながら言うと、マキはどもりながら答えた。

「たぶん、たて、立てると思う」

「じゃあ立ってください。逃げますよ。歩行箱の陰から出ないように」

 身を低くして入口へ急ぐ。マキは青い顔のまま、這うようにして防弾布の陰に入ってきた。

 ドカドカ足音が響き、焦る手が防弾布の縁を探り当てようと表面に触れる。バシッと高圧エネルギーが火花を散らし、布の向こうから悔しそうな呻きが届く。

「おい! 全員こいつを止めろ!」

 割れた窓の外に怒鳴る声と、それに応じる人数に耳を研ぎ澄ませながら、時宗は立ち上がりドアを蹴り開け、転がるようにして外へ飛び出した。

 わらわらと数人が来ている。立ち上がると同時に、最初に飛び掛かってきた奴の腹に拳を叩き込み、次に来た奴を蹴り飛ばし、周囲を確認する。

 くそが。

 街の夜景は見えなかった。予想と違い、森の中でもない。

 一目でわかる。山の西側だ。開けた視界には、一面の山地が黒々と広がっていた。時宗は、二十台は車両を止められる、広めの駐車場の真ん中にいた。

 ズキンズキンと脈打つ頭痛に歯を食いしばりながら、時宗は敵の一人の蹴りをかわして歩行箱の石に手を置く。

 よりによって、ここは保養目的を兼ねた、頂上近くの展望台だった。仕事用の山小屋の他に宿泊用のロッジがいくつかあり、キャンプもできる広場が山小屋の横にある。

 森は山小屋の向こう、広場の奥だ。敵を突破して山小屋の横を周り込み、広場を突っ切らなければ森へ飛び込めない。

 おそらく、最近の経営悪化でこの場所を保養のために使う者はいなかったのだろう。ロッジは潜伏先としてうってつけだったわけだ。

 敵はざっと十人以上。

 マキは痛そうに顔を歪めながらもなんとか歩こうとしたが、腹を押さえて地面に崩れた。脂汗で濡れた顔は真っ白で、自力で歩くのはもう無理そうだ。

 仕方ない。この広い不利な場所でマキを守りながら、生き抜かなければ。

 作戦指示を受け取った歩行箱が脚を伸ばしてマキをまたぎ、しっかり立つ。防弾布が大きな盾として展開する。時宗はそれに背中を預けて敵と対峙した。

 何が何でも、生き残ってみせる。

 ジャキンと伸縮警棒を伸ばし、仁王立ちで敵を見据える。迫力に押されたように敵がじりっと後ずさった。

 警棒を掲げ、凛と歩行箱に指示する。

「照らせ!」

 カッと強烈な光が迸った。真昼のような明るさにひるんだ敵のど真ん中に、時宗は突っ込んでいった。照らされる前の一瞬の情景を思い出しながら、片っ端から叩きのめしていく。

 ふっと光が消える。敵が動けずにいる間に時宗はふらつきながらマキを立たせ、肩を貸して広場の方へ向かう。剣と渡辺の姿が見えないが、どうせそのうち現れる。

「捕まえろ!」

 後ろから声が聞こえ、振り向く。さっき制圧しきれなかった数人が走ってくるところだ。

 とっさにマキを歩行箱に押し付け、時宗は警棒をかざした。降ってくる蹴りの下から敵の体をひっくり返し、姿勢を低くして足払いをかける。

 さらに数人を殴っておいて、時宗は再びマキを肩に担ぐ。

「森に入れば」

 食いしばった歯の間から呟くと、マキが弱弱しい声で言う。

「なんで、俺なんか連れて」

「それは俺が一番思ってます。だから黙ってください」

 力なく笑ってマキは口を閉じた。

「とにかく、森の中なら……」

 その時だった。

 目指す森の方から、黒く大きな影がぬっと現れたのだ。

 茫然と、時宗はその姿を見た。自走可能な超小型飛行艇だ。頭の上に四本のアームが広がり、それぞれプロペラがついている。滑走路なしに垂直離着陸ができるタイプで、二人乗りの小さく軽い機体が特徴だった。

 予測するべきだった。

 時宗を殺し、なおかつ自分たちは無傷でヤマを脱出する方法。これを隠していたから、駐車場の広いこの場所を選んで潜伏したのだろう。

 操縦席には渡辺が座っていた。

 剣はどこだ。

 そう思った、まさにその瞬間、頬に拳が飛んできて、時宗はマキごと地面に叩きつけられた。

「テメェに逃げ道はないんだよ!」

 剣の勝ち誇った声が頭上で響く。腹を蹴り上げられ、時宗は呻いた。体を丸めようとすれば頭を蹴られる。歩行箱が時宗に覆いかぶさろうとしたが、剣は太い腕でひっくり返し、広場の奥へぶん投げた。マキはとっくの昔に気絶して、そばに横たわって動かない。

 時宗は、敢えて全身の力を抜いた。仰向けになり、次の攻撃を待つ。

 剣が足を振り上げた。踵が腹に降ってくる。

 ガッとそれを掴み、時宗は全身のバネを利かせ、立ちながら剣の体をひっくり返した。デカい図体のくせに、剣はくるりと空中で回って着地する。

「やるな」

 剣の目がギラギラしていた。

「口だけで終わらん奴は本当に久しぶりだ」

 答える余裕なんかなかった。スーツはあちこち破れ、息をするだけで腹が引きつる。何より頭痛がどんどんひどくなってきている。冷や汗で背中はびっしょり濡れていた。

 生き残らなきゃ。

 それだけを考え、時宗は必死で立っていた。頬を流れる汗を、手の甲で拭う。警棒はどこかへ飛んでいき手元にない。

 剣の足元で、小石がじゃりっと鳴る。

 来る。

 鍛えられた体が猪のように突進してくるのを、時宗は紙一重でかわした。だが次の拳をよけきれない。風を切ってうなる拳が腹に食い込み、胃液が一気にせり上がる。

 咳き込みながら、時宗は地面を転がっていった。

 生き残らなきゃ。

 あと少し。あと少しだけ。

 地面に肘をつき、必死で頭を上げる。その顎を蹴り上げられる。

 横たわった時宗の顔をのぞきこみ、剣が満足そうに笑う。銃口が時宗の顔に向けられる。

「これで終わりだな」

 終わりじゃない。生きるんだ。俺は……。

 ウォン、と狼の吠え声のような音が山に響いた。

 それは一瞬途切れたかと思うと、ウォオオオオオオと音圧を増していく。

「剣さん!」

 渡辺の声が聞こえた。

「来ました! 早く乗ってください」

 会話の間にも、遠吠えのようなエンジン音は凄まじい速さで近づいてきていた。

 眼下に広がる景色を見る。

 山肌に沿ってうねうねと続く道に街灯はない。だがヘッドライトで闇の森を切り拓きながら、とんでもないスピードで青い車両が登ってきているのが月明かりの下で見えた。くっとライトが沈んだかと思うと、その姿が消える。次の瞬間、こちらを真正面から見据えたまま、横滑りするようにカーブの奥から現れる。

 咆哮はいまや夜空全体に轟き、キュキュキュキュ!というブレーキの甲高い音が重なっていた。

 生きなきゃ。

 持てる力をすべて使って身を起こす。膝をつき、靴裏を地面に押し当て、重心を落として時宗は立ち上がる。

 銃口をじっと見たまま、時宗は待った。

 視界が狭くなっていく。どくん、どくんと脳の血管が暴れている。

 剣の指先が動くその針先のような瞬間、時宗は身を翻した。銃弾をかわし、腰から銃を抜き、撃ち返す。一発は剣に、二発は飛行艇に。

 倒れ込みながら、時宗は笑っていた。

 ざまあみろ。

 地面に横たわり、成果を見つめる。

 四組ある飛行艇のプロペラのうち、二組は使い物にならなくなっていた。剣が右肩を押さえて膝をつく。

「こんな……テメェ、そんな腕、どこまで隠して……」

「隠してなんかない。使う機会が今までなかっただけの話だ」

 腹を撃たれたあの時から、ずっと、いつあるかわからない「次」のために練習し続けた、ただそれだけ。

 血相を変えた渡辺が飛行艇から飛び出してくる。

「なんてことしてくれる!」

 怒鳴り声に肩をすくめ、時宗は言った。

「銃の腕なんて、見せびらかすものじゃない」

 いまや弐陸の咆哮は直接耳を穿つまでになっていた。

 立ち上がろうとして、ぐらりと体が傾ぐ。意識が体から抜け落ちかけている。

 突然、弐陸の音に別な獣の吠え声が重なった。

 気づくと駐車場の隅に止められていた、ごついタイヤの山道用車両を渡辺が動かしている。小さくても角ばった黒い車体は、道のない場所も行けるような強い音で、低く唸っていた。

 あと、少しなのに。

 立たなきゃ。

 だが渡辺は一気にスピードを上げ、一直線にこちらを目がけて来ている。

 ヤバイ。

 なんとか立ち上がったものの、走ろうとした途端に足がもつれた。脳が体に指令を出せず、体は反射的に動けないほど傷んでいる。

 凶悪なヘッドライトが時宗を包む。トップスピードに乗った黒い獣が、勢いそのままに時宗に突っ込んでくる。

 ガァン!

 爆発するような衝突音に、時宗は身をすくませた。

 おそるおそる視線を上げる。

 ギュルギュル、とタイヤが嫌な音を立て、ゴムの焼ける匂いがしていた。時宗のすぐ前で、歩行箱が脚を伸ばして地面に突き刺し、力の限り踏ん張って車両を塞き止めている。

 気づくと同時に、時宗は車の真ん前から飛びのいた。動線から時宗がいなくなった途端、歩行箱の力が緩む。

 壮絶な音を立てて、黒い車体が歩行箱を弾き飛ばした。

「ミニア!」

 名前を呼びながら歩行箱に駆け寄ろうと足を出す。ガッと首に太い腕が回され、バランスを崩して後ろに倒れ込む。

 剣に引きずられたまま、時宗は叫び続けた。

「ミニア! おい返事しろミニア!」

 黒い車の中へ引っ張りこまれ、乱暴にドアが閉められる。弾丸のように車が走りだす。

 お母様がくれた、お母様と一緒に育てた俺のミニアが。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。