Itinerary: 5日目 その26
どこだ? ここ。
晶石エネルギーの流れから、まだヤマにいるのはわかる。
すべての感覚がくっきり戻ってきたところで、ようやく時宗の耳に、誰かが言い争う声が入ってきた。どうやら時宗をここに連れてきた連中も一枚岩ではなかったらしい。
幸い、こっちがパニック発作を起こしていた間も連中は時宗を放り出したまま、互いの言い分を怒鳴り合っていたということか。
ありがたい。
冷静になると、話の内容が頭に入ってくる。
「剣さん、だから話が違うって言ってるんだ。こんなところで南条を殺したらヤマが死ぬ。鉱脈の上で人殺しはなしっていう約束だったじゃないか」
切羽詰まった声はマキのものだ。同時にバシッという音が響き、誰かが時宗の近くの床に叩きつけられた。振動で頭痛の波が来て、時宗は呻きそうになるのをこらえた。
人殺しはなし。
マキが反対しているということは、剣さんと呼びかけられた奴は、時宗を殺すつもりで連れてきたのだ。
ドスッという音に、マキが呻き声をあげる。腹を蹴られたらしい。咳き込む音がひとしきり続く。上から声が降ってくる。
「来栖。テメェには何の権限もないと、何度言えばわかる。こんな鉱山はいつでも潰せる。いいか、決めるのは俺だ。テメェでも、そこでノびてるエラそうなガキでもねぇ」
エラそうなガキ、というのはどうやら時宗のことらしい。
「あ、あんた最初からそのつもりで……。この鉱山の利権のことを考えてたんじゃないのか」
マキの必死な声に、再び暴力の音が重なる。楽しそうに笑いながら、剣はマキを殴っているのだ。
「うるせぇ口ふさげや。ったく。おい! 用済みのアッチ側はどうなった? 始末できたのか?」
入口の方から、別な男の声がした。
「南条の警備兵のせいで、報告がまだ上がってきてないんですよ。こっちの手勢はほとんどやられました。野崎はまだ生きてるらしいです。飛行艇が怪我人乗せて強引に飛んだって言ってます」
「なんだと? 確実にヤれって言ったろうが!」
ドカドカ歩く靴音が時宗のそばを抜けて行った。入口でひそひそ話す会話が耳に入る。
「病院突き止めて始末しろ。いいな?」
「ですが南条の病院だと警備が……」
「始末しろと俺が言ったら、始末しろ」
「……わかりました」
命令された方は入口から出ていった。誰かに伝達するらしい。
残った奴は、再びドカドカ歩いてくると椅子にガタンと座ったようだった。
「おい来栖。このガキから利益を取れなかったら、ガキもテメェも山ごと始末してやる。聞いてんのか」
ドカッという靴音を最後に部屋は静かになり、ぜぇぜぇというマキの喘ぎだけが聞こえてくる。
少なくとも、マキは鉱山を潰したくなくて必死だということだけはわかった。収穫と言っていいのかはわからないが。
入口が再び開き、声が聞こえる。
「手を打つように指示は出しました。ただ、南条の警備兵が正門と麓の入山口を封鎖したそうです。ここもすぐ見つかる」
さっきの奴が戻ってきたのだ。そいつは入口近くから動かないことにしたらしい。
状況がある程度わかったところで、時宗はそろそろと目を開けた。
見える範囲に三人がいた。マキが時宗から少し離れた床でうずくまり、腹を抱え込んでいる。もう一人はドア横の壁に寄りかかって腕を組んでいた。さらにもう一人は、時宗の正面で木の椅子に座って脚を組み、太ももの上で頬杖をついて時宗を観察している。
マキだけでなく全員、覚えのある人間だった。
入口横にいるのは、体格のいい三十代の男。労働者側の代表者たちの一人、名前は確か……渡辺と言ったか。
そして椅子に座ってふてぶてしく時宗を観察している奴は……。
「目が覚めたかい? 時宗さんよ」
「お前か」
溜息をついて、指先の力を抜く。ロープの状態を探るのは本当に無駄だとわかったからだ。時宗の戦闘能力を目の当たりにしたからこそ、足も手も用心深く縛ったのだろう。
ヨツヤの久令会事務所にいたボスだった。こうして改めて見ると、腕も太腿も時宗の倍はありそうだ。事務所にいた時と同じ、ピンストライプの入った黒スーツを着ている。ジャケットの奥にはショルダーホルスターに収めた普通の銃が見えていた。
部屋の中を見回す。見覚えがある場所だ。あまり広くない、作業場のような部屋。壁に沿って設置された棚には、いくつか収納コンテナが置かれ、作業台と数脚の椅子が備えられている。木造のこの小屋は、調査部や管理部が使っている山小屋のひとつだった。
幼い頃、時宗も山小屋にはよく来ていた。彼らの仕事を眺め、休憩時間には一緒にお菓子を食べたものだ。
問題は、同じタイプの山小屋がいくつもある、ということだった。
鉱山施設は山の東側の中腹に位置している。それ以外はほとんど森だ。高い山ではないとはいえ、人間が徒歩で歩き回るには広大すぎる。調査部はそうした山全体の状態を常に把握するのが仕事だった。鉱脈の状態や自然環境への影響をくまなく調べ、時には鉱脈の露出を見つけることもある。管理部も、植林や間伐など様々な目的で森に入る必要があった。
そのため、麓から山頂まで行ける車両道は、鉱山施設の中心を通る道を含めて四本あった。途中でそれらをつなぐ横道が数本ずつ。そして山小屋は全部で二十棟ほど点在している。迷った時の対策として、絶対に死者を出さないよう山小屋は多めに設置されていた。時宗はそのどれかに運び込まれたわけだ。
警備部隊はもちろん必死で時宗を探しているだろう。弥二郎も多分、土地勘がある。そして海斗の運転技術なら、山道を苦も無く飛ばせるはずだ。ただ、時宗が鉱脈を上げてしまった今、彼らは端末を使わず山小屋をひとつずつ確認しなければならない。
味方がここを突き止めるのが先か。剣が時宗の頭を撃ち抜くのが先か。いや……時宗を殺すとして、こいつらはどこからヤマを脱出するつもりだ?
時宗が黙っていると、剣が馬鹿にしたように笑った。
「まったく。あの時にあんたが時宗さんだって知ってりゃ、茶の一杯でも出したものを。言ってくれないとなぁ」
「汚水で淹れた茶なんぞ、俺の口には合わん」
男の口が、サディスティックな悦びに歪んだ。
「いいねぇ。若いのに骨がある奴は大好きだ。いたぶり甲斐がある」
こいつは『本物』ってわけだ。
ぐるりと部屋を見回す。歩行箱は今、どの辺にいるのだろう。予備の銃もナイフも入れてあるし、あいつは単体で時宗を守ることができるのに。なんだか、いつも肝心な時に引き離される。
「歩行箱を探してんのかい?」
男が目ざとく時宗の視線を読んだ。
「時宗さんの石が入れてあるんだ、そっちもね、丁重に扱ってるから心配しなくていい」
歩行箱も捕まえてあると言いたいらしい。
あいつが移動しようとすれば時宗以外が止めるのはほぼ不可能だし、他人が下手に開けようとすれば高圧のエネルギーで手が焼かれる……というのは、もちろん黙っておくに越したことはない。
時宗は高等二年の時を思い出した。あの誘拐の時も、歩行箱は置いてきぼりを食い、車に乗せてもらえなかった。あいつは道端で困ってウロウロしていたらしいが、弥二郎が自分の車両に載せて、救出の時に連れて来てくれた。
実のところ、歩行箱をもらってから、分かれて行動したのはあれが最初だった。不安や恐怖で身をすくませながら、時宗はコンクリートの床に転がり潮の匂いを嗅いでいた。
でも今の時宗は違う。
時宗はパニックを抜け出していた。ここは体に馴染んだヤマのどこかだ。信頼できる家族がもうすぐ来る。空気は冷えていたが、土の匂いは懐かしいものだった。
助けが来るまで、頭を使え。無様に死んでたまるか。
「歩行箱のことは心配してない」
時宗が言うと、男はフンと鼻で嗤った。
「そうかい。色々と時間がないんでね。とにかく良かったよ。南条の権力も、鉱脈をいじる力も、全部あんた一人をどうにかすれば話が済むようになったんでね。話が単純になって助かった」
「義時と時頼が無能で悪かった。手間をかけさせたな」
「なに、あれはあれで仕事はやりやすかった」
へらず口を叩く時宗を、向こうは観察している。口元は笑っているが、目は冷たく尖った光で時宗を射抜いていた。
「時宗さんよ。……あんたのせいで段取りが全部吹っ飛んだのはまぁ……あんたに落とし前をつけてもらうことになる」
「人を縛るような奴の段取りなんぞ、俺にはどうでもいい」
入口で外の様子を伺っていた渡辺が目くばせした。剣がうなずき、椅子から立ち上がって時宗を見下ろす。
「とっとと終わらせよう。時宗さんよ。自主採掘権を労働者側に取らせる計画は、あんたの派手なパフォーマンスのおかげでチャラになった。だが忘れてもらっちゃ困る。あの機械はウチが資金を出したモンでね。実質的に、あれはウチの所有物なんだよ。南条財閥ともあろうものが人の物を横取りするようじゃ、世間体も悪かろう?」
「要求は?」
「毎年、前年度純利益の二%」
「それはちょっと、自分たちの存在価値を高く見積もりすぎだな」
時宗が拒否するのは予想済みと言わんばかりに、剣はゆっくり椅子に座り直した。
「時宗さん。あんたに選択の余地はないんだよ。ここで要求を呑まないなら、死ぬだけだ」
後ろを向いてテーブルの上に手を伸ばす。時宗が腰に差して隠していた晶石銃だ。これ見よがしに灯りにかざし、しげしげとスペックを確認している。
「まったく。ヨツヤの時点で何が何でも捕まえておくべきだったのが、のほほんとくっついてきた荷物持ちの方だったとはな。あの身のこなし……銃を持った相手に、相当慣れてないとあの動きはできん。一人なんか、足の親指の先っぽを削がれてたが、骨は無傷。なんて腕だ。普通に腕っぷしだけで生きていけそうなのに、加えて晶石銃のコネクトを、握った瞬間にうちのモンから奪っただろ? 放逐された財閥次男坊が聞いて呆れる。それとも、やんちゃが過ぎて放逐されたのか?」
「訂正しろ。放逐されたんじゃない。俺があいつらを捨てて修行の旅に出たんだ」
間違ってはいない。剣は楽しそうに笑い、時宗の銃をしげしげ見た。
「どのぐらい練習した? この銃……手入れも完璧だし、手に馴染むようにグリップが削られてる。晶石は完璧に調教されてて、誰かが付け入る隙もない。人を撃ち殺したことはあるのか?」
「……ご想像にお任せだな」
ずっと動かなかったマキが顔を上げ、怯えたように身じろぎしながら時宗と剣を交互に見た。罪の意識が瞳の奥で揺らいでいる。時宗は無表情に言った。
「マキさん、あんたも苦労したわけだ」
こくんとマキの喉が鳴った。ためらいがちに口が開き、閉じる。意を決したようにマキは剣に話しかけた。
「その……剣さん、南条を殺すのは……やっぱり」
途端、剣はマキを再び蹴り、怒鳴った。
「テメェに決定権はねぇと何度言えばわかる? 南条家ならいざ知らず、ただの一般人のテメェに金を貸して育ててやったのは誰だ! あぁん?」
黙って観察してから、時宗は静かにマキに話しかけた。
「マキさんあんた、俺との違いについて話してたけど……いつから久令会に飼われてたんだ?」
剣が馬鹿にしたような笑いを漏らす。
「最初からだって言ってやれよ。来栖。テメェは、この俺に育ててもらったんだ。少しは感謝したらどうだ?」
「どういうことだ」
剣を無視して、時宗はマキを見つめた。真実を教えてくれ。友人、だっただろう? 力になりたいんだ。
真剣な時宗の考えを感じ取ったように、マキの目が潤む。
「そもそも人材派遣会社を始めるって時に……俺はハメられたんだ。出資者のバックがこいつらなのを、うまく隠されてて調べきれなくて。しかも会社を作ってすぐの頃に、組織の足抜けをしたいって奴が来て、手伝ったつもりが……俺に言いがかりをつけるためのヤラセだった」
美人局みたいだなと時宗は思った。理想に燃えて出資者を募り、自分で事業を立ち上げたつもりが、最初から反社会組織の駒にするために、罠の中で育てられていただけだった。マキが時宗との違いをめそめそ言いたい気持ちが、わかった気がした。
「マキさんが先じゃなかったってわけか。利用するために、正体を隠して出資し貸しを作る。次に、組織の人間が足抜けしたいと近づき、手伝わせる。失敗してバレた形にして、落とし前をつけさせる名目で仕事をやらせ、会社もマネーロンダリングに使う」
「そうだ。まるで悪魔みたいに。俺はずっと、組織の思い通りになる人間を鉱山に送り込み、人件費を水増しして金を動かす役をやらされていた」
南条の金を吸い出す仕組みの中で、警察に最初に捕まる場所に置く駒としてマキは作られたのだろう。
剣が横目でマキを睨む。
「言い方に気をつけろって言ってんだろうが。ふん。こっちは仕事でやってんだ。結局まともに動けもしなかったくせに、泣き言だけ言いやがって。まぁいい。お前らが使えないようなら本筋に戻るだけだ」
本筋? 他のプランがあるということか?
意識して感情を殺し、時宗は剣にしゃべらせることにした。
「マキさんを利用して、自分はこの局面になるまで表に出てこなかったあたり、かなり用心深いな。俺の父親より、よっぽど参考になりそうだ。……そうだな。あんたが有能なら、ビジネスの話もおもしろそうだ」
剣の目が光った。時宗の心境の変化が、暴力を見たせいだと思わせるために、時宗は自分と並んで床に転がっているマキへと視線を逸らした。
「若いのに話がわかる。さすが南条の当主の地位を、その歳で父親から奪うだけのことはある」
「交渉ってのは、腹を割ってやらなきゃな。……俺だって命は惜しい。あんたがどういうプランでここまで進めてきたのか、これからのビジョンがどういうものなのか、ちゃんとプレゼンしてくれよ。あんたみたいに有能な人間なら、場合によっちゃ……」
時宗は自分の肩書を最大限利用することにした。南条家の当主。晶石の統治者。そして……権力に溺れ自分は相手をコントロールできると思い上がった、若く傲慢な最高権力者。怯えを隠して優位に立とうとする、卑屈な性格を言葉で隠したエゴイスト。
剣はおそらく自分の実力を認めてくれる存在に飢えている。反社会組織を仕切る有能な男は、矛盾した自己顕示欲を持っていると時宗は読んだ。
自分は他の連中より頭がいい。盤上の駒を、誰にも気付かれずに操ってやった。でも、それを組織外の誰かに自慢する機会は少ない。そんな奴がもし、自分の密かな功績によって若い支配者を逆に支配できると知ったら?
「今回、全体の絵を描いたのはあんたか。機械のことをどこで知った?」
剣が目を細めた。組んだ脚の上で、見せつけるように時宗の銃をぷらぷらさせる。
「三年前にサッポロの協力組織から、とある話が持ち掛けられた。ちょいと面白いモノが手に入ったが、本当に使えるのかどうかを確かめたいってな。俺は組織の中で自由が利く地位に上って、少しした頃だった。弱体化した南条に食い込む話は先代がだいぶ進めてたんだが、俺はそれを引き継いで、もうちょい上手くやろうとしていた」
「なんでサッポロはあんたに声をかけた?」
「とある整備士を借金漬けにして巻き上げたものの中に、妙な機械と石があった。整備士の助手の話じゃ、機械は画期的な仕組みの動力源で、晶石鉱脈を広範囲で探知できる装置に繋いで使うという話だった。おまけに余剰エネルギーを採掘に使える。で、石の方を鑑定に出したらかなり高純度の物で、エネルギー波長から出所はこの鉱山だろうということだった。
サッポロとしては、俺の組織が南条に食い込んでいたのを知っていたから、石が本当にこの鉱山から出たものか確認に協力してほしいっていうことだった」
海斗の母親が南条一族だったことを知っていたわけじゃなかったのか。一族の後継者が持つほどの石も、知らない人間から見れば、ただの『いい石』。南条一族の中枢に直結している石だと組織が気づかなかったせいで、南条家の方も、こいつらの陰謀に踏み込み切れなかった。
剣は続けた。
「石をこの鉱山の坑道に入れたら、強い共鳴を示した。それで、こいつは使えると俺は踏んだ。死んだ整備士が作っていた機械はサッポロ近郊で出た石を使っていて、ホッカイドウの土地に合わせたものだったから、今度は、この鉱山の石に合わせて調整した小型のやつを作るように助手に命令した」
サッポロで見た、あの怪物のような建物と大型の機械。あれはやはり、あの場所で生きる物だった。政子叔母様はそれを知っていたから、おじい様の反対を振り切ってサッポロに定住したのだろう。
「整備士が死んだおかげで、助手のジジイは時間がかかるとブツブツ文句を言いやがった。それに、石はすでに持ち主を選んでしまってるから、そいつじゃないと起動できないとほざいた。こっちから石を選んで送る話もあったんだが、あそこまで純度が高いのはもう見つからなくなっていて、仕方なく、石の持ち主も飼っておく形で機械の完成を待った」
「で、今野海斗を軟禁状態にしたわけか」
「あのガキも気の毒にな」
せせら笑う剣を殴ってやりたかったが、時宗は身動きせずに黙って外の様子に耳を澄ませた。車の音も、銃声も、何も聞こえない。最初にここを見つけるのは海斗か、あるいは最短で移動してくる歩行箱か。
「というわけで機械が出来上がるのを待たされている間、俺は南条を手に入れる準備を進めることにした」
「労働者に、大量に自分の駒を入れて組合を牛耳る、と?」
勝ち誇ったように、剣が笑う。
「どいつもこいつも、物事を一面からしか見られんお人好しばっかりだな。時宗さんよ。あんたも単純な脳みそしか持ってねぇってか? 労働者の組合を動かすだけじゃ、交渉の腕が悪けりゃこっちが損する。……どっちに転んでも儲かるように動くのが、プロってもんだ。武器商人が儲かるのはなんでか知ってるか?」
「戦争している奴、両方に武器を売る」
「少し違うな。戦争の理由を作ってやって、売りつけた武器で戦争をやらせるのさ」
時宗の頭に、答が閃いた。
「そうか、あのダンゴムシ……野崎もお前の駒だったのか。無能な南条家に女をあてがって仕事ができないようにしておいて、労働条件を厳しくしていく。一方で労働組合には組織の息がかかった奴を入れて強固にして、戦争を煽る。
いよいよ機械が出来上がったら、どっちがそれを使えるかを巡って実際に戦争を起こす。お互い戦力を削がれたところでカリスマ的なリーダー……来栖真紀が颯爽と現れ、南条と労働者は互いに鉾を収める。
リーダーと、その『協力者』は戦争を終わらせた功績で、南条側、労働者側、両方から謝礼を受け取り、機械も手に入れ、誰も逆らえない状況になる」
情報チップを分析した時、人件費の予算を無視して人を雇い続けていることに違和感があった。それは経営者側と労働者側がグルだったからだ。南条家の目を逸らしておいて、南条の資金を南条の乗っ取りに使う。あの軍事用シールド・スフィアも剣の指示だったのだろうし、海斗が『鍵』であることも何もかも、野崎はあらかじめ知っていたということだ。うまいこと考えやがって。
あと少しで事態が剣の思い通りに完成する。そのギリギリのところで時宗が現れ、南条側で剣の駒だった人間は全員叩きのめされた。労働者側も一気に時宗が掌握した。こうなれば、余計な裏側を吐く前に関係者を一刻も早く始末する必要が出てくる。尻尾を切り捨てて剣は逃げる算段に入ったのだ。
自分の答を話しながら、時宗はあとどのぐらい時間を稼げばいいのかを考えていた。この山小屋は山のどちら側だろう。鉱山施設から一番遠い山小屋まで、車両でかかる時間は……。
「機械についても、お前は複数の可能性を考えていたんだ。実際に動かせれば鉱脈の利権を得るのに使える。でも……動かせなくても、戦争を煽る道具にはできるし、実際、機械を手に入れるために南条はドタバタしていた」
「そういうことだ。こっちが三年以上かけて作り上げたゲームをいきなりひっくり返したどっかのお坊ちゃんに、俺がどれだけ腹を立ててるか、これでわかったか?」
カタンと窓の向こうで音がした。何食わぬ顔で時宗は剣の目を見る。
「で? 俺を殺したところで、何も成果はないが? 大鉱脈がひとつ消えて世界のエネルギー事情が一変する。数知れない恨みを買って生きるのが、お前の人生か? 俺に言うことを聞かせることができないなら、お前は終わりだ」
冷たい視線が時宗を見据えていた。マキが何か小さく呟いたが、誰の耳にも届かず沈黙に溶ける。
「時宗さんよ。……テメェの存在が完全に南条家から抜け落ちてたのが、頭にくる。だが、これで俺が終わりだと思ってんなら、それは見くびりすぎだな。サッポロの本体も俺が掌握してることを忘れるな。ここでテメェを始末して、そのままサッポロに飛ぶ。なくなったこの鉱山の代わりに、ホッカイドウには新しい鉱山ができる。
普通の人間が使っても広範囲を探知できるように、あれは大型なんだ。解体して運んで移動先でまた組み立てる想定で、調整には手こずってるがな。残念だったな、時宗さんよ。素直に自主採掘権か、利益を渡していれば死なずに済んだのに」
コン、と小石が窓に当たるような音がした。
剣が時宗の銃をテーブルに置き、自分の銃を抜いて構える。
額に狙いを当てられても、時宗は落ち着き払って剣の目を見つめていた。
「正門も麓もうちの警備が封鎖してる。どうやって脱出する? 鉱脈は上げたから、ヤマで俺を殺しさえしなければ採掘量はしばらく保つ。道は二つ……俺を殺せばお前たちは脱出できない。俺を人質として生かしたまま脱出すれば、ヤマは死なない」
「心配しなくていい。テメェを始末してから脱出する方法はちゃんと考えてある。テメェの負けだ」
冷たい顔のまま、時宗は応じた。
「負けたのは俺じゃない、お前だ。忘れたか? 俺は南条時宗だ。南条家の当主の地位を今日付けで祖父から受け継いだ。これが何を意味しているか、お前は知らない」
「説明してみろよ。肩書なんぞで俺をどうこうできると思ってんのか?」
窓がカタカタ鳴った。風が強くなったように。
体の下の地面に呼びかける。
俺はここにいる。
「肩書に意味がないのは俺も賛成だ。だが……ゲストハウスを短時間で完全に制圧した武力は、どこから来たと思う? 南条の権力の真価は、経済力じゃない。トウキョウと、この鉱山をあらゆる勢力から守りきる……戦争遂行能力だ。俺が銃を撃てるのも、迷いなく指揮権を発動できるのも、すべてはお前のような存在からこの鉱山を守るために、俺が育てられたからだ。
サッポロに通話してみろ。お前のために、誰が応答するか楽しみだな」
剣以上に冷酷な目で、時宗は銃口を見つめた。ふと思い出す。
誘拐された時宗を救出しに弥二郎が来た時、警備部隊を率いて先頭で銃を構えていたのを、時宗はよく覚えている。弥二郎は祖父の代理として警備部隊の指揮権をずっと持っているのだ。義時は指揮権を一度も与えられなかった。
今回の事態を引き起こしたのは、もしかして。
「ほら。通話してみろよ。それとも怖いのか?」
鼻で嗤ってみせる。剣は渡辺に顎をしゃくった。渡辺が端末を操作しながら近づいてくる。
地面に伝える。準備は……できたか? 俺が合図するまで待て。いい子だ。そう。
剣は銃を構えたまま、渡辺が差し出した端末を耳に当てた。
呼び出し音だけが虚しく鳴り続けているのが、時宗にも聞こえてくる。
「いつの間に……」
「さあな。俺にも確認させるか? 今から言う通話IDにかけてみろ。なんなら俺を人質にして脱出手段を交渉でもしてみるか? その方が現実的かもしれないぞ?」
「通話なんかしたら、位置情報を抜かれるだろうが」
「さっき俺が鉱脈を上げたから、端末の画面は真っ白だ。それに脱出交渉をするなら位置はどうせ言う必要がある」
ゆっくりIDを言ってやると、渡辺が硬い表情でそれを打ち込む。
呼び出し音一回で滝田が出た。
『どなたでしょうか』
剣が疑いの目を時宗に向けながら声を出した。
「テメェらのとこのお坊ちゃんを預かってる。殺されたくなきゃ」
途中で遮るように、時宗は鋭い声を出した。
「滝田さん、ご面倒をおかけします」
『時宗様。今どこに?』
「すみません。俺も詳しい位置がわからないのですが、山小屋のどれかです。ところで、サッポロの方の制圧は完了しましたか?」
『肯定です。ご命令通り、サッポロの組織関係者全員の制圧は完了しました。生田氏及び彼の工房は現在、我々の保護下にあります。生田氏の現在地については保護の観点上、お答えできません』
「ありがとうございます。引き続き、俺を捜索してください。お待ちしています」
『了解しました。その……時宗様を拘束している者は、こちらとの交渉を試みているのですか?』
「ああ、そうですね。おそらく自分たちが脱出するまで、俺を人質としておく可能性はあると思います。もし俺がこの者たちに殺された場合は、報復としてこの者たちの頭を狙撃してください」
『了解しました。失礼いたします』
通話は切れた。位置情報を探ってはいただろうが、引き延ばしをしなかったところを見ると、結果はやはり期待できなかったようだ。
渡辺は呆気にとられたように時宗を見ていた。マキは蒼白な顔のまま、無言で転がっている。
剣が呟いた。
「テメェ……」
「南条を見くびりすぎたな。義時と時頼は、お前のような奴の遊び相手にはちょうどよかっただろう。だが、あれは所詮、祖父から実権の一部をかすめ取って悦に入っていただけの小者だ。
マキさん、わかりましたか? 俺はあなたとは違う。生まれた時から当主になるために育てられるということが、どれほど厳しいか、あなたは理解していなかった。幼いあの時、どうして俺があなたを助けに行けたと思う? ヤマが教えてくれたからだ。あなたが骨を折って泣いていると、鉱脈が俺に知らせたからだ。見て見ぬふりが許されない立場がどれほど重いか、あなたは俺に泣き言を吐く前に思い至るべきだった。俺に頼ってくれば、こんなことにはならなかったのに」
剣の顔は、赤黒くなっていた。マグマのようにたぎる怒りが、頭の上の空気を揺らしている。時宗は静かにそれを眺めた。
お前の敵意は、俺が鉱脈と共鳴している限り問題ない。俺自身がフィルターとしてお前の敵意を受け流し、鉱脈を守れるから。
幼い頃、俺は確かに感じていた。世界を解放する白く鋭い雷光は、暴力と共に石を割り、自由にしてくれる。怯えなければ、そこに敵意は存在しないのだ。
「テメェは、絶対にヨツヤで始末しておくべきだった。……この状況を抜けるまで、おとなしくしててもらおうか」
銃口が上がり、時宗の目の前に虚無の深い穴が開く。それを覗きながら、時宗は心の中で呟く。
コード〇一。誰を、何を傷つけてもいい。最優先で、俺を守れ。




