Itinerary: 5日目 その23
さっきまでとは桁違いのエネルギーが空間を満たしていく。時宗は重心を落とし、すべての意識を石に集中させた。
山が、動き始める。足の遥か遥か下で、龍が目覚めたような咆哮が起こった。地鳴りは少しずつ大きくなり、人々が地面に伏せる。
ゴゴゴゴ……という轟きは、この山だけではなく、奥に控える山地全体に広がっていく。
時宗の脳が、覚醒していく。世界の仕組みを解き明かそうとするときの、あの暴走が始まる。いつものような頭痛とは比べ物にならない、焼き切れるようなスパークが脳の中をかき回す。
五感の共鳴が始まる。自然のあらゆる情報が脳に流れ込んでくる。
あぁ……。
拡散と集約が同時に起こり、時宗は自分がどこにいるのかわからなくなった。
風が、枝の隙間を流れていく。葉のそよぎが全身を満たす。沢を流れる川の水音が、枝で眠る梟の脈が、木の幹を歩く虫の触覚が揺れる音が、あらゆる命の鼓動が脳に満ちてくる。
気づけば、時宗はあの岩にいた。昼の熱を微かに残した岩肌に横たわり、頬をつける。優しい声に包まれ、自分が岩に溶けていくのを感じる。
地面の下へ、時宗は沈んでいく。地下水が流れるチョロチョロという可愛い音を聞き、動物の死骸を食む虫たちの蠢きを聞く。
意識はさらに沈む。岩盤を抜け、坑道を抜け、もっと下。もっと下へ。
囁きが、時宗を甘く包む。
おいで。おいでよ。おしえて。きみのたのしいことを。きみのすきなものを。
さっき受け取った風を、水を、命を、時宗は吐息のように石に教える。
外は楽しいんだ。雨に打たれて瑞々しい命の色になる葉っぱを知ってる? きみも、来なよ。雨でツヤツヤになった石は、とっても綺麗だから。
ほんと?
うん。行こうよ。いこう。
「……おいで」
呟くと同時に、時宗は限界を迎えた。石から手が離れ、体が後ろに倒れこむ。
「時宗! おい! 目ぇ覚ませ! 時宗!」
海斗たちの声を聞きながら、時宗は夜空を見上げ、それから意識を手放した。
がばっと身を起こすと同時にガツンと額を何かにぶつけて、時宗は呻いた。
「な、なんだ……」
手で押さえながら横を見ると、海斗が顎を押さえて転がっている。
「おま、お前いきなり起きんな! いっってぇぇぇぇ」
「どのぐらいイってた?」
「一分かそこら。気絶してたのはものの三十秒」
弥二郎の冷静な答えにホっとしつつ、パネルを見る。
もはや全員が釘付けだった。
「ったく、無茶苦茶やりやがって」
弥二郎を見る。心配してくれたのだろう。気が抜けて安心したという顔で、弥二郎は手を伸ばして時宗の頬を拭った。誇らしそうな微笑みを残して、弥二郎はパネルの方へ視線を戻す。
「何かついたか?」
自分でも頬を触る。濡れていた。涙だろうか。それとも森の露?
いつもなら、脳が暴走すれば頭痛が残るのだが、今回は違っていた。装置の出力エネルギーに自分の意識を載せたので、思ったより負担は軽かったのだろうか。それとも、晶石が時宗を助けたのだろうか。
パネル表示はどうなった?
だるい体を持ち上げ、自分もパネルを見る。
あらゆる立場の者がパネルを見つめていた。ゴクリと唾を飲む音が聞こえる。
地の奥底でかすかに光っていた青い筋が、じわりと動いた。
「上がりそうだ」
誰かが言う。
次の瞬間、鉱脈を示す青い光が鋭さを増した。それは一気に増殖を始める。網目のように細い筋が伸び、あちこちで合流し、また分かれ、地表に向かってどんどん上昇を続ける。
「すごい……」
鉱脈はすさまじい勢いで復活していた。坑道内の岩肌を走り抜け、螺旋を描く。山からあふれたエネルギーは、オーラのように地表を覆い始める。
「来た!」
うわぁっと人々が叫ぶ。グラウンドの奥、山頂に近い場所。あれは弁当岩がある辺りだ。そこから、青い光が迸っていた。森を照らし、鉱脈の存在を誇らかに主張し、真っ直ぐ夜空を射抜いている。
やがてそれは気が済んだように落ち着いた光になり、眠るように静かに消えた。
ヤマの復活を見届けた人々は、歓声を上げて手を叩き、笑い合っている。
愛子さんが帰ってきた。
これこそ、愛子さんの本当の力。
「おつかれさん」
静かな弥二郎の声に、安堵の息を吐く。
「やっと最初の仕事が終わった……」
「まぁ、帰って風呂入って寝るか」
「そうだな……」
関係者の処分に、残った謎の解明。鉱山全体の組織改変に、設備の見直し。
やることは多いけれど、今やり遂げた仕事よりは楽に違いない。
「わかったろ。この装置は、半端な覚悟じゃ動かせない。……後で詳しいことを話してもらう。あんたには、まだ聞きたいこともあるしな」
ぺたりと坐り込んでいるマキに向かって、時宗は声をかけた。
呆けた顔が時宗を見る。
「どうして……」
「どうしてもこうしても、これが南条一族の責任だからな。曾祖父と祖父が権力を握るよう努めたのは、人を支配して思い通りに動かすためじゃない。……この能力が、誰かに利用されないようにするためだ。義時と時頼だけじゃない。マキさん。あんたも、権力の意味をはき違えたんだ。当主なんて、別に楽しいもんじゃない。代われるもんなら、いつだって代わってやりたいよ」
よっこいしょ、と装置に手をつき、時宗はカバーを開けて石を抜き取り、控えていた歩行箱にしまいこんだ。




